ある少女-1
初めての投稿小説ですので、厳しい意見よろしくお願いいたします。
『僕は恋をした。いつも俯きがちなあなたに。儚げでありながら、何ものにも染まらぬその純潔さに。
だから僕は、あなたに似た純白の花を二つ捧げた。一つはあなたに。もう一つは自分自身に。
目が覚めた時、最初に憶えたのは、漠然とした違和感だった。いや、語弊が無いように言うなら、その違和感のおかげで目が覚めた、だろう。それから時間にしてほんの数秒で、その違和感が体の痛みであると認識できた。
半分霞んだ世界で痛みの方向を意識すると、なるほど合点がいった。なんのことはない、半回転ひねられた左手の甲から腕にかけて、上に私のお尻が乗っているだけのようだ。よくあることであるが、ああ、こういう時に限って金縛りにあっているんだよなと毒づき、恐る恐る腕に意識を集中した。良かった、腕は痺れてはいるが、ゆっくりとなら動かすことができる。このまま引き抜こう。
どのくらいの時間そうしていただろうか。長い格闘の末、体の下から引き抜いたそれをまじまじと見つめた。圧迫されて血が止まっていたせいか白く、それでいて斑模様に真っ赤になっている。
腕には……またやってしまったようだ。昨日も腕時計をしたまま眠ってしまっていたのか。こんな硬い物の上に乗っていたなんて、お尻の方もさぞや痛かったろうに。今ならお尻にも、ベルトの跡が付いているだろう。
それにしてもこんなに硬い時計と、こんなに硬い床に挟まれた腕は……硬い床……硬い床? 体の違和感は世界への違和感に変わった。即座に身を翻しうつ伏せになった。
瞬間、頭が真っ白になった。いや違う、真っ白なのは頭ではない、視界なのだ。
例えるなら病院の待合室の床。真っ白でつるつるで滑らかなあれだ。それが延々と続いている。見渡す限り延々。それ以外は何も無い。何も無い平地では、人の目線の高さだと地平線は約五キロメートルだと何かで聞いたことがあるぞ、と、なぜかそれだけは脳が冷静にアウトプットした。
次に浮かんだ単語が明晰夢。ああ、そう考えると納得だ。確か昨日は、ベッドの中で、彼から借りていた推理小説を読んでいたところまでは覚えている。たしか、事件の真相を知った探偵少女が、謎の組織に連れ去られ、謎の施設に監禁される、そのあたりまで読んだ記憶がある。とすると、笑ってしまうくらい影響を受けているではないか。
夢と分かれば、このまま目覚めてもいいのだが、先ほどのいやにリアルな痛みからするに、どうせ現実世界でも腕が痺れているに違いない。それにせっかく夢だと気付けたのだから、もう少しこの非現実的世界を楽しまないのはもったいないだろう。自然に目が覚めるまで、もう少しこの世界を解明しよう。とりあえず方向を決めて、地平線の向こうまで行ってみよう。
気分は探偵少女である。
探偵がわかったことは二つ。一つはやはりこの世界には何も無いということ。そしてもう一つは、その『何も無い』が非常に不可解であるということ。いや、夢なのだからと言われればそれまでなのだが、ここには『何も無い』が『有る』のである。
さらにわかりやすく言うと、この世界は見えない壁のようなもので隔離されている。だから、壁があるから地平線まで行くことはできないし、透明だから壁の向こうの地平線は見える。頓知のような話である。
気が遠くなるような広大な景色だが、自由に動き回れるのは二十メートル四方といったところか。探索も五分と経たず終了した。期待と不安を抱いた分、突き落とされた気がしたが、夢などこんなものだろう。
あとできることと言えば、この壁の触り心地、いかに不思議空間かを枚挙する程度だろうと、もといた場所へと歩きながら考えていた時だ。
突然思考が断ち切られた。体の芯から揺さぶられるような轟音が響き渡ったからだ。
何から? 周囲には依然として何も無い。一切解らない。解らないが、何かとても重い物体が動いているような音だけが絶え間なく嘶いている。例えるなら鋼鉄の扉、ブルドーザー……戦車。そしてそれが私を囲むようにだんだんと大きくなっている。速くなる鼓動の中で、なんとか状況を理解しようとした。
景色は変わらないし、視界にも何も無いにも拘らず、音はさらに大きくなる。私を囲むように四方から響いていたそれは、ついに一つになった。たまらず座り込み、耳を塞ぐ。
そこで初めて理解した。音は大きくなっているのではなく、近づいてきているのだと。何も無いのに。
……ああそうだ、ここには一つだけ『有る』んだった。私を囲んでいる……』