夢から覚めて
大変お待たせ致しました!
ハッピーハロウィン!
「───ッはあ、はあ、はあ……」
目が覚めると同時に結衣は、ガバッとベッドから身を起こし、荒い呼吸を繰り返した。
彼女は、自分がジワリと嫌な汗を掻いている事に気付く。
「今の記憶は、もしかして───」
結衣には思い当たる節があったが、今それ以上の考察を続けることはできそうになかった。
なぜなら結衣の起床に気付いた衛兵が、声をかけてきたからだ。
「お目覚めですか?ご気分などはいかがでしょうか」
その質問をされて結衣は、ようやく自分が倒れたのだということを思い出した。
それと同時に、自分がしてしまった行いの内容もはっきりと思い出す。
(そうだ、私は王妃に対して不敬を働いてしまったんだっけ……)
「体調は、大丈夫だと思います───ここは、私の部屋?」
「はい。処分が決定されるまで、このお部屋でお過ごしください。また、申し訳ございませんが衛兵を二名、部屋の外につけさせて頂きます」
(つまりは、見張りだね)
結衣が逃げ出すことのないように、部屋と外を繋ぐ扉の前に衛兵を置くという意味合いだろうと結衣は納得する。
「わかりました。ところで、国王様のご容態はいかがですか?私はどれくらい眠っていたのでしょうか」
「国王様は、未だ予断を許さない状態にあらせられます。また、ユイ様は3時間ほどお眠りになられておりました」
自分の感覚的には、かなり長い時間眠っていた気もするので、3時間程しか経過していなかった事に結衣は少し驚いた。
「それでは自分はこれで失礼いたします」
「あっ、はい。ご迷惑をおかけしました」
どうやら彼が部屋の中で待機していたのは結衣が目を覚ますのを待つためだったらしく、衛兵は結衣に一礼をすると、部屋の扉から外に姿を消したのだった。
「あーあ、やっちゃった……」
後に1人残された結衣は、そう言いながら盛大なため息をつく。
皆のいる前で言ってしまったことに関しては、結衣は反省の気持ちでいっぱいだった。
けれど、もう、止められなかった。
国王をあのような目にあわせた張本人でありながら、平気で国王を労り案じる言葉を紡ぐ、東の魔女の存在が、許せなかったのだ。
「これからどうしよう……とりあえず、今の状況を整理してみなくちゃね」
国王様の倒れた原因─────いや、それどころかこの一連の騒動の原因は、リライムの葉。
その葉の生息場所は、魔女しか知らない。
「王室図書館で読んだ内容からしても、これは王妃様……いや、東の魔女が葉を採ってきたと見て間違いないよね」
そこまでは、容易に推測がつく。
しかし、腑に落ちない点が結衣にはあった。
それは、何故これほどまでにリライムの葉が貴族の間に流通していたのかという事だ。
「あの賢い東の魔女だったら、絶対こんなに広めずに、もっと少ない規模でやると思うんだよなあ。これだけの数の貴族と王妃がやり取りしていたら、絶対誰かに知られるもん」
王族と貴族とのやり取りは注目され、記録に残りやすい。
にも関わらず、今までシリウスにすら気付かれる事無く数十の貴族にリライムの葉を渡していたという事実は、結衣にとっては不可解なのであった。
「だってあの情報通のシリウスさんだよ?城内でやれば普通バレるでしょ。という事は……城外?」
そこまで考えると、結衣はベッドを離れて部屋にある机の方へ行き、椅子に座って紙とペンを手に取った。
頭の中で整理をするには限界があるため、メモをして整理する事にしたのだ。
「えっと……つまりリライムの葉の受け渡しは城外で行われていたと仮定すると、東の魔女本人が行うのは難しいよね。王妃様が街中を1人で何回も彷徨いていたら、さすがにマズいだろうし」
そこで考えられるのは、やはり仲介人の存在だろう。
仲介人がいるとするならば、王妃の役目は一度彼と接触し、リライムの葉を渡せば完了だ。
その後は仲介人が、貴族達と直接やり取りをするなり何なりすればいい。
「うん、筋は通ってる。あとはこの仮説を証明出来ればいいんだけどなぁ」
なにぶん今の結衣は、囚われの身。
自由に動く事などできないだろう。
「ん?……あれ?ちょ、ちょっと待って─────」
結衣はそう言いつつ、書く手を止めてメモを見返した。
メモに書かれてあるのは、東の魔女である王妃様が仲介人とやり取りを交わし、その仲介人が貴族達とやり取りをするという事。
「これ、仲介人の存在を証明出来ればもしかして……王妃様についても糾弾出来るんじゃない?!」
自分でも予想だにしなかった閃きの内容に、思わずガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。
だがその直後に、自分の今の状況を思い出してため息をつくのだった。
「……いやでも、そもそもこの部屋から出られないのに証明も何も無いか……私のこの考えを誰かに伝えたところで、また不敬罪に問われて罪が重くなるだけだしなぁ」
せっかく王妃を糾弾出来るかもしれない絶好の機会が目の前にあるというのに、このままではみすみす逃してしまう事になるだろう。
「はぁ……せめてこの部屋を出る事が出来ればいいのに」
結衣が肩を落としながらそう呟いた直後、ドアではない部屋のどこかからノックのような音がした。
コン、コン
「えっ、何?何の音?というか、一体どこから聞こえて……」
コン、コン
それはフローラと自分の部屋を隔てる壁のあたりから聞こえているようだった。
その壁を見つめて、結衣は何かを思い出す。
「あ、確かここって……!」
その場所は、もしフローラに何かがあった場合に備えて即座に駆けつけられるよう、フローラの部屋と両隣の部屋を繋ぐ隠し扉がある場所だった。
ガラッと音を立てて隠し扉を開くと、腰をかがめたフローラが心配そうな表情でこちらを見ていた。
「フローラ……」
結衣は何かを言おうとしたが、口を噤んだ。
怖かったのだ、フローラの結衣に対する反応が。
3時間も過ぎていれば、確実にもう王妃への不敬罪の件は彼女の耳へと伝わっている事だろう。
実の母への不敬を働いた人間に対して、娘であるフローラはどんな反応を示すのか。
結衣には想像する事が出来なかった。
待てども口を開こうとしない結衣を見て、フローラは何も言わずに労わるような表情で、軽く二度手招きをする。
どうやら自分の部屋へ来いと言っているようだ。
「…………」
結衣は一瞬躊躇する仕草を見せたが、フローラをいつまでも立たせない訳にもいかないと、音を立てずに隠し扉をくぐる。
「こちらへ来て、少し座って話しましょ?」
「……はい」
結衣は促されるまま、彼女の座っている対面のソファに座り、恐る恐るフローラの顔を伺ったのだった。
「お母様の件についての話は、聞いてるわ」
「……ですよね」
予想通り、彼女に伝わっていると分かって俯く結衣の両頬に、フローラはそっと両手を添える。
「ねぇユイ、私はあの場所にいたわけではないわ。
人伝に何があったのかを聞いただけ。何か理由があったのでしょう?─────話してみて。私は、あなたの口から聞きたいの」
そう諭すように話し掛けるフローラの優しさに、結衣は瞼の奥が熱くなるのを感じた。
(あぁ、こんなにも……こんなにも私の事を信じてくれているのに私は────あなたに本当の理由が話せないなんて……)
話せない、話せる訳がない。
それを話せば彼女の母親が、東の魔女だと言う事になってしまうから。
だから結衣は困った様な顔をして、優しく笑う彼女にこう言うしか無かった。
「すみません、フローラ様。それは、言えないんです」
まさか結衣が理由を話さないとは思わなかったのだろう。フローラは驚きを見せたあと、すぐに悲しみの表情を纏わせたまま声を震わせた。
「─────っ、ユイ!あなたこのままじゃ、不敬罪で罪に問われてしまうかもしれないのよ?!それでも言えない理由って、一体何だと言うの!」
「……すみません」
それでも俯いたまま言おうとしない結衣を見て、フローラは深い深いため息をついた。
「……そう、分かったわ」
そう言うと彼女はゆっくりとソファから立ち上がり、部屋を出る扉の方へと歩き始めた。
そして、結衣に背を向けたまま彼女に話し掛ける。
「私、お父様のところに行ってくるわね……ユイは好きなだけこの部屋にいて構わないわよ。退屈なら、植物の本がそこに沢山置いてあるから、好きに読んで」
「……はい、ありがとうございます」
その返事を聞いた後パタンと静かに音を立てて、フローラは部屋から姿を消した。
その音が、結衣にはフローラとの関係の破綻を表す音に聞こえてならない。
残された部屋の中で虚空を見つめながら彼女は、心の中で深い喪失感に襲われていた。
(今度こそ、終わったなぁ。フローラにも失望されちゃった……もうこれできっと、私を信じてくれる人は誰もいなくなっちゃったね)
結衣は、この異世界に来てすぐの頃、自分の事を誰も知らない中に放り出された頃の気持ちを思い出す。
危うくイノシシに殺されそうになり、死を覚悟したあの頃を。
「それに比べれば今なんて衣食住もあるし、まだマシな方か……うん、そう思えば何だか頑張る気力が湧いてきた!」
絶望的な状況に変わりはないが、今自分にやれる事は限られている。
「とりあえず、今はこの部屋から衛兵にバレずに出る方法を考えなきゃ。そして勿論行く場所は─────」
困った時の強い味方。
結衣がこれからするべき道を記してくれる、あの書物。
「王室図書館しかないよね!」