謎の男★
引き続き読んで下さっている皆さんに感謝を!
和砂様より素敵なイラストを頂きました!!
改めてここに感謝致します。ありがとうございました♪
ヤバいヤバいヤバい、この状況絶対ヤバい!
ただいまのイノシシと私の距離、およそ50メートル。こうして焦っている間にも、イノシシと私の距離は縮む。
イノシシの戦闘力、未知数。でも確実に私よりは上。あんなのに体当たりでもされたら、私の命は一瞬で尽きるな。
「何このムリゲー!特殊能力無い上に、次はイノシシご登場?!」
私がもっとしっかりしていれば、こんな異世界に来ることも無かったのかもしれない。
あーっ!もう、異世界の神様!
何の力もない私に、ムリゲーを強いてくるのやめてもらって良いですか?!
……もういい、どうせこのまま生きてても、元の世界に戻れる保証はない。
それにたとえ戻れたとしても、希望の見えない生活が待っているだけだもの。
ドドドッ
近付いてくるイノシシの迫力に耐えきれなくて、開いていた目をギュッとつぶる。
ごめんね、お母さん。私まで死ぬみたい。
あーあ、出来ることなら読みかけのファンタジー小説、全部読んでから死にたかったな……。
死の直前に見えるという走馬灯、ふとそんな話を思い出す。
もしこれから見えるというのなら、もう一度元気な頃の母の顔が見れるだろうか。
……でも本当にそれでいいの?
私はまだ、ここに来た理由を知らない。
ましてやここがどこなのかさえ分かってないのに。
ふいに脳裏に浮かんだのは、今朝の夢のお姫様。
その瞬間なぜだか分からないけれど、私にはまだやるべき使命が残っているように感じた。
「……そうだ、こんな理不尽な死があってたまるか。嫌だ、死ねない。死にたくない!」
私は怖くて瞑っていた目を見開き、目の前に迫るイノシシに向かって思い切り叫んだ。
自分の生に対する執着を示すかのように。
そして自分を待ち受ける死の臭いを、叫びでかき消すかのように。
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そして、その強い想いの込められた言葉は、偶然にも通りかかった、ある男の耳へと届く。
「そうか。んじゃ、生きろよ」
背後からふいに聞こえた声が、結衣に第三者の登場を告げた。
「……え?」
例えるなら風のごとく、俊敏に。
脳がその存在を認識するよりも速く、まるで結衣を守るかのように人影は彼女の前に姿を見せる。
(誰?え、嘘なんか剣持ってるんですけど!!
み、味方だよね……?あ、抜いた!剣抜いたこの人!)
ザシュッ
結衣が彼の抜刀を確認したのとほぼ同時。
目前まで迫っていたイノシシが、突然血を噴いて横倒れになる。
彼の剣先はもちろんのこと、結衣にはその動きすら視認することが出来なかった。
でも分かることはただ一つ。
あと一秒でも遅ければ、血を噴いて倒れたのは結衣の方だっただろうということだ。
イノシシをよく見ると、まっすぐ剣で切り裂かれたような跡が確認できた。
「た、助かったの?私……」
結衣はただ呆然として、イノシシを眺めるしかない。そんな彼女の様子に目の前の男は、プッと笑いを堪えきれずにこぼした。
「アハハ、なんだよそのアホ面。いつまでそんな顔してるんだ?」
結衣は一瞬自分が何を言われたのか、理解が追いつかなかった。
(……なっ!何そのセリフ!会って数秒の相手に、そんなこと言われたのは初めてだよ!)
「いきなり失礼ではないですか?!」
「ふん、助けてもらって礼も言えないやつが、それ言うか」
(ぐっ、正論過ぎて返す言葉が見つからない……)
「……助けてくれてありがとうございます。もう少しで死ぬところだったので、本当に助かりました」
結衣が素直にお礼を言うと、男は軽く舌打ちをした。
「まぁ、職業柄見過ごせねーだけだ。礼を言われる義理はねぇよ」
そう言いつつ結衣から顔を背け、頬を染める謎の男の様子に彼女はハッとする。
(あ、もしかして今照れてるのかな。見た目に反して、なんかちょっと可愛いぞこの人)
密かに結衣がそんなことを思っていると、男は彼女の格好を見て、首を傾げた。
「そういやお前、見かけない服着てるよな。この国のやつじゃねぇだろ」
どうやら結衣の服装は、この国では変わっているようだ。
「はい、この国の者ではないですし、ここがどこなのかも分かりません」
結衣は正直に他国の者であることを打ち明けた。
なるべく嘘は最低限にしなければ、確実にどこかでボロがでる。そんな事で無駄に信用されないというのも、嫌だと感じたからだった。
それに、ここがどこなのか分からない結衣としては、なるべく今の状況を把握したい。
この人から聞き出せる情報は聞き出さなければと、密かに決意する。
そんな結衣の決意など露知らず、男は結衣の返答に眉をひそめた。
「国の名前も知らないのにこんな所にいるのか。どこの国から来たんだ?」
この質問は、異世界物の本を読んできた彼女にとっては朝飯前。
結衣はニヤリと心の中で笑いながら、堂々とした表情で答える。
「私はここよりも、ずっと東の国から来ました。結構良いところなんですよ?」
そう言った途端、男の目つきが険しくなる。
(げ、私何かマズいこと言った?)
想像とは違う男の反応に、結衣は焦る。
そんな彼女の表情の変化を見ながら男は、静かに言い放った。
「知らないのか?この国より東に国はない。お前、一体何者だ?」




