特殊能力
フローラが、死んでいる。
想定外のクラインの言葉に、結衣の思考は完全に停止した。
脳が考えることを放棄して、周りの音さえ聞こえないように感じる。
(シンデイル…、しんで、いる?あれ、死ぬってどういう意味だっけ)
ぞくっ
クラインの身体から、身を震わせるほどの怒りが発せられているのが分かる。
「はは、クライン何言ってるの。フローラはただ寝ているだけだよ、きっと。だってフローラが死ぬのは……」
明日なんだから。
その言葉を今の状態のクラインに言うのは、いくら思考が追いついていない結衣でも躊躇われた。
クラインの言葉に対する理解を、脳が拒否する。
寝ているだけだと確かめたくてフローラに近づこうとする足は、まるで鉛のように重かった。
自分の全身が、フローラの“死”という事実を拒絶しているのを実感する。
「……」
クラインが結衣の言葉に反応する様子はない。
ただただ彼の心中にあるのは、フローラを殺した者への激しい怒りと憎悪ばかり。
彼女の冷えていく手を握りしめながら、クラインは強く目を閉じた。
まるで目の前に起きているこの状況が、再び目をあければ無くなっていてくれないかと、そう願うかのように……
重い足を引きずって、結衣はフローラの側に行く。
そして彼女の顔にそっと手を伸ばし触れた瞬間───
結衣の脳は、ようやく彼女の“死”を理解した。
その冷たくなっていく頬の温度に……
唇に触れても、そこに息がかかることはないその事実に……
きめ細やかで手入れが行き届いているその肌は、血の気が失せ、彼女がすっかりやつれているようにも見えた。
「フローラ……?何で!!」
彼女の名前を叫んだ途端、結衣は突如意識が保てなくなるのを実感した。
結衣は薄れゆく意識の中、何度も何度も彼女の名を口にした。
(ああ、まただ。また意識が遠のいていく)
まるで誰かに引き寄せられるかのようにも感じる“それ”のせいで、結衣は意識を手放さざるを得ない。
意識が手放される最中、彼女の目にクラインの横顔が映った。
何かをじっと耐えるように唇を噛みながら、目を閉じフローラの手を握っている。
その閉じられた瞳の端に光って見えた彼の涙は、結衣の脳裏に深く焼き付けられたのだった。
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目をあけると、辺りに広がるのは漆黒の闇。
どうやらフローラが死ぬと、私はここに飛ばされるらしい。
自分自身すら見えないそこで、私は激しく動揺していた。
なんで、どうしてフローラが死んだの。
何の前触れもなかった。こんな彼女の最期、夢の内容と違う。ループ前と別の行動を私がしたから?
それに、また彼女を殺してしまった…。
彼女の死に顔は二度と見ないとそう心に誓ったはずなのに、1日もたたないうちに誓いを破ってしまった。
今回は本当に分からないことだらけだ。
まず、フローラの悲鳴が聞こえなかったこと。
いくら私達が井戸の底にいたからといっても、悲鳴が聞こえない距離じゃない。
悲鳴の一つも言わせずに彼女を殺したとするなら、相当の手練れだ。
そして二つ目。ざっと見ただけだけど、彼女には外傷も血を流した様子も見られなかった。
何これ、どういうこと?フローラの死因って、一体何なの?
悲しみや後悔の気持ちより、私の心は疑問で埋め尽くされる。
そして、もうやり直せないのではないかという不安感。色んな感情がひしめき合って、私の心はぐちゃぐちゃだ。
『知りたい?彼女の死因を』
「───っ!! どこ?近くにいるの?!」
その“声”は再び突如現れた。声だけなのにひしひしと伝わる、異様なまでの存在感。
私は圧倒されないように気をつけながら、その質問に答えた。
「知りたいよ!何なの、彼女の身に一体何が起こったの!それに、あなたは誰。どうしてこんな所にいるの。ねぇ、ちゃんと教えてよ」
『時間がないの。それに、私があなたに教えられることなどほんの少しだけ。例えばそう、あなたの能力についてとか』
能力?もしかしてこのループ出来る力のことかな。
『その能力の持ち主は、不思議で悲しき夢を見る。その者は後に、その夢の内容を現実で目にすることになるだろう。その者、夢の内容を変えるべく奔走す。これは避けられない運命なり。そしてその者、能力について他言を禁ず。破られしとき……』
ドクン、と心臓が高鳴る。
『夢で死にゆく運命の者、呪いを受けその場で死す』
“声”の存在が、フッと消えた。
暗闇には、私一人だけが取り残される。
ま、さか……まさか、まさかまさか!
フローラの死の原因を作ったのは……私?
クラインに話してしまった。私がループ出来ることを。
じゃあフローラの身体に外傷が無かったのは……
呪いによって死んでしまったから。
それを理解したとき、全ての疑問が腑に落ちた。
「う、ああああ……嫌だ、そんなフローラ。ごめ……ごめん、私……!!」
後悔しても、もう遅い。
私の不用意な発言で、彼女を殺してしまったんだ……
しばらくの間、私は悲しみ苦しんだ。
そうしてようやく理解する。
このループが私に求める結末を。
例え何度も私が絶望しようと、諦めようとお構いなしに、ループは私に結婚式後のフローラの“生”を強いてくるだろうということを。
「能力も分かった、この力がフローラを救うためにあるのだということも」
結衣はゆっくりと目を閉じた。
おそらくループはフローラの命を救えるまで続く。
私がミスをすればその分だけ、フローラの死を見ることになるんだ。何度も、何度も───。
それでも、私は彼女を救いたい。
理由は分からないけれど、せっかく貰った力だもん。
絶対に彼女の運命を変えてやる!
そして心で強く願う。
以前あの“声”が教えてくれた通りに、強く、強く今の望みを。
「もう一度、あの世界へ」
自分の全身が光に包まれるのを感じる。
私の心の中にはもう、悲しみも後悔も残されてはいなかった。
ただひたすらに私は、次のループで彼女を助ける、それだけを強く思っていた。