Tinkle*Snow
*1*
その日も私は、いつものように会社から帰ってすぐ、ベッドの上に横になっていた。
一日分の疲れがどっと背中にのしかかり、「もう何もできない」と目を閉じる。
すると聞こえてくるネコの声。私はうっすらと目を開け、辺りを見回した。
身体の上で大きな目をしたネコのユキが「お腹が空いたよう」と言うように鳴いている。
「あ、ごめん」
私はそう言い、ゆっくり立ち上がって、机の上にあるキャットフードをお皿に乗せてあげた。それをユキは嬉しそうにほおばる。私はその光景を静かに眺め、かわいいな、と思った。
「ねぇ、ユキ…。私また会社で怒られちゃったよ…」
私はそんなユキを見ながら、通じるわけないと思いつつもそう溢す。するとユキは言葉が通じたのか食べるのをやめ、「にゃぁ〜…」と私の足に頭をくっつけた。
その仕草がまたかわいいと思い、私はユキの頭を撫でた。手からふわふわなネコの毛の感触が伝わる。少しくすぐったかったけど、なんだか暖かかった。
「じゃ、そろそろ寝よっか」
私は壁に掛かった時計を見てからそう言い、ユキを子供のようにベッドの上に持ち上げた。こうして見ると本当にかわいい。
私はそのまま抱いて寝てしまおうと思ったけど、パジャマに着替えていないことに気づき、ユキに「ちょっと待ってね」と言ってベッドを離れた。
次の日。気がつくと私はベッドの上で横になっていた。
眠い目を凝らして時計を見ると時刻は12時を指していた。
どうやら前日の疲れで私は十三時間も寝てしまったようだ。今日が休みじゃなかったら最悪な目覚めだったであろう。
「ユキ?ユキちゃーん?」
私はいつもの癖で身体を起こすとすぐにその名前を呼んだ。しかし「にゃーん」と言う元気な声が返ってこない。いつもならば元気な鳴き声と共に私のところへ駆け寄ってくるはずなのに。私は急に不安になって大きな声で言った。
「あれ?ユキ?ねぇ、寝てるの?」
ベッドの下、本棚の裏、台所、いたるところを探したがユキの姿はない。
「ユキ?隠れてないで返事して。いるんでしょ?」
私は更にユキのいそうにないところまで探してみた。お風呂、クローゼット、冷蔵庫の中までも。それでもユキは姿を見せない。
玄関からでた、とも考えたがあんなに分厚いドアをユキが開けられるはずはないと気づいた。なら一体どこへいったのだろう…。
「ユキちゃん…?どこいっちゃったのぉ?」
私の声は悲しく部屋に響いた。
部屋中を探して、一時間が経過した。私は結局ユキを見つけることができず、暗い気分でベッドに戻った。ベッドの横にある窓からは私の気持ちとは裏腹に春の気持ちのよい風が吹き込んでくる。私はその風が妙に鬱陶しく感じて、勢いよく窓を閉めてから、ベッドの上に倒れるように横になった。
「ユキちゃん…ユキちゃん…」
私の目には不意に涙が溢れる。今まであんなにかわいがっていたのに…。
私は悲しさでもう動くことができなかった。
*2*
12月24日。この日私は家の近くにあるスーパーで買い物をしていた。周りの人間にとって何かと特別なクリスマスなのだろうけど恋人もいない私には何の関係もなく、いつも通りに夕食の食材をかごに放り込んだ。
全ての食材をかごに入れた私は、クリスマスケーキの売り場を素通りし、レジで会計を済ませて店から出た。
そのときだった。私の足元を何かが横切った。私は驚き、辺りを見回すと、店の中の文具コーナーの棚の向こうに白い陰が見えた。
どうしても気になった私は走ってその棚の向こうまで駆け寄った。するとそこには白くて大きな目をしたネコがパンを銜えて座っていた。その姿はなんともかわいらしく、私はしゃがんで頭を撫でた。
「そこの泥棒ネコ!今すぐ出て行け」
不意に後ろから声がした。驚いて振り返るとそこには店員らしき男が腕を組んでいる。
「ん?あなたはそのネコの飼い主ですか?」
その男はいかにも不満だというような目で私にそう言ってきた。ここで違いますと言ったらこのネコは外に放り出されてしまうのかな…。
帚考えた私はネコを抱えてこう言った。
「そうです。ごめんなさい、ちょっと目を離したすきに…。このパンいくらですか?」
「まったく…本当に気をつけてくださいよ?あと、そのパンはもういいです。売
れ残りですから…」
男は投げやりにそう言ってその場を立ち去っていった。私はパンにかじりついているネコの顔を見て「あなた、よかったわね、パンもらえて」と言ってすぐに店をでた。
外は思った以上に寒く、ネコもぶるぶると震えていた。それを見て私は首に巻いていたマフラーでネコの身体を包んだ。するとネコは嬉しそうに「みゃぁー」と言って笑った。
「わぁ、ネコさんだぁ。かわいい〜」
その声とほぼ同時に足元から、今度はゆったりした人間の声が聞こえてきた。
私が足元を見るとそこには五歳くらいの女の子が私を見上げて立っていた。
「ほら、かわいいでしょう?」
私はしゃがんで女の子にネコを見せてあげた。私はすっかり飼い主になってネコのかわいさを自慢した。
そして数分後、女の子の親らしい女性が店の中から出てきた。綺麗な人だ。
私はもっとネコの自慢をしていたかったが、仕方ないので女の子に「じゃあね」と言って立ち上がった。
「すいません、うちの子が…」
店の入り口近くで女の子の親がそう言った。その親の手には大きなケーキの入った袋が握られている。それを見て私は子供の頃のクリスマスを思い出し、微笑んだ。
…そういえば、ネコはケーキを食べるのだろうか。ケーキを持った親子の帰っていく姿を見ていたら急に恋しくなって私の頭にそんな疑問が浮かんだ。
「ねぇ、ネコってケーキ食べれるの?」
私は気になって聞いてみたが当然「にゃあ」しか返事は返ってこない。
だけど…、このコもいるんだし、普通より豪華なクリスマスを過ごそうかなと思い、ケーキを買いに行った。
「じゃあ、ケーキ買ってくるけどもう絶対にどこにもいっちゃだめだよ?」
そうは言ったものの、心配だった私はすぐにケーキを買って、再びネコを抱き上げた。ネコはどこにも動かないで静かに待っててくれていた。偉い、えらい。
私はネコの頭を撫でてから、家に向かって歩き出した。
外は更に冷え、ネコの吐く息も白く曇っている。
「寒いね、大丈夫?ネコちゃん」
私はネコをぎゅっと抱き、そう言って少し早く歩いた。
やがて、家の近くの住宅街に入ると、急に頬に何か冷たいものが当たった。
雪だ。空から雪が降ってきた。ホワイトクリスマス。
私はなんだか楽しくなって「雪だよ。すごいね」と何度も言いながら小走りで家に進んだ。
そして十分後、私たちはようやく私の住む六階建てのマンションに着いた。肩が溶けた雪で少し濡れたのに気づき、急に寒くなった私は急いでマンションに入り、二階に駆け上がった。
部屋のドアを開けると、暖かい空気が漏れてきた。ネコは私の手から床に飛び降りて、嬉しそうに部屋の奥へ走っていき、私よりも先にソファに横になった。私はゆったりとしたネコの表情を羨ましそうに眺めてから、夕食の準備を開始した。
「ねぇ、ネコってグラタン食べる?…ってわからないよね」
私はそんな独り言を言いながら、すぐに食事を完成させた。我ながらいい出来だ。とってもおいしそう。私はそれを机の上に運び、小さく「いただきます」を言ってフォークを手に取った。すると、机の下で匂いに誘われたネコが私に近寄って来て言った。
「わたしもたべたいよ」
実際には「みゃー」と鳴いただけなのだろうケド私の耳にはそう聞こえてきたので、私はネコを持ち上げて目の前のイスに座らせてあげた。するとネコは前足と頭がちょこんと机の上に出た姿になってなんともかわいい。私はネコの頭を撫でて、十分に冷ましたグラタンを一口食べさせてみた。
「ふにゃっ」
そう言って最初は少し嫌がったけど、段々食べれるものとわかってきたのか嬉しそうに食べ始めた。結局私はネコに、作った料理の半分以上を食べられてしまった。
「よく食べるわねー、あなた…。よっぽどお腹が空いていたのね」
私はそう言ってネコの頭を撫でてから台所へ向かった。ケーキがあることを思い出したのだ。
「おいしそう。見て、ホラ」
ケーキを箱から出して、二人分に切り分けて私はネコに言った。ネコはそれがわかったのか嬉しそうに「にゃん」と言って、台所へやってきて私がケーキをお皿に乗せ終わるのを、しっかりと待っていた。私は感心してネコの目の前にケーキを置いてあげた。
ネコはすぐに嬉しそうにそれを食べ始めた。
「ねぇ、ネコちゃん。そういえば名前決めてなかったよね、どうしよっか」
私は机に置いたケーキを食べながらそう聞いた。するとネコはケーキを食べるのをやめ、「みゃ?」と首をかしげた。その口の周りには白いクリームがたくさんついていた。
「雪…」
私は急にそんな言葉が出てきた。ネコの白い毛と、口の周りのクリームが雪に見えたのだ。そして何より雪の降る日に出逢ったネコと私。雪はこのネコにぴったりだった。
「じゃあ、今日からお前はユキちゃんだ。よろしくね、ユキちゃん」
私はそう言ってユキちゃんの頭を撫でて、口を拭いてやった。
外には雪が積もり始めている。
*3*
窓。ユキちゃんは窓から逃げたんだ。
それに気づいたのは思い出から目覚めて数時間後のことだった。
なぜ今まで気づかなかったのだろうか。私は昨日、確かに窓が閉まっているのを確認した。しかし今日は窓が開いている。それに、ユキでも空けられるくらいの重さだ。
そんな単純なことだったんだ。
そうとわかると涙も自然と少なくなった私は、早速着替えて、外に出てみた。
マンションの入り口から見える二階にある私の部屋の窓からは、丁度下の階の日さしを伝って下に降りれる丁度いいネコサイズの道があるのがわかる。どうやらユキはここを通ったらしい。
またユキに逢えるんだと思ったら私は少しわくわくしてきて、急いでユキの行きそうなところに歩みを進めた。
まず最初に、私とユキの出逢ったスーパーへ行った。
私は胸をドキドキさせて店中を探した。初めに出逢った文房具の棚の裏、ユキの好きそうなパンの売り場。様々な場所を探し回った。しかし、結局ユキちゃんは姿をみせない。
私はがっかりして外にでたが、このままでは仕様がないと考え、次に探そうと思っていた公園に向かった。
文月公園。私とユキが休みの日に何度か行ったことのある公園だ。ユキちゃんはそこでいつもお気に入りの、入り口から数えて3つ目のベンチで昼寝をする。なぜかそこがお気に入りらしく、そのベンチに誰かがいると、酷く悲しそうな目をして、私の元へやってきたことがしばしばある。私はこの前も小学生に頭を下げて渋々どいてもらった記憶がある。
そこで私は公園に着くとすぐにそのベンチの前へと走った。
しかし、そのベンチの上にはユキの姿はなかった。私は落ち込んで帰ろうかとも考えたが、一応他の場所も見ようと公園中のベンチを見て回った。
公園は思ったより広く、数えてみるとベンチの数は32もあった。私はその隅々を探したがユキは姿を見せない。やはりいないのだろうか…。
気がつくと私は3番目のベンチに腰掛けていた。ユキちゃん…。頭の中ではずっとその言葉がループしている。私は一瞬倒れそうになった。それを何とか押さえ、もう一度ベンチを探そう、と立ち上がったその瞬間。足元にくすぐったい何かを感じた。
「ユキ?ユキちゃん!?」
私は思わず叫んでしまった。しかし足元にいたのはユキの白い毛とはまったく違う黒い野良ネコだった。
私は足の力が抜けてばたんとベンチに倒れた。
見つかるはずないか…。
私は既に諦めかけている。家に帰ろうとも考えた。しかしどうにも覚悟ができず、足が動いてくれない。
私はしばらくそのままベンチに横たわったままだった。
「ママぁ?そこにいるのぉ?」
そんな声がベンチの後ろから聞こえてきたのはそれから数分も経っていないときだった。
さっき確かに大きな声で「ユキちゃん」と言ってしまったがユキがしゃべるはずはない。
瞬時にそう考えて、私は倒れた身体を何とか起こして後ろを見ると、視界に見覚えのある少女と白いネコが写ってきた。
「ユキちゃん!」
私はまた叫んでしまって、女の子を驚かせてしまった。私は「ごめん、ごめんね」と言って女の子に近づいて、ネコを見るためにかがんだ。やっぱりユキだ。間違いない。首輪は付いてないけどこのおっきな目と白いふわふわの毛でユキだとわかる。
私は思わず涙がでそうになったが女の子の前なのでなんとか我慢して言った。
「ねぇ、あなた。このコどこにいた?」
言い終わった後にふと気が付いたが、この女の子はクリスマスにユキを自慢したあの子だ。きっと。
「そこのベンチに座ってたんだよぉ。可愛かったからお散歩してたの」
そう聞いて私の考えは確信へと変わる。この子のゆったりとした可愛らしい口調で判断がついたのだ。
「ねぇ、このネコさん、お姉さんの……」
女の子は私を見上げてそう言いかけたが、私の顔を見てクリスマスのことを思い出したらしく「あのときのネコちゃんかぁ!」と可愛らしく驚いた。私はそれを見てかわいいと重い、頭を撫でた。
どうやら私は可愛いものは何でも撫でてしまうのが癖のようだ。
それから私たちはベンチに座って空を眺めた。春の青い空が穏やかに流れている。
「このネコちゃんの名前ってユキちゃんって言うんですか?」
女の子はそんな穏やかな雲の動きにも飽きたらしく、突然そんなことを聞いてきた。私だと気づいたからか、なぜか敬語で。
「うん、そうだよ。ホラ、あの日雪降ったじゃない?だからユキちゃん」
私は敬語じゃなくていいよ、という意味を込めて優しい口調で言った。すると女の子も元のゆったりした口調で言う。
「そうなんだぁ。私もユキって名前なんだよぉ。舞浜雪っていうんだ、グーゼン?だよねぇ」
雪ちゃんはニコッと笑って、ユキを見た。小さな手がユキを撫でている。かわいい。
「へぇ、確かに偶然だね、雪ちゃん。それもまたここで合うなんて…」
私は雪ちゃんの頭を撫でて言った。ネコのように小さくてかわいい。ずっと触っていたいと思うくらいに。
しかしそうするわけにもいかないので手を下ろして膝の上に置いた。
「ねぇ、そういえばママはどこにいるの?」
私はふと思い出したので、聞いてみた。さっき確か「ママそこにいるの?」と言っていたはずだ。もしかしたら迷子なのかと私は心配して、雪ちゃんを見つめる。
「あ、あのねぇ…。はぐれちゃった…」
急に悲しそうな目になって言ったので私は「大丈夫だよ、私がいるから」と言って、抱いていあげた。すると雪ちゃんは「ありがとう」と言って笑った。私は少し安心する。
「じゃあ、ママ探そっか」
ユキを見つけてくれた子だ、絶対に助けてあげなきゃ。胸の中でそう言って気合を入れた私は、立ち上がって辺りを歩き始めた。
池を一周、それから丘に登り辺りを見回し、ベンチを回った。しかし、いずれの場所にも雪ちゃんの母の姿はなく、時間だけが過ぎていく。
私はなんとしても探し出したい、という気持ちがあったので雪ちゃんたちをベンチに残してもう一度公園中を一周した。池、丘、滑り台、ブランコ。さっき探していなかった入り口も見てみたが、やはり雪ちゃんの母の姿はない。最後に私は二人のいるベンチの裏にあるさっき雪ちゃんがいた桜の木々の中を端から見て回ったが、結局、散歩に来ていたおばあさんしかいなかった。
「ごめん…」
私はベンチに座る雪ちゃんにそう言って隣に座った。ユキもなんだか悲しそうだ。
「ねぇ、お家どこ?私、そこまで送っていくよ」
私は今できることを精一杯考えて、そう言った。しかし、雪ちゃんは下を向いたまま俯いている。
「ごめん…、それじゃ、ママ、可哀相だよね…」
私の声は雪ちゃんに届くか心配なくらいか細くなっている。
私はどうにか安心させてあげようと雪ちゃんを抱いた。すると雪ちゃんは急に「あっ…」と言って、前を見上げた。目線の先には走っているユキが見える。私は驚いて、言った。
「こら、ユキっ。勝手にどこか行っちゃ駄目でしょ」
そんな私の声も無視して走り続けるユキは桜の木の陰に入っていった。
私と雪ちゃんはそれを追いかけた。
ユキは意外と足が速く、なかなか追いつかなかったが、木と木の間にある小さな道の前でいきなり止まったので何とか追いついた。
「にゃーん、にゃぁーん」
ユキちゃんは、池の方向を見て鳴いている。
その声が、聞いたことないくらいの大きな声だったので、何があったのかと思い、慌ててユキの示す方向を見ると、白いワンピースの女の人がゆっくり歩いていた。
「ママ!」
今度は私の隣で雪ちゃんが叫んだ。どうやらユキは雪ちゃんのママを見つけてくれたようだ。
すごい…。
感心していると雪ちゃんのお母さんが走ってこちらにやってきた。子供がいるとは思えないくらい美しい人だ。このお母さんなら雪ちゃんが生まれるのも想像がつく。
「雪!どこにいたのよぉ!」
お母さんはそう言ってさっき私がしたように雪ちゃんをぎゅっと抱いた。目にはうっすらと涙を浮かべている。お母さんも相当探したのだろう。
「あの、ありがとうございます…。ホント、何かお礼を…」
お母さんは涙をハンカチで拭きながら私にそう言ってきた。でも私はお礼を貰うつもりはなかった。なにしろユキを見つけてくれたのだから。
「あ、お礼なんていいですよ、雪ちゃんからもう貰いましたから…」
お母さんは「ん?」と、よくわからないという顔をしている。
私はその顔を見て続けた。
「今日、うちのネコがいなくなっちゃって、雪ちゃんに見つけてもらったんです。だからもう十分。というかこっちがお礼したいです」
私は二人を見て微笑んでから、ユキのところへ行きユキを抱き上げた。ユキは目を細めて「みゃあ」と笑った。私は頭を撫でて、また二人に近づいて言った。
「じゃあ、帰りましょう。もう夕方になっちゃったし」
「そうですね、本当にありがとうございました」
お母さんは立ち上がって言った。
「えー、まだネコちゃんといたいよぉ」
雪ちゃんは口を尖がらせて、私の足にしがみついた。私は「また今度にしよう?」と雪ちゃんを宥めたが「嫌だよぉ」と言ってその場に座り込んでしまった。
「ごめんなさい、うちの子ったら…。 雪?お姉さんがまた今度って言ってるんだから我慢できるよね?」
お母さんは慌ててそう言ったが、雪ちゃんは私の足を両手でしっかりつかんで離れようとしない。私はどうしようもなくなって母さんにこう言った。
「…雪ちゃん、かわいそうですから、やっぱりもうちょっとここにいませんか?」
お母さんは申し訳なさそうに「すいません、ありがとうございます」と言った。
それから私はユキを雪ちゃんに預けて、ベンチに座ってお母さんと色々な会話を交わした。
「そういえば、名前まだ聞いてませんでしたよね?私は島原沙希です」
私はそう言って、改めて頭を下げた。雪ちゃんのお母さんはそれを受けて頭を下げこう言った。
「えっと、舞浜雪の母の舞浜華です」
それから華さんと私は、クリスマスの日、私と合ったことや、雪ちゃんとユキの名前のこと、年齢のこと、とにかくたくさんのことを話した。
日はすっかり傾き、辺りは夕日で赤く染まっていた。
*4*
「雪ー?そろそろほんとに帰んなきゃパパ帰ってきちゃうよ」
華さんは花を摘んでユキに渡している雪ちゃんにそう言って、立ち上がった。
「はぁーい」
今度の雪ちゃんは素直ですぐに華さんのもとへ走ってきた。ユキも花を銜えてこっちにやってきた。どっちのゆきちゃんも偉い。
私はユキを抱いて、華さんたちと公園の出口に向かった。
「じゃあ、沙希さん、今日は本当にありがとう。また、雪ちゃんと遊んであげて下さいね」
公園を出たところで華さんは私を見て、そう言った。
「はい、もちろんです。というかこちらこそありがとうございました。 雪ちゃんもありがとう。また遊ぼうね」
私は笑顔で答えて、最後に雪ちゃんが「お姉さん、またねぇ」と言った。そして私たちは背中を向けて歩き出した。
ユキは今日の冒険が疲れたようで口に花を銜えたまま、既に寝ている。
家に帰ってきた私は、寝ているユキの頭をそっと撫でた。
手には少しくすぐったいけど暖かい感触が伝わってきた。