HAL
焼けた匂いと、煙と、薄暗い空。
黒いフードを被り直して、ナイフをホルダーへ仕舞う。
辺りを見渡せば、瓦礫や炭ばかりで、この世界には自分しか居ないのではないか、そんな感覚に陥る。
乾いた喉を潤そうと水筒を取り出して口を開けば、ぬるい水が喉を通った。
防火用のスーツを腕だけ脱いで、カッターをポケットから取り出して一つ、腕に傷を付ける。
じわり、と赤く膨らんだ血に、何故だか酷く安心した。古傷は腕をびっしりと埋め尽くしていた。
カッターを仕舞い、歩き出す。
匂いに顔をしかめ、マスクを首から引き上げる。此処にはもう、生きている人は居ないだろう。戻らなければ。
男は疲れた体を叱咤し、歩き出す。
途方もない地平線が、彼を孤独にした。
(こうなる前は、信じられない光景だな)
男は嘲笑して、ぼんやりと思考に耽った。
だるい。ああ、疲れた。
自分が死んだら何処へ行こうか?
無数の足元の目が、まるで彼を睨むように見上げていた。
彼はその視線には目を向けず、まっすぐ前を見据えた。
元は神社であっただろう場所に辿り着いた時、鳥居に人影があった。
ナイフに手をかけながら人影の方へと歩けば、そこに居たのは鳥居に縄をかけ、いま、正に首を吊ろうとしている女の姿があった。
「・・・あなたは、だれ?」
彼女の顔は、男がずっと前に無くしてしまった宝物にひどく似ていた。
『ハル』
空耳だ。分かっている。目の前の顔は、彼女じゃない。
だが硬く閉ざした筈の男の心を、もう一度解くのには充分だった。
「・・・・っ、あ、ああああああああ!!!」
男が頭を抱えて叫びだす。
殺戮をしただけの数、忘れないようにと腕に刻んだ傷は、男の心を更に苦しめた。
最早数え切れないほどの赤が、男の目の前に迫る。
「・・・さい。ごめんなさい。」
女の足元に跪く。足元の瓦礫の隙間から見える、自分が殺した顔。
戦争が始まって、何人も狂ってしまった仲間達を見てきた。
だからこれは正当な行為だと、狂ってしまわない為にずっと自分に言い聞かせた。だけど、ついに心は悲鳴をあげた。
(もう、止めてくれ。)
「だいじょうぶ、だいじょうぶよ。ハル。」
涙を流しながら叫び続ける男のドックタグを見たのか、女が男の名前を呟く。
天使にも悪魔にも似たその声は、閉じておいた思い出の扉を、いとも簡単に開けた。
女は男のドックタグが下がるチェーンにそっと手を掛けると、男を抱きしめながら優しい微笑みを見せて、静かにそっと引っ張っる。
やがて、神社の鳥居には二つの影が伸びた。
未来に花束を