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HOUSE  作者: 哲太
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第一章 もう一人の住人 PART1

「ただいまー」


玄関の扉を開く音と共に、

雄平ゆうへいの声が室内に響いた。


二LDKとは言え、

総面積がさして広くはないこの部屋の中だと

たとえ玄関から一番離れたバルコニーに居たとしても

その声に気付くことが出来た。


はるかは洗濯物を取り込む手を一旦止めて

夫を迎えるべく玄関へと足を向けた。


「お帰りなさい。今日は早かったのね」


遥は玄関まで行くと、

こちらに背を向けて靴を脱いでいる雄平の横に

紙袋が一つ置いてあることに気が付いた。


「その袋はなぁに?」


「ん?あぁ、これは店長が実家から送られてきたって言うリンゴを

 持って来てくれたんだ。

 結構あるぞ」


雄平は座りながら遥に袋の中身を開けて見せた。


「まぁ、よかった。

 これでしばらく朝ごはんの心配はしなくて済むわね」


「おいおい。

 ピノキオじゃあるまいし、

 毎日リンゴだけで朝飯をもたせるつもりかよ」


「リンゴダイエットだと思えばいいじゃない」


ふて腐れる夫を尻目に、

遥はリンゴの入った袋と彼が来ていた上着を受け取って

先にリビングへと戻って行った。


彼女等はまだ結婚してから半月も経っていない新婚夫婦、

と言っても実際には婚姻届を出していないので

世間で言う事実婚状態であった。


どうして二人が結婚届を出さないかと言うと、

苗字が変えたくない、

どちらかが連れた子供おりその子の環境に障害が出る等と言った

社会的な問題があるからでは無い。


それは

二人が駆け落ち夫婦だったため

婚姻届に保証人として名前を書いてもらう人物を

見つけることが出来なかったからだった。


別にその保証人を親にしてもらう必要は無いし、

実際に会社の上司などにお願いしてもらっている夫婦も多いのだろう。


だが、

彼女達は駆け落ちの際に

両親だけでなく友人関係も絶って飛び出してきたために

頼れる人物が誰も居なかったのだった。


リビングに戻った遥は、

紙袋と上着をテーブルに置いて夕飯の支度を始めた。


早くご飯を作ってしまわないと

さっき途中で止めてしまった洗濯物を取り出しを放置しているので

衣服がしわになってしまう。


遥が炒め物を茹でている所に、

着替えを終えた雄平がやってきた。


この部屋はダイニングキッチンのため、

台所からリビングを見回すことが出来る。


「ふぅ、晩飯はあとどの位で出来そう?」


「あと十分位かな。

 お風呂はもう湧いているし、

 先にそっちへ入ってもらっても構わないのだけれど、

 今日の夜勤は何時からだっけ?」


「あぁー、ちょうど零時からだから、

 十一時には家を出ないといけないな。

 いいよ、腹減ってるし先に飯を食うわ」


雄平はそう言って、テレビの電源を入れた。


本当なら、

夫の帰りに合わせて食事を用意しておきたいのは

遥も山々だったのだが、

彼女自身パート帰りでさっき帰ってきたばかりだったことを考えると、

中々融通を利かせられないのも致し方無いことである。


「そう、出来るだけ早く準備するね」


遥は幾分申し訳ない気持ちを言葉に込め、

再び料理へと集中を戻した。


フィクションの世界では

駆け落ちした後もどこかの企業に就職して

不自由ない生活を送っている場面もあるかもしれないが、

現実はそんなに甘いものでは無い。


いざ就職しようとしたら、

保険の加入や緊急連絡先の記載など

やはり親族への便りが嫌でも必要になってくるのだ。


だから、

本当はいけないことだと分かりつつ、

多少の嘘を記載した履歴書を作成することで

雄平は昼夜に一つずつのアルバイト、

遥自身も週四日のパートと少しの在宅ワークを行うことで

何とかこの家賃月六万二千円の部屋で

大学を中退して飛び出したこの二人が生活を送ることが出来ていた。



「この味噌汁うまいな」


遥が急いでこしらえた晩御飯の味噌汁を飲みながら、

雄平は声を漏らした。


「わかる?今日のはいつもより二十円高い味噌を使っているのよ。

 いつも買ってるやつが品切れだったから違うやつを買ったの」


「へぇー。

 二十円でこんなに違うんだったら次からもこれにしてよ」


「だーめ。

 ちょっとでも節約していかないと。

 私たちのこれからのことも考えて我慢してね」


将来の話をされたら、

雄平はそれ以上言葉を返すことは出来ない。


「そうだな、ごめん」


「別に謝らなくてもいいけど…」


社会に出たとはいえ

雄平はまだ二十三歳になったばかりだ。


まだまだ心も体も子供と言って差し支えなかったし、

同い年の遥自身、

まさか自分がこんなにお金のことを気にする生活を送るとは

考えてもいなかった。


どちらかと言うと、

と言うより完全に駆け落ちの原因を作ったのは遥の父親だったのだ。


雄平は食事を済ませた後に風呂へ入り、

夜勤までの僅かばかりの時間を仮眠に使うために寝床に就いた。


この部屋には

洋室と和室を両方あるのだが、

ベッドを買う予算を削るために

二人の寝室は布団をひいた和室と決めていた。


洋平が寝床に就いたのを確認し、

家事を大方済ませた遥はパソコンの電源を入れた。


たとえ貧しくても

愛した男との生活に対する遥の不満はない。


ただ、

親しい友人が一人も居なくなった遥にとって

夫には内緒にしている楽しみが一つだけあったのだった。


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