日常の終わりは突然に
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“魔女の嘲笑が使われた”。
溜め息混じりに結衣が指摘した事の大きさに、事情を知らない者達は驚きで声を失った。
事情を知るシリウスは、彼女の察しの良さに驚嘆する。
「で?本当に使っちゃったのね、魔女の嘲笑を」
何も言わないクラインに追い討ちをかけるように、結衣は再度彼に問うた。
確信を持ってそう尋ねる彼女の態度に、はぐらかすのは困難と諦めたのだろう。
クラインは溜め息をついて、ゆっくりと頷いたのだった。
「……本当は国王とシリウス以外に教えるつもりは無かったんだけどな。こうなった以上、きちんと説明する」
そう言ってクラインは何故魔女の嘲笑が使われたのかと、その後シリウスとこれまでの経緯を照らし合わせ、事象の相違点を把握したことを皆に話した。
「……とまぁそんな訳で、シュバイン・リーズベルトが関わった事象の全ては、リーズベルト国側の放った刺客の行いへと変更されているみたいだ」
ついでに述べておけば、クラインはフローラを刺客から守った際に、彼女へプロポーズをしたそうだ。
つまり、フローラが他国の王子と結婚するという話自体、消えて無くなっていたのだった。
(何だかそれはそれで寂しいものがあるような……まぁでも、フローラにとっては一番良いかもしれないね)
「それよりもユイ、カイト殿、なぜ2人は魔女の嘲笑の影響を受けていないんだ?」
「え゛っ、それは……どぉしてだろうね~アハハ」
「お、俺にもちょっとよくわからないですね!」
いや、本当は心当たりは充分にあるのだ。
魔女の嘲笑の記憶消去の対象となっているのがこの世界の人間であるならば、納得がいく。
恐らく異世界人であることが、影響を受けなかった理由なのだろうと結衣は推測していたのだった。
「なるほどなぁ、クラインの説明が真であれば、魔女の嘲笑に関する口伝に間違いは無さそうだ」
「そのシュバインとか言う元王子と違い、刺客など生かしておく価値もありませんから、彼は既にこの世を去っていますけどね」
最後のシリウスの発言に、結衣とフローラはビクリとする。
(そ、そうだよね。フローラの命を狙った大罪人だもん。理解はするけど、いざ口に出されると……)
「これシリウス、言わんでいいことまで言っておるぞ。フローラとユイが怯えるではないか」
ついでに言えば快斗も内心恐怖していたのだが、娘に悟られたくない一心で、気を張っている。
「ーーーっ!も、申し訳ございません主!!いえ、フローラ様、ユイさん!」
「い、良いのよ」
シリウスの焦りの混じった謝罪に、フローラは困ったような笑顔でそう返したのだった。
「ア、アハハハハハ……そ、それより今日はレオナさんいませんね。てっきりもう、フローラの側にいるものかと」
先日晴れてシリウスの嫁となり、その後フローラの専属騎士になったレオナの姿が、今日は見当たらない。
「あぁそれはね、私が任務開始を一週間延ばしたのよ。せっかくの新婚さんなんだもの!ゆっくり2人で過ごす時間は必要でしょう?」
「僕もお言葉に甘えてこの一週間は、レオナの待つ家に帰らせて頂いているよ」
フローラの気の利いた提案に、レオナも喜んで同意したらしい。
彼女自身も同じ新婚の身であるが故、余計理解があるのだろう。
「ふふっ、本当にフローラは優しいね!」
「ユイにそう言ってもらえて嬉しいわ。来週からは私の隣部屋のもう一つを、レオナが使うことになりそうよ」
つまりフローラの部屋を中央に、右側の隣部屋がレオナ、左側が結衣の部屋という訳だ。
ちなみに何か起きたときにはすぐに駆けつけられるよう、フローラの部屋とこれらの部屋は隠し扉で繋がっている。
初めてその扉を教えられたときは、まるで忍者にでもなったかのようで、わくわく感が止まらなかった結衣であった。
そしてレオナの場合帰る家はあるが、シリウスもレオナもお互い専属騎士同士であるため、夜も城から離れて家に帰るという選択はしなかったようだ。
「やれやれ、すっかり話が反れたな。してクラインよ、他に異常は無いのだな?」
「はい、今のところありません」
「そうか、ではこの話はここで一旦終いにし…………っ!!」
突如アイヴァントの顔が苦痛に歪み、辛そうに片手で頭を抑えた。
「主っ?!」
「お父様!!」
「国王!!」
突然の出来事にその場にいた皆が青ざめ、ガタッと席を立ちかける。
それを片手で制して、アイヴァントはゆっくりと息を吐いた。
「……だ、大丈夫だ。ただの頭痛だ」
「即座に医師を呼びましょう!」
「落ち着きなさいシリウス、もう何ともない。恐らく季節の変わり目の影響だろう」
「で、ですが……」
渋るシリウスの言葉に続いて、フローラも心配そうにアイヴァントを見る。
「きっとお疲れなのよ、お父様は。今日はゆっくりなさると良いわ」
一方結衣も、自身の心臓の拍動音が聞こえてくるほど、ドキドキと緊張していた。
(び、びっくりした……一瞬、東の魔女関連かと思って焦ったよ。あぁもう、心臓に悪いわ)
痛みが引いたと聞いてホッとしつつ結衣は、こっそり王妃の顔を伺った。
相変わらずの演技力で、彼女は心配そうな表情を浮かべて夫を見ている。
(ーーーえ、ちょっと待って。でも王妃の口元がほんの僅かに笑って……)
それは、王妃に疑いを抱いている結衣だからこそ見つけられた違和感。
僅かに、本当に僅かにだが、確かに王妃の口元は笑いを帯びていた。
(じゃあまさか、これもやっぱり何かのーーー?!)
そこまで考えたところで、皆とは別の意味で、結衣の顔は一気に青ざめた。
その表情の変化に即座に気付いた快斗もまた、結衣の危惧することを汲み取り、険しい表情を浮かべている。
それぞれが様々な思いを内に秘めながらアイヴァントを心配する中で、それは突然に起こった。
「お食事中失礼致します!至急、お伝えしたき事が起きましたため、失礼を承知で開けさせて頂きました!」
激しく扉が叩かれ、皆の注意がそちらに移ったのとほぼ同時に扉が開かれた。
そして廊下に立つ衛兵らしき人物が、焦った様子でそう叫ぶ。
「何事だ?」
かなり興奮状態にあるのだろう。
シリウスの問いかけの言葉を聞くやいなや、彼は早口で用件を述べ始める。
「ほ、報告致します!たった今、ミュンヘン家より緊急連絡が入り、当主を始め一家ほとんどの死亡が確認されました!またそれを合図とするかのように、ヘンリィ家、ルシウス家などからも類似した連絡が入っております!!」
どうやら事態が動き始めたようですよ……?




