覚えのある香り
お待たせ致しました(((;°▽°))
お待ち下さり、ありがとうございました♪
「シリウスさんっ!」
部屋の扉を勢いよく開けて飛び込んできた結衣の姿に、シリウスは驚きをあらわにした。
「どうしたのユイさん、そんなに慌てて」
「あのっ、今すぐ確認してほしいことがあるんです!」
「……もしかして、何か分かったのかい?」
察しの早いシリウスに、結衣は深刻な顔をしながら頷いた。
「原因は、紅茶かもしれません」
結衣の発言に、一瞬部屋が静まり返る。
そして、明らかな落胆の声が周りの衛兵達から漏れ聞こえてきた。
しかしシリウスだけは落ち着いた声で、申し訳なさげに口を開く。
「……ごめんねユイさん、それは無いよ。紅茶も、茶葉も確認したが、毒の反応は確認されなかったんだ」
しかし、そこで結衣が食い下がることは無かった。
「違うんです!毒だけど、量によっては毒とは認識されないんですよ!」
「何だって?……どういう事だ。詳しく説明してもらえるかな」
そう。リライムの葉の厄介なところは、ある一定量を超えなければ、身体に害を及ぼすことは無いという点だ。
中毒症状は副作用のようなものであるため、毒の効能とは認識されない。
リライムの葉自体の効能はあくまで、「香り・味ともに心身をリラックスさせる」というものなのだから。
そのため光の魔術が付与されている銀食器に乗せても、毒反応が陽性となることはなかったのである。
それを結衣の口から説明されたシリウスは、青ざめたような顔になる。
「ちょっと……ちょっと待ってくれ。確かにあの茶葉の品名まではまだ調べていない。重要なのは、毒の有無だったからね」
「それは仕方の無いことだと思いますよ。でもこれで品名も判明したことですし、新たな対策案を立て────」
結衣の言葉を、唐突にシリウスが遮る。
「ユイさん、その前に一つ質問させてくれるかい?」
「え?あ、はい。勿論ですよ!」
彼の声音は至って冷静────否、冷静になろうとしているのだろうか。表情からは、困惑とも言える感情が見て取れる。
「……どうして君が、“ リライムの葉”を、知っている?」
「────え?」
その質問内容に、今度は結衣が困惑する番だった。
しかし、問われて気付く。
そもそもリライムの葉自体が、魔女にしか採取不可能であるということに。
その上魔女関連のものだ。危険な物が、そう易々と市場に出回るはずがないという事実に……。
「……その表情だと、理解したみたいだね。そう───その葉は魔女が封印されている今、存在するはずがない。たとえ存在したとしても、その名前を言えるはずがないんだ。リライムの葉の存在は、その危険過ぎる効能ゆえ、世間に公表されていないのだから」
「───っ!!」
「さてと、改めて問おうかユイさん────なぜその名前を、その正確な効能を、君は知っている?」
その問い掛けに思わず結衣は、シリウスに“ 光闇魔術書に書かれていたから”と、真実を伝えそうになった。
それほどまでに彼の視線は鋭く、まるで全ての真偽を見抜かれてしまうような気がしたのだ。
言葉を選ばなければ、今までの信用が失われる、と結衣の本能が告げている。
焦りからの嘘は、確実に後でボロが出る。
それは彼女自身の首を絞める行為でしかない。
しばらく黙り込んだ結衣だったが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……言わなければいけませんか?それが今の状況下で、そんなに重要なことなのでしょうか」
「聞かれては困ることでないのなら、今すぐに答えられるはずだよ」
(ぐっ、正論を言ってくれますねぇ。さすがはシリウスさん、簡単には引いてくれないか)
「今私が理由を言うことが出来ないのは事実です。でもそれは……」
そこまで言うと結衣は、チラリと部屋の中を見回す仕草をした。
部屋の中には先程と変わらず、多くの衛兵やメイドがいる。彼らの方に目線を送りながら結衣は言葉を続けた。
「この場で言えることではないからです」
シリウスも彼女が言わんとしていることを理解したのだろう。一つ溜め息をつくと、彼の眼光は幾らか優しいものへと変化した。
「……確かにユイさんの言う通り、魔女関連の話を今ここでしようとしたのは軽率だったか」
「それに、述べたところで私が敵側の人間でないという確証も得られないと思います。今はただ、この情報を信じて下さいとしか……」
「ユイさんを疑いたくはないけれど、職業柄ね……申し訳ない」
「いえ、大丈夫ですよ」
魔女が関連したおかげで、今すぐの追及を免れることが出来て結衣はホッとした。
少しとはいえ、言い訳を考える時間が出来たことは有難い。なにせあのシリウスを納得させなければいけないのだ、理由を熟考する必要があるだろう。
「あ、そうだ。この事をクラインにも伝えた方がいいですよね?」
「そうだね、他の被害者貴族の家からも同様の茶葉が発見されれば、ほぼ原因は確定されるだろうし」
「じゃあ私が伝えに行きます!ここにいても、やる事もないですしね」
「すまない、じゃあ頼まれて貰えるかな」
シリウスに大きく頷いて結衣は、部屋を出るため歩き始めた。その時、良い香りが彼女の鼻腔をくすぐる。メイドの一人が、リライムの茶葉を使って試しに淹れたのであろう。
飲まなければ何の影響も及ぼさないため、淹れる分には安全なのだ。
その香りを嗅いでふと結衣は、何か引っかかるものを覚えた。
(ん?この香り、どこかで嗅いだような……)
それは、貴族の屋敷でのことではなかった。
あのテーブルの上に乗せられていた紅茶は既に冷めきっており、香りなど漂ってはいなかったからだ。
(じゃあ、一体……どこで?)
自然と足が止まった結衣を見て、シリウスは不思議に思い声を掛ける。
「どうしたんだい?ユイさん」
「いえちょっと何か今この紅茶の香りを嗅いだら……大切な事を忘れているような、そんな気がして────」
「どこかで同じ香りを嗅いだとかかい?ユイさんの大切な事は、本当に大切な事のような気がしてならないよ」
(どこで嗅いだんだろう、貴族の屋敷でないとしたら城内?…………)
「────っ!!!!」
そこまで考えて、結衣の顔色が一気に悪くなる。
体が無意識のうちにガタガタと震え、結衣はその場に膝をつきかけた。
「おっ……と、大丈夫?その顔……何か、思い出したんだね」
シリウスの咄嗟の支えで、結衣は何とか崩れ落ちずに済む。しかし、彼女の顔は絶望と焦燥感に満ちていた。
「どぉ……しよう。どうしよう!もし、もしもあの紅茶がリライムなら────っ!!」
「落ち着くんだユイさん、一体何を思い出した?」
シリウスの顔を見ると、結衣は余計にガタガタと身体を震わせた。
「ごめっ……ごめんなさい!私が……私が目の前にいながらっ!!国王様が……危ないです!」