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第37話 色の無い瞳

 アクセルの脅しを切欠に、自称盗賊達は一気に殺到してきた。

 それに対して、ティルが基本中の基本で、一番弱いが一番早く発動出来る魔術で牽制する。小さな魔方陣が詠唱に応えていくつも発動し、三センチ程の火球が盗賊目掛けて放たれた。

 強力な魔術は、ティルの応用力では詠唱のみで発動することは出来ず、手書きによる魔方陣の手助けが必要だが、逆に基本であれば誰よりも上手くこなせるのがティルの真骨頂だ。他の人間が、ティルと同じように詠唱のみで同程度の速度で発動出来るかというと、速度的には四分の三程度にまで落ちるだろう。

 一つ一つの威力が小さいとは言え、火を怖がるのは人間も含めて動物の本能だ。一直線に向かっていた自称盗賊達は、慌てて急停止し火球を避けると、再度こちらに向き直る。

 

「魔術師がいるぞ! まずはアイツから仕留めるんだ!」

 

 先ほどまで真ん中に立っていた汚い髭の男は、やはりこの連中のリーダー格なのであろう。今の指示に従って、今までアクセルに向かっていた四人の内、二人がティルに方向を変えた。

 アクセルは同時に二人を相手にし、ユリアも同様に二人を相手にしている。どちらも、防戦気味だ。

 かなり後方にいたリオとティルには、ティルに二人が、リオには一人が迫って来ていた。

 ティルは、リオにも迫る盗賊三人に対して、先ほどの魔術を連射して牽制を続けている。盗賊達は必死に避けつつも、少しずつ確実に迫って来ていた。

 リオは、手元の道具袋から”イシフラシの貯石臓”を取り出すと盗賊達と、自分達の間に叩きつけた。飛び散る粘液と、石。飛び散った粘液が盗賊達に絡みつき、オマケ程度に跳ねた石によって、小さな傷を付けることも出来た。

 

「なんだ!? この水みたいなの! ネバネバして動きにくいぞ!! うぉおおお!!!」

 

 動きの緩慢になった盗賊に、ティルが放った火球が殺到する。

 粘液によって少し濡れてしまった服は燃えにくかったが、それぞれ三人を火傷させることは出来た。

 お互いの服を消し合う盗賊達を尻目に、魔方陣を書き始めるティル。

 リオは、道具袋から今度は”フライファングの実”を取り出すと、背中を向けていた盗賊の一人に投げつけた。”ポイズンビフロッグ”の頭部を粉々に吹き飛ばした威力を持つ爆弾である。特に柔らかい物に対して絶大な威力を発揮するソレは、盗賊の背中を抉り飛ばし、その吹き飛んだ血肉によって、ティルが付けた盗賊の残り二人の火が消えてしまう程だった。胴体だけを無くした体になった盗賊は、言うまでも無いが絶命した。

 それを見ていたリーダー格の男は、血相をかいていた。

 

「コイツら、どいつもかなりの実力者だ! そっちのガキどもを早く殺せ! そっちの残り二人で意地でも、そいつら殺してコッチの援護に――!」

 

 リーダー格の男が新たな指示を出そうとした瞬間、ティルが描いた魔方陣から直径三○センチ程の火球が現れた。それは耐熱性に優れた”ポイズンビフロッグ”にさえもダメージを与えた魔術である。

 ティルが杖を振りかざすと、火球はその膨大な熱量を放出させながら残りの盗賊二人に殺到した。盗賊の一人が、近くに落ちていた死んだ盗賊の頭部を拾い上げると火球に投げつける。火球は頭部とぶつかると着弾地点で大きな火柱を上げた。

 

「外された! マズイ次の魔術を――リオ! 危ない!」

 

 ティルが再度、小さな火球による牽制に戻そうとした時、ティルの目に映ったのは、身体がはじけ飛んで絶命した盗賊の亡骸を見つめて呆然とするリオの姿だった。そして、そこに殺到する盗賊。ティルは気付くと、リオの正面に躍り出て杖を盾にしていた。振り下ろされる盗賊の曲刀。その曲刀はとても切味が良いと呼べる代物では無かったが、魔術師の杖とは先こそ殴打出来るように金属が付けられているが、持ち手などは木で出来ている、容赦なく切断される杖は盾として、如何ほどの防御力も発揮されることの無いまま、切断され、その切っ先はティルの身体を通り過ぎて振り下ろされた。

 後ろに一歩下がり、リオに寄りかかるように倒れるティル。その胸は、斬られたローブと服の下から滲み出る血によって赤く染まっていた。

 リオは、ティルの倒れ掛かった衝撃によって我に返った。

 

「ティルゥウウウウ!」

 

 リオの脳内で養父を無くした時のことがフラッシュバックされる。途端、リオの視界は真っ黒に染まり何も見えなくなっていた。

 

 

 

 ティルは何とか死なずには済んでいた。盗賊の放った斬撃は、杖によって軌道を逸らされて、ティルのローブと服によって威力を殺され、皮膚を断つだけだったのだ。

 しかし、斬られるというのは普通の生活では体験しない物である。一瞬、気を失う程の衝撃を受けたが、リオが動いたことですぐに目を覚ましていた。

 ティルが最初に見たのは、再度曲刀を振り上げて(とど)めを刺そうとする盗賊の姿と、手で握った”フライファングの実”を盾にして受け止めるリオの姿だった。

 リオの瞳は何の感情も移さないような光を全く放つことのない瞳をしていて、それは始めて幼少期のリオを思い出させる物だった。養父と死に分かれて、感情を表に出さなくなった頃のことだ。

 盗賊の振り下ろした曲刀は”フライファングの実”と接触するとその指向性を持った爆発力をその刀身に受けて、接触部位から折れてしまった。折れた刃先が盗賊の頬を切り裂いて後方に飛んでいく。

 その刃を追うように飛び散る”狼の牙”を咄嗟に屈んで交わした盗賊は、一旦距離を取るようにバックステップで二歩下がった。盗賊は、先に死んだ盗賊が使用していた曲刀を拾い上げ、折れた曲刀を捨てる。

 

「コイツ、キレてやがる……」

 

 頬の血を手で拭いながら、盗賊はリオを見据えている。ティルも痛む傷を庇いながらリオの様子を確認すると、実の破裂による衝撃で手の平から血をポタポタと滴らせていた。

 リオは手の平を盗賊に向けると、何やらブツブツと呟きだした。それは、牛車で見た『合成』を行う時にリオが見せた光景に酷似していた。しかし、ティルが周囲を見渡しても合成する際に使用する”桶”が見当たらない。

 すると、リオの手の先で空気が歪んでいくのを感じた。それは、球体であり透明だ。しかし、透けて見える向こう側の景色は酷く歪んで見えるのである。ティルからは空しか見えていないが、『白葉』の季節に見る透けるような青では無く、『深緑』の季節に見る重く霞んだ青空のようだった。

 ティルが耳を澄ませると、リオが呟く言葉の一部が聞こえた。

 

「空気を空気と合成、空気を空気と合成、くうきを………合成、合成、合成、ゴウセイ、ゴウセイ……ゥ……ィ」

 

 リオの手にある球体は、空気を空気と合成して質量を増やし続けた空気だった。その中心部では、『深緑』の季節に見る『雲の上で二匹のドラゴンが戦っている時に発生する』という雷のように見える物があった。

 リオがブツブツと唱えていた呟きを終えると、リオの手元が一瞬光る。次の瞬間には、相対していた盗賊の腹部に拳大の穴を穿っていた。

 攻撃を受けた盗賊は、訳が分からないと言った表情を受けべていた。

 

「バカな――」

 

 次の瞬間、放たれる見えない攻撃。盗賊の右手が吹き飛ばされる。

 

「ぐぁあ!――」

 

 何度も連続で放たれる『見えない攻撃』。左手が吹き飛ばされ、右足、左足、と順に吹き飛ばされていく。ティルの目には、すでに盗賊の意識があるようには見えなかった。

 最後に、頭部を『見えない攻撃』で吹き飛ばすと穴の()いた胴体を残して、確実に絶命した。

 その光景を見ていたもう一人の盗賊も逃げようとするが、『見えない攻撃』の攻撃範囲から逃れることは出来なかったようで、同じように手足を吹き飛ばされて胴体を残して殺された。

 ティルは幼馴染に恐怖の感情を抱いていた。それは普段見せる、優しく、丁寧で、お節介な”お人好し”の姿は見えなかったからだ。

 リオは、防戦を繰り広げているアクセルの方を向くと、先ほどと同じように『見えない攻撃』で、盗賊の頭部を吹き飛ばす。

 当のアクセルは何があったのか分からないと言った様子で、いきなり頭を失って倒れた盗賊を一瞥すると、すぐに向き直ってユリアの援護に回ろうとした時には、すでに一人の盗賊は頭部を吹き飛ばされ、リーダー格の髭の男も両腕を吹き飛ばされて膝を付いていた。

 そこまで見届けたリオは、ティルの脇に片膝をついて座り、道具袋から『シャロン特性傷薬』と書かれた小さな小瓶を取り出すと、ティルの傷に塗った。

 すると、一瞬元のリオの瞳に戻ったようにティルには見えたが次の瞬間、目を瞑って倒れ込むリオを必死に抱きとめるのだった。


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