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第38話 刻限

「一体何があったんだ!?」

 

 左腕に負った傷を抑えながら、ユリアを伴ってアクセルがティル達に歩み寄る。一人で二人の人間を同時に相手をするというのは、常人ではかなり難しいと言えるだろう。それでも、あの長時間の間、凌いでいたというのは脅威的なことだ。この二人の冒険者が、修羅場を何度も潜ってきたことを意味している。

 ティルは意識を失ってしまったリオを抱きかかえながら、リオの右手に『シャロン特性傷薬』を塗っていた。”フライファングの実”を盾として使用した時の傷だ。衝撃を受けた方向に対して、指向性を持った爆発を起こすとは言え、何かが飛び出すということは、その反対側にも反動として衝撃が返ってくるのだ。それを素手で受け止めるなど、無謀極まりないことだった。

 

「ちょっと……ね。リオがキレちゃっただけだぜ」

「だけだぜ……って」

「先ほどの私達を助けてくれた攻撃は何だったんですか?」

 

 顔を覆う布の一部が裂けて、そのキレイな顔が少しだけ露わになっているユリアが、訝しげに問いかける。その”見えない攻撃”は近くにいたティルにさえ良く分からない物なのだ。説明を求められても説明のしようがないのが現状だ。ティルは、とりあえず見ていて分かることだけ説明することにした。

 

「俺もよく分からないんだ。こんなに近くにいても……。俺が斬られて、リオの目つきが変わったかと思ったら、こうなってた訳だぜ」

「斬られた? どこを!?」

 

 ティルの言葉にユリアが驚いた表情を浮かべて、ティルに問いかける。当のティルはと言うと、まだ傷口は痛むが、それも『シャロン特性傷薬』のお陰で痛みも大分和らいでいた為、そこに発生した温度差に苦笑いが零れていた。

 

「リオがくれた『傷薬』で大分良くなったよ。二人も怪我してるんだし、使った方が良いよ」

 

 リオの右手の処置を終えて、すでに蓋をしていた小瓶をユリアに手渡した。ユリアは手渡された小瓶に目を見張る。通常、傷薬と言えば緑色をした、あきらかに植物を練り潰して作成しました。と言わんばかりの見た目なのだ。しかし、今ティルが手渡した小瓶は、橙色の透明で粘性を持った液体だった。ユリアが恐る恐る蓋を取って匂いを嗅いでいる。おそらく、見た目が似ているハチミツを連想したのだろう。昔、ハチミツだと思って確認もせずに舐めてしまって、あまりの苦さに泣いた覚えがある。ユリアも傷薬特有の匂いを間近で嗅いで、苦い顔を浮かべているのが、避けた布の隙間から伺えた。

 不意にアクセルが大きな声を出した。

 

「そんなことは後で良い! ティルも斬られたし、俺も斬られた! リーダー格の男は両腕を失って、今にも死にそうだ。このままじゃ、リオが言ってた”盗賊に偽装してまで俺達を殺そうとした目的”が分からなくなっちまう! 町まで牛車で一時間だ。牛を飛ばせば、半分くらいで町に入れる! まずは、町に行くぞ! 話は向かいながらでも出来る!!」

 

 アクセルの言葉で、盗賊を討伐した後に訪れた安心感が一気に遠ざかっていった。そうだ、まだ安心できる状態になった訳ではない。リオも昏睡していて、その理由も明らかになっていないし、襲ってきた敵とは言え死に掛けた人間もいる。ティルは、何故こんなに落ち付いているのかと、焦りを覚えた。人と殺し合いをしたというのに、いつもとまるで変わらないかのように落ち付いているのだ。その理由は、すぐに判明した。ティルは、人を殺さずに済んだからだ。気付けば、今回の盗賊達全員を倒したのはリオだった。自分はというと、弱い魔術で脅しを掛けて、必殺の一撃は当たらず、リオを庇って斬られて寝てただけだった。この仲間達の中で、一番の攻撃力を持っている自分が、一番役に立っていなかったのだ。

 町へと戻る為、道中の速度とは比べ物にならない速度で駆けるホーンブル。その速度は、馬にも引けを取らないのでは無いかと言う程の速度だった。町に入ってしまえば、その後のことは考える必要がない。ユリアがホーンブルを全力で走らせているのだ。牛車の中には、止血も兼ねて毛布で簀巻(すま)きにされたリーダー格の男が転がされている。アクセルが、リーダー格の男に掴みかかって、何とか情報を引き出そうとしているが、リーダー格の男は口を割らない。すでに怪我を負って弱っているこの男をアクセルが攻めきれないのも原因だった。痛みによる苦痛を与えて聞くにも、それが原因で死んでしまいかねない程の重傷なのだ。

 牛車が土煙を上げながら城下町の城門に到着する。その様子をすでに伺っていた門番達が槍を構えて牛車を止めた。

 

「止まれ!! 何故そんなに急いでいる!?」

「途中で盗賊を名乗る者たちに襲われました。この道を一時間ほど行ったところに死体が六人分転がっています。盗賊のリーダー格と思われる者を捕えて来ました。しかし、重症の為このままだと何も聞き出せずに死んでしまいます。こちらの仲間には怪我人は居ますが死人は出ていません。コレが通行手形です」

 

 アクセルが早口で説明して、持っていた通行手形を門番に見せると、牛車の中を確認した門番が、慌てて許可を出してくれた。

 

「良いぞ! 早く通れ! 一応念の為、一人ついて行かせる! オイ、ついて行ってやれ! 普通に医者に連れて行くのは危険だから、冒険者ギルドに行くんだ。あそこなら盗賊捕縛用の牢屋もあるし、一通りの治療施設もある。そこに医者を連れてくるのが良いだろう」

「分かりました! ありがとうございます!」

 

 ユリアが門番が離れたことと、付添の門兵が牛車に乗り込んだことを確認すると、町中ということもあり、少し速度は落とし気味だが、それでも町中にしては少し早すぎる速度で、冒険者ギルドに向かった。

 冒険者ギルドの入り口に横づけで止めると、アクセルが一回の軽食屋に駆けこんで手伝いを募る。何人かの冒険者の手伝いを借りて、リオとリーダー格の男を牛車から降ろして、医務室へと運びこんだ。ティルやユリア、アクセルも一時的に医務室で、怪我の治療を受けることになった。

 すでに町の医者に対して応援要請が出ているらしく、リーダー格の男はなんとか死なずに済みそうだ。リオも精神的ストレスと、疲労による昏睡と診断されて、命に別条は無いらしい。アクセルの左腕は四人の中で一番の重傷だったが、骨や神経には異常が無さそうということで、全治一カ月程度と診断された。ティルの怪我はと言うと、斬られた場所が場所なだけに、ちょっとした騒ぎになったが、むしろリオが塗ってくれた『シャロン特性傷薬』の効果の方が騒ぎとしては大きかった。

『シャロン特性傷薬』を塗っていた患部の切り傷がすでに塞がり始めていたのだ。ユリアに到っては擦り傷程度しか負っていなかったとは言え、その患部に塗った薬のお陰か、すでに完治、少し大き目の傷でも瘡蓋(かさぶた)が出来ている状態にまで回復していた。

 当人のいない所で、シャロンの評価が昇り竜の如く上がっていた。

 

 治療を終えたティルは、リオの採取袋の中身を医者に見せていた。少し皺が入り白髪が混じった髪をしているが、まだまだ若い印象を受けるナイスミドルだ。ビグルスからの依頼では、町には”ポイズンビフロッグ用解毒薬”が無いと言うことだった。今回、討伐し採取してきた物を使用して、リオかシャロンに解毒薬を錬金術で作ってもらう予定だったが、工房には未だシャロンが戻っていなかった。リオも昏睡したままだ。取って来た材料を使って薬を作るには、医者が本来の方法で解毒薬を作る以外に方法が無かった。

 

「”ポイズンビフロッグの解毒薬”ですか……確かに先週末か今週の頭から、在庫が切れてますね。噂によると、どこかの貴族だか商人が纏め買いをして、もともと少なかった解毒薬を買い占めたという話です。必要になるのが明日までですか……すでに毒を受けて、もうすぐで五日……残りは二日もないですね」

「なんとかコレで解毒薬作ってくれよ! 依頼主の侍女死んじゃうぜ!」

「だがねぇ~……確かに私達医者でも”ポイズンビフロッグの解毒薬”は作れるけどね。錬金術師と違って一瞬という訳にはいかない。色々な工程を経て作るから、実際に使用出来るようにするには……急いでも三日はかかる。採取についても、急いでも三日。依頼主もそのことを医者から聞いたからこそ、錬金術師であるリオ君に依頼したのだろうからね」

「そんな……あんまりだぜ……」

 

 あまりに理不尽な状況にティルは、成すすべも無く膝を付いて涙を浮かべる。

 

「リオは……何時頃目を覚ますでしょうか……」

「それは彼次第だね。外からの衝撃を加えて起こしたとしても、疲労とストレスで昏睡している彼には、目を覚ました後、まともに動ける保証が無い……気休めにしかならいけど、今はゆっくり安静にさせてあげて、心を休めてあげることしか出来ないね……」

「……そうですか……」

 

 ティルは喉元まで出かかっていた『ヤブ医者』という叫びを必死で押さえこんだ。この医者はきっと優秀なんだろう。あの両腕を失った盗賊のリーダー格の命を救って見せたのだ。つまり、そんな腕を持っている医者でも、昏睡するリオを起こす手立てが無いと言っている。リオが自然に回復するしか手が無い。そう、ティルが思ったその時、医者が最後に言った一言がティルの脳裏に雷を走らせた。

『心を休める』確かに医者はこう言ったのだ。

 

(心の拠り所……心が休まる場所……工房? いや違うな……一緒にいて心が休まる人? シャロンさん……は、今いない……! そうだ! イクミ!! イクミは今どこにいるんだっけ? 工房は閉め切られていたし……そうだ! 俺の実家だ!!!)

 

 ティルはイキナリ立ちあがると、脇目も振らずに医務室を飛び出――そうとして、一度振り返って医者に一礼すると、今度こそ脇目も振らずに冒険者ギルドの外に飛び出して行った。


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