大好きな旦那様
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(そんなっ!あんなにクラインのことを溺愛していたシリウスさんでさえ、魔女の嘲笑には打ち勝てなかったなんて…)
誰もが認める程の“弟至上主義者”であるシリウスですら、クラインのことを覚えてはいなかった。クレアの作り出した魔女の嘲笑は、彼らの“兄弟”という深い血の繋がりをも断ち切ったのだ。
本当に誰も彼を覚えてないのではないのかという、何とも言えない不安感が結衣を襲う。
(でも…まだ希望はあるーーーフローラに、今すぐ会わなくちゃ!!)
「すみませんシリウスさん、フローラどこにいるのか知りませんか?ちょっと用事を思い出したので!」
「ん?あぁフローラなら、先程彼女の部屋に戻っていたよ」
(あれ?シリウスさんがフローラを呼び捨てにしてる。いつも“様”付けなのに、珍しいなーーーって今はそんなことどうでもいいじゃん!)
「ありがとうございます。では、失礼します!」
挨拶をしてすぐに結衣は、もの凄いスピードで廊下を“走り歩き”をし、シリウスと別れてフローラの部屋へと辿り着く。彼女の部屋の前にはいつもと同じく衛兵が2人立っており、彼らは揃って結衣に挨拶をした。
「おやユイ殿こんばんは。フローラ様ならお部屋の中におられますよ」
「ありがとうございます。お仕事、お疲れ様です」
そう言って扉をノックしようとした時、結衣は自分の心臓の拍動がドクドクと速まるのを感じた。
すぅーっと一つ大きく深呼吸をしてから、扉を叩く。中からフローラの返事があってから、ゆっくりと部屋の扉を開く。
「あらユイ、もうすぐ夕食だからちょうど部屋を出るところだったのよ。迎えに来てくれたの?」
「…あのさフローラ。いきなりだけど一つ、質問をしても構わないかな」
「もちろんよ、なぁに?」
首を傾げるフローラに、結衣は自分でも知らぬ間に縋るような目を向けた。
「ねぇ、フローラはちゃんと覚えてるよね?!あなたの大事なーーー大好きな旦那様のこと!!」
「いきなりどうしたの?当たり前じゃない。ようやく両想いになれた彼のことを、私が忘れるはずがないでしょう?」
「そ、そうだよね!フローラがあんなに大好きな…」
“クラインのことを”と言いかけて、ふと急に結衣は恐ろしくなる。
(もしもフローラの言う“彼”が、クラインを指してなかったら?ーーーあの兄でさえ忘れたんだもん、その可能性だって大いにあるんだ)
今の結衣にとってフローラは、クラインを覚えている可能性のある、唯一の希望だ。逆にその彼女がもしクラインの存在を覚えていなかったそのときはーーー恐らく結衣の他に彼を覚えている存在は、いないと確定してしまうようなもの。それが結衣には恐ろしく感じられたのだった。
「フローラの旦那様ってーーー幼なじみ、だよね」
「えぇ、その上剣豪で」
「あ、アルベルト家のーーー」
結衣がそこまで言うと、フローラもそれに頷き返す。そして2人は声を揃えてその名を呼んだ。
「クライン・アルベルト、だよね?」
「シリウス・アルベルト、よ?」
「「え?」」
結衣とフローラの、互いに驚く声が重なる。
(ふ、フローラは今、クラインじゃなくて“シリウス”って言った…?)
「は、はは…冗談キツいよフローラ。それは兄の名前でしょ?!フローラがずーっと大好きで、ようやく両想いになれた人の名前はーーー」
「シリウスよ?あなたこそ一体何を言っているの、ユイ。“クライン”なんて名前の人は聞いたことがないし、そもそもシリウスに弟なんていないじゃない」
(そんな…フローラでも、“魔女の嘲笑”には打ち勝てないの?!)
それが、ごく当たり前のことであるかのように話すフローラの口振り。その言葉が、残酷なまでに結衣の心を蝕んでいく。
“魔女の嘲笑”というペナルティーの恐ろしさを…絶対的な魔女の力を、彼女に指し示すかのようにーーー。
「ほんとに…ほんとに忘れてしまったんだね。私以外の誰も、クラインのことを覚えてないんだーーーく、ふっ…こんなに、こんなに悔しいことってないよっ!!」
結衣の目から、涙が溢れて止まらない。
今までフローラを支えてきたクラインの苦労も、2人の間に芽生えた全ての感情も、今では全て“シリウス”との物として書き換えられてしまっている。
そのことが、結衣は悔しくて悲しくてたまらないのだ。
(嫌だよこんなの!!クラインのことを覚えていないフローラなんて、フローラじゃないよ!!お願い誰か…誰か助けてーーー)
「ど、どうしたのユイ?今のユイは何か変よ!具合でも悪いのかしら、大丈夫?」
急に涙を流し始めた結衣に、フローラはおろおろとするばかり。だが今、まさに絶望的な状況に陥っている結衣には、フローラの心配する声に答える余裕などなかった。
彼女の言葉で、結衣は“クライン・アルベルト”という一人の人間の消失を目の当たりにし、実感してしまったのだから…。先程までの、嘲笑に対するどこか否定的な気持ちは、今は微塵も浮かんでこない。
「あ…視界がぼやけてくーーー」
涙のせいか、それともいつもの現象か。ぼやけるのがどちらが原因かなど判断出来ない結衣だったが、今彼女の心を占めているのは、この世界から一刻も早く抜け出したいという気持ちだ。クラインを忘れたまま過ぎていく世界など、結衣にとってはあり得ない。だからぼやけの原因は、後者であるに違いないと無意識に思うことにする。
(そっか…また私は飛ばされるんだ、あの暗闇へ。この世界からーーー逃げられる)
結衣は目を閉じ微かに微笑みながら、薄れゆく意識に身をゆだねたのだったーーー。
相思相愛の2人の力をもってしても打ち勝てなかった魔女の嘲笑。次回は再びあの暗闇からのスタートです。(もうかなり3章のラストに来てますねw)
おそらく更新は水曜日か木曜日の予定です♪