嵐の前の…
ところで、と結衣はフローラに尋ねた。
「どうしてクラインは、バルコニーにいるメンバーに入っていないのですか?」
仮にもクラインはフローラ姫の専属騎士。
何故姫の側にいないのか、結衣はものすごく気になった。
「クラインが自らそう望んだのよ。結婚式は観客として、バルコニーの下から見たいって」
(そうだったんだ。確かに、もしクラインがフローラを無意識にでも好きなら、結婚式ほど辛い行事はないはずだもんね……)
クラインの心情を思うと、結衣の胸は痛いくらいに締め付けられる。
そんな結衣の心情とは裏腹に、フローラは名案を思いついたと言わんばかりの笑顔になった。
「そうだわユイ、ぜひあなたも結婚式に来ない?ユイに祝ってもらえたら、私も嬉しいわ!」
「え、いいのですか?ぜひ参加させて下さい。あ、でも一つだけお願いが……」
「なぁに?私にできることなら構わないわよ」
「バルコニーへ入るメンバーに、私を加えて欲しいのです」
結衣の言葉に、フローラは虚を突かれたような顔になる。
「あら、それは予想外のお願いね」
ある意味無謀とも言えるお願いだが、結衣としては思惑があった。
フローラが矢を射られたのはバルコニーの後ろから。矢を射ることを事前に知っている結衣ならば、最悪の場合近くにいれば、矢が射られる前に止めることも出来るかもしれないと考えたのだ。
フローラ姫はしばらく考えたあと、願いの承諾を意味して頷く。
「なら、今日はこのまま城で過ごしてちょうだい。結婚式は明日だし、あなたがバルコニーのメンバーになる事を王子にも伝えないといけないから」
「……すみません、結婚式がいつですって?」
「え、だから明日よ?」
フローラの返答に、結衣はその場で叫び出したい衝動に駆られた。
(ちょっと待てーーっ!!じゃあ何か?私は明日までに王子の護衛を探し当てて、その人の企みを暴かないといけないの?!そんなめちゃくちゃな!!この世界、私に厳しくないですかね?!)
“ふざけるな!”と叫びたい結衣だったが、すぐにここがどこだか思い出す。
(あ、でも待てよ?今王子に伝えるとか言ってたよね姫様。なら私もついて行って、直接聞き出すのが早くない?)
さっきの歓談中に何気なく護衛が誰なのかについて聞いてみた結衣であったが、フローラ姫は知らない様子だったのだ。
しかし問題はどうすればフローラ姫に、王子に会うことを許してもらえるかという事だろう。
他国の王子など、身分がはっきりしていない結衣が会える相手ではない。
……本来ならば、フローラ姫に対してもそうなのであるが。
「分かりました。では私は城に残ります」
城に残れば、いずれチャンスが訪れるかもしれないと、結衣は淡い期待を抱く。
しかしそのチャンスは、思いの外すぐにやってきた。
「そうだわユイ、あなたも王子に挨拶しない?私の夫になる人を紹介したいの。あなたの身分は、私がうまく誤魔化すわ」
彼女の言葉に結衣は思わず、小さくガッツポーズをする。
(来たこれ、なんてナイスなお言葉!!姫様グッジョブ!)
「はい!喜んで!!」
(これで護衛を探す手間が省けた。姫様ありがとうございます)
ところで自分はどうやって、あと一日も城に残ればいいのだろうかと結衣は思う。
このままフローラの部屋に居続ければ、いずれやって来るであろう衛兵やメイドの目を誤魔化せない。
結衣はフローラ姫に、生じた疑問を投げかける。
「あら、そんな事は微々たる問題よ」
彼女はにっこりと、それはもう良い笑顔で結衣に微笑む。
(ちょっと嫌な予感がするぞこれ……)
彼女の神々しい笑顔を前に、結衣は自身の予感が外れる事を祈った。
「ユイ、あなたがメイドに変装すれば解決ね!」
(……あーーー、悪い予感的中です)