第35話 戦って帰り道
ティルが放った氷の塊が、その鋭く尖った先端で”ポイズンビフロッグ”の幼体を貫いた。すでにユリアーヌス、アクセルによって四匹は倒されていたので、ティルの魔術によって同時に五匹を屠ったことになる。
ユリアーヌスが金色の長い髪をなびかせながら、一本づつ交差するように短刀に振って付着した幼体の血液を落とす。
アクセルもショートソードに付いた汚れを振り落すとバックラーに装着された鞘に収める。一息ついたアクセルが、この戦闘で一番衝撃的だったことの感想を口にした。
「はぁ~……疲れた……しっかし、ユリアーヌスって”女”だったんだな」
それを聞いたユリアーヌスは眉間に皺を寄せると、どこからともなく取り出したメモに『女以外の何者でもないだろう?』と書いて見せる。
メモを見たアクセルは『お前、上から下まで真っ黒で顔も見せないし、背が小さい素早い”男”だと認識してたぞ』と応えた。そこまでのやり取りをしていると、剥ぎ取りを終えたリオとティルが二人と合流した。
アクセルの声を少し離れたところから耳にしていたリオは合流するなり『失礼ですが、僕達も男性だと思っていました。申し訳ありません』と謝罪を口にした。ティルに到っては『早く言ってくれれば良かったのによ! あ、さっきは助けてくれてアリガトだぜ! キレイな姉ちゃん』等と既に順応を見せていた。
三人の反応を目の当たりにしたユリアーヌスはショックを受けて、二歩三歩と後退すると、近くにあった枯れ木に手をついて項垂れていた。
『あ!』っと何かを思い出したようにティルが声を上げた。
「俺が”ポイズンビフロッグ”に飛びかかられた時、誰か『危ない!』って教えてくれたんだけど、誰だったんだ?」
リオとアクセルは【?】を浮かべながら首を傾げる。その後、二人は違うと確認したティルが、二人と共にユリアーヌスを見ると小さく手を上げていた。
「「「声出せるの!?」」」
透けるように白い頬を桃色に染めながら、切れ長の大きな目を少し伏せて、コクリと頷く。
頷くまでのタイミングで、あぁ~ちょっと間を感じたのは、いつもこんな感じだったんだな。とリオは感じていた。
そんなリオの脇では、ユリアーヌスに『何か喋ってみて!』と、無茶振りをするティルがいる。
「えっと……何を話したら良いんですか? っといいますか……やっぱり恥ずかしいです!!!」
蚊が鳴くような声で、そう言ったかと思うと、突然牛車に走り出し荷物から布を取り出すと、顔に巻き付け始めた。
「あぁ! 勿体無い!」
「ホント! 勿体無いぜ!」
アクセルとティルが声高に嘆く、男とはかくも恥ずかしい生き物なのかと、リオは二人を観察していた。
布をいつものスタイルのように巻き終えると、冷静で且つ足音を感じさせない足取りで、ユリアーヌスが戻って来た。
「すいません。私、極度の恥ずかしがり屋で人見知りなんです。慣れるまで、まともに声も出せないし、顔を見られてると考えるだけで、顔から火が出るほど恥ずかしくて……」
「ユリアーヌスさん、結構面倒くさい性格してますね」
アクセルがしれっと、そんなことを言った。それを脇で笑顔でスルーを決めたリオが『アクセルさん、人の事言えません』と考えていると、ティルが口を開いた。
「アクセル兄ちゃんも十分面倒くさい性格してるぜ!」
折角、華麗にスルーを決めたツッコミを最高の笑顔で送り出したティルを横目で驚愕の瞳で見つめるリオ。
ティルのツッコミに時が止まる二人。
「俺って面倒くさい性格してんの!? もしかして、コレ!? 今まさに絶賛繰り広げ中のコレ!? なんかゴメン!! 本当にゴメン!! もうダメだ……死のう」
「私も面倒くさい性格しててスイマセン! 本当にスイマセン! あ! 頭を下げたら布が取れ……キャァァァアアア! 見ないで下さい! 恥ずかしいですぅ!!!」
「叫ばれた!? 俺が叫ばれたの!? 個人的には女性に優しい紳士を気取ってきた俺が!? ヤバい! 自分で紳士とか言っちゃったよ! 恥ずかし過ぎる! もうダメだ……死のう」
「死なないで下さい! 私が全部悪いんです! 顔を上げて……キャァアァアアアア! 私を見ないで下さぃぃいいいいい!! イィィィヤァアアアアアアアア!!!」
暴走スイッチが無限ループを起こし始めた二人を乾いた瞳で見つめる年少者達は、あんな大人にはならないと心に決めるのだった。
なんとか場を収めた四人は、少し焼け焦げた”ポイズンビフロッグの皮膚”と”肝臓”を手に入れて、目的の物を回収し終えたということで帰路に付くことになった。ちなみに、ユリアーヌスとアクセルに”皮膚は焦げていても問題無いか”と確認を取ったところ、討伐の確認用で必要ということであり、何か分かれば状態は関係ないということだった。”肝臓”については、”ポイズンビフロッグ”の耐熱性に助けられて無事だった。
先ほどの壊れっぷりを間近で体験したリオとティルは、腕が確かだと分かっている二人と一緒にいるにも関わらず、町を出たばかりよりも魔物との遭遇を恐怖に感じていた。
一行は、今朝使用した焚火跡まで戻ると、すでに日が傾いていたこともあり、次の日に町まで戻ることにして、本日もココで休むことにした。
昨夜の夜とは違い、目的の物を手に入れた満足感と、まだ一緒に行動してから二日しか経ってはいないけど、短いながらも苦楽を共にした仲間ということで(アクセル・ユリアーヌスの暴走スイッチ無限ループも手伝って?)夜は遅くまで語らって過ごした。
何度か、暴走スイッチが発動したけど、それはそれで楽しい夜だと、そしてこんな風に外を回るのも悪くないと、リオは木々の間から覗く星空を見上げながら思っていた。