尾行
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フローラは不思議だった。
なぜ自分の前にいる名前も知らないこの少女は、自分の名前を呼びながら泣いているのか、と。
彼女とは初対面のはず。
いや、仮にどこかで会っていたのだとしても、こんなにも泣き出す理由があるのなら忘れはしないだろう。
その上帽子の下からそっと彼女を覗いて見れば、その表情には心からの安堵が浮かべられていた。
(私の顔を見てこんなにも安堵し、こんなにも嬉しげに涙を流す彼女は一体……?)
不思議と彼女に対する警戒心は浮かんで来ない。
この国唯一の姫として、初対面の相手には必ず抱く警戒心。
それが浮かんで来ないのは、信頼できると判断したのか、はたまた警戒心を抱かせないほどのやり手なのか……。
その判断をするためには、彼女に対する情報が足らなさすぎるのであった。
だから結衣と別れたあと、クラインが彼女の尾行を提案したときフローラは迷わず賛成した。
それに普段は目立つ側の彼女にとって、密偵みたいな体験をする機会なんてそうそうない。
場違いだとは分かっていても、フローラの心は知らず知らずのうちに弾むのであった。
細い路地裏から始まった尾行は、一見何の変化もないようにみえる。
しかしーーー
「……ねぇクライン。私、この道見覚えがあるのだけれど。というよりも、この先にあるものを知ってると言うべきかしら」
「……お前もか。奇遇だな、俺も多分お前と同じことを思ってる」
結衣は今、城下町のメインの通りから脇道に入った。
あまり人気のないところを歩いている。
「この先にあるのって……」
「あぁ、例の場所だな」
顔を見合わせて、お互い同時に口を開く。
「「古い井戸からの抜け道」」
二人の予想が一致して、フローラは慌てだした。
「え、何で彼女がこの抜け道知ってるの?!他の抜け道ならともかく、ここは王家の限られた者しか知らないはずよ!」
「いやまて、落ち着けフローラ。たまたま井戸を降りたら見つけた場合も考えられるだろ。降りれば鉄格子があるんだから大丈夫だ、抜け道とは分からない」
まるでクラインは自分に言い聞かせるかのように、フローラをなだめる。
「そ、そうね。もう少し様子を見ましょうか」
一方その頃、結衣は背後での二人の葛藤には気付くことなく、井戸を覗き込んでいた。
(うーん、フローラとクラインの気配が井戸の中からしないなぁ。もしかして私、二人を追い抜いちゃった?それとももう奥まで進んだのかな。……よし、入っちゃえ!)
どうせ城には入らなければいけないのだ。
あとはフローラ達に見つからなければいいだけだと結衣は頷く。
(まあ、最大の難関は抜け道を出るときだけれどね……)
覚悟を決めて、結衣は梯子を降り始める。
それを近くの木の影から見ていたフローラとクラインは、その行動に再び慌て始めた。
「お、降り始めちゃったわよクライン!どうするの、追うの?」
フローラに肩を揺さぶられながらも、クラインは冷静に考える。
「……いや、今下に降りれば俺達の存在に気付かれる。そうすれば、ここに何かあると教えているようなものだろう?下に降りても鉄格子を目にして諦め、じきに上に戻ってくるさ」
(あの鉄格子を開くには、八桁の暗証番号が必要だ。それを知らないユイには、この先に進む手段はねぇからな)
何も知らないクライン達は、井戸の側で結衣が出てくるのを待つ。
しばらくの間、辺りは静寂に包まれた。
時折吹く風の音だけが、静かに細い路地を抜けていく。
長い一分が経過したころ、井戸の中から何かの音がし始めた。
キキィーッと、錆び付いた鉄が床に擦れるような音が、井戸の底から響いて来る。
「ね、ねぇクライン?この音、私聞き覚えがあるのだけれど……」
その音を聞いた瞬間、クラインの顔にも初めて動揺が浮かんだ。
「いやまさか……でもそんなはずはーーー開くわけがない、あの鉄格子が開くわけが!!」
さすがのクラインも鉄格子が開く音を聞いて、いても立ってもいられなくなったのだろう。
木の影から飛び出して、井戸の底へと梯子を全速力で降り始める。
そして井戸の底にたどり着き、クラインの目に飛び込んで来た光景。
それはーーー
開かれた鉄格子をまさに今、通り抜けようとしている結衣の姿だった。
「───っ!待てユイ、止まれ!」
「……あ、クライン」
クラインの姿を見た途端、結衣は心から自分の不運を嘆いた。
なにせまだ井戸を降りて、鉄格子を開いたばかり。
城内に侵入することすら叶わず、クラインに見つかってしまったのだから。
結衣の想像した中で最悪の状況が今───動き始める。