出会い
男の目を見た途端、結衣は自分が確実にNG回答を出してしまったのだと理解した。
(まさかこの国が一番東にあるなんて、完全に想定外だよ!ていうか、そんな事ってある?!地球は丸いんですけども!あ……ここ異世界説濃厚でしたわ)
男の目つきは、完全に結衣を敵視している。今の結衣の心境と言えば、まるで蛇に睨まれた蛙だ。これはやらかしたなぁと、結衣は頭を抱えたくなった。
(まぁ当然と言えば当然だけど、怪しまれてるなぁ……何とか挽回しないと!)
「あの、私はまっったく怪しい者ではなくてですね。ほんと気がついたら、この草原にいただけなんですよ!!」
「……言動に焦りが見えてるぞ?」
「いやいやそんな、お気になさらず!!」
「焦りすぎて言葉がおかしな事になっているが?」
「ハ……ハハ。お願いですから、話だけでも聞いていただけませんか?」
結衣は男が渋々頷くのを確認すると、伝えられる今の自分の状況を説明した。ただし異世界から来たかもしれないなどという、最も信じてもらえなさそうなことは省いたが。
結衣が話し終えると、男は自身の腰に手を当て溜め息を短く吐く。
「ふーん、お前の主張は一応聞いた。それで?名前は何て言うんだ」
「ゆ、結衣ですけど」
「ユイ?なんか変な名前だなぁ」
(ひどっ!日本人なら普通の名前何だけど!……って異世界で言っても仕方ないか。ここは我慢だ、我慢)
「そうですか?至って普通の名前だと思いますけどね……そう言うあなたは?」
「あー、俺か?俺の名前はクライン。ただのクラインだ」
“ただの”という意味が分からず結衣は軽く眉を顰めながらも、改めて彼を見る。
端正な顔立ちをした彼は、綺麗に輝く金色の髪と切れ長の水色の瞳を持っていた。まるでどこかの王子様のようだと結衣は思う。いや、服装だけ見れば王子というより剣士に近いかもしれない。
膝上丈ほどの白いマントが、風になびいて揺れている。
とりあえず彼に関する事を質問して、自分に対する追及は避けようと結衣は目論む。
「それにしても、クラインさんは剣の腕に長けているんですね。ご職業は剣士か何かですか?」
先程の剣先の速さは尋常ではないと、素人目にも分かる。その上斬られた剣の跡は、綺麗なくらいにまっすぐ急所を切り裂いていた。普段から剣を使い慣れていなければ、そのような芸当は到底出来ないだろう。
「クラインでいい。まぁ、職業はそんな所だ。俺の事はともかく、お前は訳ありのようだな。ここがどこだか教えてやるよ」
クラインは結衣にこの場所が、エメラルド国という名前の国であることを伝えた。そして今は、王様の一人娘であるフローラの結婚式が近いため、国中が騒がしいことなどをぼやきつつも付け加える。
訳ありについても特にそれ以上追求される事はなく、結衣は心の中で安堵する。
まぁ“首を突っ込むのが面倒”と、顔に書いてあるのだが。
(それにしてもクラインって案外優しいのかもしれないな。態度と言い方は感じ悪いけど、何だかんだ言って国の名前とか教えてくれるし)
有り難い情報を教えてくれるクラインの事を、結衣は少しだけ見直した。やはり人は見かけで判断するべきでは無いと、心の中で反省する。
「それから今いるここは、城下町付近にある草原だ。魔物も出るには出るが、まぁ雑魚レベルのやつだけだな」
(あ、今言外に私のことバカにした!その雑魚すらも倒せないのかよお前、って目が言ってるんだけど!)
先程の反省はどこへやら。
結衣は心の中で、風でなびいた服を直すクラインに向けて舌を出す。
「じゃあ俺はそろそろ行く。あまりゆっくりもしてられねぇからな、お前もさっさと国に帰れよ?」
そう言うと結衣が止める間もなく、クラインは彼女に背中を向けて歩き始めた。
「えっ!?ちょっ、ちょっと待ってよ!」
一人にされると焦った結衣は、敬語が抜けているのも気付かずに、クラインの後を慌てて追う。
「まだ何か用か?悪いがお前の訳ありに付き合うほどの暇はないぜ」
(そんなあからさまに迷惑そうな顔しなくても……)
彼の表情を見て引き下がりかけた結衣だったが、ここで引き下がっては後々困ると思い直す。
「クラインは今からどこに行くの?」
そう。今結衣が頼れる人は、残念ながらこのクラインしかいない。
こんな魔物が出る危険な場所で別れるくらいなら、せめて他に人のいる安全な所で別れたいと結衣は考えたのだ。
「まぁ、城の方だ……言っておくが、これから行く所にお前は入れないからな」
(いいもん、とにかく今いる場所と状況は分かったんだから、次はなぜ私がここにいるのかを知る必要があるよね)
「構わない、他に人がいるところならどこでも。ね?お願い!」
「いやでもなぁ。めんどくさ……」
「ハァァァァァ。そっかぁ、私こんな所で魔物に食い殺されて死んじゃうんだぁ……悔しいなぁ、死んだら取り憑いちゃうかもなーーー」
「あぁ、分かった分かった!!ここで死なれても後味が悪いしな!城下町までなら連れて行ってやるよ!」
「わーい!ありがとう!」
結衣の必死の懇願ーーーもとい脅しのお陰か、クラインの方がしぶしぶ折れる。
こうしてクラインのおかげで無事に雑魚レベルの魔物が出没する草原を抜け、城下町へとたどり着くことが出来た結衣であった。
だがそのときの彼女はまだ、知らない。
辿り着いたその場所で、自身の奇異な使命について知ることになるということをーーー。