バルコニー★
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ゴーン、ゴーン、ゴーン
城の外から鳴る鐘の音が、結婚式の始まりを告げる。
その音を合図に、教会で王族への結婚の祝福を許された貴族たち以外の人々は皆、城の前の花畑に集い始めた。
貴族以外で結婚を祝ってくれる者はそこに集まるよう、事前に国から通達があったからだ。
国民のほとんどが集まっているのか、花畑は今や人々で埋め尽くされている。
「すごい人の数……」
城内の窓から花畑を見下ろしながら、一人結衣は呟いた。
彼女は貴族ではないため、式場に入ることはできない。そのため、人のあまりいなくなった城内で、式が終わるのを待っているのだ。
ちなみにクラインはあれでも一応貴族であるため式には出席している───というよりも、しなければならない。上流階級というのも大変である。
「暇だし、見回りも兼ねて城内を散歩しようかな」
結婚式がいつ終わるのかは分からないが、おそらくバルコニーにクラインとフローラ姫が出て来れば、国民たちが反応を示すだろう。
(本当はずっとバルコニーの近くにいたかったけれど、バルコニーの件は秘密だから直前までは行かないでと姫様に却下されちゃったし……)
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静まり返った城内を、行くあてもなく一人歩く。
外から聞こえる、姫様たちを待つ国民たちの期待のざわめきに、注意深く耳を傾けながら……
時間が経つにつれて結衣は、自分の緊張が高まっていくのを感じていた。
心臓はバクバクと拍動を早め、じわりと全身に汗が広がる。
(冷静に、冷静になれ自分。今が一番大事なとき、焦りは禁物だ。主人公たちの悲しき未来を知っているのは自分と刺客、ただ二人。私が必ず助けてみせる)
深く息を吸い、深く息を吐く。
深呼吸を幾度か繰り返しながら歩いているうちに、いつの間にか王子の部屋の近くまで来ていた。
(げ、あの恐い顔した護衛たちがいる。私がうろうろしてるの見つかったら、絶対何か言われそう……)
結衣は反射的に柱の影に隠れた。
幸いなことに彼らは何やら話に夢中で、彼女に気付いた気配はない。
(何を話しているんだろう……)
ふと内容が気になり、結衣はこっそりと会話に耳を傾ける。
「まもなくだな」
「あぁ、まもなく結婚式が終わる。バルコニーに出てくるのも時間の問題だ」
(あ、そうなんだ。じゃあそろそろバルコニーに移動しないとかな)
柱の影から回れ右して結衣は、そっとその場を離れかける。
「それにしても残念だったな、エンド」
(エンド?確かそれって王子が選ぶ予定だった護衛の名前だったっけ)
聞いたことのある名前の出現に、離れようとしていた結衣の足はピタリと止まった。
「ふん、構わないさ。ハイルであろうが誰であろうが、役目を果たせばそれでいい」
「お前ほどの腕前はそうそういない、命中率はお前がトップじゃないか」
(や、役目?命中率?一体何の話を……)
それ以上会話を聞いてはいけない。そう潜在意識が訴えてくるが、彼らの会話は止まらない。
「なぁに、命令は単純だ。胸を貫けばそれでいい。誰にでもできるさ」
「我らが……」
ワァァッと突然歓声が湧いた。
フローラ姫と王子が、バルコニーに姿を見せたのだろう。
その音で、彼らの会話の一部が聞き取れない。
「……様のために」
(胸を貫く?!ま、まさか!!)
考えるより先に、身体が動いた。
柱の影から飛び出しバルコニーへと続く廊下を勢い良く走りだす。
「───ッ、誰だ!」
「チッ、聞かれたか。まぁ良い、誰のことかは分かるまい。それにどうせもう……」
(嘘だ嘘だ嘘だ!!刺客が一人じゃないなんて!間に合え、間に合え間に合え間に合え!!)
持てる全てのエネルギーを足に送り、ただひたすらに結衣は走った。
(お願いフローラ、間に合って!せっかくクラインに言いたいこと言えて、これからまた仲良くなれそうなんでしょ?!もっと速く、もっともっともっと速く走れ!)
膝が笑ってくる。恐怖が足を支配して、思うように動かない。
嫌な予感が全身を駆け巡る。
それを振り切るかのように、結衣は広い城内を走り続けた。
バルコニーの扉が見える。
「おい君、止まりなさい!ここから先は限られた者しか……おい、ちょっと!」
「どいてー──っ!!」
扉を守る衛兵を、結衣は気合いで跳ね除け扉を開いた。
バンッ
「───っ!」
バルコニーに飛び込んだ彼女の目に写った光景は、背後から矢を構えて姫を狙うハイルの姿。
「ダメーー!!」
一瞬ハイルの意識がこちらに向いたが、すぐに姫の方に向き直った。
ヒュッ
結衣は必死の思いで手を伸ばし、射られた矢を掴もうとする。
(まだ止められる!あの矢を掴めば止められる!)
「───っ!!」
ドスッ
嫌な音が響いた。
ハイルの放った矢は……
姫の背中を貫いて止まった。
一瞬の静寂
「いやぁ!!!」
結衣の絶叫とも言える悲鳴が、バルコニーに響き渡る。
恐怖と絶望で重い身体に必死で鞭を打ち、結衣はフローラの元へと駆け寄った。
「ゆ、ユイ……ゴホッ」
そんな彼女の名を呼びながら、フローラはどす黒く赤い血を吐いた。真っ赤に染まる辺りに対し、その表情は青白く、誰が見ても助からないことは明白だった。
「フローラ!ダメ、喋らないで!」
視界がぼやける。
涙で、もはや目の前のフローラの姿が見えない。
フローラが結衣の頬に手を伸ばし、軽く指先が触れる。そして軽く微笑んだ直後、彼女の手から力が抜けた。
(あ、ああ…あああ……)
悲鳴も出ない。悲しみが声にならない。
深い、深い喪失感。
フローラの白くて細い指先から、温かさが消えていくのが分かる。
結衣はそれらを実感しながらも、自らの意識が何かに飲み込まれていくのを感じた。
歓声が悲鳴へと変わるのを聞きながら、彼女の意識はそこで途切れた……。
これで第一章は完結です。次回からの第二章もよろしくお願いします!