第5話 城下町案内(1)
歓迎パーティーの夜が明けて、気持ちの良い空気を含んだ朝がやってきた。
階下から聞こえる音に、リオは起こされる形で目を覚ますと一度伸びをして、枕元に用意してあった服に着替え、愛用のメガネを掛けて部屋を出た。
リオが一階まで降りると先ほどの音は台所からしているようだ。
台所では先に起きていたイクミが朝食の支度をしていた。
二階から人が降りてくる音を感じていたイクミが、作業を一時中断して振り返り挨拶をする。
「あ! リオさん、おはようございます。 とても気持ちの良い朝ですね」
「おはようございます。 イクミさん、朝早いですね」
リオが挨拶をしながらイクミが作業していた台所に目を移すと、既に朝食の準備がされていた。
この地域で酪農されている鳥類のクラウンチキンが、ほぼ毎日産み落とす卵を使用した目玉焼きと、角が特徴的なホーンブルのベーコン。
近くの森で採取される木イチゴを使ったジャムと、こんがり焼けたトースト。
飲み物はメスのホーンブルから取れる牛乳を温めたホットミルクである。
「早起きは”元の世界”からの癖なんです。 あ! 勝手に台所を使わせて頂いて申し訳ありません。 手持ち無沙汰でしたので朝食を用意させて頂きました。 水は汲み置きのようでしたので、念の為使用せず作れる物にしました。 なのでサラダが用意出来てないのですが……」
「台所は自由に使ってもらって結構ですよ。 サラダですか……一緒に井戸まで野菜を洗いに行きましょうか。 僕は汲み置きの水を入れ替えますんで、イクミさんは使用する野菜を持って来てください。 井戸は割と近いので朝食が冷めることも無いでしょうし」
リオとイクミは桶と野菜を持って井戸まで一緒に出かけることになった。
道中、会話がないことに少し落ち着かない気持ちになったリオは、このレナス城下町の簡単な説明をすることにした。
ここレナス城下町は中心にレナス城を配置し、十字に大きな通りが走っている構成になっている。
その十字のメインストリートには、八百屋や肉屋などの食品店、雑貨等の日用品店、武器防具の商店が中心に立ち並んでいる。
東西南北に大よそ分かれていた。
北側には神聖魔法学院を中心に据えて主に住宅街が集中している。
南側には王立魔術学園を中心に配置し、職人の住宅兼工房が多く見受けられる。
東側は、大きな川に面していることもあり農場や酪農家が多い傾向である。
西側は、練兵場が中心にあり、レナス王国の正門が配置され、旅人や貿易商を主要客として生計を立てている宿屋や駐馬所、商店が特に多く立ち並んでいる。
「ということは、錬金工房は城の南側ということですか?」
「はい。 レナス城下町は直径十五キロメートル、住民は五万人程の都市ですので、全てを見て回るには少し時間が必要ですね。 でも、メインストリートと少しの職人工房だけでも覚えて貰えれば生活するのに困ることはありません」
イクミは今のリオの説明の中に自分が”元いた世界”で使用していた単位が出た事で驚愕した。
リオに再度確認する。
「リオさん、先ほどレナス城下町は十五キロメートルと仰いましたが、どの位の大きさですか?」
「あぁ……すいません、え~…っと…・」
何かを探すように辺りを見回したリオは、少し考え込んだ後、手をイクミの目線まで持ち上げると人差し指を見せた。
「大体、この指の長さが十センチメートルです。 これの十倍が一メートル、一メートルの千倍が一キロメートルです。 ですので人差し指の十五万倍ですね。 単位が大きくなりすぎて今一分かりにくいかもしれませんが……ちなみにセンチの十分の一がミリメートルになっています」
今の説明で確信を得たイクミは、具体的な質問を返した。
「もしかして、重さの単位は……ミリグラム、グラム、キログラム……ですか?」
「はい。 ん……? 僕、重さの単位がグラムって説明しましたっけ?」
「……私の”元いた世界”でも基本的に使用されていた単位が、長さはメートル、重さはグラム、時間は時分秒という単位を使用していました」
リオはイクミの話しで二つの事に驚いていた。
一つは二つの異なる世界で使用されている同一の単位基準について、そしてもう一つは時間の単位についてである。
「イクミさんの世界では”時間”をどこまで正確に把握しているんですか?」
「私のいた世界では太陽が巡る時間、つまり一日を二十四時間として、一時間が六十分、一分が六十秒、一分の六十分の一が一秒という形で時間を管理しています。 一般の人は秒までの管理は曖昧ですけどね」
今のイクミの話を聞いたリオは目を爛々と輝かせて、イクミに今の自分の感動を説明しだした。
「素晴らしい!素晴らしいですね! ”僕達の世界”では時間は朝、午前、午後、夕方、夜、真夜中、夜明け、くらいで判断しています。 城の前の広場に大きな日時計があるんですが、それを見ないと時間が分からないですし、一般の人が時間を細かく把握しているなんてイクミさんの世界は素晴らし過ぎます!」
「そうですね。 私が生まれるより以前からある、先人達の知恵ですね」
「日時計に何か変わる物……僕にも何か作れないかな……あ! ここを曲がった所に井戸があります! 早く済ませて朝ごはんにしましょう!」
リオは井戸から水を汲み上げるとイクミが持ってきた野菜の入った桶に水を溜めていく。
イクミは野菜を丁寧に水洗いすると桶の水を捨てて戻る支度をする。
リオは自分が持ってきたイクミが持っている物より少し大き目の桶に水を溜めていた。
「リオさん、こちらは大丈夫です」
「こちらも準備出来ました。 帰りましょう」
帰りはイクミを先頭にして道の確認をしながら戻ることにした。
工房まで戻る途中で、朝早くから開け始めた店の店主に挨拶をしながら帰ったのだが、リオは女の子と歩いている事が珍しい為、冷やかされるばかりであった。
イクミはというと、少し頬を朱らめつつもニコヤカに笑顔と挨拶を返していた。
ちなみに井戸からの道順はというとバッチリであった。
イクミは基本的に、興味のあることは一度で覚えてしまう特技があった。
工房に着いて扉を開けると、扉についている鈴が音を鳴らし、住人の帰りを歓迎する。
工房では、いつの間に起きて来たシャロンが寝間着を着崩し片方の肩と胸の谷間を覗かせながら、寝癖もそのままで眠そうにトーストを齧っていた。
「おかえり~。 どこ行ってたんだ? 朝食冷めちゃうだろ~。 朝からデートですか? 若いですねぇ~」
「----っ! デートじゃないです! 井戸まで野菜を洗いに行ってたんですよ!」
「おはようございます。 シャロンさん、まだ寝むそうですね」
リオは真っ赤になって反論するが、イクミは慣れたのか普通に挨拶を返していた。
洗ってきた野菜を手早く盛り合わせてサラダを作り、ホットミルクを再度沸かして入れ直すとテーブルに着席する。
「リオさん、早く食べましょう? シャロンさんの言うとおり、食事が少し冷めてしまいしたけど……」
「そうだぞリオ~。 朝食は一日の活力だ~。 しっかり食べて今日も頑張ろう~」
「先生……朝食の前に顔洗って目を覚ました方が良いんじゃないですか? 先生だけまだ半分、朝を迎えられてない感じですけど?」
リオが席に着くと、やっと朝食がスタートした。(若干一名、半分寝てる上にフライングしているが)
冷めてしまったとはいえ、イクミが作った料理の味は美味しかった。
朝食らしく味は薄めで少し甘くしてあり、食べる側を配慮した構成になっていた。
「そしたら、今日は朝食を食べたらイクミさんの普段着や日用品の買い出しをしつつ、町の主要な場所の案内をしようと思います。 先生、今日は一日付き合ってくださいね!」
「うぇ~い」
シャロンの返事が力無く響くのであった。