役柄はメイド
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カチャカチャカチャ
フローラの部屋にある、ちょっとしたキッチンのような場所で結衣はティーカップに紅茶を淹れている。
もちろんこれは自分が飲むためではなく、煎じ詰めればまぁ小道具と言った所だろうか。
「流石に姫様の部屋から、手ぶらでいきなり出て来たら怪しまれるからね。掃除道具でもあればと思ったんだけど、見当たらないから仕方がないか」
アニメでよく給仕が使うようなワゴンに、淹れた紅茶とお菓子を乗せる。
カラカラと音を立てながら、結衣はワゴンを扉の前まで押していった。
途中、フローラが使っているであろうベットが目に入る。
「あれ、膨らんでる……もしかしてフローラ、あれでメイドが来たとき用の対策をしたつもり?」
バサッとめくってみると、案の定長めの抱き枕サイズのクッションが、こんにちは!と顔を見せた。
「……マジか、こんな古典的な方法で誤魔化そうとするとか可愛いな!いや、見た目も十分可愛いんだけどさ」
必死で声をあげて笑いそうになるのを抑えたからか、結衣の顔は不自然ににやける。
それをなんとか普通の顔に戻している間に、扉にたどり着いた。
「何だかちょっぴり緊張するなぁ。まるで演劇をする前の役者の気分。まあ、あながち間違ってはないか!」
扉の外からは人の気配。おそらく衛兵達だろう。
出る前に改めて部屋を見回すと、さすがは王族の住む部屋。
金銀輝く装飾に、細部までこだわりが溢れている絵の数々が、うるさすぎない良い塩梅で並んでいる。
もちろん女性が喜びそうな色や柄の家具、化粧品らしきものも置かれている。
しかし結衣は何故かそれらを見て、こう感じた。
「何かフローラの部屋というより……“姫”の、部屋?」
結局は同じ人を指すのだけれど、何というかこの部屋からはフローラの趣味などが感じられない。
まるで誰かがフローラのためにというよりも、王族の姫が住む部屋としてそれらを用意したかのように。
「まぁ、フローラの趣味を知ってるわけじゃないから何とも言えないけどね。さてと、そろそろ行きますか」
軽く息を吸って、扉に手をかける。
ギギィ
衛兵達が結衣の方を振り向く。
「姫様どちらへ……何だお前?」
(主演、渡 結衣。役柄、メイド。さぁ、演じてやろうじゃない!この与えられた役を完璧に!!)
「衛兵様方、いつも見張りご苦労様です。私はこの通りメイドで、姫様に先程お飲み物をお持ちしたのですが、寝ていらっしゃるようでしたので失礼しようかと」
「そうだったのか、いやすまない。先程衛兵を交代したために、中に君がいることは知らなかったんだ。変に疑いの目で見て悪かったな」
いやその目ほんとは合ってるよ、と突っ込みそうになるのを我慢して、結衣はにこりと微笑む。
「いえいえ、疑うのが衛兵様方のお仕事ですもの。お仕事中、失礼致しました。では引き続き宜しくお願い致します」
心の中でガッツポーズを取りながら、フローラの部屋をあとにし、衛兵達が見えなくなったところで結衣はホッと息をついた。
「よし、無事突破成功!」
これでようやく次の目的地へと向かうことができる。その目的地とは勿論、シュバイン王子の部屋だ。
城内の廊下をカラカラと音をさせながら足早に歩く。
一刻も早く王子の部屋へと向かいたいがその前に、この小道具を片づけないといけないだろうと結衣は思う。
「紅茶を出す風を装って王子の部屋に入れたとしても、メイドがいる前では大切な話はしないだろうからね。とりあえずこれは片付けちゃおう」
ちょうど結衣と同じ格好をしたメイド達が出入りしている部屋の前を通りかかる。
中を覗くと厨房のような場所で、そこからメイド達はせっせとワゴンに乗せた紅茶やお菓子を運び出していた。
入り口から入り、厨房の片隅にこっそりとワゴンを置く。
「よし、目的地に急ぎますか!」
厨房を出て広い廊下を足早に歩きながら、ふと結衣は二人のことを思い出していた。
「そろそろフローラとクラインも部屋に戻った頃かなぁ」
そんな事を考えながら歩いていたそのとき。
トスッと軽い音を立てて、結衣は誰かにぶつかった。
「あ、すみません。ちょっと考え事してて────って、え?!」
「平気か?今度はちゃんと前見て歩けよ」
二人の事を考えていて前方不注意になっていたせいで、結衣は前から歩いてきた人に気付かずにぶつかってしまった。
とっさに謝って顔をあげた結衣の目に飛び込んで来たのは、金色の髪の毛に青い瞳を持った、見覚えのある顔。
「く、クライン?……え、何でここに?」