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2 2012/10/15


 八〇年代後半から九〇年代初頭にかけて、いわゆるドツボ系の物語が流行った。

『世にも奇妙な物語』や『笑ゥせえるすまん』などがそれだ。

 主人公はたいてい、なんらかの悩みや不満を抱えていて、そこへ風変わりな案内人があらわれる。

 案内人は、主人公を不思議なやすらぎの世界へと導く。ネタ振り完了、だ。

 案内人は直接手を下さず、たいてい、主人公が己の欲望や耽溺を制御しきれなくなって、自滅する。

 誰もが一度は見たことのある、王道パターンだろう。

 ネット小説を読んでいて、梅人は、ひさしぶりにそんなベタな作品に出くわした。

『時計仕掛けのレモン』という作品だった。どこかで聞いたようなタイトルだが、まあいいだろう。

 主人公メインは四大卒のOLユキ。総合職らしく、夜も遅くまで残業している。

 ユキは、この仕事漬けの毎日に不満を抱いている。かといって、この不況下で、転職する勇気も自信もない。

 あきらかに二〇〇〇年代以降の寒い状況を背景にしているが、ここから、心温まるハートフル・ドツボ・ストーリーが展開する。


     *


 ユキは自宅の最寄り駅につくと、はあ、と溜め息を吐いた。

 今日も終電だった。いったい、いつまで、こんな日が続くのだろう。それを考えると憂うつだった。

 ユキは歩き出す。気分は落ち込んでいても、身体は前へ進めなくては。一刻も早く自宅で風呂に浸かりたかった。

 ふとユキは、左腕にしていたはずの腕時計がなくなっていることに気づいた。


     *


「ベタだなあ」と梅人はニヤニヤする。

 それからユキは、深夜まで営業している不思議な時計店にいざなわれる。腕時計がないのだから、仕方ないっしょ、的なノリだ。

 時計店の店主は不思議な少年で、レモンを齧っている。少年とユキの面白くもないやりとりがあって、結局、ユキは少年から時間を購入する。

 時間を買うという発想は新しい、と梅人は、そこだけは評価した。

 ユキは常人がもてる二四時間以上の付加時間を手に入れる。この付加時間で疲れを癒したり、余暇を愉しんだりと、彼女の生活は良いほうへ向かう。

 ところが、だ。

 ある日ユキは異変に気づく。考えられないほどに老化してしまった自分の身に気づくのだ。

「ああ、なんてこと! 時間が増えて喜んでいたけど、結局これってアタシの人生の時間だったんだわ。他人ひとより長い時間を使ったから、こんなにも老けて……」

 ユキは走った。あの時計店へと。

「返して、アタシの時間を返して!」


     *


「なんでやねん」と梅人は思わずつっこんだ。

 時間を返してって、おかしいだろう。時間を買ったのはユキなのだから、お金を返して、が正しいはずだ。この取り引きが不当であればの話だが。

 もともとユキのものである人生時間を、少年がそれと教えずに売ったのだから、たしかに、ちょっと詐欺っぽくはある。

 すべて元どおりにしますので追加料金を、というのであれば、少年はなかなか商売上手だ。

 ユキは走る。ものすごい形相で。髪、ばっさばさで。


     *


 あの奇妙な時計店の明かりが見えたとき、ユキは安堵した。どうか、ふたたびあの不思議な少年と話ができますように。

 店のドアを開けると、かつて少年が立っていたカウンターに、一人の男がいた。男はレモンを齧っていた。

 雷撃のようなインスピレーションがユキに走った。まさか、まさか……。

「あ、あなた、もしかして」

「お久しぶりです」

 ユキは震えた。目の前の男が、まさか、あの少年の成長した姿だというのか。

「ねえ、これ、どういうことなの。アタシこんなに老けちゃって……」

「人は誰でも老けます。ボクだって、ほら」

 男はおどけて見せる。ユキがにじり寄る。

「どういうこと。アタシが買った時間は、なんだったの」

「あれは、ボクの時間です」

「えっ」

「ボクの人生時間、それを切り売りしたから、ボクは老けてしまった。あなたも、余計に生きた分だけ歳をとった。そういうことです」

 ユキはいきり立った。

「冗談じゃない、元に戻して」

「おや、どうして」

「どうしてって、アタシまだ二四なのよ。それがこんな、おばさんに」

「充分お美しいですよ」

「なにをいってるの? 元に戻して」

 しゃくっ、とレモンを齧る男。

「タダとはいきません」

「なにを犠牲にしてもいいわ。お願いよ」

 ユキは涙目になる。上からいえる立場ではない。男にすがるしかなかった。

「ボクと寝てください」

「えっ」

「あなたを抱きたい」

 愕然とするユキ。

「あなた、子どもで……」

 目の前の男は、子どもではない。まさか、そのために成長したというのか。

「あなたねえ、アタシはこんな、おばさんなのよ?」

「おばさんが好きなんです」

 ユキは驚愕した。自分がこうなったのも、すべて、少年のシナリオだったというのか。

 全身から力が抜けた。断る道などあろうはずもない。このままでいいのか、といわれたらお終いだ。

「……わかったわよ。好きにしたら」

 ユキの口調は投げやりだった。男はレモンを宙へ放ると、手許へ落下してきたところで再びキャッチした。

「ことが済んだら記憶は消してさしあげます。こうみえて案外、紳士なんですよ」


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