魔女戦争③
年内最後の更新です!
今回はいつもより長めとなっております♪
ホー、ホー、ホー。
漆黒の闇に包まれた森のどこかから、聞こえてくるのはフクロウの鳴き声。
月明かりさえも届かぬ中で、夜の森を抜けることなど愚の骨頂である。
そのため、いつもは夜の森に人の気配など微塵も存在しなかった。
そう、いつもなら……。
しかし今宵、その森をものすごい速さで駆け抜ける馬が一頭あった。
そしてその上にまたがる一人の女性は、馬に魔術を付与して速度や方向などを調整している。
彼女が魔術を使えばその身は光に包まれて、辺りを照らした。
それはまるで馬の行く道を照らす月明かりのように、光輝いていたのであった。
「フェリナです!門を開けて下さい、国王様は今どちらに?!」
「お、お待ちしておりました!こちらです、どうかお急ぎください!!」
彼女が城に到着したのは、野営地を出てから約二時間と少しの時間が経った頃であった。
馬の速度を上げるために、フェリナはだいぶ無茶をして魔力を消費していた。
おかげで早くに到着できたものの、彼女の息は乱れ、顔色も青白い。
しかし休む間もなく衛兵に案内されて国王の元へと駆け付けると、そこにはフェリナとは比べ物にならない程に青白い顔をして浅い呼吸を繰り返す、国王の姿があったのだった。
「国王様っ!!」
駆け寄るや否や、フェリナは即座に国王に治癒魔法をかけ始めた。それと同時に国王の傷の状態を確認する。
「これは、なんて酷い……」
国王は前から短剣で突かれたらしく、心臓には届いていないものの、左肺を損傷していた。
また刺客に剣を引き抜かれていることや、国王の顔色の悪さから、出血量も多いことが容易に予想された。
この出血量が問題なのである。
肺の傷を治すことはできても、失った血を元に戻したり増血することはフェリナにはできない。
ゆえに、彼女はこう診断を下すしかなかった。
「国王様のお命は、風前の灯火……私の治癒魔法では、既に手遅れの状態です」
「そ、そんな……!光の魔女であるあなた様のお力をもってしても手遅れであるならば、もうどうすることもできないではないですか!」
待っていた言葉とは裏腹に、聞きたくないことを言われてしまった周りの人たちの顔色は、絶望に染まる。そんな彼らの表情を見て、フェリナはある覚悟を決めた。
「……国王様をお助けする方法が、一つだけあります」
助ける方法があると言いつつも、彼女の表情はどこか悲し気だ。
だが、周りの人たちはその言葉に一筋の希望を見出した。
「それは本当なのですか?!ならばお願いします、国王様を……我らの主を、どうかお助け下さい!!」
「……わかり、ました。では皆さん、これから行う魔術は皆様にも影響を及ぼしかねません。申し訳ありませんが、この部屋には国王様と私だけにしていただけますか?終わりましたら、扉を開きますので」
「も、勿論です!それで国王様のお命をお救いできるのでしたら、我々は外におります」
フェリナの言葉に、皆即座に部屋を退出する。
一分もかからぬうちに、部屋にはフェリナと国王のみが残された。
「フェ……リナ……」
浅い呼吸の合間、途切れ途切れに国王は彼女の名を呼んだ。彼女は安心させるように、国王の手を優しく握る。握った国王の右手は冷たく、もはや一刻の猶予もないことが伺えた。
「大丈夫、ご安心ください。必ず私がお救い致します」
そう言うと、フェリナは目を閉じ詠唱を始め、国王は自身の体が優しい光に包まれていくことに気が付いた。それはまるで陽だまりのように暖かく、心地良い。
「国王様、私が城を離れたばかりにこのような目に遭わせてしまい、本当にごめんなさい」
国王の胸につけられた傷が消え、左肺が正常な状態に戻ったためか、彼の呼吸が安定し始めた。
「私、国王様には本当に感謝しております。魔女などという異端の存在を、まだ国にとって利となるか害となるかも定かではない頃から、あなたは疎むどころか必要だと言ってくれた。決して私たち姉妹を、偏見の目で見ることはしませんでした」
フェリナは国王の握った右手を通して、魔力を注いでいく。しばらくすると、失血して青白くなっていた国王の顔色が、徐々に赤みを取り戻し始めた。
しかし、国王は戻りゆく自身の体温を感じながらも、とある異変に気が付いた。
握られているフェリナの掌から、徐々に体温が失われていることに……。
「フェリ……ナ、お主、何を……」
「国王様は、この国になくてはならない御方。まだ死ぬべきではありません。でも私の治癒魔法では、お救いすることができそうになかった。だか、ら……」
途端、苦し気にフェリナの顔が歪んだ。一瞬国王の手を握る力が弱まる。
しかしその力は再び強まり、フェリナは困ったような顔を国王に向けた。
「私の生命力を魔力に代えて、国王様へ」
「───っ!!」
生命力を魔力に代えているということは、すなわち命を削っているということだ。
本当ならば救えないはずの命を救う代償は、大きい。
「大丈夫。生命力が一定まで弱まれば、仮死状態になります。いずれ年月が流れれば力も戻り、目覚める時が訪れましょう」
それは何十年、いや、何百年後のことなのか。それはフェリナにも分からなかった。
もっと言うならば、本当に仮死状態を脱することができるのかすら、未知の領域だ。
それもそのはず、彼女とて経験したことはないのだから。
「あ、そうだ国王様。私は死んだことにして、そしてこの体は封印してください。でなければいくら仮死状態とはいえ、悪人の手に渡れば悪用されかねませんから」
明るくそう言う彼女の胸中は、国王とて図れない。
国王は、彼女に述べる言葉が見つからなかった。
何を言っても今の彼女の行いに対する言葉としては、相応しくないと思ったのだ。
だから彼はただ、彼女の頼みに対する返答として、
「……分かった」
そう、述べたのであった。
その返答に満足すると共に、フェリナは残された時間が残り僅かであると悟る。
彼女は国王の容体が安定したことを確認すると、安心したかのように目を閉じた。
「願わくば……この国の未来が明るくあらんことを」
それが国王が聞いた、彼女の最期の言葉であった。
そしてフェリナは最後の力を振り絞り、思念を魔力に乗せて飛ばし、力尽きる。
閉じられていた部屋の扉が、開かれる音がした。
次回、過去編『魔女戦争』、完結。(予定)