prologue2
戸惑いながらも、凝視する僕に気がついたらしく、ドラゴンは頭に直接響くような声で笑った。
「フッ、っはははははははははッ…..我ヲ見ても其ノ姿勢…ククッ…。」
何が面白いのかは僕には全く分からないが、どうやら気分を害しているということではないらしい。僕の後ろには、真っ赤な山脈と、今まで沿って歩いてきた川が流れているだけで、このドラゴンを撒ける手段もなければ、道も存在しない。というか、僕自身の足がこのドラゴンよりも速いかと言われれば、そんなわけはないのだから、辺りを見回しても意味はない。しかし、それでもやってしまうのが、人間というものである。
「ナニを、見廻シているのダ…..我が貴殿を襲ウ訳もナカロウ….」
逡巡の探索が丸分かりだったらしく、ドラゴンに指摘される。どうやら、僕は隠し事が出来る種類の人間ではないらしい。だが、何故かは分からないが、ドラゴンに敵意は無いらしく、襲うつもりもないようだ。
「襲うか、襲わないかは、僕には分かりません。ですが、一つお聞きしたいことがあります。一体ここはどこなのでしょうか。」
風貌からも、このドラゴンがこの土地について何も知らないということは無いだろう。さらに、本人直々に襲わないと明言してくれているのだから、右も左も分からないこの状況を打破したい。情報一つで打破出来る筈も無いが、少しでも自分自身への手がかりが欲しい。
「ココは、紅蓮島….。火の生マれた場所。精霊と龍の住ム島。」
「すいません、少し質問の仕方が悪かったです。そういった意味ではなく、この惑星の話を聞きたかったのですが、ご存知でしょうか。」
恐らく、ドラゴンが答えたのは今僕が立っている土地の名前で、この世界全体の話ではない。最初に意識を取り戻した時に視界に入った湖の先には、こことは違った水色をした山脈が薄らと広がっていたので、火の連想はあまりできない。
「ヒト種ハ、このセカイをアースと呼んでイル。」
アース。英語で地球という意味で被るが、何か関係があるのだろうか。
「なるほど、ありがとうございます。」
「ソンナことはドウデモ良い、ダガ…..。」
僕が、頭を下げる。正直、直接に意味があることは聞かなかったが、それはそれだ。知らない名前で解説されても、また知らないことが増えてしまうだけなので、今は土地の名前くらいで十分だ。それに僕を見てヒト種と言ったのだから、このアースという世界の中には恐らく人間、もしくはそれに近い種が存在するということだろう。
そんなことを考えていると、ドラゴンが話を不気味に区切った。
「貴殿にハ、トンデモラウ。」
「……え?」
つい反射的に、ドラゴンの顔に焦点を合わせてしまう。ドラゴンの声自体が全方向から脳に直接話しかけられているような感じなので、ドラゴンの顔に焦点を合わせることに意味はない。しかし、今回に限っては、その行為は正解だった。
ドラゴンは口を大きく開け、その中に真紅の渦を作成していた。
一度テレビでみたことのある、黒点のような、不思議な黒赤である。黒点自体、周囲の炎やプロミネンスやコロナよりも温度が低いはずだが、どちらにしろ、熱いでは済まない。
それをドラゴンは作成しながら、こちらを見て微動すらしない。
「貴殿ハ、ココカラ始マルノダ。茨歩ムカ貴殿が茨二なるかは神ノミ知ル。」
目の前で展開されている事象が理解できない。僕を襲う気は無かったんじゃないのか!?
体が縛られているかのように、動くことができない。ふざけるな。こんな意味も分からず僕は死ななきゃいけないのか!?
「ふざッ…けるな….ッ!」
僕は死なない。死ねない。記憶もなく、走馬灯も流れない中で何か死ねるか。せめて僕の記憶を全て取り戻させてからにしてくれ。自分の名前も知らずに、自分が何をしたかったのか、知りたかったのか、どんなものが好きで、そして嫌いだったか、何一つ知らずに死ぬことなんて、許容できるかッ…!
「ホウ…話セルトハ…ヤハリ、貴殿ハ…..。」
ドラゴンは感心したかのようにわずかに顔を上下に揺らした。だが、今の僕にはそんな小さな関心なんていらない。それなら、その口の中に溜めているものを削除してくれ。
僕の意思に反して、ドラゴンの口内にあった赤黒い炎球は、育っていく。そして、それは今や僕一人を包み込むには十分すぎる大きさにまでなっていった。
炎球の成長が終わり、後は放つだけだとでも言いたそうに、ドラゴンはその巨大な両翼を天に向けて大きく広げた。
「ふ….ふざけるなああああああああああああああああああああああああああッッ!」
ドラゴンの、炎球を吐き出す音が聞こえると同時に、僕は横に飛んだ。
しかし、間に合わなかった。
熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いッ….
肉と骨が焼けていく音を聞いた。脳みそが沸騰して、骨すらも一本一本が端からゆっくりと溶けていく音がする。髪が燃え、爪が溶け、瞳が蒸発していく。
「デハ….再度会合スル時を待トウ…ソレではまたイズレ……」
僕が意識を失う前に、聞いたドラゴンの声はそれが最後だった。
そして、僕の自分の記憶と存在を探す物語の歯車が回り始めたのだ。
「……我ラガ王ヨ。」
その言葉を聞き落として。