王子の部屋にて
シュバインの非情な言葉と共に、キラリと光る剣先が結衣の頭上に振り上げられる。
その様子を、結衣はまるで他人事のように見上げていた。
一人でシュバインの部屋に忍び込み、あげくその行動がバレてこうして殺されかけているこの状況。
ある意味自業自得と言われても仕方がないだろう。
だがいかんせん、彼女には味方がいなさすぎたのだ。
右も左も分からない世界に投げ込まれて、誰が敵か味方かすら分からない。
唯一頼れる力は、フローラの死に対してしか反応せず、ループのたびに結衣以外の人間は皆彼女を忘れてしまう。
そんな状況下で、一体どうすれば正解だったというのか────。
(あぁダメだ……今の私に、この刃を避ける手立てはないや)
結衣は死を覚悟して、ギュッと目を閉じた。
瞼の裏に写るのは、クラインとフローラ2人の顔。
このループの世界では、フローラと話もしなかったなぁ────話、すれば良かった……。
そんな後悔が、彼女の心に押し寄せる。
すると、そのとき。
突然扉の外が騒がしくなった。気付いたシュバインも、何事かと振り下ろしかけた剣を止める。
(チャンスだ!)
シュバインの目線が扉に向いて、結衣の恐怖を煽るものが減った。これを逃さずして、いつこの剣を避けることが出来ようか。
立てない身体を叱咤して、結衣は椅子から転がり落ちる。
「お止めください!今、シュバイン様は誰にもお会いになりません!」
「俺に中に入られて困ることでもあるのか?おいユイ、いるんだろ?!返事をしろ!!」
その聞き慣れた声。ドッと押し寄せてくる安心感。
必ず助けに来てくれる……そう信じ続けた彼の名を、結衣は心の底から叫んだ。
「クライン!私はここにいるよ!!」
そう声を張り上げた途端、バンッと勢いよく扉が開かれる。
そこから姿を現したクラインの表情は険しく、またその水色の瞳は、ただ一人を睨みつけていた。
「……シュバイン・リーズベルト様、この状況は一体どういう事でしょうか?」
今にも飛びかかりそうになる衝動を気合いで抑え、クラインはシュバインに質問する。
「おや、フローラの専属騎士よ。今は会わないと、私の護衛は伝えなかったのかな?」
「はっ、俺は最初からいきなり扉を開けたわけじゃねぇぜ?こいつの────ワタリ・ユイの叫び声が聞こえたから入ったんだ」
“それに何か問題でも?”と言うクラインに、シュバインは結衣の口を塞いでおかなかったことを、激しく後悔した。
「……だがこの部屋は、現在リーズベルト国内と言っても過言ではない。よって無闇に他国に侵入したお前には────」
その言葉と共に、クラインの周りを複数の護衛達が囲んだ。
その数、5対1。誰が見ても不利な状況にも関わらず、クラインはニヤリと不敵に笑う。
まるで彼は、この状況を楽しんでいるかのようだった。
「待ってろユイ。今、助ける」
(えっ、何それちょっとかっこいいんですけど!!)
「そうはさせるかぁーっ!」
そう叫びながら最初に動いたのは、クラインの背中側の護衛だった。
無防備な彼の背中を、後ろから一気に斬りつける────だがその剣先は、彼の背中に届くより速く、クラインの剣によって阻まれた。
ガキンッと鋭い音が響いて、剣と剣がぶつかり合う。
「背中から攻撃かよ、容赦ねぇなぁ」
後ろを振り返ることすらせずに、正確な位置で剣を防いだ彼の剣技は、他の護衛達の動きを鈍らせた。
護衛達は一人で挑んでもかなうのは不可能と悟ったのか、今度は一斉に斬りかかる。
「はっ、お前ら恥ずかしくはねぇのか?一人を相手に5人でかよ、騎士としての誇りはねぇのか?!」
「黙れ!シュバイン様のためならば、恥などいらぬわ!」
「お前こそこれで終わりだ!」
「ハァ……悪いが、手加減はできないぜ」
クラインの言葉が終わるや否や、彼の身体を5本の剣が斬りにかかった。
さすがは選抜された護衛達。その動きには隙がない。
普通の剣士なら、これらを全て避けることなど不可能だろう────そう、もしも彼らの相手が、普通の剣士だったなら。
襲いかかる5本の刃。最初の2本はかわし、3本目は受け止め、4本目は刃ではなく護衛を叩く。
そして最後の刃も綺麗にかわした。
それら全ての動きが、一度の動作で流れるように繰り広げられていく。
さすがは剣豪を生み出すアルベルト家。
その実力は素人にも分かるほどに素晴らしく、結衣にはまるで、剣がクラインの身体の一部であるようにも見えた。
「すごい……」
自分の今の状況も忘れるほどの剣技は、結衣だけでなくシュバインをも圧倒させる。
周りに聞こえないほどの小さな声でシュバインは、驚きを隠せずにいた。
「なっ、何なんだあいつは……私の護衛達の剣を、いとも簡単にかわし、傷一つすら作らないとは!!」
(これは普通に挑んでも勝てはしないか……ならば)
焦ったシュバインの視界に、隣に座り込んでいる結衣の姿が目に入る。
「えっ!?」
「……そこまでだ、クライン・アルベルト。この様子が目に入らないか?」
いきなり首筋に突きつけられた剣に、結衣は恐怖で声があげられない。
少しでも動けば、自分の首を斬られるのは明白だった。
「……卑怯な、シュバイン。それではやってることが、まるで賊だぜ?」
「……黙れ、私の計画を邪魔するな!そんなことよりも、早くその剣を床に置くことだな」
グイッと結衣の首筋に、剣先が押し当てられる。
その様子を見ながらクラインは、焦る素振りも見せずにヤレヤレと首を横に振る。
「おいユイ、自分で何とか出来ねぇのか?少しは抜け出す努力してみろって」
「はぁ?!無理だから!!こんな状況体験したことないから私!!────あ、声出た」
その様子を見てシュバインの怒りは頂点に達する。
「何を喋っているんだ、早くしろ!」
「はいはい、置けばいんだろ、置けば。その代わり……」
ゆっくりと床に剣を置いたクラインは、ニヤリとこちらを見て笑った。
この絶体絶命の状況で、何故彼は笑うのか。
シュバインには理解出来ない。
「おい、出番だぞ!シリウス!!」