王の専属騎士
時を同じくしてクラインは、城内のとある場所へと向かっていた。
彼はガシガシと自分の髪をかき回しながら、苛立ちを顕にする。
「くそ。ユイのやつ、まさか捕まってんじゃねぇだろうな!もし本当にシュバイン王子が敵なら、手を出しにくいこと、この上ないぜ?」
だが彼の瞳はその言葉と裏腹に、誰が相手であろうと、容赦無用で斬ってやると告げんばかりの鋭さだ。
それもそのはず。
これから自分達の国の王となる人が首謀者かもしれず、その証拠まで出て来ているのだから。
彼が向かった先は、城の最上階の中心部にある一室だった。
ドンドンッ
乱暴にその扉を叩きクラインは、返事を待たずに部屋に入る。
「邪魔するぞ、シリウス!」
クラインに名を呼ばれた相手────シリウスは、首筋より少し上程まで伸ばされた、サラリとした落ち着いた銀色の髪の毛と、クラインと同じ水色の瞳を持っている。
いきなり開かれた扉から、一方的に入ってきた相手を見て、彼は半ば諦めムードで大きく一つため息をついた。
「あのなぁクライン、僕は一応お前の兄なんだけどな。城では敬語を使って、あと兄上と呼べと何度言ったら……あ、別にお兄様と呼んでくれても良いよ?」
「あー、ハイハイ兄上。ところで国王は今、どこにおられる?ちょっと緊急事態なんだ」
「……入ってきたときのお前の表情を見れば、何か良くないことが起きていることは分かったよ。それも、僕に頼らなければならないほどの……不測の事態が」
「あぁそうだ。相手が相手で、俺だけでは……もしものときに手が出せないんですよ。でなきゃ、兄上に借りを作るような真似なんて……くそっ!」
悔しげにそう言いながら、クラインは手の中の手紙をシリウスに渡した。そして、事の顛末をかいつまんで説明する。
「────と、いう訳だ。このあと俺は、シュバイン王子の部屋に行く……本人に直接聞くまでは、全てを信じたりはしない」
「その話に出てきた、聞き覚えの無い名前の彼女。戻ってこないんだったよね?ならば僕も同行しよう。そのユイというメイドが王子の部屋で、捕まっている可能性は極めて高い」
(元よりその可能性が当たっていた場合に備えての保険だ。捕らわれているユイを解放して守りながら、彼らを全員相手にできる自信はないからな……だが)
「……信じて、くれんのか?下手したら俺が今しようとしていることは、謀反と言われても仕方ない────未来の国王に、剣を向けるんだからな。もしも追いつめるのに失敗して、エメラルド国の王族に対する謀反だとなったら、シリウス────お前の誓いが……」
そう、彼────シリウス・アルベルトは、アルベルト家長男であり、現在は王直属の騎士として、その任務を全うしている。
クライン以上の剣豪であり、その剣は王を守るために振るうと誓ったシリウスは、その誓いを破ることはしない────否、出来ないのだ。
「あぁ、その点は問題ない。僕が関与するのはあくまでユイという少女の救出。そこに“魂の誓い”は関係ないよ。しかも明日までシュバイン王子は、リーズベルト国の者だしね」
それに、とシリウスは続ける。
「弟の言葉を僕が信じずして、誰が信じるというんだい?」
不覚にも、クラインはその言葉が少し嬉しい。
「────っ、そうだな。頼む」
「大丈夫、国王には僕から話しておこう。先に行きなさい、僕はあとから行く」
「ああ、任せた!」
バタンッと勢いよく扉を開いて、出て行きかけるクラインの足が、ピタリと止まった。
「……ありがとな」
「ん?聞こえなかったなぁ、ぜひもう一度」
「────何でもねぇよ!!」
そう怒ったように言い放ったクラインの姿が、完全に部屋から消えたところで、シリウスはクスクスと笑う。
「あのクラインが、素直に礼を?……ククッ、よほどユイという少女のことが心配なんだね。お兄ちゃん、ちょっとジェラシーだよ」
シリウスはひとしきり笑ったあと、国王に説明に行くために先程渡された手紙を持って、自らが剣を預けた主人の元へと急いで行った。