勝てる人と勝てない人と勝ちたい人
突然、久遠から部内戦をすると告げられ、状況を飲み込むこともままならない状況で、部内戦を行うこととなった新城中なぎなた部。次第にピリピリしたムードとなり、ついには口論まで…。今まで楽しくやってきた仲間通しの絆が、互いに蹴落とし合うことで音を立てて崩れ始める。
「この紙の下の方に書いてある順で試合を進めなさい。大雅は呼び出しと、記録。審判は私が行います。2分3本勝負判定なし引き分けありです。東北大会へ出たいなら、本気で取りにいきなさい。」
「はい!」
部員たちは返事をするとすぐに防具をつけ始めた。久遠と大雅は審判旗やストップウォッチを準備し、潮入は壁際に腰を下ろしながら気だるそうにあくびをしていた。
(潮入先生が無理矢理連れてこられないで、自分からくるなんて珍しいな。)
実がふと思った。
「神崎vs光城。望月vs東海林。高瀬vs山本の試合をします。」
実と沙耶がコート中央に進み、中段に構えた。
「初め!」
それから試合は淡々と進んでいった。
沙耶vs実は引き分け。
愛美vs陽架璃は陽架璃の1本勝ち。
麻衣vs優羽は優羽の2本勝ち。
沙耶vs愛美は愛美の1本勝ち。
光城実vs高瀬麻衣は実の2本勝ち。
陽架璃vs優羽は陽架璃の1本勝ち。
「次は神崎vs高瀬。望月vs山本。光城vs東海林です。」
沙耶と麻衣が中段に構え、試合が始まった。
「愛美、最近の沙耶、どう思う?」
「どうっていつも通りの天使発言してるじゃん。」
「いや、そういうことじゃなくて…、うーん…。」
実が天井を見上げ、唸った。
「沙耶の戦い方、変わったと思わない?」
「どこらへんが?」
「愛美、本気で言ってる?」
実の言葉に、愛美は少し黙った。
「……。何かを守るような試合しかしなくなったってこと?」
「…うん。前みたいながむしゃらさがなくなったっていうか。試合で取りにいかなくなったっていうか。分かる?」
「なんだろう。勝とうとしてない感じはするよね。」
「そうなんだよ。この間のさ、誰だっけ?あの愛媛の身長高くてすかしたような人。神…神…、神成だ!あの時の神成さんとの試合だってさ、勝ったけど、後々聞いたら、引き分け狙ってたんでしょ?今回はさ、引き分けたって無駄なわけじゃん。1本取れなきゃ勝ち点もらえない訳だし。」
「何していいか分からなくなってるってこと?」
「ま、はっきり言うとそう言うことかも。」
「なんだろう。なんで、沙耶は勝ちたくないんだろう。」
「勝ちたくない訳ないじゃないですか。」
優羽が2人の会話に横やりを入れた。
「すみません、横入りして。先輩、勝ちたくなかったら、とっくになぎなたやめてますよ。勝ちたくても勝てないんですよ。」
「……。」
「先輩たちには分かりませんよね。勝とうと思ったら、勝てちゃう人ですから。」
「優羽、どうしたの?」
陽架璃が不思議そうに優羽に尋ねた。
「別に。思ったことを言っただけ。人の気持ちが分かるなんておこがましいこと私なんかに言えませんが、この中では、一番、沙耶先輩の気持ちを分かっています。分からない人に兎や角言われたくありません。」
優羽はそう言い放つと、試合の準備のため、反対側へ歩いて行った。
「優羽が感情的になるなんて珍しい。」
愛美が物珍し気に優羽を見た。
「だから、嫌なんだよ。こんな風に仲間内で順位つけたりすること。ギクシャクするし、もやもやが増えるじゃん。」
実が冷たい空気を一気に吸い込み、大袈裟に吐き出した。
「ハァァァァ~~~。……。でもさ、もうやるしかないんだよね。楽しいだけじゃ引き下がれないところまで来ちゃった。楽しいだけじゃ勝てない。仲間内でシビアに争うくらいのことしなきゃダメってことだよね。じゃなきゃ、あの人たちには勝てないってことなんだよね。認めたくないけど。」
実がうつ向き気味で呟いた。愛美はきょとんと実を見つめ、試合に目を戻した。久遠がちょうど、赤旗を上げたところだった。沙耶が2本取ったかは分からないが、もうすぐ試合が終わるくらいの時間は経っていた。
「……。私は好きだよ、こういうの。適した順位がつくのなんて当然のことだし、それをしないってことだっておかしな話でしょ。たとえそれで仲良しこよしの関係が崩れるならそれほどの関係ってことでしょ。ここにいるうちは、私たちは友だちじゃなくて仲間だから。って、私はそう思う。」
そう実に告げ、愛美は試合へ向かった。
(何暑くなってんだよ。暑苦しいんだよ。)
次の愛美vs優羽は愛美の1本勝ち。
実vs陽架璃は陽架璃の1本勝ちとなった。
試合を終えた実が、大雅が記入している紙を覗くと、×や○や△が試合をした分だけついており、部内の現状を突きつけられているようだった。それを見ていると胸の内側がもやもやとし、どうしていいか分からず、手短な所にあった大雅の頭を叩いた。
「ぃって!」
振り返ると誰の姿もなかったため、大雅ももやもやしてしまった。
「ったく、なんなんだよ…。次は神崎vs山本。東海林vs高瀬。光城vs望月です。」
試合開始から30秒。
「はぁ…、はぁ…、はぁ…。」
「はぁ…、はぁ…、はぁ…。」
今回の部内戦のルールでは、引き分けても意味がないということは全員が分かっていた。そのため、無意識的に普段の試合よりも1本取ろうと、攻めていた。試合数もかなり多くなってきたため、体力の消耗も感じていた。
「はぁ…、はぁ…。」
(どうせ、私はもう勝ち残れない…。なら、負けない方がいい。勝てなくても、負けなければ、敗本数は少なくすむし…。そうしよう…。)
沙耶が優羽の打突を応じたが、打ち返さなかった。優羽も何が起こったのかはほぼほぼ理解できた。
(先輩……。)
優羽はこれまで以上に打突を畳み掛けたが、沙耶は打突を返そう、反撃しようとはしなかった。
(まさか……。)
「やめっ!」
その時、久遠が試合を中断させた。
「試合は終わりでいい。大雅、沙耶の2本負けにしておいて。」
「えっ?あ、はい。」
「先生…?」
「沙耶、もう今日の試合はしなくていい。」
「何でですか?」
「今回は上位の3人を決められればいい。下位争いなんて私は興味ない。防具外しなさい。」
「でも…。」
「外せって言ってんのが聞こえないの?」
久遠が物凄い剣幕で睨み付けた。沙耶はおろか、全員の背筋が冷えた。
「コートの中には全てを捨てて立てる。弱さも捨てて立つことができる。でも、戦う気までコートの外に置いてきたやつにコートに立って欲しくない。自分の保身のために引き分けようとするやつにコートに立つ資格はない。出なさい、沙耶。」
「………。はい。」
沙耶は静かに返事をし、コートを出た。優羽も少し遅れてコートを出た。防具を外した沙耶は静かに結果が記入された紙を眺めていた。自身の欄には試合をしてもいないのに、×が書き足されていた。
「………。」
そして、沙耶は黙ったまま格技場を出ていった。
その後、滞りなく試合は進み、部内戦は幕を閉じた。選手たちは防具を外し、防寒着を着込んで休憩に入った。優羽は沙耶のリュックサックの上にのっていたウィンドブレーカーを掴み、水を飲みに行くと、出ていってしまった。
「寒っ。」
ストーブに当たりながら、久遠が身震いした。「どうぞ。」
潮入が紙コップに注いだお茶を渡した。まだ湯気が立っており、久遠が紙コップを包み込むように握り、手を温めた。
「先輩、追いかけなくてよかったんですか?」
同じく紙コップで手を温めながら、潮入が呟いた。
「優羽が行ったんだから私は必要ないでしょ。」
「でも、あのボブとは従姉なんですよね?あんなひどい言い方したら、仲、悪くなっちゃいますよ。」
潮入がお茶を飲んでいる久遠に言った。普段よりも口調がわずかに強くなっていた。
「…それでも関係ない。ここにいる限り、沙耶は私の従妹じゃなく、『生徒』だから。それに、今の沙耶に私はいかない方がいい。」
潮入が不思議そうに久遠の顔を見た。
「沙耶は団体では結果を出してきた。勝てないような相手にも勝ったりしてきた。あの子は、従姉として私になぎなたのことを聞いてくるんだけど、その時は必ず、『団体』のことしか聞いてこない。あの子にとって、自分以外の人に影響を及ぼす団体は漠然とした『恐怖』でしかなんだよ。『勝ちたい』よりも『迷惑をかけない』が勝ってるみたいだった。沙耶からしたら、自分にしか迷惑のかからない個人戦は二の次で、団体でどれだけ迷惑をかけないかが大事なんだよ。私は沙耶が歯を食い縛って戦っている姿、『団体』でしか見たことがない。個人は気づいた頃には負けてる。そんな子が、私みたいなやつにとやかく言われたら、反発心や嫌悪を生むだけでしょ。残酷に見えるようだけど、これは大人の介入なしで子どもたち自身で解決してもらうしかない。」
「あのアシメが行ったところで無駄だと思いますけど。人間は生まれてから死ぬまで1人ぼっち。己の痛みや気持ちが分かるのも自分しかいない。自分を変えられるのも、『自分』しかいない。私はそう思います。」
話し終えると、潮入はお茶を一気に飲み干した。
「でもね、それでも一緒にいてくれる仲間がいるだけで救われたりもするものよ。」
「私にはよく分かりません。」
コップのそこに残った茶渋を見つめながら潮入が呟いた。
「円香。今のあなたにはそういう人はいないの?一緒に困難を乗り越えてくれるような、一緒に乗り越えたいと思えるような。」
「ずいぶん前にサヨナラして以来、そんなものはいませんね。」
紙コップを潰し、潮入はそれをゴミ箱へ投げ入れた。
『ジャーーーッ』
蛇口をひねり、勢いよく水を出しながら沙耶が顔に水をかけた。
「……。はぁ…。」
流水が排水口へ流れるのを見ながら、息を吐き、再び、顔に水をかけ続けた。
「うわっ!寒くないんですか?この氷点下の中、稽古着1枚で。」
背後から大袈裟なほどに驚いたような声が聞こえた。よくもこれほど棒読みができるなと思いながら、沙耶は蛇口をひねり、水を止めた。顔を上げると、鏡には優羽が写っていた。
「何しにきたの?」
沙耶は決して振り返らず、鏡越しに話しかけた。
「別に。ただ水飲みに来ただけですよ。」
「ちょっとは空気読んでよね。」
「読んだから来たんですよ。」
優羽が沙耶の隣に立ち、蛇口を上に回転させ、水を飲んだ。だが、
「……。知覚過敏なの忘れてた。」
ほぼほぼ水は飲まずに、蛇口を元に戻し、鏡越しに沙耶を見た。
「先輩、どうしたんですか?らしくもないですよね。」
「うるさい。」
「いつもの天使発言どこに忘れてきたんですか?」
「そこらへん落ちてなかったぁ?職員室に届いてないかなぁ?ちょっと行ってきてくれない?ついでに戻ってこなくていーよー。」
「どうせ休みの日だから、職員室開いてないですよ。」
「……。お願いだからさ、放っておいてくれない?」
「放っておけないから来たんです。人って一人になるとろくなこと考えませんからね。」
「……。何?私を慰めにでも来たの?『今日はたまたまですよ。次は勝てますよ』的なこと言いに来たの?」
「…。そう言ってほしいですか?」
「お断り。」
「ですよね。」
優羽が静かに笑った。
「そんなに負けたくなかったんですか?」
「いや…、違うし。負けたくなかったわけじゃ…。」
「敗本数を気にしたんですか?」
「……。」
「そりゃ、あの状況じゃ、考えちゃいますよね。無理に勝負して取られるくらいなら、引き分けの方がましですから。」
「私、なぜか引き分けは得意だからね。てか、それしかできないし。」
「先輩は今まで、勝つと思ってなかった相手にも勝ってきたじゃないですか。そんな人の発言には思えませんね。」
「それは『団体』だから。」
「そんなもんですか。」
その時、沙耶が自身の腕を掴み縮こまるようにしゃがんだ。
「………。怖いの。」
「先輩?」
優羽も沙耶に視線を合わせようと、しゃがんだ。
「…。私、今まで、 実と愛美としか団体、組んだことないの。ずっとずっと、2人の方が私より強いから、絶対、勝ってきてくれたから。私は、自分に一番強い人が当たりますようにってしか思ったことない。敗因が自分に来るのを避けたいの。他の2人に確実に勝ってほしいから。弱い自分をさらけ出したくない。見たくない…。」
沙耶の突然の告白に優羽は一瞬、言葉を失ったが、不思議とすぐに言葉は浮かんできた。
「………。先輩、怖いものを避けたいなんて誰でも一緒ですよ。」
「えっ?」
「誰にでも恐怖はあります。私なんて怖いものだらけですよ。9時過ぎにお風呂入るのも、曇りガラスに何か写ったらどうしようって怖くなります。実先輩、愛美先輩、陽架璃、麻衣、古瀬先生、潮入先生…、大雅先輩忘れてた。人って、何かしらのことに怯えてるんですよ。人は絶対に恐怖だけは持ってると思います。恐怖を怖がって逃げるんじゃなくて、立ち向かう勇気さえ持てれば、何かしら新たな発見ができる。私はある人から、そう教わりました。」
「ある人?」
沙耶の問いかけは無視し、優羽は話し続けた。
「先輩、弱い自分が怖いのは仕方がないと思います。でも、ずっと怖がっているより、その恐怖を少しでも和らげるのはどうですか?ずっと怖がっているよりは良いと思います。弱いなら、これから強くなればいいんですよ。一緒に強くなりましょうよ。」
「優羽…。」
「大丈夫です。今年の東北は福島開催ですから、去年よりは多く出場できるはずですし、錬成大会上位入賞者を外したりはしないと思います。でも、狙うは『優勝』ですよね?」
優羽は沙耶の肩にウィンドブレーカーを掛け、立ち上がり、手を差し出した。こんな顔をする優羽を、沙耶は今まで見たことがなかった。目の前にいるのは、10ヶ月前、ほとんどのことに怯え、泣きそうな顔をしていた優羽ではなく、一気に大人びてしまい、沙耶のことを全て受け止め、共に歩もうとしている優羽だった。沙耶は静かに優羽の手を握った。
「先輩。もし、私と団体を組んだら、私が全部勝ってあげるんで、安心して引分以下にしていいですよ。」
「……。地味にリアルだから、ムカつくんだよね。」
「私って、意外とSなのかも知れませんね。」
「大人になったね、優羽。」
「身長だけは全然伸びませんけどね。」
「結果を発表する。第1位、東海林陽架璃。第2位、望月愛美。第3位、光城実。第4位、山本優羽、神崎沙耶。第5位、高瀬麻衣。以上の結果から次のひなまつり大会の団体戦は陽架璃、愛美、実を出します。」
「はい。」
沙耶ははうって変わって、爽やかな笑顔で返事をした。沙耶の変化を優羽以外が不思議そうに見つめた。だが、この2週間後に迎えるひなまつり大会はなぎなた部にとって波乱の大会となる。
部内戦から1週間後。
「あー、めまいする。」
演技の練習中、実が頭を抱えた。
「実先輩、大丈夫ですか?顔色真っ青ですよ。」
「なんか寒気する。」
「実、具合悪いなら、保健室行ってきたら?本当に顔色真っ青だし。」
「はい…。」
久遠の提案に実が大人しく従った。それだけでも、具合が悪いことは容易に分かった。
「先輩なしで練習しても意味ないんで、付き添いますよ。」
実と陽架璃が保健室へ行った。次の日、実は学校を休み、病院でインフルエンザA型と診断された。
「ねぇ、2ーA学級閉鎖だって。」
沙耶が部室に入って早々言った。
「えっ?」
「あれ?今日、陽架璃は?」
「なんか、頭が痛いって言って、早退しました。」
「嘘…。実は検査結果出たのが今日だから火曜日まで無理でしょ…。陽架璃も今日インフルの判定出たら、火曜まで。2Aは月曜まで学級閉鎖だから……、3人とも大会に出られないじゃん!」
沙耶が驚いた。
「じゃあ、団体メンバーも代わりますよね?」
「てか、私たち3人で出るしかないよね!?」
「………。マジ…?」
沙耶と優羽がまじまじと顔を見合せた。
「なんでそんなにビビってるんですか?」
麻衣が口を開いた。
「どうせ、勝てるわけないじゃないですか。なら、気楽に行きましょうよ。」
「…。麻衣、なんでいつもそんな感じなの?一生懸命で熱いふりして、なんでいつも一線引いたところで他人事みたいに見てるの?」
「…。だって、勝てないですから。」
麻衣が沙耶を見つめた。
「中学から始めた私が勝てるわけないです。同じ学年に2人も経験者がいて。無理に決まってるじゃないですか。熱くなるだけ無駄ですよ。」
「そんなこと…。」
「じゃあ、先輩と優羽は勝てると思うんですか?選ばれなかった、弱い私たちに勝てると思いますか?」
「……。」
その言葉に優羽は口をつぐんでしまった。だが、沙耶はまっすぐと麻衣を見つめた。
「できなくてもやるしかないんだよ。弱いやつにだって意地はあるんだから。気持ちで負けたら、それこそ、何にも勝てるところなくなるでしょ。やるしかないんだよ。」
「弱いやつにだって意地はあるんだよ。」
優羽はガリガリくんをガリガリできないレベルの知覚過敏です。今まで唇で挟んで何とか食べてきました。




