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4 2012/10/30
『転職情報誌』もそんな作品のひとつだった。
転職とは、ひどく今日的なテーマだと梅人は思う。と同時に普遍的なテーマでもある。
なぜ転職するのか、したいと思うのか。
この問いは、なぜ結婚または離婚するのか、したいのかという問いにそのままスライドすることができる。
この不況で、結婚して家庭に入りたいと考える女性が増えている、と梅人は聞く。
この不況でも、転職を希望する冒険野郎が多いと聞く。
梅人自身、派遣に落ち着くまでは、何度も転職を経験している。派遣に落ち着くというのも妙だが、派遣が彼の受け皿になっていることは、たしかだ。
派遣がなかったら今ごろ、彼は転職王になっていたかもしれない。この際、梅人の話はどうでもいい。
『転職情報誌』は、とある夫婦の物語だ。
ある休日に旦那さんが雑誌を読んでいるのを、奥さんが見つける。それは転職情報誌だった。
奥さんは不安になる。「あのヒト、会社を辞めるつもりかしら……」
不安はもっともだ、と梅人は頷く。
あくまで私見だが、フリーペーパーや買っても二束三文の情報誌に、まともな仕事の口があるとは、とうてい思えない。
それでも旦那さんがそんなものを読んでいるとしたら、かなり切羽詰まっていると受けとられても仕方がない。
妻の独白。あたしは、あのヒトが今の仕事を続けると思って、結婚したのに……。
「おいおい、ヒドイなあ」梅人はにやり、とする。
夫を仕事人形と捉える妻の姿勢、梅人は大好きだ。聞けばこの夫婦は、見合い結婚だという。
見合い……見合いかあ、と梅人は呟く。彼の感覚からすると、見合いは前時代的なものに思える。
だが実際のところ、どうなのだろう。
数年前から婚活という言葉もよく聞くようになった。見合いとは制度か、儀式か、それともビジネスか。
夫となるべき相手を、その経済状況で選んでなにが悪い。悪くない、それに、たとえ恋愛中でも相手の懐はちゃんと見ているものだ。
じゃあ見合いは、結局、出会いの場を未婚のふたりに与えているだけか。
世の中はシビアだ。結婚のきっかけやチャンスだって、そうそう落ちているものではない。
なればこそ見合いや結婚はビジネスになるのか、と梅人は膝を打つ。だが、金を払ってまで結婚したがる意味が、彼にはよくわからない。
*
『きまっているじゃない、そんなの、幸せになるためよ』
突然頭に浮かんだその言葉に、ミカは自分で驚いた。
『あたし、誰にしゃべっているんだろう?』
ミカは思考を整理する。そう、夫のタツヤのことだった。
なんだって急に、転職情報誌なんかを読みだしたのか。夫の真意を知りたかったが、なんとなく聞きづらかった。
そんな矢先の夜、タツヤがミカの身体を求めてきた。ふたりにはまだ子どもがなく、にもかかわらず、夜の生活は稀にしかなかった。
久しぶりに夫の裸体を見てミカは唖然とした。あきらかに、いつものタツヤと様子が違う。
いつもなら夫は部屋を暗くして、後ろからミカを抱き寄せてくるはずだった。
それが今は、全裸でミカに正対している。明かりは点いたままだ。
『こ、怖っ……』
ミカは内心で叫んだ。目の前の男は、本当に自分の夫だろうか。昼間の転職情報誌といい、少しずつ、夫のことが信じられなくなった。