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なぎがーる!!~中学生になった今日、青春はじめます~  作者: NARUMl
SECOND YEAR~We chase a dream with 11 person~
19/38

黒崎 優

 山口県で開催されるJOCジュニアオリンピックカップに出場する薫、桃、叶子、陽架璃。前年度大敗を期した熊本武道館を初め、全国の強豪たちに悪戦苦闘するも順調に勝ち進む福島。薫たちは目標だった全国制覇を達成し、優勝杯を手にすることができるのか?

 「いい?笑って。」

フラッシュが光った。

「久遠先生、ありがとうございます。」

5時間近くの時間をかけて、福島から福岡までやって来た。4人は窓の外に見える飛行機と写真を撮った。

「写真も撮ったし、新幹線に乗るよ。」

「はい。」

これからは福岡空港から、山口県下関市に向かう。


 「あっ、桃先輩からLINE。」

実がLINEを開いた。実は、添付された写真を見て思わず吹き出した。変顔写真や昼食の写真があった。昼食のオムライスには『福島完全優勝!!』とケチャップで書いてあった。久遠の寝顔写真もあった。

『久遠先生の寝顔、撮れたんですね(*´ω`*)』

実が送った。

『車の運転で疲れてたらしくて、飛行機の中で1回も起きなかったよ(|| ゜Д゜)』

桃が送ってきた。

『もうすぐ、山口に入るよ』

『じゃあ、今、関門橋ですか?』

『ここなんて言うか分かんないけど、多分そうだよ(*´-`)』

『ホテルとか夕飯の写真も、撮っといてくださいね』

『了解!ぐっばい (* ̄∇ ̄)ノ』


 7月23日。山口県下関市。山口県立下関武道館。この日、なぎなたや防具を持った中学生が、全国から集まった。ジュニアオリンピックカップ全国中学校なぎなた大会が開催される。開会式は、選手入場、来賓の長い話、前年度の優勝杯返還などが行われ、最後に山口県下関市立花春中学校なぎなた部主将、大江梦華おおえゆめかによる選手宣誓が行われた。

「宣誓。私達、選手一同は、日頃のお稽古の成果を十二分に発揮し、正々堂々、競技することを誓います。平成二十三年7月23日。選手代表、山口県下関市立花春中学校なぎなた部主将、大江梦華。」

その後、すぐに演技競技が始まった。


 演技競技には126組が参加し、4コートに別れて、試合をする。薫と桃の1回戦目の相手は静岡県の中3で5対0で圧勝した。2回戦目の相手は宮崎県の中2で、これも5対0で圧勝した。

「順調だね。」

叶子がプログラムにカラーペンで線を引きながら言った。

「叶子先輩。今回、ベスト8まで勝ち上がりそうなのはどこですか?」

陽架璃がプログラムを見ながら、尋ねた。

「そうだね…。順当に行けば、熊本の黒崎優と小林万樹。」

陽架璃はハッとした。叶子が第1コートを指差した。そこにはショートカットの綺麗な少女と、ショートカットのたれ目の少女がいた。

「沖縄の比嘉恭子と久留米悠香。」

叶子が第3コートを指差した。そこでは、ポンパドールの髪にウェーブがかかったショートカットの気の強そうな少女と、ポニーテールで眉毛が短めで鋭い少女が演技をしていた。

「綺麗な演技…。」

陽架璃が呟いた。叶子が頷いた。

「あの2人の演技って、悔しいけど本当に綺麗なんだよね。性格は超悪いけど。」

叶子が言った。

「ここらへんは確実にベスト4まで上がってくるよ。あとは、宮城の橘桜と柊楓。まっ、福島の白石薫と高橋桃。熊本の本山葵もとやまあおい北原奈央きたはらなお。あとは…、東京の二宮花菜子にのみやかなこと村上ちとせ(むらかみちとせ)かな。あとは…、沖縄の玉那覇未来たまなはみらい久留米悠菜くるめゆうなかな。あとは…、う~ん、愛知の吉浦都よしうらみやこ長谷部聡一はせべそういちかなぁ。」

叶子が言った。

「薫先輩と桃先輩、勝てそうですか?」

「どうかな。」

叶子が肩をすくめた。

「やらかさなければいけると思うけど。桃にとっては初めての全国大会だし。下剋上もあり得るしね。」


 だが、叶子の心配とは裏腹に薫と桃は順調に勝ち進んだ。3回戦目は、岩手の中2の岡崎美颯と佐倉愛梨に、5対0で勝った。4回戦目は、福井の中3の齊藤菜子さいとうなこ小山奏こやまかなでで、これも5対0で勝った。危なげなく準々決勝まで勝ち進んだ。ベスト8まで勝ち上がったのは、叶子の予想がほぼ当たった。熊本の中3の黒崎優、小林万樹。宮城の中3の橘桜、柊楓。沖縄の中2の玉那覇未来、久留米悠菜。熊本の中2の北原奈央、本山葵。沖縄の中3の比嘉恭子、久留米悠香。東京の中3と中2の二宮花菜子、村上ちとせ。福島の中3の白石薫、高橋桃。最後に、愛知の中2の吉浦都、長谷部聡一を5対0で下し、山形の中3の遠山紫乃とおやましの白岩桃子しらいわももこが勝ち進んだ。


 「次の相手って山形県立鵬名やまがたけんりつほうめい中学校の遠山紫乃と白岩桃子?知らないなぁ。」

薫が言った。

「東北に出てなかったもんね。」

「私も、遠山と白岩は知らないけど、向こうの監督は知ってる。」

久遠が言った。

「私の大学1年のインカレの、個人戦の決勝の相手。」

「だけど、負けた。」

桃が言った。久遠がクスっと笑った。

「その調子。強気で行きな。」

「はい!」

その後、熊本の黒崎優、小林万樹vs宮城の橘桜、柊楓は、3対2で熊本の勝ち。沖縄の玉那覇未来、久留米悠菜vs熊本の北原奈央、本山葵は、1対4で熊本の勝ち。沖縄の比嘉恭子、久留米悠香vs東京の二宮花菜子、村上ちとせは5対0で沖縄の勝ち。福島の白石薫、高橋桃vs山形の牧野紫乃、白岩七菜子は5対0で福島が勝った。


 準決勝には熊本の黒崎優、小林万樹。同じく、熊本の北原奈央、本山葵。沖縄の比嘉恭子、久留米悠香。福島の白石薫、高橋桃が勝ち進んだ。熊本の黒崎優、小林万樹vs熊本の北原奈央、本山葵は、5対0で島田と小林の勝ち。最後は沖縄の比嘉恭子、久留米悠香vs福島の白石薫、高橋桃だった。


 陽架璃が深呼吸した。

(お願い。勝って!)

叶子が陽架璃の手を握った。陽架璃が叶子を見ると、叶子が静かに頷いた。2人は手を繋いだまま、試合を見た。

「赤、比嘉チーム。」

「はい!」

「白、高橋チーム。」

「はい!」

2組が入場し、ホイッスルがなり、正面に1礼した。次に相手に1礼した。そして、静かに中段に構えた。桃が振り上げた。

「すね!面!」

薫が抜いた。

「すね!」

薫が間を切った。


 『薫。叶子。久遠先生。今まで、本当にありがとうございました。私が下関武道館で、なぎなたを大勢の前で披露できることになったのも、3人のお陰です。

 私はあの時、左足と一緒に、何もかもを失った気分でした。ですが、久遠先生。先生は私に勇気を下さいました。薫。薫は私に希望をくれました。叶子。叶子は私に頑張ることを教えてくれました。透明な水に絵の具を垂らし、それが広がっていくような感覚でした。色をつけてくれたのは、あなたたちです。それから、胸の辺りがほっこりとして、温かかった。私にとって、あなたたち3人は『生きる意味』です。

 私が今生きているのは奇跡です。これは誰にも言ったことがないんだけど、私はあの事故で、あと数㎝破片がずれて刺さっていたら、死んでました。普通だったら、即死だろうってぐらいの事故でした。でも、まだ生きてます。ちゃんと、リハビリを続けて、傷は残ったけど、また、事故前の状態に戻れました。完全なる健康体にね。これから先も、ずっと、ずっと、私は生き続けます。

 私は、もう1人で立てるようになりました。ですが、まだ自分で道を切り開くことは難しくてできません。だから、私は、今まで一緒に歩んできた道のりを決して忘れません。なぎなたをやめても、これからもずっと、あなたたちと一緒に歩んで行きたい。

 私は今まで、本当に幸せでした。この幸せがずっと続けば良いのに。最後に、もう一度。ありがとう。』


 「すね!」

桃がすねを打った。

「面!」

薫が抜き、面を打った。桃がなぎなたを払い、薫が降り返した。

「面!」

薫が間を切った。2人一緒に左中段に構え直し、自然体に戻った。互いに1礼して、正面に1礼した。そして、退場した。

『ピッ!』

主審がホイッスルを鳴らした。赤が1本、白が1本、白が1本、赤が1本、赤が1本、最終的に赤が3本、白が2本上がった。


 「ありがとうございました。」

互いに急いで1礼した。準決勝のもう1試合がまだ終えていないため、少し待ち時間があった。薫と桃は互いに、鼻の奥がツンとするのを感じた。

「薫、桃。」

久遠が2人を呼び、鼻を摘まんだ。

「ん!?」

「よく聞きな。今の演技、感動した。今までで、1番良かった。だけど、今は絶対に泣くな。私も泣かない。」

久遠の目にうっすらと涙が溜まっていた。

「白石さん、高橋さん。三位決定戦です。並んで下さい。」

久遠が鼻を離した。

「もう一度、私を泣かせな。」

「…。はい!」

三位決定戦の相手は熊本の北原奈央、本山葵だった。2人は再び、ミスのない完璧な演技をし、5対0で、見事、勝利を修めた。決定戦は熊本の黒崎優、小林万樹vs沖縄の比嘉恭子、久留米悠香は4対1で沖縄が勝ち、優勝を決めた。


 3人は会場の外に出た。会場の外には叶子と

陽架璃がいた。

「薫。桃。」

「叶子。えへへ。負けちゃった。」

桃が言った。

「でも、2人の演技、スッゴい良かったよ。」

叶子が満面の笑みで絶賛した。

「…。久遠先生、優勝できなくてすみませんでした。」

「すみませんでした。」

薫と桃が久遠に頭を下げた。

「いや…、あの演技は最高だった。でも、相手の方が審判受けする演技だった。薫、桃。あんたたちは最高の演技をした。今持ってる全ての技術を使って負けた。私も、あんたたちに自分が今まで教わってきた全ての技術を注いだ。これはあんたたち2人の負けじゃない。福島の負けだ。そんな顔すんな。あの演技ができた、自分たちを誇りに思いな。」

「…。ありがとうございます。」

桃が微笑んだ。

「…。先生、もう良いですか?」

薫が久遠に尋ねた。

「…。あぁ、良いよ。」

「…。」

薫と桃は壊れた機械のように、声を殺して泣いた。

「…。」

久遠が2人の背中を擦った。

「久遠先生…!」

桃が久遠にすがって泣いた。

「叶子ぉ…。」

薫が叶子にすがって泣いた。久遠と叶子の頬を涙が伝った。

「よくやった…。本当に…。よくやった…。」

久遠が桃の背中を擦った。


 『この原稿用紙は、県総体の帰り際に久遠先生からもらったものだ。JOC前に自分と向き合え、どんな形でもいいから、JOC前にまとめろって言われた。先生もまとめるらしいから、私もまとめることにした。何て書いていいか分からないから、適当に書く。

 手にできたタコ。完全には治りきらないケガばかりの厚くなった皮がある足。ひざや腕にできたアザ。小手のにおいが移った手の匂い。4歳からずっと続いている。

 私がなぎなたを始めたのは、司兄と宏兄がやっていたから。4歳の誕生日になぎなたと稽古着、袴を買ってもらった。1番小さなサイズでも私には大きすぎて、おばあちゃんが何㎝も、袖や裾をつめてくれた。小さかったからかも知れないけど、みんながほめてくれたし、可愛がってくれた。その1人が久遠先生だった。何でだかは今でも分からないけど、先生に誉められると一番うれしかった。数年がたって、2人の女の子が入団した。それが叶子と桃だった。同じ幼ち園で同じ小学校だったから、仲間ができて、本当にうれしかった。それからの日々は、絵に描いたように幸せだった。だけど、小学生の時、日向先生から言われた。『薫は1人の方が強くなれる』って。中学に上がった時、桃はなぎなたを辞め、叶子は二中に行った。日向先生の言う『1人』の場ができた。

 1人だった私は、中2になり、先輩になった。そして、実、愛美、沙耶に出会った。そして、桃もなぎなたに戻った。約1年前、私の中で何かが変わった気がした。凍りついた心が溶かされるようだった。今は完全に解凍された。私は1人で強くなったんじゃない。先生や先輩、友達、後輩のおかげで強くなった。それに、私は1人ぼっちでもなかった。ずっとそばにいてくれた久遠先生。精神的に支えてくれた桃。刺激的な私のはげみになってくれた叶子。私の初めての先輩の涼夏先輩と奈帆先輩。初めての後輩の実、愛美、沙耶、大雅。みんなありがとう。私はみんなのおかげで強くなった。もう、1人じゃないって分かる。以前は、人は1人にならないと、弱くなると思ってた。でも、精神的な支えがないと、人ってダメなんだね。これはみんなが教えてくれた。なぎなたと関係なく、それは全てに通じることなんだ。そのことが学べて、私は今、すっごく満足。

 来年の今頃、私は何をしているんだろう。また、陸上部にでも入ってるのかな。全く予想がつかない中で、これだけははっきり言える。私のそばには桃と叶子がいる。もう、1人じゃない。』


 次に試合競技個人の部が始まった。個人戦には130人が参加する。薫は1回戦目はシードだった。2回戦目は三重の3年の鎌田奈瑞菜かまたなずなで2本勝ち。3回戦目は島根の1年、桑本花くわもとはなで2本勝ち。4回戦目は愛媛の3年、神成夢生かんなりゆいで2本勝ち。薫は圧倒的な力を見せ、準々決勝まで進んだ。ベスト8には会津なぎなたスポーツ少年団3年、白石薫、愛知県なぎなた連盟2年、吉浦都、熊本明星中1年、床原祥子とこはらしょうこ、那覇南中2年、新垣咲良あらがきさくら、台東区なぎなた連盟3年、二宮花菜子、那覇南中3年、比嘉恭子、釜石瑞木中2年、岡崎美颯、熊本明星中3年、黒崎優、準々決勝の相手は愛知の2年生の吉浦都だった。

「初め!」

「小手!」

都が小手を攻めてきた。

「面!面!」

薫が抜いて面を2本打った。

「面あり!2本目!」

その後、都は果敢に攻めたが、前年度覇者の白石薫に当然及ばず、

「すね!」

「すねあり!勝負あり!」

薫は準々決勝もまた2本勝ちだった。


 準決勝の相手は熊本の中1の床原祥子とこはらしょうこだった。

「初め!」

祥子が間を切って、遠間から構えた。

「面!」

薫の面を祥子がなぎなたで捌いた。

「面!すね!すね!」

薫が攻めたが、祥子は全てを避けた。

(1年なのに、軸がぶれない。流石は熊本明星中。この子も、小さい頃から英才教育受けてた口か。)

久遠が思った。

(基本はしっかりしてるけど、流石に、薫には、まだ敵わないかな。)

「すね!」

薫がすねを打った。

「すねあり!2本目!」

「祥子ぉっ!重心上げぇっ!」

熊本が言った。

「面!」

祥子が打った踏み込み面を薫が弾いた。

「すね!」

「すねあり!勝負あり!」


 薫は難なく決勝まで、勝ち進んだ。相手は準々決勝まで全て2本勝ちで勝ち進んできた、前年度団体優勝チームの先鋒、黒崎優だ。

「薫。自分の打突。おもいっきり、後悔しない試合をしてきな。」

久遠が言った。

「今回の試合は、久遠先生にとっても因縁の相手ですもんね。」

「相手の監督のこと?」

「はい。」

「私のことは気にしないで、自分のことだけ考えな。」

「はい。」

「あと、薫。」

久遠が観客席を見上げた。薫も観客席を見た。

「薫~。」

「薫先輩~。」

叶子と桃、陽架璃が手を振った。薫も手を振った。

「思いっきりた楽しんできな!」

「はい!」


 「優。白石は熊本にとって、倒さなきゃいけない鉄壁の壁たい。今まで、誰にも倒せなかったけど、優なら、勝てる。去年みたいに、がむしゃらに戦えば、絶対に勝てるたい。あたしは確信しちょるけん。思いっきり行き!」

「はい。」

「自信持ちぃ。優ならできるたい。」

新堂が優の肩を叩いた。

「はい!」

2人の選手、薫と優はコートに向かった。平成二十三年度の日本一の中学生女子が決まる。


 「只今より、決勝戦を行います。赤、白石選手。」

「はい!」

「白、黒崎選手。」

「はい!」

2人が開始線に歩み寄り、1礼して、中段に構えた。

「初め!」

『パンッ!』

優がなぎなたを払った

「面!」

薫が横に捌き、なんとか避けた。再び、中段に戻り、互いに相手の出方を伺った。

「面!」

薫が踏み込み面を打ったが、優が下がった。だが、薫がもう一度踏み込み面を打った。

「面!」

赤の旗が1本上がったが、他の審判が取り消した。

「浅いかぁ…。」

久遠が呟いた。

「薫!いつもの薫の打突!」

久遠が言った。

「ハァッ!」

優が威嚇した。

「小手!」

「面!面!」

「すね!面!すね!」

「面!すね!」

「小手!」

「すね!面!面!」

2人が接近戦になった。この決勝のレベルが高いことは誰が見ても分かった。打突が速いだけでなく、互いになぎなたの特性を生かして戦っていた。2人のなぎなたの扱いは、数年で手に入れられるレベルでは到底なかった。

「小手!」

優の小手に旗が1本上がった。

「薫!気抜かない!いつもの1本!」

「優!小手いいとこ!足使ぉて奥狙ぃ!」

互いの監督が怒鳴った。

「別れ!」

互いに中段に戻った。

「初め!」

「小手!」

薫なぎなたをが繰り出した。旗が1本だけ上がった。

「薫!小手惜しいよ!遠間から!」

叶子が言った。

「黒崎先輩、すごいですね。薫先輩をあんなに追い詰めるなんて。」

陽架璃が言った。

「別れ!初め!」

「小手!」

優が小手を打ったが、薫が抜いた。

「面!」

旗が1本だけ上がった。

「惜しい…。」

桃、叶子、陽架璃がうなだれた。再び中段に戻り、互いに見会った。会場中が、固唾を飲んで見守った。

『ピーッ!』

試合時間終了のホイッスルが鳴った。全員がため息をついた。

「やめ!」

再び中段に戻った。

「延長初め!」

「ハァッ!すね!」

薫がすねを応じた。優が間を切った。

(薫!いい間合いっ!チャンスッ!)

久遠、桃、叶子、陽架璃が心の中で叫んだ。

「面!」

旗が1本上がったが、他の審判が取り消した。

「もーっ!何で!?今の面、福島なら絶対に1本になってたっ!」

桃が地団駄を踏んだ。

「ん?」

叶子が目を見開いた。

「叶子先輩、どうしたんですか?」

陽架璃が尋ねた。

「薫、中段を中心からずらしてない?」

「えっ?」

陽架璃が観客席から身を乗り出した。

「陽架璃、危ないよ。でも、確かに中段ずらしてる。」

桃が陽架璃を観客席に戻しながら、言った。

「薫、賭けに出たのかもね。」

「賭け?」

桃と陽架璃が尋ねた。

「うん。熊本の、特に黒崎の持ち味は小手だから、わざと小手誘ってるんでしょ。」

「でも、それって危険じゃないですか?」

陽架璃が尋ねた。

「だから、勝負どころなんだよ。一世一代の賭けだね。」

優も薫が中段をずらしてることは、分かっていた。

(小手いけるかも。でも、作戦かも知れない…。でも、どぎゃん試合したとこで、判定で負けるたい。当たって砕けろや!)

「こっ…。」

優が小手を打とうとしたら、目の前に薫のなぎなたがあった。

(やっぱ、策略だった!間に合わんっ!)

「面!」

優の面金に薫のなぎなたの切っ先のもの打ちが当たった。

「面あり!」

赤の旗が全て上がった。

「おぉーっっ!」

会場中から歓声が上がった。

「勝負あり!」

2人は、会場中からの拍手を浴びた。

「中学生女子試合競技個人の部の決勝の結果をお伝えします。只今の試合、赤、会津なぎなたスポーツ少年団、白石薫選手vs白、熊本武道館A、黒崎優選手の試合は赤、白石選手が勝ちました。これにて、中学生女子試合競技個人の部を終了いたします。」


 「白石。隣良かと?」

薫が壁際で、面を外していると、優が話しかけてきた。

「いいよ。」

「どうも。」

優が隣で面を外し始めた。

「白石。演技、なんであぎゃんとこで負けたとね?」

優が尋ねた。

「ん?別に。ただの実力不足。」

薫が言った。

「なんで?なんで、私たちに当たる前に負けたとね?」

「…言っとくけど、私も黒崎も同じ相手に負けたんだべ?しかも、こう言う考え方好きじゃないけど、私たちが3対2で負けた相手に、黒崎たち、4対1だったんだから。私たちに当たっても負けた可能性高くない?」

「でも、私は白石と戦いたかったばい。白石は私が倒す。」

「私は負けない。」

「いや…、白石が周りと仲良うしてるうちは分からん。人は1人にならんと弱くなるたい。」

優が手拭いを頭に巻いた。

「…。」

薫が無言ですね紐を結び直した。

「誰も信用できないの?」

薫も手拭いを巻きつけながら尋ねた。

「しないだけたい。信用できるのは自分と監督だけたい。」

優が面紐を結び始めた。

「…。黒崎って哀しいね。私からも一言言わせてもらう。」

薫が面をつけた。

「今の黒崎に私は倒せない。」

薫が面紐をしごいた。

「人は、1人では生きられないよ。」

薫と優が無言で睨みあった。

「そぎゃんこと、綺麗ごとたい。」

「じゃ、証明してよ。団体で私に勝ってよ。」

「無理たい。白石は大将、私は中堅たい。」

「代表者戦があるべ。」

薫が小手をつけ、なぎなたを持って、仲間のところへ行った。


 試合競技団体の部が始まった。団体戦には108チームが参加する。女子のみの3人制で2分3本勝負の延長なし引分ありで行われる。会津なぎなたスポーツ少年団チームは1回戦目はシードだった。2回戦目の相手は石川県のチームで、全員が2本勝ちだった。3回戦目の相手は神奈川県のチームで、再び、全員が2本勝ちだった。4回戦目の相手は宮城県の仙台柏で薫と叶子が2本勝ち、陽架璃が引き分けだった。会津なぎなたスポーツ少年団チームは難なく、準々決勝まで勝ち進んだ。


次の相手は山形鵬名中だった。

「正面に礼!お互いに礼!」

先鋒は3年牧野紫乃vs3年遠藤叶子だ。

「始め!」

「小手!」

「小手あり!2本目!」

叶子はその1本を守るかたちで勝利をおさめた。中堅は3年春田陽菜はるたひなvs1年東海林陽架璃だ。

「始め!」

「面!」

古市が面を打った。陽架璃は間合いをきったが、陽菜のリーチの長さは陽架璃の想像以上だった。

「面あり!2本目!」

「すね!」

陽架璃がすねを打った。

「すねあり!勝負!」

陽菜と陽架璃の身長差は20㌢以上はあった。見ているだけで陽架璃の可哀想な試合だったが、試合時間が切れた。

「やめ!引き分け!」

「薫先輩。お願いします。」

「OK!」

大将は3年白岩七菜子vs3年白石薫だ。

「始め!」

「面!」

薫が側面を打ち、七菜子が受け損なった。旗が1本あがった。

「薫、面おしいよ!」

叶子が叫んだ。

「七菜子、ファイト!」

紫乃も大声で言った。

「七菜子、バタバタしない!」

山形の監督も大声で言った。

「小手!」

「すね!面!」

「すね!」

桃子の打ったすねに旗が1本あがった。その瞬間、薫が側面を打った。

「面!」

旗が全てあがった。

「面あり!2本目!」

「七菜子、取り返すよ!」

「七菜子、ファイト!」

互いに打突を打つが、1本にならない。桃子が側面を打ったが、薫が開きながらすねを打った。

「面!」

「すね!」

「すねあり!」

旗が全てあがった。

「勝負あり!」

「ヨシッ!」

叶子と陽架璃が薫の横に並んだ。

「お互いに礼!正面に礼!」


 『なぎなたを初めて、今年で8年目になった。今まで、たくさんのことを経験したし、たくさん笑って、泣いた。1番の思い出は?と聞かれると、はっきり言って、まだ分からない。1週間後に聞かれたら、多分、JOCって答えると思う。悩んだこともたくさんあった。二中に入学すること。大分悩んだ。桃の件があってから、何かが変わった感じがして、新城中に入学する意味を改めて、考えた。そしたら、私にとっての入学理由は、久遠先生になぎなたを教わって、薫と桃と一緒にいることだけだった。れっきとした理由にはなると思うけど、何かが違っていた。だから、私は二中を選んだ。自分で、道を切り開いてみたかった。クラスには、茶髪や金髪もいるし、先生だって絶対に新城中の方がいい。その中で、自分を試したかった。私は追い詰められて伸びるタイプだから。何度も後悔した。だけど、今では、間違った選択ではなかったと思う。

 あと、なぎなたを辞めるって選択も、大分悩んだ。先生や親、友達には言えなかった。だけど、亮太郎兄ちゃんにだけは話せた。亮太郎兄ちゃんは叶子の判断なら止めない。叶子が絶対に後悔しないなら、俺は応援するって言ってくれた。でも、辞めるのはいつでもできるから、もう少し考えた方がいいって。だから、最終判断は全国大会終了後に下すことにした。JOCと錬成大会で優勝できたら、胸を張って辞められるから。

 なぎなたって、何試合かに1度は千載一遇のチャンスが訪れる。いつ訪れるかも、どれぐらいの割合かも分からない。だけど、それは絶対に逃してはいけない奇跡。

 なぎなたと出会えたことは奇跡だと思う。薫と桃と出会えたことも奇跡。那奈、未咲、未森と出会えたことも奇跡。この世は奇跡で満ち溢れている。でも、奇跡って運任せな感じがする。私はいつ起こるか分からない奇跡に、運命をゆだねるのではなく、自分で少しずつでいいから、道を切り開きたい。1歩1歩、前に進んで行きたい。』


 準決勝の相手は前年度準優勝の強豪、沖縄県の那覇南中だった。

「お互いに礼!正面に礼!」

先鋒は、那覇南中3年、久留米悠香vs会津なぎなたスポーツ少年団3年、遠藤叶子だ。

「初め!」

「ハアッ!小手!」

叶子が小手を打った。

「小手あり!2本目!」

「叶子ファイト!」

「叶子先輩ファイトです!」

「面!面!」

悠香が接近戦になった。

(ん?)

叶子が気づくと、叶子の脚の間に悠香のなぎなたがあり、身動きが取れなくなっていた。

(…ったく、相変わらず、性格悪いんだから。)

叶子が足を上げ、なぎなたを足の間から外し、身動きを取れるようにした。

「面!」

すかさず、悠香が面を打ったが、ちょうど、叶子の右耳の辺りを直撃し、叶子がよろけた。

(あっ!)

薫、陽架璃、久遠、桃が息をのんだ。

「すね!」

すかさず、悠香がすねを打った。

(打たれるっ!)

桃が目をつぶった。その瞬間、叶子が両足でジャンプして、なぎなたを避けた。

「おぉーっ!」

会場中がざわめいた。叶子が面を打とうとした。

(その手には乗らないっ!)

悠香が面を応じようとした。

「すね!」

すかさず、叶子が開きながら、悠香の開いたすねを打った。

「すねあり!勝負あり!」

「陽架璃…、相手…、性格悪いから、怪我しないようにね。」

叶子が小声で言った。

「…分かりました。」


 中堅は3年知花愛ちばなあいvs1年東海林陽架璃だ。

「初め!」

「すね!」

愛がすねを打ったが、陽架璃の足の甲に当たった。

(あっ!)

陽架璃がよろけた。

「面!」

愛が面を打ったが、陽架璃が避けた。

「…。本当に性格悪いんだから。」

叶子がもどかしげに呟いた。

「薫。怪我しないようにね。」

久遠が言った。

「秒殺の方が完璧安全ですよね?」

「できるならね。」

「面!」

今度は、愛の打った面が陽架璃の肩に当たった。

(ったぁっ!いい加減にしろっ!)

「小手!面!面!」

陽架璃が積極的に攻めた。

「陽架璃ファイト!」

「陽架璃、自分のペース!」

「愛!奥!奥!」

悠香が言った。

「面!」

愛が側面を打とうとしたが、突然、愛のなぎなたが伸びたように見えた。

「ん?」

『ガコッ!』

愛のなぎなたの先が、陽架璃の面金を突き、鈍い音がした。

「あれって、『如意』だよね?あさひなぐの。」

久遠が苦笑いしながら、叶子に言った。

「私、初めて見ました。」

叶子も苦笑した。

『ピーッ!』

ホイッスルが鳴った。

「やめ!引き分け!」

「薫先輩…、気をつけて。」

陽架璃が言った。

「OK。」

薫が言った。


 大将は、3年、比嘉恭子vs3年、白石薫だ。

「初め!」

「面!」

薫が面を打った。

「面あり!2本目!」

「面!面!」

「すね!」

「すね!すね!」

接近戦になった。恭子が薫の足の間に自分のなぎなたを入れた。

「どういうつもり?こんなことしたら、あんただって打てないでしょ。」

薫が恭子をにらみつけた。

「私は、勝てればいいの。」

恭子が薫の右足を踏みつけた。

(うそっ!)

叶子、陽架璃、久遠、桃が目を見開いた。薫が顔をしかめた。

「あっ、ごめん。」

恭子が意地悪く笑った。

「…いえ。」

薫が笑顔で言った。

「別れ!」

再び中段に戻った。

「初め!」

「小手!」

薫がなぎなたを繰り出した。

「小手あり!勝負あり!」

叶子と陽架璃が薫の横に並んだ。

「お互いに礼!正面に礼!」


 準決勝のもう1試合が今、始まったばかりだったため、会津なぎなたスポーツ少年団チームは1度、面を外した。

「いったぁ…。」

陽架璃が左肩と首を押さえた。

「久遠先生、どうなってますか?耳ありますか?」

叶子が久遠に右耳を見せた。

「あぁ、少し赤くなってる。大丈夫?」

「鼓膜破れたかと思いましたよ。」

「薫は?」

「右足の甲やられました。ったぁ…。」

薫が右足を出した。右足の甲は赤く腫れていた。

「えっ!?大丈夫なの?」

叶子が尋ねた。

「結構痛い。」

「右足の甲って、前、疲労骨折したとこでしょ?」

叶子が尋ねた。

「…薫、大丈夫じゃないでしょ?」

久遠が尋ねた。

「大丈夫じゃなくても大丈夫です。」

薫が防具袋からサポーターを出し、右足に着けた。

「今回はいける気がします。」

「…。よしっ!」

久遠が薫、叶子、陽架璃の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「強気でいきな。あんたたちはどこも怪我してない。あと1勝で日本一だよ。」

久遠が言った。

「…。はい!」

3人が面をつけた。


 準決勝が終わり、3勝0敗で熊本明星中Aが勝ち上がった。次は決勝だった。相手は5連覇中の強豪中の強豪。演技競技、個人戦2位の黒崎優と、前年皇后杯準優勝の新堂かな監督率いる熊本明星中だった。

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