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Keep Smiling

作者: 片桐 彩華

最後まで、笑えたなら



そんな幸せなことはない



-Keep Smiling-




思えば私はどんな時でも笑っていた気がする。

悲しくても、怒っていても、気分が落ち込んでいる時も。


それは良いことだと、思ってた。


周りに不快感を与えず、笑うことで自身の気分も上がったりしてさ。


『辛いときこそ笑え』


祖母が残した言葉。

大好きだったおばあちゃんのその言葉を守り、信じてた。


でもね




今、私笑えてない。




母から告げられた残酷な事実。

私、死ぬんだって。

病気が手遅れで、よくて半年とか。


何のドラマだよ、それ。

軽く現実逃避しちゃったよ。



きっと、私はいつも笑顔でいる『明るくていい子』だからこの事実を知っても『私』でいてくれると思ったんだよね。


ごめん、無理。

私は強い子でもなんでもないんだから。



ねぇ、おばあちゃん。

辛いよ。

笑えないよ。

泣くことも出来ない。

それはとても惨めで醜い気がするんだ。









月日が経つのは早いものです。

病室の白いベッドはもうすっかり自分の物のように感じています。


母は毎日この個室を訪れます。

そして、日に日に細くなっていく私の腕を見ては部屋の外で泣いているのを、私は知っています。


3ヶ月、私はただただ生にしがみつき、死を怖れています。

灰色の空からは真っ白な雪が静かに降り続けています。今はまだ積もってはいないようですが、やがて足跡を残せるくらいになるでしょう。


私は、笑っていません。







今日は、少し調子がいい。

久しぶりに窓を開けてみた。

肌を刺すような外気に触れて、あぁ、生きてるなんて思っちゃったり。


そうして、ちょっと体が冷えてきた頃、友達が部屋を訪れた。

これもまた久しぶり。

私を見て驚いたような、哀れむような表情を一瞬でもした貴方。


うん、当然の反応だね。貴方が知ってる『私』はもういないから。

だけど、同情とか止めて。

無理して笑ったりとか、見てるこっちが痛い。


痛い、痛イ、イタイ。



私は、まだ笑えない。







あれから5ヶ月になった。

最近は体を動かすのにも苦痛が伴い、ベッドから起き出すこともない。


鼻にも腕にも管を通された私の姿は、正に病人そのもので。

瞼を閉じれば、寝ているのか死んでいるのか一見わからないかもしれない。


自分が死に向かっているのがわかる。

もう、物を考えるのもだるい。



私は、やっぱり笑えない。









もうダメだろうな。

他人事のように思った。現実は酷く私の体と心を蝕むから、もう眠ったままでいたかった。


そしたら、ね。

お節介な奴がいて、私を外に連れて行った。

声も出せない私を、連れ出したソイツは、前に来た友達。


担当医もあっさり許可したりして。

あれか、最後だから好きにしろってことか。


拒否することも出来ず、なすがまま車椅子に座らされて、病院の自動ドアを抜けた。


薄手のカーディガンを羽織った私は、頬に暖かな風を感じた。

あぁ、今は春だったね。


心地よさは感じたが、目を開けようとはしない。見たくない。

受け入れたくない。


私は消えていくのに、これからをいくモノを見たくなんかない。だって、辛くなるだけだから。


暫くして、ソイツは歩みを止めた。

必然的に、私も止まる。


目を、開けてと言われたけど、嫌だと行動で示した。


目を、開けて。

また言われた。

しつこい。嫌だって言ってんの。


ね、見てごらんよ。

あんまりしつこいので、観念して目を開けた。


ずっと閉じていたから、眩しさに目が眩んだ。

そして、視界に入ってきたのは水色を背にした桃色。そこから地面に向かってひらひらと、小さな桃色が落ちていく。


桜だ。


もう、咲いているのか。


ただぼーっと見ていた私に向かってソイツは笑いながら言った。


『綺麗っしょ?』


あの時とは違う、繕ったような笑いではなく、心からの笑顔。


あれ?

なんだろ?

なんか、目が熱い。

鼻の奥がつーんとする。


頬を伝う感触。

生暖かい、それ。

不鮮明な視界に滲む水色と桃色。気づけば、私は唇を動かしていた。


『きれい』


音は発していない。

けれど、ソイツは私が言ったことがわかったらしい。

でしょ、と相槌を打つと急に泣き出した。


おいおい、なんでそこで泣くかな。

こういう時は笑うもんでしょーが。


ま、不快ではない。

不思議なもんで。

泣くという行為は不快感を与えるもんだと思っていたけど、そうでもないんだね。

気づくの遅すぎだけど、気づかずにいくよりはいい。ほら、もう泣かないで。必死に腕を動かして、私はソイツの手に自分の手を重ねた。


泣きながら、私を見たソイツに私は笑った。

そしたら、ソイツも笑った。

口の動きだけで『ありがとう』なんて言ったら、また泣き出した。


だから泣くなっての。

笑ってよ。

私も笑うから。

あの桜に、涙は似合わないよ。




現実もそう悪いもんじゃないね。

目を閉じていたらわからなかったことが、わかった。

それは死に逝く私に優しく微笑んでくれた。

だから、もう怖くない。


生まれ変わりがあるのなら、桜になりたい。

美しく、儚く、愛おしい存在。

すぐに散ってしまうけど、そこには何の後悔も苦しみもなく



ただ、微笑んで。



ただ、そこに在って。



吊られて、こっちまで微笑んでしまう、そんな存在に。


笑うだけじゃない。

泣くだけじゃない。

怒るだけじゃない。


アナタは繕ったりしないから、素敵です。




私、笑ってるよ。

初めて泣いて、初めて心から笑えたの。


幸せ?



うん、幸せです。



     end

初投稿、突発文です! 至らない点多々あると思いますが、読んでいただき感謝です!

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― 新着の感想 ―
[一言] 凄いです。初投稿とは思えませんでした。短い文でこんなに感動できるとは…。
2009/09/12 09:57 退会済み
管理
[一言] 良いです。       僕も桜を見ると日本に生まれてきてよかったと思います。          もしも、自分が死ぬなら桜の咲く頃がいいなぁ。  死と幸せの象徴のような花、桜がマッチしたストー…
[一言] 告白体の文章で、違和感もなく、感情がせつに表現出来ていると思います。 なんだか、僕まで感動してしまいました。
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