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なぎがーる!!~中学生になった今日、青春はじめます~  作者: NARUMl
FIRST YEAR~We make a dream with 7 person~ 
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小さな恋のうた

 不安と期待を胸に中学校に入学した実。部活動紹介で見たのは、なぎなた部による『小さな恋のうた』のリズムなぎなただった。その姿に憧れ、なぎなた部に入部した実だったが、入部した途端突きつけられた目標は『日本一になる!!』だった。

 ワイシャツを着て、ボタンをしめる。スカートをはいてホックをとめる。ネクタイをしめる。ブレザーを着る。これから、3年間繰り返す光景である。髪の毛をみつあみにして、やっと準備が終わった。慣れていないからか、予想以上に時がかかってしまった。下の階から母が叫んだ。

「実!早くしなさい!遅刻するわよ。」

「はーい!」

実は返事をして、リュックを持って部屋を出て、真新しいローファーを履いた。まだ、買ってから1度しか履いていないためか、皮がやけに硬く、窮屈に感じた。

「行って来ます。」

戸を開けると、若葉と桜の入り交じった香りが実を包んだ。その香りを一気に吸い込むかのように深呼吸をして、実は春の暖かな光が差し込む世界へと足を踏み入れた。光城実は今日から中学生になった。


 家の近くにある公園の門のところでさいかが待っていた。

「実、おはよう。」

「さいか、おはよう。」

2人は学校に向かって歩き出した。

「今日さ、部活動説明会だよね。」

「あっ!忘れてた。」

「実は部活どうするの?」

「まだ分かんないよ。運動部もいいかなっては思うけど。でも、迷ったら吹部にする。」

そうこうしているうちに学校についた。


 今年、実たちが入学した『福島県立新城中学校』は創立6年目の福島県初の県立中学校である。会津内外の小学校の、希望者の中から抜粋された生徒のみが入学する。学力は高いが部活動のレベルはそこまで高くない。部活動はどちらかと言うと運動部より、文化部の方が盛んである。人数も少なく、1クラス30人で3クラスある。実とさいかは1年A組にクラス分けされた。2人が話しをしていると、担任である、酒井神那さかいかんなが入ってきた。酒井は28歳独身のバスケ部顧問の体育教師で明るい性格で生徒たちからの人気も高い。

「1時間目は部活動説明会なので、さっき配ったパンフレットを持って、廊下に2列に並んで。」

「はーい。」

ぞろぞろと生徒たちが動き出した。体育館に入ると2、3年生たちが既に並んでいた。所々に部活のユニフォームを着ている人もいる。校長先生や生徒会長の話が終わると部活動の説明に入った。


 トップバッターは野球部で3年生が9人で2年生が2人しかいなかった。次はバスケ部で3年生が3人で2年生が1人出ていた。ヘビーローテーションにあわせてドリブルをした。

「このままだと、廃部の危機です。新入部員10人は欲しいです。」

とバスケ部部長が言った。テニス部、バドミントン部、剣道部と続いて、なぎなた部の番になった。実はパンフレットを見て、なぎなた部のページは見つけた。実はさいかに言った。

「ねぇ、なぎなた部、2年生が1人だけだって。」

さいかも言った。

「えぇー!悲惨。」

そうこう話しているうちに、音楽が流れ始めた。


 『広い宇宙の数ある1つ』

「小さな恋のうた?何で?」

実が言った。

『青い地球の広い世界で』

袴を着た2人がなぎなたをかかえて走って出てきた。1人はポニーテールで胸元の名札に『新城中 白石』と書いてある。もう1人はベリーショートで胸元の名札には『福島 久遠』と書いてある。

『小さな恋の思いは届く』

なぎなたを音楽にあわせて降り始めた。

『小島のあなたのもとへ あなたと出会い 時は流れる 願いを込めた手紙もふえる…』

「スゴい…。何やってんのか分かんないけど、動きはスゴく綺麗。」

「本当。2人とも美人だし。」

気づくと曲は終盤になっていた。

「ヤァーッッ!!」

2人がなぎなたを振り上げ、声を出した。2人だけなのに体育館中に響いた。

「何で2人いたのかな?すごかったけど。」

「本当にかっこよかったぁ。私、なぎなた部に入りたい。」

実がうっとりしながら言った。ベリーショートのがステージから降りて、ポニーテールの少女が話し始めた。


 「えーっと、なぎなた部は久遠くどう先生のご指導のもと活動をしています。ご覧の通りなぎなた部の部員は私だけです。」

1年生がざわめいた。

「今の人は?」

少女が大儀そうに言い直した。

「今、一緒にリズムなぎなたをやっていたのは先生です。一緒に活動をしてくれる人を募集してます。活動は格技場でやっているのでぜひ来てください。」

少女は無表情のままステージを降りた。そのあとは弓道部、吹奏楽部、美術部、書道部、パソコン部で部活動説明会は終わった。


 放課後に実は1人で格技場に向かった。さいかはバスケ部の見学に行った。格技場に行くと、入り口で左目下に泣きほくろがあるボブの優しそうな少女とサイドテールの気の強そうな少女がいた。ボブの少女が実に言った。

「なぎなた部の見学?私は神崎沙耶かんざきさや。葵ヶ崎小出身ね。よろしく。」

優しげに微笑んだ。気の強そうな少女も言った。

「私は望月愛美もちづきまなみ。私は城南小出身。」

「私は光城実。鶴城小卒業。中に入ってみた?」

実が尋ねると、2人が首を振った。

「入りたいけど、踏ん切りがつかなくて…。」

沙耶が気まずそうに言った。見た目通りの性格なのだと、気づいた。

「さっさと開けよう!」

愛美が勢いよく引き戸を開けた。


 「面っ!面っ!面っ!すねっ!すねっ!」

中では剣道みたいな防具をつけている人が2人いた。互いになぎなたでパンパン打ち合っていた。

「何?これ?」

実はリズムなぎなたとのイメージの差に怯んだ。

「……。痛そう…。」

沙耶が言った。その声は明らかに怯えていた。

「忙しそうだねぇ。」

愛美がまじまじと言った。2人のうち、青いラメ入りの胴をつけた人が実たちに気づいて、もう1人に指示を出し始めた

「あっ!薫、防具外して。」

2人ともすごい早さで防具を外した。軽く汗をかきなかがら、ベリーショートの部活動説明会で久遠先生と呼ばれた人が、実たちに話しかけた。

「見学?」

「あっ。はい。」

(うわぁ…。2人とも、すごい美形。)


挿絵(By みてみん)


「私はなぎなた部顧問の久遠。こっちは唯一のなぎなた部部員の2年の白石薫しらいしかおる。」

ポニーテールの胴が緑の人が軽く会釈した。久遠は顔のパーツがとても整っていて、スタイルもよく、袴姿が絵になった。薫は目が大きく目鼻立ちがはっきりしていた。とても実たちと1才しか変わらないとは思えなかった。端から見たら、2人は兄妹のようだった。実は美形の2人と話せてすっかり舞い上がっていた。

「中に入っていいよ。靴はそこに。一礼して入って。」

実たちが靴を脱いで中に入った。

「なぎなた持ちたい?」

「持ちたいです!」

「少し待ってて……。薫、なぎなた3本持ってきて。」

久遠が薫に指示をした。薫は用具室と書かれた部屋に入って行った。しばらくしてなぎなたを3本かかえて出てきた。

「ジャージ持ってるなら、はきかえて。」

スカートを脱いでいると薫が久遠に歩みよって、なぎなたを差し出した。

「先生。」

「薫、ありがとう。」


 久遠が実たちになぎなたを1本ずつ配った。

「わぁ、以外と軽いんですね。」

「そうでしょ。じゃあ、まずは右になぎなた立てて持って、これが『自然体』。そこから『中段』。」

久遠はなぎなたを右に立てて右腕で持っていたのを、左手を右手に添えて、両手でなぎなたを持ちながら左足を前にして構えた。

「そうそう。背筋は真っ直ぐに。自然体と中段はすごく大事だからね。あとは『上段』。」

なぎなたを刃の方と柄の方を入れかえながら、回して頭の上で構えた。

「『下段』。」

中段に戻ってから尖った方を下にして斜めに構えた。

「『八相』。」

中段から、体の中心でなぎなたを持ちかえながら回して斜めに構えた。

「『わき構え』。」

中段から、なぎなたの尖った方と柄の方を入れかえながら中段と同じぐらいの高さで構えた。上段を低く構えたような感じで構えた。

「最後に無構えがあります。」

中段から一歩引きながら、左手と右手を入れかえて、左手は右脇の下に、右腕はなぎなたにそって添えて体を正面に向けながら構えた。


 自然体に戻り、久遠はまた話し始めた。

「打突部位は『面』、『小手』、『胴』、ここまでは剣道と同じで、なぎなたならではの『すね』って言うのがあります。面、打ってみる?」

久遠が実たちに聞いた。

「あっ、はい。」

あわてて答えた。久遠は薫に

「薫、面ちょうだい。」

と言った。久遠と薫がなぎなたの尖った方を互いに交差させながら中段に構えた。そして、薫が勢いよく右足を一歩前に出しながら、なぎなたを振り上げて振り下ろした。

「面っ!」

久遠はそれをなぎなたを横にして額の前で柄で受けた。

『パンッッ!!』

格技場中に響いた。薫は打ったらすぐに下がって中段に戻った。そして、互いに自然体に戻った。

「こんな感じで。ゆっくりやってみよう。まず、振り上げてそこから放り下ろして相手の面の位置ですん止め。やってみな。」

それから、面をひたすら打った。


 実は帰り道でさいかに話した。

「本当に楽しかったよ。先生たちみたいにはなかなかできなかったけど。先輩はすごい美人だし、先生はすごいイケメンだし。さいかはどうだった?」

さいかが言った。

「うちも本当に楽しかった。先輩も本当に優しかったし、神那先生もおもしろかった。」

2人はそれから、互いの部活について、家につくまで話した。


 6時半になり、部活動時間が終わった。久遠と薫は1年生が帰った後、再び防具をつけ稽古をした。練習時間が終わり、片付けをし、2人は部室で着替えた。久遠が薫に言った。

「薫、もう少し話しかければ?」

「私、話しかけるの苦手なんで。」

「今年、1人も入らなかったら、また演技と団体組めないよ。」

「私は個人戦だけで満足です。別に全国大会は出れますし。」

「……。それがあんたの強みなんだけどね。…。まっ、いいけど。廃部だけは勘弁してよね。」

「はい。」


 実は家に帰り、祖父に言った。

「私ね、部活、なぎなた部に入る。」

「なぎなた?なんでまた。」

祖父が驚いた。

「だってぇ~、すごぉーくかっこよかったんだよ。」

「実には運動部は向いてねぇべ。また、吹奏楽部に入らんしぇ。」

「別にいいんじゃないの。お父さん。実がやりたがってるんだし。」

母が言った。実は後で小声で母に言った。

「お母さん、ありがとう。」

「実、やるからには真剣にやりなさいよ。」

「分かった。じゃあ、これにサインして。」


 部活動登録日。実は指定された通りに2年生の教室前の多目的スペースに言った。そこにはすでに、久遠と薫と沙耶が集まっていた。すぐに愛美も来た。久遠が話し始めた。

「もう、来ないみたいだから始めるか。私は今年も顧問をつとめます、2年A組担任の久遠です。1人ずつ自己紹介して。薫から。」

薫がやる気のなさそうに立った。

「2年B組白石薫。以上。」

「薫、それだけ?以上はないだろ。」

久遠が突っ込んだ。

「じゃあ、お手本見せてくださいよ。」

「じゃあ、もう一度。私は今年も顧問をつとめます、久遠です。好きなものはなぎなたとバレーボール。嫌いなものはキャンプファイア。」

「付き合ってる人はいますか?」

愛美が尋ねた。

「たくさんいます。じゃあ、薫。」

「2年B組、白石薫。謹教小出身で、好きなものはなぎなた、嫌いなものは判定勝ちと負けること。あこがれの人は久遠先生と中野竹子。以上。」

久遠が実を見た。次は実の番らしい。慌てて立ち上がり、話始めた。

「えっと…、1年A組、光城実です。鶴城小出身です。好きなものは星とトランペットでぇ…、嫌いなものはホラー映画です。」

次に愛美が立った。

「1年C組、望月愛美。城南小出身です。好きなものはパンダとプリン、嫌いなものは水のりと緑茶です。」

次に沙耶が立った。

「1年B組、神崎沙耶です。葵ヶ崎小出身で、好きなものは桜、嫌いなものは虫とお化けです。」

沙耶の後に久遠が話し始めた。


 「改めて、なぎなた部にようこそ。前にも説明したけどもう一度、なぎなたは武道の一種で1から8本目まである『演技競技』と防具をつけてやる『試合競技』と部活動説明会でやった『リズムなぎなた』があります。詳しく言うと、『演技競技』は2人一組になって対戦相手との綺麗さを競います。『試合競技』は剣道と似た防具を着けて、試合をします。その試合中に打ち方とか、打った場所とか、残心っていう打った後に下がる動作があるものが『有効打突』になります。その有効打突を先に2本とった方が勝ち。打突部位は面、小手、胴、すねで、構えは、上段、中段、下段、八相、わき構え、無構え。なぎなたは戊辰戦争で女性の武器だったんだ。」

(女性の武器?男の人もやってるのに?)

「中野竹子とか山本八重とか、有名でしょ。なぎなたは本来、男性が戦で戦うため武器だった。でも、鉄砲とか新しい武器がでてきて、なぎなたは男性の武器から女性や老人の武器にかわった。少ない力で戦えるから、ぴったりだったらしい。今は男性もなぎなたをやってるけど。説明はこれぐらいにして、部長は薫。」

「いやいやですが。」

「じゃあ、部活の目標を立てます。」

久遠がチョークを持って黒板に大きな文字を書いた。

「『日本一になる!!』です。我らなぎなた部の目標はこれ!日本一。」

「そんなの無理に決まってるじゃないですか。」

「やる前から決めつけるんじゃない。なぎなたは競技人口が少ないから、本気で取り組めば十分狙えます。全員が本気になれば、十分、達成できます。」

久遠が言い切ったと同時に黒板を叩いたため、教室中にチョークの粉が広がった。実たちがむせている横で薫が静かに窓を開け、空気を外に逃がすように扇いだ。

「でも、まぁ、いきなり全国と言われてもピンと来ないと思うんで、まずは9月の新人戦3冠を目指します。その後に2つの大会があるけど、それでも優勝しまくって、福島県一の強豪になる。そして、4月の東北大会で優勝して東北一。7月、8月の全国大会で全部優勝。その後は連覇し続ける。これが計画です。」

「はぁ。」

その熱烈な指導ぶりに1年生は口をポカンと開けるしかなかった。

「薫にはこの計画の先駆けとして、今年も日本一を取ってきてもらいます。」

「はい。」

薫が返事をした。薫は久遠のこの熱烈ぶりには慣れているらしい。

「まず、なぎなた部の部則。その1、挨拶、返事は大きく。その2、スカートは膝たけ。その3、髪の毛は目にかからないようにして、ショートカット以外はポニーテールかだんご。」

薫をまじまじと見ると、部則を忠実に守っているようだった。

「稽古は、薫は防具の稽古があるので、私も薫と一緒に稽古をします。なので、初めの方に1年生の指導をして、それから防具に入ります。でも、ちょくちょく指導には入るので、決して手は抜かないように。下手な人は大会に出しません。」

「1年、返事!」

薫が無表情のまま言った。実たちは驚いて、あわてて返事をした。

「あっ、はい!」


 その日の放課後から練習が始まった。基本的には薫と久遠が防具の稽古をして(久遠が薫に稽古をつけ)、その間に1年生はなぎなたに必要な足の動きを練習する『足さばき』を行った。たまに、薫と久遠がお手本を見せてくれたが2人のように上手くはできなかった。足さばきの練習で実たちの足の裏は水ぶくれができたり、皮が剥けたりしてとても痛かった。

「痛ぁ。」

実たちが足の裏を見せ合いながら言った。

「どれ、見せてみ。」

久遠が実たちの足の裏を見た。

「これなら大丈夫。薫、救急箱からポーチ取って。」

「はい。」

薫が救急箱から紫のポーチを出し、久遠に渡した。久遠がポーチから針を出した。

「ひっ!く、久遠先生!何する気ですか!?」

実が逃げようとしたら久遠が足を掴んだ。

「大丈夫。逃げんな!薫!抑えて!」

薫が実の脇に腕を通し、動けないようにした。久遠と薫のパワーに、実は敵わないと判断し、実は抵抗を諦めた。沙耶は愛美の影に隠れて、おっかなびっくりで一部始終を見ていた。久遠は針を消毒し、実の足の裏の水ぶくれに刺し、水を抜いた。そして、手際よく絆創膏を貼り、テーピングで足を巻いた。

「これで終わり。歩いてみ。」

実は恐る恐る立ち上がった。

「あっ!痛くない。ありがとうございます。」

「今度から自分でやるんだよ。テーピングはドラッグストアで買えるから。愛美、足、貸してみ。」

久遠はそれから、愛美と沙耶の足の裏も手当てした。


 入部した翌週に薫がいろいろなサイズの稽古着と袴を持ってきた。それらを試着して、自分にあったサイズの稽古着と袴を注文した。


 実は愛美や沙耶とも仲良くなった。2人とも、見た目と性格が全く同じだった。愛美は気が強く、さっぱりした性格だったが、闘争心は誰よりも強かった。沙耶は少し気が弱いがとても優しく、常に笑顔を絶やさない性格だ。見た目は、どことなく久遠に似ていた。ゴールデンウィークにはなぎなたを持った。それからは、中体連に備えて、演技の練習をした。


 ここで、基本的ななぎなた用語を説明する。


 『切っ先』とは、なぎなたの刃の部分のことで竹でできている。切っ先には節目があり、先端にはタンポがついている。


 『ものうち』とは、切っ先にある節目のことである。中段に構えるときは互いのものうちを合わせる。また、打突を打った時はものうちで相手の打突部位を打つことが最も重要である。


 『千段巻』とは、切っ先となぎなたの柄の部分を繋げている白テープの部分である。


 『開始線』とは、コートの中央にある長さが1㍍の白テープでできている線である。2本のテープが4㍍離れて、貼られており、名前の通り、この線のところに立って始める。


 『中心線』とは、開始線の中心にある、白テープでできた×印の線である。ものうちを中心線の真上で交じわらせる。


 『歩み足』とは、中段のまま、4歩歩くことである。


 演技は2人一組で行い、『しかけ』という攻める側と『応じ』という応じる側に別れている。1本目から8本目まであるが、中高生は1本目から5本目までしか行わない。


 『1本目』は、しかけが、振り上げて面と八相からのすねを打ち、応じは全てを応じて、なぎなたを斜めに引きながら、八相に持ちかえて面を打つ。そこから2歩下がって、しかけがなぎなたを立てて、中段にあわせ、両者が息をあわせながら歩み足で4歩戻る。


 『2本目』は、1本目とほぼ同じでしかけが振り上げてすねと持ちかえて面を打ち、応じがなぎなたを右手を腰に近づかせながら八相に持ちかえて、すねを打つ。あとは1本目と同じである。


 『3本目』は、しかけが胴と振り替えして面を打ち、応じが切っ先を巻きながら相手のなぎなたを下ろす。この事を『巻きおとし』と言う。そこから振り上げて面を打つ。応じが2歩下がり、しかけが中段をあわせ歩み足で開始線に戻る。


 『4本目』は、しかけが持ちかえすねを打って、応じが1歩下がりながら、振り上げて面を打つ。しかけがそれを応じて払う。払われた力を利用して応じは振り替えして面を打つ。応じが2歩下がり、両者が一緒になぎなたを立てて、中段に構える。


 『5本目』は、しかけが胴と振り替えして面を打ち、応じが体を反転させながら足を踏みかえて柄でバンッと払う。右手を腰骨にあてて構え、つきを打つ。なぎなたを抜きながら2歩下がる。そして下がりながら体を反転させ、しかけと一緒中段に構え、歩み足をする。

大会で行う本数は毎年、決まっていて今年は2、3、4本目になっている。


 5月中旬に久遠が演技のペアを発表した。

「演技のペアはしかけ実、応じ薫。しかけ愛美、応じ沙耶。」

「はい。」

それからは自分のペアと演技の練習をした。

「何度言えば分かるの?八相の上の手はここ!」

「すねの時の膝は前!」

薫に大量にダメ出しされ、実は混乱し、さらにできなくなることも多々あった。

「もっと前に!」

「手の握りはこう!手の平の人差し指のつけ根その対角線上に沿わせて握るの!」

実は愛美と沙耶を羨ましく思ったことも何度もあった。薫の演技は殺気がすごく、相手をしているだけで、息が切れそうになった。薫のなぎなたのレベルが高いのは見ているだけ分かったが、実力や体力より気の焦りが上回ってしまい、悪循環になっていた。次第に薫のイライラも募っていき、口調も強くなっていった。

「…。」

実が薫に背を向け、汗を拭っていると、久遠が近づいてきた。

「薫、あんた、これからは実に何も言わなくていい。私が指導するから、あんたは応じだけしてな。」

「え?」

実と薫が同時に反応した。

「先生にそんな…。私がやります!」

「薫!」

久遠が薫の腕を引っ張り、実に背を向けるようにした。

「お前が指導になれてないのは分かってるし、自分の実力より劣るやつの相手をしなきゃならない苛立ちも分かる。でも、初心者を潰すんじゃない。初心者は1つ1つちゃんと確実に段階を踏まなきゃいけないんだよ。別に今のままでいいから、黙ってろ。」

声を潜めて話した後、久遠が笑顔を見せた。

「実、もう一回やって見ようか。」

それからは、実は久遠の指導のもとで練習をした。だが、実の気持ちは、薫の足だけは引っ張らないようにとそれだけだった。そうこうしているうちに中体連になってしまった。


 中体連には二中と三中と四中と鶴城中と私立校の葵ヶ崎学園中の合計6校が参加する。中体連は鶴城中で行われた。実たちは想像以上の人数に驚いていた。

「沙耶ちゃん!」

葵ヶ崎中の数人が沙耶に抱きついた。

「陽ちゃん!明里ちゃん!詩緒先輩!」

「久しぶりぃ!もぉ、沙耶ちゃんってば、葵ヶ崎中に来ないからぁ、会えないと思ってたけど、まさかこんなところで会えるなんてぇ。」

髪にウェーブがかかったポニーテールのいかにもお嬢様風の子が言った。名札には『葵ヶ崎 大橋』とかいてある。沙耶は葵ヶ崎学園小出身のため、葵ヶ崎学園中の生徒とは顔馴染みである。

「そっちの顧問の先生って小崎こざき先生だっけ?」

「そうだよ。小崎先生が顧問。沙耶、薫ちゃんに負けないからって伝えてといてね。」

ショートカットのいかにもお嬢様な子が言った。

「えっ?あっ、わかりました。詩緒先輩。」

沙耶はうろたえながら返事をした。開会式では薫が団体の優勝カップ返還と選手宣誓を雄行った。久遠は審判員だったため、白いポロシャツと紺のジャージを着て、黒ぶちの眼鏡をかけていた。視力はそこまでよくないらしい。


 開会式修了後、すぐに演技が始まった。愛美と沙耶は1回戦目のため、薫が急いで2人に赤いたすきを巻いた。その後、実にも白のたすきを巻いた。薫は体の前で結び、それを回して、背中に結び目がくるようにした。愛美と沙耶の演技が始まっていた。相手は二中の1年生だった。赤い旗は5本挙がって、愛美と沙耶が勝った。

「やった。実ちゃん、勝ったよ。」

愛美と沙耶が喜んだ。

「やったね。圧倒的だったよ。」

「すぐ次試合だよ。たすき取って。」

薫がたすきを広げながら言った。愛美と沙耶がたすきを取って、畳んでいると、薫が背後から手際よくたすきを巻いた。だが、愛美と沙耶は2回戦で、実と薫は3回戦であっさり負けてしまった

「実ちゃん、お疲れ。」

試合終了後、薫が実に言った。だが、労いの言葉と言うよりも、形式上仕方なく言ったような口振りだった。結局、演技の部の優勝は二中の遠藤叶子と佐伯菜月のペアになった。


 団体戦は4つのリーグにわかれていて午前中にリーグ戦を行い、午後に決勝トーナメントが行われる。決勝トーナメントには、二中Aと三中Aと四中Aと葵ヶ崎学園中Aが進出した。お昼ごはんを食べ終わり、午後の部が始まった。団体戦の決勝トーナメントの最中に薫は個人戦のため、防具を着け始めた。実は薫の背中に赤いたすきを着けた。薫の試合の出番が近づき、薫は待機場所のパイプ椅子に座った。

「薫先輩、トーナメント表での位置、一番上だよ。強いんだね。」

愛美がトーナメント表を見ながら言った。

「薫先輩、いつも久遠先生と練習してるから強いのかどうかよく分からないもんね。あっ、薫先輩だ。」

薫の試合の番が回ってきた。相手は鶴城中の2年生だった。実が呼び出しをした。

「赤、白石選手。」

「はい!」

「白、角田選手。」

「はい!」

互いに一礼して中段に構えた。久遠が赤と白の旗を体の前に出した。

「始め!」

それと同時に旗を下げた。薫が持ちかえて面を素早く打った。

「面っ!」

3本の赤の旗が挙がった。

「面あり!」

久遠が言った。薫が再び中段に戻った。久遠が再び、赤の旗と白の旗をからだの前に出した。

「2本目!」

久遠が旗を下げたと同時に薫が直打突のすねを打った。

「すねっ!」

赤の旗が再び3本挙がった。再び中段に戻る。久遠が言った。

「すねあり!勝負あり。」

互いに自然体に戻り、一礼してコートを出た。試合時間はわずか5秒だった。

「さ、さすが薫先輩。」

「圧勝ってこういうことだね…。はは。」

「薫先輩、お疲れさまです。」

愛美が飲み物を渡しながら言った。

「ありがとう。でも、そんな疲れてないから大丈夫。決勝前にちょうだい。」

薫は無表情のまま言った。薫は全く嬉しそうではなかった。次の試合の相手を気にする素振りも見せなかったし、決勝までいくつもりらしい。薫は次の試合とその次の試合は相手が3年生だったが、2試合とも10秒以内で試合が終わった。薫はあっさりベスト4に進出した。次の相手は叶子だった。愛美は二中の1年生の若林珠理わかばやしじゅりと話した。

「叶子先輩って強いよね。」

「でも、薫先輩も強いよね。どっちが勝つかなぁ。2人とも、小さいころからなぎなたやってたらしいしね。」

珠理が言った。試合が始まった。戦いは薫が有利だった。試合時間が残りわずかで薫が出ばなの面を打った。久遠以外の2人の審判員が旗を挙げた。

「面あり!2本目!」

2本目は始まってすぐに時間切れになり、薫の1本勝ちで試合が終わった。準決勝終了後すぐに決勝が始まった。相手は菜月だった。

「佐伯先輩も小さいころからなぎなたやってたの?」

愛美が珠理に尋ねた。

「そうだよ。たしか、お姉さんもなぎなたやってたと思う。」

(私たちって、薫先輩のこと、なんにも知らないなぁ…。)

試合が始まった。薫はさっきよりも手こずっているようだが、薫が有利に試合が進んだ。試合時間内では勝負がつかず、延長戦にもつれこんだ。

「薫先輩、ファイトです!」

愛美が叫んだ。薫への声援より、菜月への声援の方が圧倒的に多かった。指導者が少ないため、他中は連盟で練習を行っているので、二中以外の中学校も二中を応援した。だが薫はそんなことには負けなかった。菜月がすねを打ってきたところを抜いて面を打った。申し分のない打突に旗が全て挙がった。

「面あり!勝負あり!」

試合が全て終わった。演技と団体の優勝校には優勝カップが渡される。今年は2つとも二中だった。薫の予想以上の強さに実たちは驚いた。薫だけでなく、福島のレベルの高さも思い知った。中学生からはじめて日本一、いや、福島県一の強豪になれる気が全くしなかった。

『日本一なんか絶対無理』

1年生の考えはそれに固まった。

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