第9話 とても重要な問題(1)
リオは息も絶え絶えで、なんとか工房へと戻ると、テーブルに備え付けてある椅子にまるで真っ白に燃え尽きたかのように座り込む。
その脇では、『良い汗かきました』と言いながら汗を軽く拭い、顔を洗ってから朝食の準備に入っていくイクミがいた。
イクミとしては早朝ランニングが出来て少しスッキリした様子である。
疲れきっていたリオに、イクミの手伝いをする気力は、髪の毛の先ほども残っていなかった。
リオが聞いたこともない音楽をハミングしながら、クラウンチキンの卵を二つほど、片手で割って少し底が深めで大きめの器に中身を入れていく。
卵をよくかき混ぜると、シュガルコーンというトウモロコシに似た植物から作られる粉末状の甘味料を大さじ二杯ほど入れて、よくかき混ぜる。
そこに、昨日の朝も使用したパンを少し厚めに切って、今の甘くしたとき卵の中に沈めていく。
ヒタヒタに卵を吸ったパンを、熱々に熱したフライパンの上に投入すると、なんとも言えない甘くて香ばしい香りが、工房内を満たしていく。
イクミの世界でいうところの『フレンチトースト』を再現していたのである。
甘い香りに誘われて二階からシャロンが、相変わらず着崩した寝間着のまま、ヨタヨタと降りて来た。
「なんだかとても良い香りだなぁ~。 まだ眠いのに思わず降りてきてしまったよ」
「……」
いつもなら『先生! ちゃんと服を着て下さい!』と、リオが朝の挨拶代わりのように一喝してくるところだが、今日は随分と静かである。
椅子の上で灰になっているリオを見つけたシャロンは、リオを指さしてイクミに問いかける。
「ここにある。 コレは? どうしたのだ?」
イクミは少し手を止めて、シャロンの指さす方を見やると、真っ白になっているリオを見つけて『クスッ』と笑みを溢した。
シャロンが頭に【?】を浮かべながら『お~い。 生きてるか~?』と言って、リオの頬を指先でツンツン突いていると、イクミが早朝ランニングした旨を話した。
それを聞いたシャロンは、ニヤニヤと笑みを浮かべながらリオを、いつも通りに冷やかす。
「イクミちゃんは元気なのに、リオちゃんは元気無いでしゅね~。 男の子なのにねぇ~」
「……今は、ちょっと……反論する元気も……ツッコむ元気もないです……」
そんなリオの反応を見て、シャロンはつまらなそうに欠伸をすると、台所の様子が見える席に着席した。
「本当にイクミさんは、料理が上手だな。 これは何と言う料理なんだ?」
「これは私の世界で”フレンチトースト”という料理です。 少しお菓子のような料理ですね。 甘くておいしいですよ。 あと”イクミさん”じゃなくて”イクミ”で結構ですよ。 シャロンさん」
「ん? そうか? それでは私もシャロンと呼び捨てで構わないぞ」
イクミは、シャロンの返答にニコリと笑顔を返すと、少し首を横に振って答える。
「いえ……私は”さん”付けの方が呼びやすいので、今までのまま”シャロンさん”と呼ばせて頂きます。」
「そうか? まぁ~好きに呼んでくれ」
会話をしながらも、手際良く料理を進めていたイクミは、シャロンとの会話が終わると時を同じくして朝食を完成させる。
それらをテーブルに配置して行くと、シャロンとイクミの前には”ホーンブルミルク”から作ったバターをのせた『フレンチトースト』と『サラダ』、『ホットミルク』を並べ、リオの前にはコップに注がれた透明だが少し黄色がかった飲み物が用意されていた。
「リオさん、この飲み物は『私の世界で疲労に効く』飲み物です。 こちらの世界でも同じように効くのか分かりませんが、疲れた時には少し酸味がある飲み物が良いと思って用意してみました」
イクミが用意した飲み物とは、柑橘系の果物を絞った絞り汁に、甘味料を少量溶かした物だった。
リオがあまりに疲れた所為か、少し震える手で飲み物を取ると、チビっと舌先で舐めるように口に少し含む。
「美味しい……」
そうリオは呟くと、一気にコップの中身を喉に流し込んだ。
一息ついた様子のリオに、イクミが告げる。
「無理に食べる必要はありませんけど、良かったら食べてみてください」
イクミがリオの分の朝食を、リオの前に用意していく。
先ほどのシャロンとイクミの前に用意した物と同じものだ。
リオは、それらを見た後、笑顔を浮かべてイクミにお礼を言い、ナイフとフォークでフレンチトーストを切り分けて一切れ頬張る。
同様にシャロンも一口頬張って驚愕の表情を浮かべる。
「甘い! 美味しい! 最高だぞ! おい、イクミ! 毎日作ってくれ!」
「先生。 それはどうかと思いますけど、たしかに凄く美味しいです!」
そんな二人の反応に『クスッ』と笑顔になると、自らも朝食を進めていく。
イクミの想像以上に”フレンチトースト”が好評で、二人は”あ”っと言う間に平らげてしまった。
「美味かった! ごちそうさん!」
「ごちそうさまでした!」
「おそまつ様でした」
二人の様子に満足したイクミは笑顔を浮かべると、朝食の片付けに入っていく。
それを見たリオは、片付けは自分がするから、イクミは休んでいるように促した。
リオとしては御馳走してもらったのだから、片付けは当然と考えているようだった。
ニヤニヤしながら見ていたシャロンは、以前行っていたやり取りを逆の立場でやっている二人を見て、『似た物同士だな』などと考えていた。
朝食の片づけも済み、一息ついたところでシャロンが本日の予定を公表しだした。
少し厳かな雰囲気を醸し出しているシャロンが口を開く。
「今日は、重要な仕事がある……。 これは我々の今後の生活に大きく関わる重要な問題だ」
シャロンから発せられる”プレッシャー”を感じたリオは『ゴクッ』と喉を鳴らし、イクミも唯毎ではない雰囲気に戸惑いを隠せない様子である。
シャロンがテーブルに両手を叩きつけるように勢いよく立ちあがり、椅子を跳ね飛ばす。
拳を握りしめて、瞳に炎を灯すと、大声で二人に宣言した。
「今日は風呂を作る!」
その一言に、リオとイクミは一気に気が抜けてズッコけるのであった。