城下町
結衣がフローラの名を呼ぶと、帽子を目深に被った少女はオロオロと不自然なほど慌て出した。
「ど、どうして分かったのかしら。私の変装は完璧よ、城を抜け出してから今まで、誰にも気付かれなかったんだから!」
(……いや私からすれば、どうしてその変装で気付かれてないのかが不思議なくらいだよ、フローラ)
心の中で突っ込みを入れつつも、結衣は隣で呆けているクラインを見やる。
(そういえばクラインとフローラの仲が悪くなるのって、確かこのあとだったよね……困ったな。このままこの前のループ通りに物語を進めて行くと、私が王子について探る時間が無くなってしまう)
今結衣が考えている作戦は、“とりあえず王子の部屋に侵入して探ってみよう!”作戦だ。
我ながらあまり誉められた行為ではないとは思うが、なにせ結婚式までの時間が無さすぎる。
多少の強硬手段は必要だろうと、結衣は自分に言い聞かせる。
(あ、そうだ。いっそのこと、クラインとフローラの仲を悪くしなければどうだろう。そうすれば私がフローラを追いかける必要は無くなるし、フローラの心の負担も減って一石二鳥じゃない?)
我ながらナイスな思いつき。
そうと決まれば早速実行あるのみだ。
だが、結衣がひとりで考えている間にクラインは気を取り直し、フローラと言い合いをしていた。
「なによ、クラインは私の専属騎士でしょう?勝手に側を離れるなんて、騎士失格ね!」
「ふん、お前に言われるまでもなく、俺はもともと騎士になるつもりは無かったしな!それに俺は明日で騎士……」
あ──ーっ!と結衣が突然大声を出す。
その声に驚き、クラインは言いかけていた言葉を思わず止めた。
「フローラ、そろそろ帰らないと城の人達が心配するよ!うん、それにこんな所で言い合いしてたら注目の的だしね」
ほらほら、早く早く、と結衣は二人の会話を意図的に中断させた。
(あっぶなー、もう少しでクライン言っちゃうとこだった。完全にこっちの都合だけれど、それを言うのはもう少し待ってねクライン)
心の中で結衣はクラインに謝る。
「……じゃあ城に帰るか」
「そうね、そろそろ私がいないこと気付かれてもおかしくない頃だし」
「ったく、城からは例の場所を使って抜け出しただろ」
(例の場所?もしかして井戸からの抜け道のことかな。私も城に入るのに、あの抜け道利用する気満々何だけど、困ったことにあの抜け道、フローラの部屋に繋がってるからなぁ)
抜け出してみて部屋でばったり、何てことは結衣としては避けたいところだ。
フローラだけなら何とか説明すれば良いかもしれないが、クラインがいれば話は別だ。
剣で怪我を負わされれば、目も当てられないだろう。
「じゃあそこまで送って行くから、早く行くぞ。ユイも、もう城下町だから平気だよな」
「うん、送ってくれてありがとうクライン。フローラも、またね」
「えぇ、またいつか。ユイ、だったかしら。名前、覚えるわね」
フローラとクラインは結衣に別れを告げて、人混みの中に消えていく。
想像以上にあっさりとした別れに、結衣は拍子抜けしていた。
(正直もっと突っ込まれるかと思った。ついフローラの顔を見た途端泣いちゃったし、フローラに対していきなりタメ口だし。さて、このあとどうしよう。とりあえず井戸の所に行って、様子を見るしかないか)
尾行はクラインに気付かれそうだと思い、少し後から追いかける事にする。どうせ行き先は分かっているのだ。
クライン達の姿が見えなくなってから数分後、結衣は井戸のある方向へと歩き出したのだった。
そして……
「おいフローラ、悪いが少し付き合えよ?お前を一人で歩かせるわけにもいかない。少し気になることがあるからな」
「えぇ、実は私もあの人について、もっと知りたいと思っていたところなの。でも悪い人には見えないのよね、彼女」
細い細い路地裏で、一組の男女がこそこそと話をしている。
「分かってる、俺も彼女が────ユイが敵だとはあまり思っていない。だが……」
「大丈夫よクライン。そうやっていつも私を守ってきてくれたのだもの、尾行をとやかく言ったりしないわ。これからもよろしくね、私の専属騎士さん」
フローラの最後の言葉が、クラインの胸に残る。
「……フローラ、俺は明日で────いや、何でもないよ」
(こんなに楽しげに話している彼女の笑顔を、曇らせるようなことは今は避けるべきだな。今はユイの尾行が先だ)
細い細い路地裏から、クラインとフローラの尾行が始まる。