ハイリスク・ハイリターン
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さて、時はシリウスと結衣の見合い翌日、城下町にて。
つい先日、アクマデス家に仕える一介の使用人から執事へと昇格したばかりのカイトは、デヴィールに頼まれた雑務をこなしに城下町へとやって来ていた。
「さてと、言われた仕事も無事に終えたし帰るか。しっかし執事ってのは変な頼まれ事が多いんだな。商館に行って、茶葉を買ってこいだなんて。しかも同じ香りのをこんなに……好きなのか?」
執事になって数日経つが、今現在の主な仕事と言えば予約した茶葉の購入作業ばかり。
あとはデヴィールの話し相手になるくらいである。
執事というからには、一介の使用人でいた時よりも難しい仕事などを頼まれるのかと気負っていたが、今のところは杞憂であった。
商館を出て貴族街へと歩を進めていると、反対側から騎士らしき人物が歩いてくるのが見える。
おそらく城下町の巡回をしているのだろう。彼らの仕事のお陰で、城下町は主だった揉め事なども起きず、いつも平和だ。
感謝の意を込めて、軽く頭を下げながら横を通り過ぎようとしたその時。
「失礼、アクマデス家のカイト殿で間違いは無いだろうか?」
「え?ーーーあ、はい。カイトは俺ですけど……」
今まで話したことも無かった騎士に突然声を掛けられて、カイトは驚きつつも返答する。
(お、俺なんかしたか……?)
「国王様専属の騎士、シリウス様からあなたに面会要請が届いている。差し支えなければ、共に城まで来て頂けないだろうか?」
「こ、国王様の専属騎士様が、俺みたいな庶民に一体何の用が?ーーーすみませんが、今雑務の帰り道なので。デヴィール様に許可を得てからでないと……」
遠回しに同行を拒否するカイトであったが、騎士はまったく気にしていないような顔で首を横に振る。
「申し訳ないが、内容はシリウス様から話されるとのこと。またこの件は、デヴィール子爵には内密にせよとの命を受けている」
(ようするに拒否権は無しってことかよ。貴族ってのはみんな強引だな)
乗り気はしないが、相手が貴族ではどうしようもない。貴族社会や家名には疎いカイトでも、拒否権が無いということくらいは理解していた。
「……分かりました。同行しましょう」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「失礼致します。シリウス様、連れて参りました」
広い城内をしばらく歩いた先の一室で、騎士は止まり扉を叩いた。
中からの返事を確認した後扉を開くと、中には若い男が一人座っている。
(思ったより若いな。俺より年下か?)
「ありがとう、下がって構わないよ」
「はっ、失礼致します」
シリウスと呼ばれた男に一礼をして、カイトを連れてきた騎士は部屋を去る。後には初対面の男とカイトが残された。
「まずは、いきなり呼び出してすまない。国王専属騎士の、シリウス・アルベルトだ。驚いたかもしれないが、誰にも邪魔されずに話したくてね」
「……ご用件は?」
「あぁ、そんなに警戒しないでもらいたいんだけれど……それも無理な話だね。単刀直入に聞こうか。君は、デヴィール子爵をどう思う?」
「ごうま……いえ、何でもありません」
予想外の質問に、カイトは戸惑う。
(あっぶねぇー。思わず本音が漏れて、傲慢貴族と言うところだった。自分の主をそんな風に言うのはマズいよな。あと言葉づかいも気を付けないと)
「……貴族らしい貴族だと思います」
「悪い意味で、かな?」
「なっ?!そ、そんなことは無い……ですよ」
まさかのシリウスの付け足しの言葉に、カイトは動揺を見せる。
そんな彼の様子に、シリウスはなぜか微笑んだ。
「やはり僕の調べた通り、子爵の使用人と言っても全員が好きで下に付いているわけでもなさそうだね」
「調べた?どういう、意味ですか?」
カイトの質問に、シリウスは真剣な表情になる。
「デヴィール子爵の黒い噂を知っているかい?」
「黒い噂ーーー存じませんが、あまり良い噂では無さそうですね」
「あぁ。しかしそれが噂の域を越えないのは、彼が証拠隠滅に関して長けているからだ。身近な存在で無い限り、掴むことはかなり難しいだろう」
そこまで聞いて、ようやくカイトは理解する。
なぜここに自分が連れてこられたのか、その目的を。
カイトが話の内容を察したことに気付いたのだろう。シリウスもその考えを肯定するように頷いた。
「君に、デヴィール子爵の裏取引に関与している証拠を探してほしい」
「……それ、かなり俺自身のリスク高いですよね。それに、まがりなりにも行く宛の無かった自分に職を与えてくれた人だ。それを裏切るだけのメリットが、こちらにあるとは思えない」
「あぁ、分かっている。君の言い分は正しい。だから約束しよう。君が任務を成功させた暁には、きちんと君の居場所をーーー今よりも良い職を確保するとね」
またシリウスは、デヴィール子爵が捕まった後の雇われていた使用人達の職も確保することを約束すると述べた。
どうやらシリウス・アルベルトはデヴィールのように、庶民だからと一方的に従わせるような行為はしないようで、きちんと対価は払う貴族らしい。
そこには少し好印象を抱いたカイトであった。
「……少し、考えさせてはくれませんか」
「あぁ、もちろんだ。ただしすまないが、返事はこの部屋で聞かせてほしい。決まったら、呼んでくれると助かるよ」
そう言うと、シリウスはそのまま執務机に向かって仕事をこなし始めた。
(ようするに、返答次第ではーーーってことも念頭に入れておかねぇとな)
この提案をカイトにして来た時点で、シリウス側も相当なリスクを背負ったはずだ。
もしシリウスの読みが外れて、カイトがデヴィール子爵を慕っていたなら、敵側に疑われていることが露見してしまう。
(調べた、とか言ってたな。自分の情報に絶対の自信があったのか、それともーーー)
シリウスの提案は、カイトとしては悪い話ではない。ただ、それは成功した場合のことだ。失敗してデヴィール子爵に見つかれば、裏切った自分は只では済まされないだろう。
ハイリスク・ハイリターンだからこそ、安易には乗れない提案であった。
(……まぁいくら考えたところで、こちらの返答は決まっているに等しいけどな)
「その提案、受けます。ただし、契約書は書かせてもらいます」
「うん、はなからそのつもりだよ。でもその慎重な姿勢、あのデヴィール子爵が近くに置くだけのことはあるね」
(元々あの子爵は気に入らなかったしな。職が確保されるなら、リスクを侵すだけの価値はある)
シリウスの用意した契約書を慎重に読み、内容を確認する。
「じゃあここにサインをお願いするよ。もちろん、これは責任を持って僕が保管することを約束しよう」
「あぁ、分かった……じゃなかった、分かりました」
契約書の一番下の欄に、“カイト”と名前を書いていると、シリウスが声を掛けてきた。
「ところで君って、どこの出身なんだい?」
シリウスの何気なさを装った質問に、カイトは肩をピクリとさせる。
「……それ、今関係無いですよね?」
「うん、そうだね。これは単なる興味の範囲だ、でも一つだけ言わせてもらうならーーー」
顔を上げてシリウスを見れば、とても良い笑顔でこちらに微笑んでいた。
だがその笑顔が、逆にカイトには恐ろしく感じられる。
「貴族ーーーいや、僕の情報網はかなりの域だ。それでも分からなかった、君の情報。もう君自身に聞いてみるしか無いじゃないか」
「っ!!」
(そこまで調べてたのか、この男。俺より年下のくせに、油断は出来ないなーーー)
静かに時が流れていく。
どちらも言葉を発しない。
「……はぁ、まぁ良いよ。またの機会にしよう、とりあえず今回の目的は終了だ。また詳細は、こちらから連絡するよ」
「……分かり、ました」
再び騎士に連れられて、カイトは部屋を後にした。
城の廊下を歩きながらも、身体からは先程までの緊張感が拭い去れない。
(……まぁ調べられたところで、そりゃ“出身”が分かるはずもないんだけどな)
すると、突然騎士が廊下の端に寄って頭を下げろと言って来た。
「向こうから、フローラ姫様が来られる」
「あ、はい」
言われた通りに頭を下げながら待っていると、確かに反対側から女性の声が聞こえてきた。
「ちょっ、姫様待って下さいよ!もう義務は果たしたんですから、私まで貴族の作法を習う必要はもう無いじゃないですかーっ!!」
「だーめ、あなたも晴れて貴族の仲間入りしたんだから。ちゃんと一緒に学びましょう?ね、“ユイ”」
その会話を聞いて、カイトは反射的に顔を上げた。
すると目の前には美しい翡翠色の髪と目をした綺麗な少女と、もう一人。
黒目黒髪、容姿は普通の、メイド服を着た少女がもう一人。
(今、確かに“ユイ”って!!それに、あの顔は!!)
「おいっ、頭を下げろ!!」
騎士にたしなめられなければ、危うく声を発していた。
一庶民の自分が、王族にいきなり声を掛ければ処罰がある可能性が高い。その上、今カイトは目立ってはいけない存在なのだ。
だがそれほどまでに今、カイトは動揺していた。
だがそうこうしている間に、2人は廊下を曲がり、姿は見えなくなったのだった。
いやいや、声掛けちゃえば良かったのに!フローラ姫なら許してくれるって!(ΦωΦ)




