第7話 魔力カンテラ
買い物と町の案内を終えたリオ達は途中で昼食を取った後、工房に戻ると扉の前で籠を持ったティルが泣きそうな顔をしながら待っていた。
「やっと帰って来たぁ! リオ~色々あって忘れてたんだけど、自由研究の提出日明日までなんだよぉ~!」
「え! そうだったっけ? ちょっと待ってて! 荷物置いてくるから!」
シャロンとイクミが、ティルに挨拶をしつつ工房の中に入っていく。
リオも一度、工房に入って持っていた籠を猫足ソファの脇に置くと、ティルと話をする為に工房の外に再度出て来た。
思い出してみるとティルが掛け込んで来た時から四日後が提出期限、準備に二日、そして今日の買い出し……たしかに明日が提出期限である。
買い物を終えて帰ってきたとはいえ、まだ日は頂点を迎えたばかりで、何かをする時間は十分にあった。
「ティル……どうしても今日中に課題をやらなきゃダメかな?」
「どうしても!」
「僕、今日は女子の買い物に付き合って満身創痍なんだけど……今日じゃないとダメ?」
「今日じゃないとダメ!」
リオはメガネを外すと眉間を揉むようにしながら考えを纏める。
そして『断るのはティルが可哀想』という結論に至ってしまう辺り、リオは面倒見が良いというより”お人好し”と言われてしまう由縁である。
「自習室は予約入れてあるの?」
その言葉を聞いたティルは、パッと笑顔に変わると一気にテンションが上がったのか大きな声で答える。
「昨日あの後、担任教師に『次の日も使う!』って言ってきたぜ!」
「それじゃあ、この前準備した物は一式持ってきた?」
「当然! この籠の中に入ってる!」
ティルは手に持っていた籠を広げて見せてくる。
リオが中身を確認すると、たしかに実験に必要な道具は一式揃っているようだ。
籠の中に見覚えのある物を発見して手に取ってみる。
「コレは……」
「あぁ~……自習室にあった物は全部、この籠に入れておいたんだ」
リオが手に取ったのは、あの”何かの羽根だった物”だった。
何故”だった物”かと言うと”何かの羽根”は形状こそ変わらないものの、真っ白だったその羽根は、今は真っ黒にその色を変えてしまっていた。
再度、ティルにここで待っているように告げると、リオは”真っ黒になった何かの羽根”を持って工房に入っていく。
シャロンに”羽根”を見せる為だ。
「先生、これが例の”何かの羽根”です」
「! これか!?」
「はい。 ただ……僕が見つけた時とは色が変わってしまっています。 最初に見つけた時は純白でした」
シャロンはメガネを掛け直すいつもの癖を出しながら、考え込んでいる。
「ということは”何かの羽根”は、イクミさんを呼び出した時に、その力を発揮し、その為に色が変わってしまったと考えるのが妥当だな」
「はい。 僕もそう思います」
「魔力を失って、色が変化したか……いや、結論を急ぐことは無いな……リオ、この”羽根”預からせてもらって良いか?」
「はい。 僕は、中断していたティルの課題を、これから片付けに学園まで行ってきます」
リオが学園に行くということを聞いたシャロンは、何か思い付いたのか一つリオに提案する。
「学園の中に入るんだったら、イクミさんも連れて行ってやったらどうだ? 部外者入園許可は一つ出ているなら増員を受け付けに言えば簡単に発行できるだろう?」
「私も魔術学園の中が見られるんですか!? 是非、見たいです!」
イクミは、お祈りするように手を握ると目を輝かせながらリオにお願いする。
その姿を見たリオは内心で『可愛い……可愛い……』と連発しつつ、ガクガクと無言で頷くのであった。
イクミを連れたリオはティルに伴われて王立魔術学園に到着した。
受付でティルが自習室の使用と、部外者入園許可の増員の手配をしている。
少し時間が掛かりそうなので、リオはイクミに学園内の簡単な説明をすることにした。
「今、僕達がいるのは学園のエントランスです。 他にも外に出る為の昇降口がいくつかありますが、学園の関係者ではない僕達は、基本的にこちらのエントランスを経由して中に入ることになります。 ティルがいるのが学園の受付で学園の中の人と、連絡を取りたい時は、受付の人にお願いすると呼び出してくれます。 部外者入園許可も受付で発行してくれます。 今回は僕の分とイクミさんの分は、ティルが受付で用意してくれるので大丈夫です」
「なるほど……それにしてもキレイな学校ですね……まるでお伽噺に出てくるお城みたいです」
イクミが感嘆の声を上げるのも無理は無い。
イクミの世界でいうところの高級ホテルのように、床は一面黒い大理石のような石を切り出したタイルで敷き詰められていて、壁は床と同様の石で出来ているが、床とは違い白を基調とした物が使われている。
天井も高く、大きなシャンデリアが掛けられていて沢山の蝋燭が使用されている。
現在は昼間の為、火は灯されていないが代わりに大きなステンドグラスから差しこむ色とりどりの光がエントランスを明るく彩っている。
「ここのエントランスですから、外部からの人を招くためにも多少他に比べたら豪華に出来てるんだと思います。 中に入るとここまで綺麗じゃないですよ」
「それでも、やっぱりコレは凄いです。 こういうの女の子の憧れですよ!」
受付を終えたティルが部外者入室許可証を二人分持って戻ってきた。
それをリオとイクミは受け取ると首から下げて、学園内へと進む。
途中、普段ティルが勉強している教室や、手入れの行き届いた中庭、攻撃魔術練習場、運動場、体育館を見て回り、最後に食堂ホールに差しかかった。
「ここの食堂は普段は食堂としてや全学年集会とかの時に使うけど、学園祭とか催し物がある時はダンスパーティの会場にもなるんだぜ!」
「そういえば、学園のダンスパーティって来月でしたね。 もう季節も『色葉』から『白葉』に変わる頃ですし」
「この世界は季節があるのですか?」
「イクミのところも季節があるのか? この辺りは『彩花』『深緑』『色葉』『白葉』って四つに季節が分かれてるんだぜ!」
「ティル、イクミさんを呼び捨てですか? 少し補足しますと『彩花』は植物が花で彩られる繁栄の季節、『深緑』は木々が碧く色づき生命力に溢れる季節、『色葉』は木々が彩りを変えて農作物等が実りを迎える季節、『白葉』は木々の葉が落ちかわりに雪が木々を白く彩る季節、となっています」
イクミを呼び捨てにしたティルをリオは少し睨む。
「リオさんも私をイクミと読んで下さい。 一緒に住むのですから遠慮は無用です。 私のいた世界と季節の特色はあまり違いが無いようですね。 私の所では『春』『夏』『秋』『冬』と呼ばれていましたけど……」
「イクミさんの世界と色々類似してる点が多いですね……単位のこともあるし、後で先生と色々確認してみましょうか。 えぇ……と、イクミさんを呼び捨てにですか……そしたら、僕のこともリオと読んで下さい」
「私は呼び捨てというのが苦手で……そうですね、私は『リオ君』と呼ばせて下さい! ティルさんも『ティル君』で良いですか?」
「リオ君ですか!? なんだか照れくさいですけど……良いですよ」
「俺は全然構わないぜ!」
リオは頬を赤らめ頬を指先でポリポリで掻きつつ恥ずかしそうに、ティルは本当に気にしていない様子で答えた。
学園内の主要な施設の見学が一通り終了し、三人は自習室に向かった。
昨日使用した時と同じ自習室で、ティルが描いた魔方陣もそのまま残されていた。
あの後、この部屋を使った物がいないということだ。
「昨日の魔方陣が残ったままだね。 ティル、一応書き直してもらって良いかな?」
「そうだな! 任せておけ! 教科書通りならお手のもんだぜ!」
ティルは床に石灰で書かれた魔方陣を束子でキレイに消して行くと、再度キレイな魔方陣を描いた。
その様子を見ていたイクミが感嘆の声を漏らす。
「ティル君、そんな複雑な物をそんな綺麗に描くなんて凄いです!」
普段、誉められ慣れていないティルは嬉しそうに顔を赤らめると少し調子に乗って応えた。
「へへっ! お、俺に掛かればこんなの朝飯前だぜ!」
「実際は昼飯の後ですけどね」
リオからの冷静なボケのような突っ込みに、イクミがクスクスと笑いを溢した。
冷やかされたティルは、少しムスっとして作業を先に進める。
「リオ! カンテラの準備は出来てるのか!? 昨日の拍子でエーテルが零れたりしてないよな!?」
「ティルじゃあるまいし、大丈夫だよ。 ほら、既に確認済みです」
リオはティルにカンテラを手渡すと、完璧に作業をしていたリオ出鼻をくじかれたティルは少し悔しそうに魔方陣の中心へカンテラを置いて陣の外に出る。
「じゃあ、詠唱始めるぞ! 二人とも魔方陣から離れろよ? 昨日みたいのは困るからな!?」
すっかり機嫌を損ねてしまったティルは、シッシッと手で出るように指示すると、目を瞑って意識を集中する。
しっかりと戸締りのされた部屋には、外から風が入ってくることは無い。
しかし、ティルの髪の毛は真下から弱い風に吹き上げられるように、ユラユラと揺れ始めていた。
ティルが言葉を紡ぎだす。
「炎神よ……我、ここに汝に願う。 我が魔力を対価として、汝の力の発現を。 火属性付与!」
ティルが詠唱を終えると魔方陣が中心から赤く輝きだし、魔方陣から赤い光柱が天井まで伸びる。
しばらくすると光が天井から徐々に弱まっていき、最終的には魔方陣の中にカンテラが残るのみとなった。
ティルが魔方陣の中に入り、カンテラを手に取ると、中に充填したエーテル溶液が無職透明から薄く赤味がかった色に変化していた。
それを何時の間にか、隣まで近寄っていたリオが確認すると、ティルに向かって小さく頷いた。
ティルがリオに頷き返し、カンテラに向かって自身の魔力を流し込んでみる。
すると……カンテラ内に小さな火が灯った。
ティルがリオに向かって涙目になった笑顔を向けると、リオも嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
どちらが言うでもなく、お互い息がピッタリ合ったタイミングでハイタッチを交わす。
自習室内に二人のハイタッチの音と、イクミの小さな拍手の音が響くのであった。