切り札
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「……切り札、だと?」
驚きと疑いの混ざった声で、クラインは結衣に問いかける。
「うん、クラインに信じてもらうための、たった一枚の大切なカード」
そう言って笑う結衣からは、余裕すらも感じられた。
「ふん、はったりだな。そんなものがあるわけがない。そのカード一枚で、俺が信じるようになるとでも……」
クラインの言葉を最後まで聞かずに結衣は、そのカードを切った。
「クライン、明日で辞めるつもりでしょ。フローラの専属騎士を」
「……なっ!」
何を言われても動揺しない自信があったクラインだったが、その内容に驚きを隠しきれていない。
(何でこいつがそれを知っているんだよ!俺は誰にも相談せずに、この件は決めた。それをどうして他のやつ───しかも今日初めて会ったやつが知ってるんだ。くそッ、何も言葉が出てこねぇ!)
何も言わないクラインを慎重に見つめながら、結衣は静かに話を続けた。
「それはね、私が直接クライン本人の口から聞いたからだよ。今日クラインは城下町でフローラに言おうとしてたよね、騎士やめること。ちょっと私が遮っちゃったけど、このことを知ったのはそのタイミングなんだ」
“ただし、ループ前の世界で知ったんだけどね”と、まるでクラインの心を読んだかのように結衣は彼の疑問にあっさりと答える。
「信じられねぇ、そんなこと。そんな話、嘘に決まって……」
「クライン、信じて」
この世界では珍しいユイの双黒の瞳が、まっすぐこちらを見つめてくる。
(……ああダメだ、この目は嘘をついていない。いつも悪意を持って様々な嘘をつき、フローラに近づこうとする輩の目を見ている俺には分かるからな)
「信じねぇ、信じたくねぇそんな話」
「……クライン」
「だけどお前のことは信じてみよう。お前のその目を、その真剣な表情を信じてやるよ」
結衣の話ではなく、結衣自身を信じると言ったクライン。
その返答は予想外で驚いたが、彼女をとても嬉しい気持ちにさせた。
だから、結衣も心の底から礼の言葉を述べる。
「ありがとう、クライン。あなたの信用に応える働きを、必ずしてみせるから!」
(私はフローラを助けるよ)
「あ、井戸の外にフローラ待たせたままだったな」
“おいフローラ”と、クラインが井戸の底から叫ぶ。
だが不思議なことに、上からの返事はなかった。
「……声が届いてねぇのか?悪いユイ、ちょっと待っててくれ。あ、動くんじゃないぞ?他にも色々聞きたいことは山程あるんだ」
「うん、分かった」
結衣の返事を聞いたクラインは、井戸の梯子を登り始める。
その様子を見ながら、結衣は人知れず安堵のため息をついていた。
(これでフローラを助けるための、“クラインの信用を得る”第一関門は突破かな。次はフローラと仲良くならなきゃだね)
「あ、寝てたのか。確かに太陽があたって眠くなるけどな……ったく、でも寝るなよ。こんな所で」
井戸の外から、クラインの声が微かに聞こえる。
「クライン、フローラいた?」
結衣はクラインに聞こえるよう、声を張って問いかける。
「ああ、いた……おい、フローラ?」
(どうしたんだろう、フローラ起きないのかな)
気になって結衣も、井戸に掛けられた梯子を登る。
登りきると結衣は、井戸から少し離れた木に背中を預けて眠るフローラと、それを揺り起こしているクラインの姿を見つけた。
「ユイ」
「なに、クライン。どうしたの?」
クラインがこちらを振り向く。
「頼むから、俺の頬を思い切りつねってくれないか?」
「───へ?」
そう懇願するような表情で結衣に求めるクラインの表情は固く、何かを恐れているようだった。
まるで、今起きていることが夢であって欲しいと願っているかのような発言に、結衣は驚く。
どういう意味かと尋ねる前に、クラインは結衣の両肩を強くつかんで揺さぶった。
「息をしてねぇんだ!フローラが……死んでるんだよ!!」
「───え?」
聞く者が力の抜けそうな結衣の声だけが、細い路地裏に取り残された。