第4話 歓迎パーティーの夜
異世界の少女イクミが新たな同居者となったその夜、ささやかながら歓迎パーティーが行われることとなった。
シャロンは家事全般の適正は高いのだが、ズボラで大雑把な性格が災いして、錬金術の研究以外での活動は娯楽を除いて面倒臭がる傾向にあり、こういった支度については全てリオが取り行っていた。
その為、リオの家事スキルの向上は素晴らしい物があり、前菜からデザートまで幅広い分野の料理を的確且つ効率的に作成していくことが出来るのだ。
その背景には、正確な工程に沿って頭と身体を同時に動かす必要がある料理等の家事という行為自体が、錬金術の スキル向上に大いに貢献することを見越したシャロンの思惑があるのだが、リオは気付いていない。
料理におけるアレンジという行為は、錬金術における応用や工夫、開発にとても役立つ思考を育てるのである。
リオが歓迎パーティーの準備をしている間、シャロンとイクミが何をしているのかというと、イクミの服を見繕っていた。
さすがにリオのローブをいつまでも裸のまま被っている訳にはいかないからだ。
工房の奥から階段を下りてくる音がリオの許に届いてくる。
リオはすでに一通りの仕込みを終えて、手を布巾で拭いながら音の方へと視線を移すと、色んな意味で硬まった。
そこには、白いブラウスに空色のロングスカートを合わせ、足元には少し高さのあるヒールを履いたイクミが立っていた。
この少女の為に設えたかのように、全てサイズがピッタリであった。
リオはイクミがそんな少女らしい格好で降りてくるとは考えていなかった、というのもシャロンの普段の格好といえば、胸元がガバッと空いたシャツに、ジャケットを羽織ってタイトスカートを着た上で、真っ白なローブを羽織っているような女性だからだ。
背丈もイクミとシャロンでは、十五センチ位の差がある為、着ることは出来ないだろうと思い。
おそらくリオの男物の服を着てくるだろうと考えていた。
そんな予想を裏切った事もあるが、何より予想以上に”可愛い”かった。
イクミは顔を朱くしながらスカートを抓んで居場所なさげにモジモジしていた。
リオにはイクミしか目に入っていなかったが、イクミの隣からシャロンがニヤニヤしながら告げる。
「リオ、女の子がお洒落して目の前にいるんだぞ? 男として何か一言ないのか?」
それを聞いたリオは、硬直がとかれた代わりに顔を徐々に朱く変えながら何も無い空中に目を泳がせて、しどろもどろと言った状態だった。
イクミもリオを上目遣いで見やり、リオに感想を聞く。
「ど、どう……かな?」
リオは完全にイクミの可愛さにやっつけられていた。
顔を真っ赤にさせたリオは社交辞令などではなく、完全に本心から言葉を発していた。
「可愛い……です!」
それを聞いたイクミは、顔を上げるとパッと輝くような笑顔(実際、リオの視点ではこれでもか!というくらいに、キラキラとしたエフェクトが掛かって見えていた)でリオにお礼を返した。
「ありがとうございます! こんな可愛い服、初めて着たので緊張します……」
口元に手を当てて目を伏せ、頬を朱く染めて恥ずかしがるイクミを見たリオは完全にノックアウトされていた。
「ぼ、僕! ティルを呼んできます!」
リオは扉を跳ね開けると外へと飛び出して行った。
もちろん扉の鈴は大きく音を鳴らせるが、今回はギリギリ落ちずに済んだようだ。
そんな様子を隣で見ていたシャロンは……
(二人とも可愛いなぁ……しばらくこれで飽きずに済みそうだ……)
とヤラシイ事を考えながらヤラシイ顔をしていた。
しばらくするとリオがティルを連れて戻って来た。
リオはイクミを見ると顔を少し朱くするが、外の風に当たったこともあって少し冷静に対応できるようになったようだ。
リオがティルにイクミの紹介を始める。
「この子がイクミ=タチバナさん、今日の実験中に現れた子だよ」
イクミは一礼して笑顔をティルに向ける。
もちろんティルも思春期真っ盛りの少年である。
結果についてはリオと同じように顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながら自己紹介するという、既視感のある光景を再度見せる事になるのだった。
関係者の紹介も済んだところで、シャロンの開始の合図で歓迎パーティーが始まる。
「今日からこの工房に住むことになったイクミの歓迎パーティーを開始する! 全員グラスを持て!」
全員、シャロンがいつの間にか用意したグラスを片手に持ち合図を待つ。
「イクミ! この世界にも早く慣れて貰って、私とリオは君を元の世界に返せるように努力していく! 長い付き合いになるだろうから、これから宜しくな! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」
シャロンの合図に合わせてグラスの中身を一気に煽る少年少女達、そこにシャロンの悪意が注がれていることも気付かずに……
リオとティルが思いっきり口に含んだ液体を噴き出す。
「先生! これお酒じゃないですか!?」
「お酒は二十歳になってからだぜ!?」
「このお酒おいしいですね。 それにしても”コチラの世界”でもお酒は二十歳になってから、なんですね~」
少年達は揃ってツッコミを入れ、それを凌駕する天然ぶりと酒への耐性を見せつけた少女が、自分の国の法律との共通点に顔を綻ばせていた。
それらを見ていたシャロンは、カラカラと笑いながらグラスを飲み干す。
「まぁ~まぁ~……今日はパーティーなんだし、食前酒って事で! 良いじゃないか」
「「良くない!」」
「でもコレ美味しいですよ?」
開始早々の騒ぎも収まり、思い思いに食事に手が伸びる。
フォークやナイフ、スプーンを使用し、リオが作った料理をそれぞれ一口づつ頬張ると……
「美味しいです!」
「美味い!」
「リオ、また腕を上げたな! 先生として鼻が高いぞ!」
「先生は錬金術の先生じゃないですか、料理じゃなくて錬金術の上達で鼻を高くして下さいよ……」
こうして歓迎パーティーは大盛り上がりで終了し、リオはティルを自宅まで送り、工房へ戻ると片づけをしているイクミとシャロンがいた。
シャロンが家事をやっていることにも大きく驚いたが、何より今回のパーティーの主役であるイクミが片づけをしていることに驚いていた。
「イクミさん! 今日はイクミさんは主役なんですから、片づけは僕達でやりますから! 飲み物でも飲んでゆっくりしていて下さい」
「そういう訳にもいきません。 ご馳走になったのですから、これくらいはしないとバチが当たってしまいます」
「でも……」
「大丈夫ですリオさん。 こう見えても私、家事は得意なんです!」
どこか有無を言わせぬイクミの迫力にリオは押されてしまい。 結局手伝ってもらうことになった。
得意というだけあり、イクミの手際は素晴らしく、家事に慣れているリオも驚くほどの手際で、次々と洗い物が片づいていく。
三人で片づけ作業をしたことで、普段では考えられない程早く片づいてしまった。
「よし、片づけも終わったな! そしたら、身体を拭いて寝ようか。 明日はイクミに町を案内するんだろ? 早く休んだ方が良い」
「そうですね。 僕は身体を拭くお湯を用意してきます」
「身体を拭く? お風呂は無いのですか?」
イクミが自分の国での習慣について簡単な説明をする。
リオはイクミの説明に耳だけ傾けながらお湯の準備をする。
「私の国では”お風呂”と言って、お湯を満たした大きな桶に身体ごと浸かる習慣があります。 こちらの世界ではそういった習慣は無いのですか?」
「一応有るには有るが、そういう物は貴族や裕福な商家の家くらいだな、こういった一般家庭には普通は無い。 イクミは元の世界では貴族だったのか? 言葉使いも丁寧だし、肌も驚くほどキレイだしな」
「たしかにイクミさんの物腰や言葉使いは貴族のように丁寧ですね」
「私は貴族という訳ではありません、この話し方は私の癖のような物ですね。 私の国ではお風呂は一般的に普及していて殆どの各家庭で使用されています」
「随分と裕福な国なのだな。 一般家庭が貴族と同等の生活をしているとは……」
「お風呂は美容と健康に良いのですよ? 女性の方達にはとくにお勧めです」
「詳しく教えてくれ!」
有無を言わせぬ雰囲気でシャロンが乗り出して説明を乞う。
イクミは気押されながらもお風呂の美容効果について説明をすると、シャロンはメガネを掛け直し『ブツブツ……』言いながら、二階にある自分の部屋に引っ込んでしまった。
リオは程良い温度に温まったお湯と身体を拭く布巾をイクミへ渡す。
部屋の角にカーテンで仕切りが作れるようになっていて、そこで身体を拭くように説明をすると、リオはイクミのベッドメイクの為に二階へ上がって行った。
イクミは仕切りの中に入ると、服を脱いで身体を拭き始める。
身体を拭き終わり、服を着て仕切りを作っていたカーテンを開けると、その音を聞いてのか、リオが二階から声を掛ける。
「イクミさん。 終わったら二階に上がってきて貰えますか? 部屋にご案内します」
「はい。 今終わったので行きます」
イクミが階段を上って行くと最上段にリオが腰かけていた。
イクミが登ってくるのが見えると立ちあがり、イクミを背にして歩き出した。
「イクミさん、ここの部屋を使って下さい」
リオが案内した部屋は、明かりこそ無かったが8畳程の部屋に収納が付いているキレイな部屋だった。
「少し狭いかもしれませんが、元々客室用だった物です。 最近は先生が服を収納する為だけに使用していたのですが、掃除は定期的に行っていますので、気兼ねなく使ってください」
「リオさん、ありがとうございます」
「明日は町をご案内しますので、今日はゆっくり休んで下さい。 部屋の明かりについても明日、町を案内しながら買うことにしましょう」
「何から何まで、ありがとうございます」
「いえいえ、それではまた明日。 おやすみなさい」
「はい。 おやすみなさい、リオさん」
リオは扉を閉めると、各所の戸締りを確認し、身体を拭いて眠りについた。
イクミは元いた世界の習慣から、まだ時間的に眠れず闇の中天井を見つめて、これからのことを考えていた。
(私はこれからココで新たな生活を始める……
アニメや小説で読んだ魔法や錬金術のあるファンタジー世界
まだ文字を見て無いけど、言葉が通じるなら何とかなる
リオさん、シャロンさん、ティルさんか……
悪い人達じゃなさそう。
まずは”この世界”に慣れないと……
いつまでもお世話になる訳にもいかないだろうし……
”元の世界”か……私、戻りたいのかな?
元の世界にも帰りたいけど、同じくらい帰りたくない。
私を誰も知らないこの世界なら、私は”私”をやり直せる。
私は普通に生きていける……)
イクミは訪れる眠気に誘われるままに眠りの中へと落ちていった。