帰還
「…ーい、おいユイ!聞こえてんのか?」
(もう。うるさいなぁ、クラインってば耳元で叫ばないでよーーーって)
「…クラインっ!!」
「お、おう」
結衣の視界がクリアになって、声だけでなくクラインの姿も瞳に映る。その元気そうな表情に、いつもと変わらぬ彼の姿に、結衣は心底ホッとした。
(私、ちゃんと戻ってこれたんだ。クラインの存在が消える前の時間に!)
周りを見渡せばそこは見慣れた王室図書館。自身の手には、クラインの存在を消してしまう元凶となった“例の本”が握られている。
どうやら魔女の嘲笑と正夢の能力のぶつかり合いが起こった結果、飛ばされた場所はループ地点の結衣の部屋ではなく、王室図書館となったらしい。
(でもある意味助かったかもしれない。だってもう一度朝からやり直しってーーー色々と悲しすぎるもんっ!!)
フルーツ騒動。城下町へのお使い。クマ(?)との遭遇。そして…謎の女剣士との出会いなど。
思い返せば朝から色々なことがあったなと、結衣はしみじみと思うのだった。
そしてそれらの思い出が、無事に消え去らなかったことにも安堵する。
そんなことを考えていて、結衣はしばらく上の空状態であった。
「…おい、大丈夫かよ。何かお前、今別のこと考えてるだろ。俺の話、ちゃんと聞いてんのか?」
「あ、ごめんごめん。聞いてるよ~、クラインも魔女に関する情報を調べに来たんでしょう?」
「まぁな、めぼしい情報は得られそうにもないけどな。それよりさっきからユイが後ろ手に持ってる物は何だ?」
(はいはい来ました…この質問。ゲームだったら、ゴールの分岐点に当たるような重要なイベント。返答は慎重に…二度と同じミスは犯さないよ!もうあんな寂しい思いはしたくないもの)
「ん?これ題名が書かれてないし、中も白紙だから気になって。ちょっと手に取ってみただけだよ」
別に大したもんではないのだよアピールを、結衣は必死でクラインにする。
「あぁ、その本か。確かに珍しいよな、それにいくら捨てようとしても、いつの間にか戻ってきてるみたいだし。もしかして魔女関連の本だったりしてな」
「ハ…ハハ。そ、そうだねぇ…」
相槌と笑顔が不自然でないか、それだけが心配で仕方ない結衣だった。
「うわ、よく見たらもうすぐ夕食の時間じゃねぇか!そろそろ食事の間に移動しねぇとな。ユイもフローラを迎えに行った方が良いんじゃねぇか?」
図書館に設置されている時計を見ながら、クラインが言う。
(良かった、どうやら上手く会話をそらせたみたいだね。あとはこの本についてはあまり触れないように気をつけよう。またおかしなこと口走りたくないし。でもそう言えば私、何か忘れているような…)
まだ何か、すごく大切なことを忘れているような気がした結衣だったが、それが何かは思い出せない。
「じゃあ、また夕食のときにな。先に行ってる」
「あ、うん。また後でねクライン!」
そうこうしている内にクラインは王室図書館を後にして、結衣も“光闇魔術書”を元に戻し、図書館を出た。
(さてと、フローラ迎えに行きますか)
結衣が廊下を歩き始めたところで、突然背後から名前を呼ばれる。驚いて振り返ってみれば、王妃クラウディアであった。
「あ、クラウディア様。こんばんは」
「奇遇ですね、あなたもこれから食事の間へ?」
(そう言えば図書館を出たところで、クラウディア様にも会ったんだった。それにしても…うーん、やっぱり何か忘れてるような気がするんだよなぁ。クラウディア様のことに関するような気もするんだけど…)
「いえ、フローラを迎えに行こうかと思ってます」
「あぁ、それもそうですよね。ではまた後程」
「あ、はい!また夕食のときに」
挨拶を軽く交わして、クラウディアは先に廊下を歩き始めて遠ざかって行く。
(…何だろう、この嫌な感じ。私が忘れていることって一体?まさか、魔女の嘲笑に関することーーー)
「いや、違う。そうじゃない、もっと根本的な部分の何かを忘れてるんだーーー」
ループ前のクラインとのやり取りから、結衣は思い返してみる。そもそも魔女の嘲笑が起きた原因は、クラインに白紙の本の題名が“読める”とバレたから。
(あ、れ…?)
それを思い返した結衣の頭の中に、一つの疑問が浮かび上がる。
(そもそも白紙の本の題名を初めて知ったのは、“私が読んだ”ときじゃない。それよりも先に私に題名を教えてくれた人物はーーーーー)
そこまで考えついたとき、結衣は半ば反射的に目の前から遠ざかって行く相手の名を叫んで、呼び止めていた。
「待って、下さい!ーーークラウディア様!!」
あwとうとう第3章で明かす予定のことがもうすぐ全て出切りますっ!!次回水曜日か木曜日に更新予定です♪




