伊達政宗より新島八重
同級生の岩手県の釜石瑞木中、岡崎美颯に完敗した実。個人戦を終え、団体戦に臨む。誰かが勝てば誰かが負ける。誰かが勝たなければ勝ち進めない。そんな当たり前のことに戸惑いを隠せない実たち1、2年生。勝ち進むと言うことは、相手に勝ち、相手の夢を砕くと言うこと。相手の想いも抱え込まなければならないと言うこと。実たちは無事、勝ち進むことができるのだろうか?
美緒はすぐに面を決め、危なげない内容で勝利を修めた。第二試合場では波奈の試合が始まっていた。相手は宮城の1年生の槁だった。接戦だったが判定で2対1で波奈が勝った。愛美の相手は山形の佐々木桐華で側面を決め、勝った。奈央の相手は岩手の3年生の佐藤みゆき(さとうみゆき)で判定で勝った。陽架璃の相手は山形の2年生の内木奈央ですねと面を2本決め勝った。
第一試合場の那奈の相手は秋田の2年生の三浦陽音で側面と小手を連続で決め、勝った。実の相手は山形の2年生の谷口うらら(たにぐちうらら)で試合時間ギリギリで側面を決め、勝った。薫の相手は山形の2年生の稲村恵里歌で側面を連続で決め、勝った。美緒の相手は宮城の仙台柏中2年生の加島百花で2本勝ちだった。波奈の相手は桜で時間ギリギリですねを決められ、負けた。愛美の相手は梢だった。
「始め!」
「すね!」
梢が直打突のすねを打った。
「すねあり!」
白の旗が3本がっていた。
「速っ!」
実が言った。
「2本目!」
「面!」
愛美が直打突の面を打った。旗が2本上がった。
「面あり!勝負!」
「小手!面!面!」
「すね!」
梢は長身のため、愛美の面を狙った。愛美は全て応じ、打突を返した。試合時間が終了しても、決着がつかなかったため、延長に入った。
「愛美、ファイト!」
沙耶がギャラリーから叫んだ。
「梢先輩、ファイトです!」
沙耶の隣で槁も叫んだ。
「お姉さんのこと『先輩』って呼んでるの?」
恭佳が槁に尋ねた。
「部活中は。」
槁が手短に言った。延長の1分でも勝負がつかず、判定になった。
「判定!」
主審が赤を、副審の2人が白を上げたため、主審が白を上げなおした。
「勝負あり!」
「おしい…。」
葵ヶ崎中の陽と明里が言った。奈央の相手は陽架璃で2本連続で決められ負けた。叶子の相手は岩手の中村早智子で小手を2本決め、勝った。
ベスト16が出揃った。久遠と小崎は個人戦の準備のため、ギャラリーに戻った。那奈の相手は山形の2年生の設楽栞那で2本勝ちだった。実はさっきまで隣で応援してくれていた久遠がいなくなり、少し心細かった。
(さっきと同じ気持ちで。相手は同い年だから、ラッキーなんだし、次勝てば薫先輩だ。)
実の相手は岩手の釜石瑞木中の2年生の岡崎美颯だった。
「始め!」
「面!」
美颯が側面を打った。
「面あり!」
「えっ!?」
実は美颯の打突の速さに驚いた。美颯が中学からなぎなたを始めたのではないと、実は悟った。
「2本目!」
「小手!」
美颯が小手を打ったが、旗は1本しか上がらなかった。実は面を打たれる恐怖からなかなか自分の打突が打てなかった。
「実!まずは1本!」
薫が大声で言った。
「実!自分のペース!」
ギャラリーから久遠も言った。
「面!」
実が面を打った。
「美颯!連打!連打ぁ!間合い切って、遠間から打ちぃ!」
美颯の監督が九州弁で応援した。
「すね!小手!」
美颯が間合い切ってすぐに打突を打ち、接近戦になった。美颯の顔つきは整っていて、綺麗だった。実が美颯のなぎなたの柄を払い、すねを打った。
「すね!」
美颯はそのすねを抜き、面を打った。
「面!」
旗は1本しか上がらなかった。
「面!」
美颯が下がりながら面を打った。旗が3本上がった。
「面あり!勝負あり!」
個人戦に出場した福島の2年生は全員(3人)負けてしまった。久遠は食べかけのうまい棒を口にくわえ、プログラムを開き、後半の選手、監督の一覧を開いた。
「釜石瑞木中…、監督、河上梨花子…。岡崎美颯って、梨花子の学校だったんだ…。」
うまい棒を手に取り、呟いた。
「下がりながらの打突を決めるなんて…、いい稽古してる…。さすがは河上梨花子の教え子。」
薫の相手は椿で側面を連続で決め、勝った。美緒の相手は岩手の塚原杏菜で判定で勝った。陽架璃の相手は梢で1本きめ、勝った。叶子の相手は梓ですねを2本決め、勝った。
ベスト8が出揃い福島は薫、叶子、那奈、美緒、陽架璃、宮城は桜、楓、岩手は美颯が進んだ。那奈の相手は楓で判定で2対1で負けた。薫の相手は美颯で2本連続で側面を決め、勝った。美緒の相手は陽架璃で陽架璃がすねを決め勝った。叶子の相手は桜で試合時間ギリギリですねを決め勝った。ベスト4には楓、薫、陽架璃、叶子が進んだ。第一試合場では楓vs薫の試合が行われた。
「始め!」
「面!」
薫が側面を打った。全ての旗が上がった。
「面あり!2本目!」
「すね!すね!」
楓がすねを2本打ったが薫が全て応じ、2本目のすねを払った。払われた瞬間、楓の前の手がなぎなたから外れた。
「あっ!」
「面!」
薫が直打突の面を打った。旗が全て上がった。
「面あり!勝負あり!」
「Wow!さすが薫先輩。」
実が言った。
「本当。楓先輩相手にここまでできるなんて。」
恭佳が言った。第二試合場の陽架璃vs叶子はまだやっていた。福島対決のため、誰も応援してなかった。
「福島ファイト!」
香川が応援した。
「福島対決でモチベーションが低いのは分かるけど、福島しか盛り上げ役はいないんだからね。」
防具をつけた香川が実たちに言った。
「そうだった。お互いファイトです!」
実が大声で言った。
「ファイト!」
試合時間終了のホイッスルがなった。
「やめ!延長始め!」
「すね!」
陽架璃がすねを打った。
「面!すね!」
接近戦になった。
「陽架璃ファイト!」
ギャラリーから美結と槁と椿が言った。
「すね!面!」
「小手!すね!」
互いに中段に戻った。
「陽架璃ファイト!」
梢と梓も応援した。陽架璃はほぼ宮城だった。
(福島には負けない!)
陽架璃はその思いしかなかった。
「すね!」
陽架璃のすねに旗が1本上がった。
「面!」
叶子が面を打った。旗が全て上がった。
「面あり!勝負あり!」
決勝には薫と叶子、三位決定戦には楓と陽架璃が進んだ。実たちは団体のため面をつけた。横で大雅が面をつけていた。
「大雅。忘れてた。個人戦もうすぐだっけ?」
「次だよ。」
「頑張ってね。1回でも勝てば上位入賞なんだし。」
「うん。」
大雅は会場に行った。
「男子っていいよね。」
実が言った。
「うん。5人しか出場してないし、大雅はシードだから。羨ましすぎる。」
愛美が言った。
「うん。」
防具をつけ終わり、再び会場を見ると、2試合とも、試合中だった。決勝は福島対決のため、実たちは三位決定戦の応援をした。
「陽架璃ちゃんファイト!」
接近戦になった。
「陽架璃、やるね。」
楓が言った。
「私だって成長しましたから。」
陽架璃も言った。
「別れ!始め!」
「面!」
楓が面を打ったが陽架璃が抜いた。
「すね!」
楓はなんとか応じた。延長終了のホイッスルがなった。
「やめ!判定!」
赤が2本、白が1本上がった。
「勝負あり!」
「あ~ぁ。
全員が落胆した。
「惜しかったね。」
「決勝!」
明里が叫んだ。
「あっ!」
全員が急いで決勝を見たが、決勝は終わっていた。
「どうだったの?」
「薫ちゃんの優勝。」
那奈が言った。
「いつも通りかぁ。」
会場では団体の徴集が始まった。
「会場行くよ!」
美緒が言った。
「はい!」
「会津、完全優勝するぞ!」
那奈が言った。
「おーっ!」
「目にもの見せてやる!」
波奈が言った。
「おーっ!」
「東北に会津あり!」
恭佳が言った。
「おーっ!」
「伊達政宗より新島八重!」
珠理が言った。
「おーっ!」
気合いを入れながら、全員でぞろぞろと会場に行った。
第一試合場では中学生男子の部、第二試合場では一般女子(18歳~39歳)の部が行われている。一般女子の部には10人が出場していて、そのうち3人は福島である。一般女子の部では香川の試合が始まっていた。相手は岩手の人だった。試合時間ギリギリですねを決め、勝った。久遠と小崎はシードだった。久遠の相手は宮城の人で早々に2本決め、勝った。小崎の相手は山形の人で判定で勝った。香川の相手は宮城の人で判定で2対1で勝った。福島は全員がベスト4に進んだ。久遠の相手は小崎だった。
「赤、古瀬選手。」
「はい!」
「白、小崎選手。」
「はい!」
「始め!」
「面!面!すね!」
「すね!」
接近戦になったが、久遠からすぐに離れた。
「面!」
小崎が面を打ったが、久遠が応じた。
「すね!」
久遠がすねを打ったが、小崎が抜いた。
「すね!」
小崎がすねを打ったが、久遠が応じて払った。
「面!」
「面あり!2本目!」
「久遠先生、更に強くなってるね。」
「リア充パワー。」
愛美が言った。
「福島ファイトです!」
実が大声で言った。試合時間が終了し、久遠が勝った。次の試合は香川で相手は宮城の日下部真知子だった。日下部は大分身長が高かった。
「すね!」
日下部がすねを打った。
「面!」
香川も面を打った。実には相打ちになったように見えた。
「すねあり!」
白の旗が全て上がった。
「2本目!」
「先輩、なんで今の打突が1本になったんですか?相打ちに見えたんですけど。」
実が薫に尋ねた。
「たしかに相打ちだったけど、香川先生の方が反応が遅かったし、日下部先生の方が打突は綺麗だった。」
「へぇ。」
実は感心した。試合時間が終了し、日下部が勝った。決勝には久遠と日下部、三位決定戦には小崎と香川が進んだ。三位決定戦は小崎が終盤ですねをとり、勝った。
「ただいまより、決勝戦を行います。赤、古瀬選手。」
「はい!」
「白、日下部選手。」
「はい!」
「始め!」
「面!」
久遠が側面を打った。
「面あり!2本目!」
「久遠先生の側面、速すぎ…。」
愛美が沙耶に言った。
「そうだね…。久遠先生、ファイトです!」
「今日は足も痛まないっぽいね。リア充パワー。」
実が言った。久遠はその1本を死守し、優勝を決めた。
「あっ!大雅のこと忘れてた!」
第一試合場を見ると、決勝が行われていたが、大雅の姿はなかった。大雅は壁際で防具をはずしていた。実たちはいかにも見ていたかのように話しかけた。
「大雅、お、お疲れ。惜しかったね。」
愛美が言った。
「惜しくもねーよ。あの側面さえ決まってたら3位だったんだよ。」
「そ、そうだよね。あの側面惜しかったね。」
実が平常心を保ちながら言った。
「会津なぎなたスポーツ少年団Eチーム!」
実たちの団体の名前が呼ばれた。
「大雅、じゃあね。」
実が言った。
「私ら第1試合だったんだね。」
愛美が言った。今回の大会には25チームもの団体が出場する。実たちは第一コートで1回戦目の相手は山形の山形南中のCチームだった。メンバーは全員が1年生だった。急いで防具をはずした久遠が実たちの監督についた。
「1年相手だから、さっさと終わらせな。」
汗をかいて、火照った顔をしながら久遠が言った。
「はい!」
実たちはコートに行った。
「お互いに礼!正面に礼!」
互いに礼をして愛美と沙耶はコートを出た。先鋒は会津なぎなたスポーツ少年団Eチーム2年光城実vs山形南中Cチーム1年行徳彩歌だ。
「始め!」
「面!」
実が側面を打った。
「面あり!2本目!」
「すね!」
実がすねを打った。
「すねあり!勝負あり!」
実の試合は10秒足らずで終わった。実自身も分かっていないようだった。
「実、ナイス!」
中堅の沙耶が小声で言った。
「沙耶、ファイト!」
実も小声で言った。中堅は神崎沙耶vs田中杏樹だ。
「始め!」
「小手!」
沙耶が小手を打ったが決まらなかった。
「面!」
相手が面を打ってきたが、沙耶がかわした。
「面!」
沙耶が直打突の面を打った。
「面あり!2本目!」
「沙耶、ファイト!」
実と愛美が叫んだ。相手は沙耶の打突を応じるだけで、自分から攻めてこなかった。試合時間終了のホイッスルが鳴った。
「やめ!1本勝ち!勝負あり!」
「沙耶、ナイスファイト!」
大将の愛美が小声で言った。
「愛美、頑張って。」
大将は望月愛美vs布施のどかだ。
「始め!」
「面!」
愛美が側面を打った。
「面あり!2本目!」
「面!」
相手が警戒して下がったところを愛美が直打突の面を打った。
「面あり!勝負あり!」
「お互いに礼!正面に礼!」
実たちEチームは圧倒的な強さを見せた。
「反省お願いします!」
実が言った。
「まっ、次の試合もこんな感じで自分から積極的に攻めていって。」
「はい!」
「沙耶、沙耶は小手とかよりも持ちかえとかの大技が向いてるからそっちの方を打った方がいい。」
「はい!ありがとうございました!」
次はFチーム(明里、陽、優羽)で相手は岩手の盛岡三中の2年生のみのCチームだった。監督には小崎がついた。明里と陽が引き分けで優羽が出ばなですねをとって勝った。
「今回って引き分けありなんですか?」
恭佳が叶子に尋ねた。
「判定っていうのは、試合時間内に勝負がつかなかった、でも、どちらかを勝たせなきゃいけないってときにやるもんだから、判定勝ちは本当の勝利じゃないの。だから、団体では引き分けがありなの。後々の試合で勝負がつくかもしれないから。だから、全員引き分けとか、勝ち点と総本数とかが一緒だと『代表者戦』になるから。」
「『代表者戦』?」
「チームの中で1人、代表を決めて、その人がもう1試合やる。本当なら、どちらかが1本を決めるまでやるんだけど、今回は時間がないから延長1回で判定。」
「そうなんですね。」
恭佳が関心した。
「恭佳、もうそろそろ集まった方がいいよ。」
「はい!」
恭佳が第二コートに行った。
「ねえ、叶子ちゃん。」
薫が叶子に話しかけた。
「何?」
「私らが優勝するのは楽勝だと思う。」
薫が言った。
「そうだね。」
「いつもはみんなの練習になるから試合で本気出さないけど、今日は出してみない?」
薫がニヤリと笑った。
「いいかもね。」
叶子もニヤリと笑った。
「じゃあ、今日は完全なる2本勝ちで行こうか。東海林もいいね。」
薫が再びニヤリと笑った。陽架璃がうなずいた。
「よし!」
叶子が薫と陽架璃の肩に手をまわした。
「会スポA!(会津なぎなたスポーツ少年団Aチーム)勝つぞ!」
「オーっ!」
第二コートではBチーム(美緒、波奈、那奈)の試合が始まった。相手は宮城の柏中の2年生のみのCチーム(小野優香里、加島百花、春山ひより)で全員が2本勝ちだった。Dチーム(嵩原奈央、恭佳、珠理)は宮城の柏中の2年生のみのGチームが相手で奈央と珠理は引き分けだったが、恭佳が終盤で面をきめ勝った。
福島は全チームが2回戦まで進んだ。第一コートはまず、Aチーム(薫、叶子、陽架璃)が岡崎美颯率いる、岩手の釜石瑞木中チームが相手で全員が10秒以内に2本きめ、圧勝した。実たちEチームの相手は山形の3年生のみのBチームで愛美がなんとか1本をきめ、勝った。
Fチームの相手は宮城の柏中の2年生のみのCチーム(梓、梢、原田夏美)だった。
「赤、柊選手。」
「はい!」
「白、大橋選手。」
「はい!」
「始め!」
「すね!」
梓がすねを打った。赤の旗が1本上がった。
「ヤバイ。明里がキレるかも…。」
陽が心配そうに言った。
「えっ?」
優羽が聞き返した。
「明里、打突をとられそうになるのが一番嫌いなの。『決めるんだったら、さっさと決めろ!』って感じ。でも、それでスイッチ入るから、別にいいんだけど…。」
「面!」
明里が面を打った。旗が全て上がった。
「面あり!2本目!」
「明里、ファイト!」
「面!すね!」
明里が二段技を打った。その瞬間、梓が振り返した。
「すね!」
梓の振り返してすねに旗が1本上がった。
「明里、落ち着いて打つよ!」
陽が叫んだ。
「明里先輩、ファイトです!」
優羽も言った。明里が積極的に攻めてはいたが、明里の打突はあまり綺麗でなくなった。
「陽先輩、明里先輩の打突、いきなり汚くなりましたね。」
優羽が言った。
「明里、2回、決められそうになると必死になっちゃうから。打突が汚くなるの…。私らは『明里のスイッチがキレた』って言ってる。」
陽が気まずそうに言った。
「また、キレちゃったのか。」
小崎が残念そうに、それでいて少しイライラしたように言った。
「先生、試合時間の残りは?」
陽が尋ねた。
「23秒。」
小崎がストップウォッチをみながら言った。
(明里、持ちこたえて!)
陽が心の中で叫んだ。小崎がカウントを言い始めた。
「6、5、4、3、2、い…。」
「面!」
梓が面を打ったと同時に試合時間終了のホイッスルが鳴った。
「面あり!引き分け!」
「陽、思いっきりいけ。」
小崎が陽に言った。
「はい!」
「赤、橘選手。」
「はい!」
「白、市村選手。」
「はい!」
「始め!」
「面!すね!」
梢が二段技を打ってきた。
「すね!すね!」
陽も打突を返した。試合は梢が圧倒的に有利だったが、陽もそれに耐えた。だが、やたら、接近戦になっていた。
「まさか、陽、引き分け狙ってるのかな…。」
明里と優羽は小崎をチラっと見たが、顔が明らかにひきつっており、キレかかってることがわかった。明里と優羽は慌てて叫んだ。
「陽先輩、ファイトです!」
「陽、1本決めるよ!」
陽は再び接近戦になった。明里と優羽が再び小崎をチラっと見たが、小崎の顔か怒りで満たされていた。小崎の綺麗な顔が怒りで満ちていると人の数倍の気迫があった。
「ヤバイよ…。」
明里が小声で言った瞬間、小崎が口を開いた。
「陽っ!ちゃんと試合しろぉっ!逃げんなっ!馬鹿たれがぁっ!」
小崎が怒鳴った。
「はい!」
陽がビビりながら返事をした。会場中が何事かと小崎を見た。相手チームの梓と夏美、監督の日下部真知子も小崎を見た。優羽は小崎の迫力にビビって明里の腕を握った。優羽は自分の試合で小崎にキレられるのを怖れた。陽は小崎の罵倒のせいか、格段に良い動きを見せるようになり、自分から積極的に攻めていた。
「残り20。」
小崎がストップウォッチを見ながら言った。
「すね!」
明里がすねを打った。
「面!」
ほぼ同時に梢が側面を打った。互いに、いい打突だったが決まらなかったところを梢が下がって面を打った。
「面!」
「面あり!」
試合時間終了のホイッスルがなった。
『やめ!1本勝ち!勝負あり!』
「はぁ…。」
小崎が小さくため息をついた。
「優羽ちゃん、ごめん…。」
陽が小声で言った。
「赤、原田選手。」
「はい!」
「白、山本選手。」
「はい!」
「始め!」
「すね!」
優羽がすねを打った。
「すねあり!2本目!」
「優羽は頼もしいねぇ。陽?」
小崎が言った。
「はい…。」
陽が縮こまりながら言った。
「すね!」
優羽がすねを打った。
「すねあり!勝負あり!」
「本当に頼もしいね。」
明里が陽に言った。
「お互いに礼!正面に礼!」
「優羽ちゃん、本当にありがとう。」
陽が優羽に言った。
「私にできることをしただけです。」
優羽が清々しげに言った。
「優羽ちゃん、すごかったね!2年生のしかも身長が160以上ある原田さんから2本もとるなんて。さすが!優羽ちゃん!」
実が抱きついた。
「実先輩…。」
優羽が実を見て泣き出した。
「えっ!?優羽ちゃん、どうしたの!?」
実が優羽の涙を見て驚き、あたふたし始めた。
「こ、小崎先生が…怖くて…。勝たなきゃ…、こ、殺されるって思って…。」
実が笑いながら優羽を更に抱きしめ、頭を撫でた。「先輩…。ここだけの話しですけど…。」
優羽が遠慮がちに小声で言った。
「ん?」
「私、体力ないので、さっさと試合を終わらせたかったんです。それに、代表者戦になったら私が出されるって予想してたんで。たぶん、梢先輩や梓先輩に勝てないと思ったんで。必死だったんです…。」
「それで2本勝ちできるんだから、すごいよ!しかも、キレた小崎目の前にして。」
実が言って、更に優羽を抱きしめた。優羽は嬉しそうに微笑んだ。
「でも、次の相手は私らだよ。」
実が言った。
「ぶっ潰します。」
優羽が言った。そして、陽と明里のもとに行った。
「小崎先生、怖かったねぇ。」
実が沙耶に言った。
「本当に。小崎先生の気迫すごかった。先生、絶対元ヤンだよ。」
「梢、梓、ごめんね。」
会場から出て、階段をのぼっている最中に夏美は梢と梓に泣きながら謝った。
「私、油断してた。本当にごめん。」
「なっちゃん。そんなことないよ。私こそ、2本とれなくてごめん。向こうの監督の先生に少しビビっちゃって。」
梢が言った。
「私もごめん。引き分けなんてね。」
梓が力なく微笑んだ。
「でも…、悔しいね…。」
梓が泣きながら言った。
「うん…。これから、頑張ろう。」
3人は階段の隅にしゃがみ、壊れたかのように泣き続けた。