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死亡フラグしか無い男

作者: ゆゆ

医療知識は適当です。知識のある方そっと目を閉じてください。

32年生きてきて、こんなにあっけない死にざまは無いと思う。

無機質な真っ白な部屋にポツンと置かれたベッドの上に横たわる俺。マジかー、ついに死んだか。いつか死ぬものだとは思っていたけど、こんなに早い死期だとは思わなかったわ。ていうかほんとに死んだわけ?

ほっぺたをつねろうとするが『つねる』という行為をする必要が無いことに気付いた。身体を動かそうとする前に脳みそは順応したらしい。どうやら肉体のいらない世界と言うのはなかなかに勝手がいい。つねる前に自分の頬が勝手に痛みを感じだした。

手のひらを目の前でグーパーさせるが、頬の痛みはそのままだ。精神的な世界ってすげえな・・心の底からそう思う。心がそう思えば体も勝手にそうなるってことだ。そんなことを試しているうちに、順調に俺の身体は解剖されようとしている。

そう俺は交通事故にあったのだ。顔は綺麗にしてまだ見られるが体はそうもいかない。どう見てもグチャっとね、うんいっちゃったわけで。あーあーこのまま自分の身体にメス入れられるのを観察するだけなのか・・とか思ってたら突然釣られた。

いや感覚でそう感じた。ちょうど首の後ろのあたりにフックがかかったようになって、そのままバンジージャンプの逆バージョンみたいにどこかに吊り上げられていった。しかもものっそい早い。超高速。新幹線もビックリだなこれは。


「やっほー」

「・・誰ですか」


パスンという音と共にしりもちを付くが、痛くない。痛くないけどとりあえず尻をさすっていると軽快に笑われている。目の前のやつに。


「アハハ。上手い事釣れたわ」

「えーとやっぱり釣ったんですね」

「うん。上手いだろ?」


ニッと笑われても上手いとか良く分からん・・というかこいつは一体なんなんだ。疑問が頭をかすめた瞬間に奴はまるで俺の思考を読んだように答える。


「ぼく?あー、オホン。私は神だ」

「・・ども」


ついに厨二病は天国でも流行ったらしい。あまりに雑な説明に俺がげんなりしたのが分かったのか、慌てて訂正を入れてくる。


「厨二病じゃないよ、これ僕が今考えたやつだし」

「結構こっちじゃありきたりですけどね。ところで俺死んだんじゃないんですか?」

「あ、うん。そうだよ!おめでとー」


何がめでてぇんだお前の頭の中か?口から出そうになるのを必死にこらえたが、奴が頭の中を読めるのを忘れていた。とても不機嫌な顔をしているがそれ以上何も言わない。


「え、えーと、ありがとうございます。ところでここはどこですか、神様」

「えっ?今なんて?神様って言った?ねぇねぇ、今神様って言った?」

「はは・・神様なんですよね?」


とても嬉しそうだ。ほんとは神様だって思ってないけど、神様だって言っただけでこの喜びよう。本当に扱いやすい事この上ない。というか俺よりも年下なんじゃないのか?見た目は完全に十代だ。天界で鉄板なはずの金髪でもないし、透けても無いし、羽も生えてないし、手にも何も持ってないし。

あ、でも白装束っぽいから若干それっぽく見えるっちゃ見える・・かもしれない。頑張ったら、だが。


「いや神様じゃないんだけどね本当は」

「どこからどこまで突っ込んでいいんですかほんと勘弁してください」

「いやー正確には、神様見習いだからねー」


そんな実習生みたいなポジションが神様の中にあるとは知らなかった。そういうのは現世で終えておくべきなのでは、とか余計な突っ込みが脳裏を掠めるがそれに一切突っ込みはない。むしろそういうことは気にしない性質なのか、ニコニコしているだけで怖い。逆に怖い。


「ええと、その神様見習いの貴方がどのような用件でしょうか」

「うん。ちょうど時間だし、とりあえず一回いっとくかね」

「え?」


両手を前に突き出して俺をこの得体のしれない場所から突き落す。気付かなかったけどここ、もしかして雲の上とかそういう設定だったのか?突然足の裏に地面を感じなくなると、そのまま真っ逆さまに落ちていく。釣られた時と真逆の感覚だったから落ちているのがすぐに分かった。


「こえええええ!!!!」


思わず大声で叫ぶがスポンと何かに吸い込まれるような感覚がしたと思ったら、さっきまでの絶叫は全く違う音になって耳に届いた。あまり明瞭に聞こえないがどこかで赤ん坊が泣いている声がする。


「んぎゃああ!んぎゃああ!」

「・・きな・・・こ・・よ」

「う・・い・・つ・・・・くり・・・」


目じりを何かが伝う気配がする。それにものすごく寒い。バタバタと大勢が行き交う気配がしたが、あまり体をうまく動かすことが出来ない。どうなってるんだ一体?


「んぎゃああ!んぎゃああ!んぎ・・」


次第に眠気が増してくる。体は冷えきり、まるで冷蔵庫の中に居るかのような寒さだ。これは例えるならそうだな・・交通事故に合ったときに似た感覚だ。

そして完全に無音になると、スポンとどこかから抜け出たような感覚になる。下を見ると分娩室のようで、母親らしき人の胸に抱かれた赤ん坊は医者の手に引き渡されてどこかへ連れていかれた。

もしかして俺は今、あの赤ん坊の中にいたのでは無いだろうか?そう思った瞬間釣り上げられる感覚がした。そして再び尻餅をついて落ちた先には、あの神様見習いがいた。


「私は神だ」

「・・見習いですよね。今のは一体なんですか?俺の勘違いでなければ、あの赤ん坊から出てきた気がしたんですけど」

「大正解!すごいね一発で分かっちゃう系の人?!」


何系なんだそれは。もう突っ込みは心の中でした方が早いぐらいだったが、一応手だけは形を作っておく。神様見習いは拍手をしているが、一体何に対しての拍手なのかは知りたいと思わなかった。


「今の赤ちゃんが、君の次の肉体だよ。まぁ今は初めてだからすぐに死んじゃったけど、上手くいくまで時間は戻してあげるから」

「・・と言いますと、上手くいくっていうのはどこからどこまでなんですかね?」

「とりあえず君は自分が〈転生した〉って事実に気付かないと、やり直しかな!」


うんうんって頷いてるけど、それ意味わかんないからね?そんなこと言われても転生したっていつ気付けばセーフなんだ?


「あーそっか、まだ一般人だもんね。その辺分かんないか、メンゴメンゴ」


軽くどついて突っ込みを入れてたほうが良さそうな気がしたが、ここは俺の方が大人なんだからグッと堪えるしかない。一時期流行ったテヘペロは可愛い女子がやるからいいのであって、自称神様見習いの男子がやっても可愛さ伝わらないからね?


「いやこれも僕が考えたやつだし!」

「いえ、オリジナルが現世にいますから。意外とミーハーなんですね、古いですけど」

「最後余計だよ?!割りとひどいね君って!まぁいいや、今度は指輪付けてあげるからね?出血大サービスだよ?」


最後にこれで気付かなかったらバカだからね、と聞こえたのも大人の余裕でかわしてやる。かわしてやるんだからなチクショウ覚えてろ。


「ふふ、僕は今しか見えない人だからワカンナーイ!いってらーっしゃい」


ドン!と押されると再び落下する。この浮遊感が気持ち悪くて仕方がないが、上手いこと赤ん坊の中へ吸い込まれていく。そして再び声が聞こえるが、多分これは自分が産まれたときの声なのだろう。

赤ん坊の体に入った瞬間から、少しずつ記憶が薄れていく。誰かに何かを見付けるように言われていた気がするのだが、何をどうするのかが思い出せない。


「・・?・・!!・・め・・やだ・・!!」


その時手から何かを無理やり奪い取られた感覚がした。それに気付いた瞬間に記憶が戻ってくるのを感じたが、なんか体が冷えていく感覚もする。

まさか、な。嘘だろ?下を見ると、案の定赤ん坊から体が抜けていた。あーあ、と上を見上げると同時に釣られて浮遊感が襲ってくる。


「すまんすまん、まさか親が指輪取るとか思わなかったわ!想定外っす、サーセン」

「・・いつになったら人生始まるんですかねえ?」

「ごめんってー、今度はちゃんとするからさー。そうだなあ、目尻にホクロなんてどう?チャーミングだし」


パチンとウインクされても嬉しくないんだけどな!まさかこの年で男からウインクされるとは思わなかったし、思いたくなかったよ!全身に走った悪寒をどうにか落ち着かせるが、神様見習いは気にしちゃいない。むしろポーズまでつけ始める勢いだ。

それをじっと見ていると、途端に顔を赤くし始めた。なんだ見られると恥ずかしいのか?そこそこの羞恥心はあったのか?俺の気持ちを全て理解出来るのなら、今どれだけドン引きしてるかは丸わかりだろうしな。


「あ、じゃあもういい?いってらっしゃーい、次は長めにヨロシク」


本当にやつはキャラクターが安定しないな。さっきまでクネクネしてたと思ったら、あっという間に俺を突き落とす作業をする。

流石に3回目となると慣れたもんで、なんとなく落下を楽しんでる自分がいる。慣れって怖い。


「んぎゃああ!んぎゃああ!」

「・・った、・・にて・・ね?」

「・・や、・・・さま。・・て、チャーミングなホクロだ」


聞こえた!今完全に「チャーミングなホクロ」って言ったな!おお、今まで寒いだけだった産湯もようやく温かさを感じるようになったぞ。

これは成功なんじゃないだろうか?そう思って回りを見てみるが神様見習いはいないようだ。しかも転生したって気付いたら、記憶もちゃんと戻ってきたみたいだ。上手いこと作ってあるんだなー、ある意味関心するわ。


そこからはそれはもう大事に育ててもらえた。ここは乳母のようなものを雇っているらしく、三時間おきに起きても母親は何の文句も言わなかった。腹減ったなーと思うと同時に声が出てしまうのが止められなかったが、すぐに乳母が抱き上げてくれてホッとしたものだ。そうすると母親を起こしてくれるのを待つだけだ。

そのうち体が動かせるようになっていって、寝返りをしてみる。初めて寝返りに成功した日は興奮して寝付きが悪かったが、誰も彼もが笑顔だった。

ハイハイをするようになると、乳母は四六時中俺から目を離さなくなる。ちょっと危ないことがあるとすぐに抱き上げてくれて、大事に至ることは無かった。

一歳を過ぎると、ついに俺は二足歩行ができるようになる。足がめちゃくちゃにガクガクしたが、平均台を歩くように左右でバランスを取ると思いの外すぐに歩けるようになった。これも日々、乳母がつかまり立ちをサポートしてくれたお陰なのだが、俺も中々に飲み込みが早い方だと思う。まあしかしそこは歩きたてだから、一歩踏み出すと倒れるまで止まれない。

いつものように一歩踏み出した瞬間、ノンストップで部屋の隅から隅まで駆け抜けていく。回りから見たらドテドテとしか走れてないけどな。俺にとっては最速だ。その時、何かにつまずいて自分の身体が一瞬浮いた。気がしたんじゃなくて、確実にこれは浮いてた。

それもそのはずだ。階段に向かって一直線だったんだからな。あーダメだこれ、って自分でも分かるレベルで全身に痛みが走ったと思ったら、目の前には久しぶりに奴がいた。


「私は神だ」

「見習いだけどな。ていうか久しぶりすぎてこの釣られる感覚が割と気持ち悪い・・」


内臓をグルグル回されたような感覚がしばらく続く。ようやく落ち着いて顔を上げると神様見習いはニヤニヤしながら俺を見ていた。すっげー悪い顔してるのが良く分かる。


「ねぇ、せっかく1歳になったのにね!残念だったね!」

「いやまぁ、そうだけど・・。でも時間戻してくれるんだろ?だったらさっきの歩こうとしたところからじゃないのか?」

「プー!クスクス!大変残念なお知らせなんですが、赤ん坊からやり直しとなっておりまーす」


・・は?聞き間違いじゃなければ赤ん坊からやり直しって・・あの気付かなかったら即やり直しのあの場所から?やり直せと?ふざけんじゃねええ!俺のこの一年はなんだったんだ!?チクショウ、だからあんないい顔してやがんだな神様見習いのヤツ!


「まぁ所詮見習いなんで。この程度の力しか持たされてないんで。サーセン」

「自分で自分の傷抉ってやんなって・・」


かなり不貞腐れた顔をしているということは、神見習いもそれが不満なんだろうな。こんな細かいところまで見習い設定作らんでもいいだろうに・・神様って意外と律儀なんだな。まぁ俺みたいな一般市民の願い事を選って叶えないといけない仕事だし、こういう設定はかなり忠実なのかもしれないな。


「別にー上司への不満とかー。まぁ無くも無いけどー?」

「どこのOLだよ」

「はぁ。まぁ君って結構猪突猛進型っぽいし、真っ直ぐ突き進むのも構わないけど今後も気を付けてよ?こちとら貴重な時間を割いてこうやって君に会いに来てあげてるんだからさー」


ぶつぶつと念仏みたいに言ってるけど、そもそも俺だってこんなに転生が大変だなんて思ってなかったし。もっと事務的に順番通りに並んでれば適当に次の人生が歩めるものだと思ってた。輪廻転生なんて眉唾信じる事の方が少ないとは思うけど。

そんなことを思っていて思い出した。そういえば頭の中の思考は丸ごとこの神見習いに伝わってるんだったな。あんなしかめっ面しなくてもいいだろうに・・俺だって忘れてたんだからしょうがないだろうが!


「ハァ、どうせ僕の言ってることの半分も分かんないだろうけどさ。とりあえずもう一回頑張ってきてくれないと困るから。行ってきて?福引の特等当てたと思ってさ、ドーンと行ってきてよ。はいドーン」

「福引の特等ならもっといいものくれてもよかったんじゃねーの!?」


多分最後の方は聞こえてないと思うけど叫ぶだけ叫んでおいた。福引の特等に当たるよりも確立は低いだろ、こんな転生のやり方させられるとか。そもそも神様が導いてくれるんじゃなくて、なんでよりによって見習いに導かれないといけないんだ。そんなに天界も人手不足なのか?

そうこうしている間にも時間が戻された現世で待機している赤ん坊の中にスポンと吸い込まれる。ああ、またあの地獄の日々が始まるのか・・。


「んぎゃああ!んぎゃああ!」



それからは割とすんなりと行ったと思う。ホクロがチャーミングを合言葉にして転生を思い出して、ハイハイ、二足歩行、それぞれを周囲を警戒してからするようにした。もちろん子供らしさも忘れずに出すが、もう石橋を叩いて叩いて叩きまくって割れそうになるほど叩いてから渡るような子供になった。

両親や乳母が過保護じゃ無くても、こんな風に慎重派に育つことが出来たのは一重にあの神様見習いのおかげである。嬉しくは、ない。

小学生に上がる頃にはそこそこ友達も出来、近所の子と遊びにいったりもした。だがそこは石橋を叩いて叩いて仕様の俺だったので危険なことはほぼノータッチだった。本当は好奇心が疼いて疼いて仕方が無かったが、背に腹は代えられない。せっかく6年も生き延びることが出来たのだから、ここで全て台無しにするわけにはいかないのだ。

だが周囲はそうはいかない。度胸のない男は、昔からいじめられるというパターンが出来ているのだ。もちろんそれに対しても無関心を貫いていたはずなのに、気付けば今もこうして俺の周りには6人程悪がきが揃っている。どうしてこうなった。


「おいわたる!お前、またあの近道通らなかっただろ!」

「うん、そうだけど・・。だっていつもと違う道を通ったら何があるか分からないじゃないか」

「てめぇオレたちがやれって言ってんだから、お前もやらなきゃクラスの奴らにカッコつけらんないじゃないか!」

「そうだぞ、純くんの言うとおりだ!」


周りの取り巻きもピーピー何か言ってるが、所詮はボスの取り巻きだからな。特に何とも思わないが、この純くんはヤバイ。結構な怖いもの知らずで中学生とケンカをしていたこともあるぐらいだ。小学生のくせに変に身体が太くてでかいのも理由の1つだが、やっぱり一番なのはこのキレたらなりふり構わず手を出すところだろう。

今もゲンコツを握って俺に圧力をかけてくる。小学生とは思えないなコイツは。


「ごめん。でも僕には出来ないんだ、塾があるからもう行くね」

「てめぇこら!待てよ!」

「やっちゃえー!純くんー!」


純の取り巻きがはやし立てると俄然やる気を見せてくる。ああ、なんてこいつらはめんどくさいんだ。逃げるしかないと決めて走り出すと、後ろからゾロゾロと走って付いてくる。さすがガキ大将なだけあって身体の太さをものともせずにずっと付いてくる。さすがに200mも走りっぱなしだと息も上がってくるが、もう俺を殴ることしか考えていないのか背後に迫ってきている。

もうだめだ。殴られると覚悟を決めた瞬間、大きな音と共に身体が浮いた。


「私は神だ」

「・・あれ、俺は一体」

「えー気付かなかった?跳ねられたじゃーん、ポーンって。ちょー飛んだよ、記録出ちゃったんじゃない?」


そうか、あれはクラクションの音だったのかとようやく気付いた。あと体が飛んだ時にスポンと何かが抜け出た感覚がしたのは、いつものこれだったみたいだ。6年ぶりの感覚にすっかり忘れてしまっていたが、こんな形で思い出すとは思わなかった。いや思い出させんなよむしろ。


「ていうか、なんで車来てるの気付かなかったの?普通左右確認するっしょ。めっちゃビビったわ僕が」

「や、なんかもう必死だったからな。あいつに捕まりたくねぇって一心で走ったから、あんまり周りの景色とか覚えてないんだよ。そんなに飛んだ?」

「飛んだ飛んだ。ポーンって飛んだし」


そんなに飛んだのか、と納得している場合ではなくて。どうやら俺は再び振り出しに戻されたらしい。しかも自分のミスで、だ。あれだけ生きることに対して気を付けていたのに、まさか追いかけられて夢中になりすぎるという凡ミスを犯すとは思っていなかった。

というか俺だからまたやり直せるけど、これ普通の人生だったら俺に関わる全ての人がその後の人生悲壮極まりないからな?事故ったのが俺で良かったと思ったのは生まれて初めてだ。・・まあまた生まれないといけないんだけども。


「まっ。また次頑張ってよ、僕ここで応援してるから」

「なぁ神様。なんかチート機能とかないわけ?これ何かあるたびに死んでたら、何百年かかるかわかったもんじゃないけど」

「チート機能・・?何それ、なんか新しいお菓子?」

「そこ知らないんだ。テヘペロ知ってて、そこ知らないんだね神様」


知らないということは機能が無いということだろう。心の底から残念だ、自分が4度目の人生を歩もうとするよりも残念だ。チートがないならまた同じ作業を繰り返さないといけないのだ。しかも6年分は同じ作業が待っている。いつまで生きていればいいのか分からないが、なんとも悲しい話だ。


「神様もさ、全能のようで出来る事限られちゃうから」

「いやそれは神様見習いだからで・・」

「ドーン」


最後まで言わせてもらえないまま突き落されると、懐かしい浮遊感が全身を包み込んだ。

再びホクロがチャーミングという言葉で転生を認識するところから始まり、ハイハイ、二足歩行、魔の階段をクリアする。それから幼稚園へ入園し、卒園、小学校へ入学するとしばらくしてからようやく同じ場面に出る。

一度終わらせた出来事なのに、初めて感じるような気持ちになるのはやはり時間を戻しているからなのだろうか。何をされるか分からない恐怖で脳みそが警戒音を出す。


「ごめん。でも僕には出来ないんだ、塾があるからもう行くね」

「てめぇこら!待てよ!」

「やっちゃえー!純くんー!」


ここからが問題だ。全力で走ってはいけない、と頭が警告する。全力で走ることが出来ないのならばどうしたらいいのだろうか。そこで俺は初めて「近道」というものを有効活用することに決める。本当は変な危険があるかもしれないと避けて通っていたのだが、俺の性格を知っている奴らならば「絶対に近道を通ることはしない」と思っているはずだ。

全力で近道にしている場所までくると、角で隠れて奴らの背後に回る。あとは気付かれないように自宅まで帰っていくだけだ。ようやく奴らに勝てたような気がした。


小学生のころは生真面目で通し、いじめの標的になることもあった。どうにか解決策を見出してそれらを回避していると、リアクションが無くて面白くないのか標的を変えられた。これは嬉しい誤算だったし、その後小学生を卒業するまで安全圏に居ることが出来た。

中学生になる頃は受験を受けるように両親に言われる。一応相応の頭を持っていたのが幸いしてそこそこのところへ入学することが出来る。ほっと息をついたのもつかの間、入学してからというもの勉強勉強勉強勉強・・ひたすら勉強漬けの日々になる。

そうすると人間はどこかしら壊れてくるらしく、真面目な人が揃っているクラス内ですら再びいじめが起き始める。ただ厄介なことに成績に関するいじめが多くなる。上位が徒党を組んで下位を貶し、足の引っ張り合いのような泥沼になっていくのだ。

それに嫌気がさして最低限の勉強しかしていなかった俺は、どうやら上位に目を付けられたらしい。元々つるむのを面倒臭がったおかげで、下位の人たちからも近寄るなと警告を受ける。一応1年生では耐えきるが、2年に進級しても同じクラスで持ち上がりだという事実を知った瞬間に絶望した。

あんな環境でもう1年勉強できるかと言われたら、そんなことは到底無理だ。ただでさえ勉強が捗らないのに、どうやってあの学校生活を送ることが出来るだろうか。元が生真面目だったのが災いして、どんどん顔がやつれていったのだろう。両親が頻繁に心配の言葉をかけてくるようになるが、それすらも煩わしく思っていた。

するとどうだろう、気付いた時には前回いつ食事を摂ったのか分からないほどにやつれてしまった。そのまま胃に潰瘍が出来て入院中に、俺は再び奴に出会った。


「私は神だ」

「ハァ・・。またか」

「それって僕のセリフなんですけど?せっかく中学生になったんだからさー、もっと頑張ってよね」


プンプンとか言いながらポーズを取っているのを見ても、なんとも思わなかった。もう頑張ることに疲れてしまった。


「もう、さ。俺無理だわ」

「無理とか言ってるうちはまだ大丈夫だってー、それともこのまま成仏しとく?」


上を指差されて顔を上げると、そこには『残念でした』と書かれた紙が浮かんでいた。


「プップププ!行けると思った?残念ながらもう無理なんだなー、最初に赤ん坊に転生した時点で君に拒否権は無くなりました。え、知らなかったの?」

「・・言われてない」

「あちゃー僕がミスったか!スマンスマン」


謝る気が無いのに口頭だけで謝る奴を見ていると、何故か笑いがこみあげてくる。


「クッ・・クハッ、クククッ、ハハハハ」

「お、ついに壊れた?とりあえず栄養ドリンクでも飲んでみたら?」


差し出された瓶には有名なメーカーが書いてあった。それを受け取って飲もうとするが、手のひらを通過して雲の下へ落ちて行ってしまった。・・ていうかここ天界じゃないの?なんでアレがあるわけ?


「しまった、君まだ完了してないから飲めないんだった!スマン」

「ちょ・・神様適当過ぎでしょ・・」

「いやー結構あれ重宝してるよ?ワンクリックで送料無料、なんていい世の中になったんだ」


ウンウンと頷いているけど、ここが天界なのか地上なのか良く分からなくなってしまった。奴は「まぁ曖昧な感じ」とか言ってるけども、曖昧にもほどがあるだろう。そんなことを考えているとネガティブだった気持ちが段々と普通の状態に戻って行ったような気がした。

見透かしたような顔をしてこっちを見てる神様見習いが、なんだか腹が立つ。


「で、どうする?もう一回いっとく?」

「・・はぁ。どうせこれ終わらないと、出られないんでしょ?やってくるよチクショウ」

「一名様ごあんなーいドーン」


落下していくのが酷く心地よく感じたのは、これから何も考えずに済む赤ん坊に戻れるからに違いない。俺は断じてこの落下する感覚に安心感などは持ってはいないのだ。


「亘くーん!」

「ハッ、何だよ全く・・俺の現世での名前をそう簡単に呼ぶなって何度も言っただろう」

「ごめんごめん、ところでここなんだけどさー」


差し出されるノートに書かれた公式は、所々抜けているところがあった。それを指摘すると満面の笑顔を向けて「ありがとう」と去っていく。貴重な俺の時間を費やして教えたかいがあったというものだ。


「貢物はこれだけか、WATARU殿」

「・・まさか、背後から来るとはな。YUZURU殿」

「ハン、お前にしてみればこれぐらい・・第5の目を使えばなんてことはないだろう?」


フンと鼻を鳴らしてみせると満足げな顔をして隣に座る。その手には真っ黒なノートが握られていて、フランス語の筆記体で何やら書いてある。特に詮索はしないが、多分想像しているものがそのまま書かれているのだろう。

あれから中学1年生で再び暗黒時代を過ごしたが、2年生に進級したところで俺は覚醒した。最終奥義を会得したのだ。その名も「厨二病」だ。これに目覚めてからは一人が楽しくなり、更に吸い寄せられるかのように同じような仲間も出来た。

仲間が出来れば後は簡単だった。そのまま卒業式を迎えると、高校に入り、さらには大学でもその能力を開花させ続けた。厨二病だと分かった瞬間離れていく者、入学して噂を聞いてわざわざ寄って来る者、様々なパターンがあったが、コイツは高校からずっとこんな調子だ。

俺はわざと覚醒しているわけなのだが、ゆずるは筋金入りのアレなやつなため友達は俺しかいないようだ。別にそれに対しては何とも思わないが、将来が楽しみな存在だ。真の覚醒をした瞬間に隣にいるのが俺であったらいいと思う。


「おい・・例の物は届いているのか」

「勿論だ。抜かりはねぇ・・が、問題があってな」

「なん・・だと・・?」


俺はわざと渋るような仕草をするが譲は「まさか・・」や「いやそんな・・」などとブツブツ言いながら俺の言葉を待っている。それからたっぷり時間をおいてから物を取り出すと、俺たちの目はキラリと光るのだ。


「もう、現物がここにあるっていう・・な」

「な、な、なんだと・・!?これが、ここに・・!おい待て、早まるんじゃねぇ!」

「動きだした歯車はなァ・・元には戻せねェんだ・・よっ!」


バリバリっと袋を開けるとそこには本日発売のオンラインゲームのパッケージがあった。もちろん限定パッケージになっていて、初回特典は外していない。フィギュア付きともなればプレミアの価値が付くのは間違いない。それを見越しての今回の購入に当たって、販売開始15分で完売したこれを入手できたのは奇跡だった。

それについて譲と語り合うとあっという間に昼休みが終わる。午後一で始まる教授の授業に遅れないためにそそくさと移動すると、筆談で更に熱く語り合うのだ。途中で怪訝な顔をする隣の席の奴には、胸の前で十字を切っていわくつきの何かを浴びせる。まぁ何でもない只のお遊びなのだが。

それでも俺たちは成績がかなり上位にいた。そのためノートのコピーを取らせてくれだの、難解な問題を教えてくれだのと貢物と言う名のジュースや菓子パンを置いていく生徒は後を絶たない。きれいとは言えないノートをコピーしていく奴らには悪いが、大事なところに線すら引いていない俺たちのノートは見づらかっただろう。


「・・宵の刻にまた」

「ああ、頼んだぞ」


授業を終えると即座に帰宅してオンラインゲームを始める。大学1年の時に始めたゲームは、3年になる頃にはかなり立派に成長していた。何キャラも掛け持つわりに、どのキャラにも同等の愛情を注ぐ。それこそがオンラインゲームの楽しみだった。きっかけは譲だったが今では俺の方がどっぷりとはまり込んでいる。

大学の成績は優秀だった俺だが、就職先は悩んでいた。3年ともなるともうすぐにでも就職活動を開始しなければならないのだが、どうにも手も足も動かなかった。特になりたいものがあるわけでもないままに、ただ生き延びることだけを考えて生きてきた俺には就職なんて「どうでもいい」カテゴリに放置されたただの紙切れに過ぎない。

そうこうしているうちに4年になり、卒業のシーズンがやってくる。


「譲・・就職先でも、暗黒の目を大事にしろよ」

「ああ、お前もな・・。まさか就職先が決まらないとは思わなかったが、それもまた一興だ・・な?」

「おう」


ゴツンと互いのゲンコツを合わせると、門で別れる。そのまま一人暮らしの部屋に帰ってオンラインゲームを始める。就職浪人になってしまったわけだが、それもまた仕方のない事だ。来年までにやりたいことを見つけよう、と思ってログインした途端視界が暗転した。


「私は、神だ」

「・・え?間違えてない?俺何もしてないけど・・」

「ハァー。君ってばお馬鹿さんなの?神様的にはニートとか、世の中に要らないし」


やれやれとため息をつかれるが、俺にしてみれば突然人生が強制終了させられたようなものだ。全く納得がいかなかった。


「いや、要らないとか言われてもそうなっちゃったし」

「ねぇいつまでその設定引っ張るつもり?最後は譲君の方がチョー大人になったじゃん。いい加減目を覚ましなさいな」


目の前で指をパチンとされると急に意識がはっきりとし出す。さっきまで画面越しに世界を見ているような感覚だったのに、この現実感はヤバイ。なんで俺は就職活動してなかったんだ?22にもなって働こうとしないって、いったい何考えてたんだ?ていうか22年も頑張って生きてきたのに、どうしてその先に続く未来を視ることが出来なかったんだ!?


「君さ、ネット依存症って知ってるかな」

「・・いやでも俺は」

「完全にそれでしょ。僕途中で強制終了しようと思ったレベルで、君ひどかったよ?一応最後まで見届けてみたけど、案の定強制終了しちゃったじゃん。僕の3年返してくれないかな」

「俺の22年も返してほしいです・・」


全身の力が抜けていく気がした。何で俺はここまで来てこんなポカをやらかしてしまったのだろうか。厨二病に頼り切って生きてきた結果、こうなってしまったのだろうか?いや俺はまともだったはずだ。それなのにいつからこんなに役にのめりこんでしまっていたのだろう。


「ネットは適度が一番って、ママに教えてもらわなかったの?もー」

「す、すみませんでした・・」


ひたすら平謝りをしていると神様見習いはため息をつきながらも俺に両手を突き出してくる。


「僕神様だから許すけど、次はこんなしょっぼいこと、しないでね?」

「全力で生き抜きます」

「はいいってらっしゃいのドーン」


優しく触れられるようにして落とされると、俺の意識はすぐに赤ん坊の中へ入り込んだ。そして再び通例の儀式を繰り返すのだ。ホクロがチャーミング、ハイハイ、二足歩行、魔の階段、幼稚園入園、卒園、小学校入学、いじめ回避、安全圏の突入、卒業、中学校入学、卒業、高校入学、卒業、大学入学、卒業、そして就職。

全てを普通に、まっとうな人間らしくこなしていく。ようやく自分らしさというものが見えてきたような気もしてきた。そのうち同じような考え方の女性と巡り合うと、結婚することになる。前夜に何故か「おめでとー」と神様見習いが出てきたのには心底驚いた。また強制終了させられると思ったからだ。

だがお祝いだと言って祝儀袋を寄越しただけで消えて行った。目を覚ますと枕元に祝儀袋が置いてあったのには肝が冷えたかと思った。恐る恐る中身を確認すると「残念でした」と書いた紙が入っていた。どう考えても、いつの日だったかに上を見上げた時に貼ってあったものと同じものであったが、なんとなく可笑しくなって笑いが込み上げてきた。

隣で眠っていた彼女を起こしてしまったけれど、笑いながら泣いている俺を見て静かに頭を撫でてくれていた。俺はなんていい嫁を貰うことが出来たのだろうか、心の底から神様に感謝した。



「・・え?影、ですか」

「そうですね。ちょっと精密検査してみましょうか、若いんで大丈夫だとは思うんですけど」


会社の定期検診で引っかかったので再診に行くと、改めて予定を組んで精密検査をすることになってしまった。俺はまだ45になったばかりで、この再診が終わったら下請けに行って営業をしてこなければならない。

一瞬妙な考えた脳裏を過るが首を振ってそんなことはないはずだ、と自分を励ます。なんとなくぼんやりとしたまま仕事を終えて帰宅すると、嫁と子供たちが待っていた。


「おかえりパパー」

「ただいま。お、今日ハンバーグかーうまそうだな」

「フフン、あたしも作ったんだよ」


最近ませてきてオシャレに気を配るようになってきた小学四年生の長女と、小学1年生の次女が口々に俺に色々と教えてくれる。こんな風に嫌われないパパになれて良かったと、会社の人の話を聞いてよく思う。

思春期になったらもっとやりたい放題やられる、という噂もあるがうちには関係ないのかもしれない。そんな楽天的なことを考えていると嫁が声をかけてきた。


「おかえりなさい。ビール準備してもいい?」

「・・あ、今日はちょっとやめとくわ。後で話いいか?」

「ええ。もちろん」


医者に言われたから、というわけではないが今日は酒を飲む気分ではないのは確かだった。子供たちとワイワイご飯を食べ終わると嫁は寝かしつけに行ってしまった。風呂を済ませてリビングで待っていると、ようやく嫁が下りてくる。


「ね、今日再診の日だったでしょう?何か言われたんじゃないの?」

「んー、まあ、ね」

「・・なによー、何言われたのよ」


不安げにこちらを見上げてくる嫁は、子供を産んでも、年を重ねても付き合った当時のままの面影があった。相変わらず可愛い顔してるな、などと思っていると脇腹を小突かれる。


「ねぇ、教えてってば」

「なんか再検査だってさ。精密検査してみようかって言われた」

「・・どこが悪いの?」

「肝臓だってよ。若いころ無茶しすぎたのかもしれん」


あえておどけたように言って見せるが、嫁の顔は暗いままだ。そりゃそうだろうな、毎日帰宅すると3本は必ず飲んでる俺が1本も飲まずにこんな話を始めるんだ。


「まーでも若いから影が本物かどうかも分からないらしいし、とりあえず1週間後に精密検査入れたからよ。それでどうなるかは分からんが、どうにかなるだろ!多分」

「・・そうね、あなたもこれからはお酒ちゃんと控えるようになるかもしれないし、ね」

「ぐっ・・そうだな・・。なるべく気を付けるから」


肩にコトンと頭を乗せてくるのは、何か不安なことや悩み事があるときだ。完全に俺の事が悩みの種になってしまったらしいが、検査が終わるまではどうしようもないため俺はただ嫁の頭を何度か撫でておいた。

嫁に話した翌日からは、憑き物が落ちたようにいつも通りに働けた。家の中でもかなり気を使ってくれてるのが分かるから、子供たちからは「甘やかしたらだめなんだよ!」なんて言葉ももらいながら案外普通に生活している。

そして精密検査当日。病院から帰るとものすごい悲惨な顔をした嫁が出迎えてくれた。


「おかえり、どうだった!?」

「いや、どうもなにも・・CT撮って、MRI撮って、あと血も採られたかな?詳しい検査結果は1週間ぐらいって言ってたわ。その間普通に仕事してもいいみたいだし、やっぱ大したことないかもしれん」

「そっか・・良かった・・」


安心して涙を流す嫁を見ると、こいつと結婚して良かったなと思えた。いや何かあるたびにそこそこ「良かった」と思うけども、今日は特別そう思えた。不謹慎だけど愛されてるって気がひしひしと伝わってくるのも嬉しい。


「じゃ、今日は1本飲んじゃおうかなー」

「ダメです。ちゃんとした結果が出るまでお預け」

「・・ハイ」


泣きながら怒る嫁は、やっぱり可愛かった。

その夜は何故か燃えてしまったが、翌日は普通の顔をして俺を送り出してくれる。嫁の気持ちは読めん。自分で言っといてなんだが寒いな。


「アルコール性肝疾患です」

「・・はぁ、といいますと飲酒を控えればいいんでしょうか?」

「違います。若い頃にすごく無茶な飲み方されましたでしょう?かなり進行しています。現在も毎日結構飲酒されてるみたいですし、飲酒はもちろん今後一切禁止です。それから肝硬変にいつ移行するかわかりません。ドナーが居れば、出来るだけ早めに移植を検討した方がいいでしょう」

「ええと、すみません、よく話が伝わってこないんですが」


医者のいう事が1から10まで意味を成していない気がした。目の前にぶら下がる「移植手術」という言葉だけが頭に残っている。曲がりなりにも6度目の人生だ。今までで一番真っ直ぐに生きてきたつもりだったのにここに来て大きな落とし穴があるとは思わなかった。

思わず天を仰いで神様見習いを睨もうとしてしまうが、天井が邪魔をしてそれを許さなかった。


「ただ、ちょっと移植にも問題がありまして。あなたの血液型では、まず肝臓の提供者が現れることは0%に近いです」

「えっ」

「貴方の血液型はボンベイ型だということはご存じですか?」


ボンベイ型・・いったい何なのだろうか。この医者は一体何が言いたいのだろう、これじゃあまるで死ぬことが決まっているような口ぶりだ。一応投薬治療もするみたいだが、どうしてこんなに淡々と説明してくるんだ?グルグルと目の前が回ってしまって、気付いたら床とキスをしていた。


「・・どうしてこんなことになるまで放っていたんだ」

「自覚症状がまるでないみたいです、精密検査の結果を取り寄せて初めて分かったんです」

「だがこれじゃあもう生きているのが不思議なぐらい・・」


耳元で喧嘩をしているように聞こえてきた声に目を開けると、目の前には真っ白な何かが見えた。ゆっくりと視線をずらしていくと、どうやらここは病室らしい。たくさんの機械につながれた俺は身じろぎひとつ出来ないままにベッドに縛り付けられていた。

真横には嫁もいる。真っ青な顔がひどく可哀想だ、そんなに悲観的にならなくても手術をすれば治ると言っていたのに。お、視線に気付いたみたいで俺に手を伸ばしてくる。


「亘さん・・見えますか・・?」

「あぁ、見えている。どうして俺はこんなに機械につながれてるんだ?」

「・・亘さん・・っ。ごめんなさい、気付けなくて、ごめんなさい」


ボロボロと涙を流す嫁をあっけにとられて見ていると、医者が俺の方へ視線を向ける。説明をした医師よりもやや年季の入った顔つきをしているが、どうやらこの人が責任者のようだった。何らかの説明を期待して目を見るが、物珍しげに眺められるだけで特に何もリアクションはない。


「奥さん、辛いですが・・持って3日だと思います。こんなになるまで気付けなかった我々も、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。ただもしかしたら、臓器移植提供者が現れるかもしれません。その時は最善の処置をとりますが、可能性が限りなく低い事だけは覚えておいてください」

「え、ちょ、俺死ぬってこと?おい、無視すんなって!」


手を伸ばすと医者の肩を通り抜けた。思わず「ぎゃ」と短い悲鳴を上げてしまうが誰も気づいてくれない。もしかして、もしかしてだけども。


「私は神だ」

「・・マジか、マジなのかこれは」

「マジでーす。ちなみに僕は神でーす」

「見習いだけどな」


だが景色がいつもと違う。いつもはすぐに天界に引っ張り上げられてのお説教モードに突入だが、今日は病室のままだ。もしかするとまだ助かる可能性があるということなのだろうか?期待を込めて奴を見るが、相変わらず食えない顔をしている。


「あれ、なんか上手くいかないんだけど・・どうなってんのこれ?僕の完璧な釣りスキルが・・通用しないとかすごくムカつく」

「俺は特に何もしてないが・・もしかして、だが、まだ助かる見込みがあるってことじゃないのか?」

「あ、それはないない。だって僕が降臨したんだよ?あるわけないって」


そうか・・やっぱり人生そんなに甘くは無いようだった。だがもしかしたら、ここが俺の寿命の到達地点なのかもしれない。これからまだたくさん家族と思い出を作っていきたかったが、どうやらここまでのようだ。

どうにか真っ当に生きられるように頑張ってきたが、ここが終着点だというのならそれも仕方のない事だ。頭では分かっているのに、心がそれを受け入れようとはしない。まだ娘の成長が見たかった、嫁と一緒に家族になっていきたかった、何より最期にもう一度家族の温もりに触れたかった。


「・・ん?あれ、なんか僕の方が上司から呼ばれちゃってる。どーしよ、とりあえず一旦帰るね?」

「ああ、分かった」

「おっかしーなー、あれー?」


最後まで首を傾げながら奴がいなくなると同時に、身体を起こす俺に全員が気が付いた。


「亘さん!気が付いたの?あなたが病院で倒れたって聞いて、私、居ても経っても居られなくなって・・」

「奥さん落ち着いてください。彼の容体を確認させてください」

「は、はい、すみません」


嫁が病室の外に出されると、医者のポケットのケータイが鳴った。院内なのに大丈夫なのか?と思っていたが、どうやらケータイではなくポケットベルのようである。なるほど、医者にとってはまだポケベルは現役なようだ。

知らせを受けてすぐに内線へコールすると、驚愕した顔で俺の方を振り返る。そして早口でまくし立てると向き直って両肩に手を置かれる。力強く抑えられて若干骨が軋んだ音がするがそんなことを気にせずに興奮した様子で伝えられる。


「ドナーが、ドナーが見つかった!さっそく手術の準備をせねばならん!」

「・・へ?そうなん、ですか?」

「奥さんを呼んで。すぐに書類に署名を、それから君たちは今後の予定を・・」


険しい顔をしながらてきぱきと指示を出していく医師は、さっきまで俺の事を「死に逝くもの」として見ていた目はしていなかった。どうにかして生かそうと動いてくれているのが一目でわかった。

嫁が再び部屋に入ってくると同時に俺に抱き着くと、声をあげて泣いた。ワンワンと病院中に響くんじゃないかという声で泣く姿は、プロポーズをしたとき以来一度も見ていない姿だった。それを見てようやく「ドナーが見つかった」という事実を脳みそが受け入れ始めて、俺の目にも不覚にも涙が出てきてしまう。


「手術、最速でしてくれるって。良かったね、良かったね亘さん・・!」


そうこうしている間にも着々と手術の準備は進められていく。俺はただベッドに寝ているだけで良さそうだが、なんだか落ち着かない。というか自分自身で具体的な症状を実感していないため、それほど重症じゃない気がするのだが周りの機械はそれの意識を改めさせる。

どう考えても重症患者の扱いだ。


「今日の夜中に、手術を開始する」


そう一言告げると医師たちは病室から出ていく。夜中まであと12時間ほどあるが、さっそく絶食扱いになってしまった。せっかく昼食にありつけると喜んだのもぬか喜びに終わる。隣でパンを頬張る嫁を見ていると、とてもこれから手術を受ける夫婦には見えないだろう。


「美味そうに食うな」

「ん、だって美味しいよ。亘さんは心配だけど、食べるもの食べてから応援しないとね」

「一口くれよ、腹減ってんだよ」


嫁は「だーめ」と言って一口で口の中へ入れてしまう。こういうところは付き合っていた頃から変わらないなぁ、と思わず顔がにやけてしまうが、同じことを思ったのか嫁は泣き笑いを始める。


「まさか亘さんが、こんな風になるなんてあの時は思ってなかったよ」

「俺もだ。でも治る見込みがあるから手術をするんだろう?大丈夫だ。家族を置いて逝くことは無い」

「うん、絶対ね。絶対」


夕方になると少し眠たくなってくる。その眠気に合わせてこっくりと船をこぎ始めると、身体が一瞬ふわりと浮いた気がする。だがすぐに地面に戻された気がして目を開けると、奴はいた。


「私は神だ」

「本日2度目ね。で、何だったの?やっぱバグ?」

「いや、バグっていうかなんて言うか。こっちの手違い?みたいな?まぁ問題ないから、だいじょーぶ」


満面の笑顔をされているが、こちとらこれから手術へ向かう身だ。まぁ見習いとはいえ神様がここまで太鼓判を押すのならばきっと大丈夫なのだろう。そのままふわふわと浮かんで消えると、俺の意識は深い底へズブズブと沈んでいく。



「亘さん、亘さん」

「・・ああ、夢か」


目を覚ますと、懐かしい夢を見たと思う。隣には相変わらず笑顔で座る嫁が居る。あの手術からもう50年も経つのか。私には近いようで遠い過去になってしまった。少し体を起こすと上手く起こすことが出来ずに、ガクンと後ろへ倒れてしまう。


「あらあら」


嫁は自分の倍は体重があるはずの私を起こすのを手伝ってくれる。もうこんな生活になって何年目になるだろうか、娘は独立して嫁に行き、たまに孫を連れて帰ってくる。こんな幸せな日々が待っているとは転生を聞かされた日には想像もしていなかった。

だがこんな人生を送らせてくれる為だけに転生をさせたわけではないだろう。何か意味があったはずなのだが、それを思い出すにはもう年を取りすぎていた。昨日食べたものぐらいは覚えているが、それより前の記憶になると大きなことしか思い出せなくなってしまった。それでも毎日が平和である、そのことが今の私には大切だった。

何のために転生したのか、どうして私が選ばれたのか、何度も転生させられる度に考えたが結局理由を考え出すことは出来なかった。あの神様見習いは今頃どうしているのだろうか?最後に会ったのは手術の直前だ。そこからは自分で言うのも何だが、上手い事揉め事を避けて生きてこれたと思う。

いつもの日課の散歩に行こうと両足に力を入れるが、中々今日は力が入りづらい。昨日はまだ力が入ったのにおかしいな、と思いながらもいい年なのだからそんな日もあるさ。今日は布団に逆戻りだな、と冷静に自分を分析する。


「今日は無理そうだから、一人で行ってくるといいよ」

「まぁ・・でも亘さん一人にするなんて、心配だわ」

「いいよ、私は一人でも平気だから。いつもの散歩コースだろう?留守番ぐらいまだ出来るぞ、任せなさい」


クスクスと笑いながら「そういうことなら」と腰を上げる。その後ろ姿になんとなく「なあ」と声をかけてから、続く言葉がない事に気付いた。ゆっくり振り返って私の言葉を待つ嫁に、何かかけるべき言葉をと探すがついに上手い言葉は見当たらなかった。


「いってらっしゃい、気を付けて」

「はいはい。亘さんもお留守番よろしくお願いしますよ」


それがまさか最期の言葉になるだなんて、誰も思わないだろう。

嫁が散歩から帰ってきた頃には布団の中で静かに目を閉じている私がいる。私はついに寿命がきたのだ。うろたえながら救急車を呼ぶ嫁に声をかけたかったが、残念ながら私はもう実体をもっていなかったためそれは叶わなかった。その時懐かしい感覚と共に、上に引き上げられる。


「私は神だ」

「やあ、久しぶりだね。元気にしていたかい?」

「ふふ。あっという間に好々爺になっちゃったねー、そういう君もいいと思うけど・・エイッ」


バフンという気の抜けた音と共に、俺は20代の若い姿へと戻った。身体も心も脳みそも、全てが全盛期の時のものに戻った。いや戻されてしまった、とでもいうのだろうか。


「あーやっと話しやすくなったよ。もーいつ死ぬかいつ死ぬかって、すっごい待ってたんだからね?僕をハラハラさせるのが上手だねー君ってば」

「・・いやいや、ていうか意味わかんないけど。これがゴールなんでしょ?俺ちゃんと寿命全う出来たよね?何でまた戻されたんだ?」

「うんうん、おめでとう!すごいよねー、ちゃんとした一生を終えられたね!フフッ僕も鼻が高ーい」


何に対して鼻が高いのかはさっぱりだが、どうやら奴の中では一本筋の通った話になっているようだ。いつだったかの上司に何か褒められたのかもしれないが、何にせよ俺には関係のない事だ。そのはずなのにさっきから嫌な汗が止まらない。奴の笑顔の下にある腹黒い何かが、俺をつくつくと突いているようだ。


「んふふー、相変わらず一発で分かっちゃう系の人なんだねぇ。君ならこの仕事、引き継げるって思ってたんだー!」

「・・仕事?引き継ぐって、え、どういう」

「アハハ言ってなかったっけ?これ一応神様になる試験だからさ!」


奴は今何て言った?神様になる試験?それだけのために俺は何度も人生をやり直させられ、なおかつ老衰するまで全速力で人生を謳歌してきたってこと?


「そうそう、大体そんな感じ!ほら僕って神様見習いじゃん?無作為に選んだ人間の一生を無事に見守ることが出来れば、次のステップに行けるって試験だったんだよー。この試験で僕はこんな事が出来るようになりましたー。見ててね?それぇいっ」


いや、うん、確かに出てきたね。ふぁっさーって。ふぁっさーって羽生えた。すっげー満足そうな顔してるけど、俺のことは1万歩ぐらい置き去りにしてるからね?いやそこ笑うところじゃないし。


「へへー神っぽいでしょ?ていうか神だし?見習い終了ってことで、次君だから」

「は!?何それどういう」

「はいこっち来てねー」


初めてその場を動くことを許可される気がするが、とにかく神様見習い終了についていくと広い部屋に出る。そこにはいくつかのテレビ画面が無造作に置かれていた。全ての画面に電源が付いているわけではなかったが、見覚えのあるコントローラーはそこらじゅうに転がっている。

1つ拾い上げてまじまじと見ているが、どう見ても有名なゲーム会社のコントローラー以外の何物でもなかった。それをしげしげと観察していると「おっいいやつ取ったねー!」と奴は寄って来る。


「君さ、超頑張ったジャン?生きるってこと真面目に考えて、どうしたら生き残ることが出来るのか考えて、たまに間違えたりしたけどその辺はこの僕と一緒に乗り越えたりして、この場所に到達できたでしょ?」

「ああ、そうだけど・・」

「フフッ。じゃあはい、これコントローラーね」

「は?」


俺が手にしたコントローラーを正しい持ち方で握りなおさせる。いやいや、これの扱い方ぐらいはわかるけれども。


「はいこれ画面ね。メイン選んでー、サブも選んでー。あ、これ後から設定しなおしておかないと、周りの人動かすの後から大変になっちゃうからね」

「は?え、ちょ、まって、どういうこと?」

「やだなー君ってば。まだわかんないの?このにぶちんめー」


ちょほっぺ突くのやめろ!というかこのエンド画面のエンドロール、どこかで見たことある風景ばっかりなんですけど・・!スタッフロールのところとか神様見習い一人じゃねーか!


「臓器提供の時はちょー焦ったし。ギリギリ育成間に合わないかと思ったんだけどね。でもいけたんだよね!すごくない?神様見習いって伊達じゃないみたいな?な?」

「いや、そんなことよりもっとちゃんと説明することとかあるし」

「ん?んー、やりがいのある仕事です!(キリッ)てことかな?」


違うし!!ていうか主人公がもう選ばれてるってどういうこと!?コンテニューってなってるってことは、一回神様がやったってことじゃないのか!?俺の混乱が最高潮に達したところで神様は時計を確認すると笑顔で言い放った。


「あ、てか呼ばれてるから。じゃねーガンバ」


俺の転生人生は、こうして次のステージへ向かったのだった。

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