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第34話 ポイズンビフロッグ戦

 夜が明けた次の日、リオ達は沼地への道を急いでいた。タイムリミットまでの時間は残り四日。その四日という数字も、あくまで参考でしか無く、侍女の体力次第では四日という数字も当てには出来ない。

 『東の森』の魔物の活動時間は、夕方から明け方までの限られた時間である。もちろん例外的に活動しているモノもいるが、精々”イシフラシ”程度であり、今の時間を有効に使って一気に『東の森』を踏破してしまおうという算段だ。

 牛車を引くホーンブルも周囲の魔物の気配が少ないことで、スムーズに先へ進んでいる。

 『東の森』も出口に差し掛かってくると、徐々に湿り、淀んだ空気を感じるようになってきていた。森に自生する植物も様相を変えてきており、小さなキノコに浸食される樹木や、人の腰の高さもある大きなキノコ、多くの水を含み踏みしめる度に大量の水を吐き出す水苔。そういった物が徐々に姿を現し、樹木も立ち枯れてしまった物が目に付き始める。

 リオ達を載せた牛車が『東の森』を抜けると、多くの湿気を含んだ熱風が吹いていた。思わず顔を顰めるリオとティル。季節は『白葉』になっており、雪はまだ降らないが気温は大分下がってきた時期にいきなりの熱風である。

 この湿地帯には、一部温泉が湧き出ている個所があり、湿地でありながら場所によっては高温という、人が住むには余りにも適していない環境なのだ。あまりの湿気と気温の変化に、アクセルのバックラーには結露によって水滴が付いてしまう程だった。こんな環境の為、普段は近づく者がいない。しかし、その特異な環境により自生する植物には特殊な物が揃っている。それを狙った冒険者が訪れては、採取や討伐によって稼ぎを得たり、そのまま帰らぬ人となることもある。

 ”ポイズンビフロッグ”という魔物は体長一メートルの大型カエルだ。この湿地でも特に高温の環境を好み、有毒な成分を含んだ高温の温泉に卵を産みつけて増えるという魔物である。皮膚にある神経毒というのは、この温泉が含んでいる有毒な成分を中和する為、皮膚に発生させているモノなのだ。毒を持って毒を制する魔物ということだ。基本的には、この沼地周辺が活動範囲ではあるが、食べ物を求めて『東の森』まで時折出現することがある。主食は主に”イシフラシ”など低級の魔物や、大型昆虫である。人間を自ら襲うことは無く、基本的には勝手に逃げて行く魔物だ。

 なぜ、ビグルスは”ポイズンビフロッグ”などに遭遇するようなところに居たのだろうか、城下町では魔術学園ダンスパーティーの二日目が開催されていて、態々(わざわざ)外に出て何かするような必要があるとは思えないのだが、そうリオが考え始めた時、アクセルが何かを発見した。

 

「おい! あそこに”ポイズンビフロッグ”の幼体がいるぞ!」

 

 アクセルが指を差す一か所に視線を向けると、大きな”おたまじゃくし”に後ろ足を生やした魔物が有毒な湯気を放つ温泉の周りに数匹存在していた。

 

「アクセル兄ちゃんランクアップには、あの”おたまじゃくし”の皮膚じゃダメなのかよ?」

「あぁ、幼体の皮膚ではダメなんだ。皮膚に発生させている神経毒が微妙に違うんだよ。……もしかして、俺がズルをするような男に見えていたってことか!? 俺の顔って、そんなに悪役顔!? 近所のガキ大将の腰ぎんちゃくをしながら、弱い者イジメの時だけ力を発揮するような、そんなダメな男に俺は見られていたのか!? もうダメだ……帰ろう」

「ちょ、ちょっと待って下さい! アクセルさんは、とても正義感に溢れた尊敬出来る人だと、僕は思いますよ!」

 

 完全に落ち込み、しょぼくれの境地に達しようとしていたアクセルを空かさずフォローするリオ。

 『正義感に溢れる』で背筋が伸び、『尊敬出来る人』で胸を張ったアクセルは両腕を組むと何事も無かったかのように説明を続け出した。

 

「どこまで説明したっけ? あ、そうそう、あの幼体の方にも気を付けろよ? あいつの皮膚にある神経毒は、どういう訳か成体、つまり”ポイズンビフロッグ”の肝臓から作られる解毒薬じゃないと治癒出来ないんだ。ってことは~相手にするだけ損ってことだな」

 

 アクセルの説明に『へぇ~』などと返しているティルの脇で、大きな溜息を吐いたリオは、この人の落ち込み癖は面倒臭いな、などと考えていた。

 リオが、金属が当たるような小さな音を感じて視線を上げると、ユリアーヌスが腰の短刀に手を掛けていた。

 いつの間に用意したのか、短刀に手を掛けていない方の手で、一枚の小さなメモを見せると『いた』と書かれていた。

 そのメモを見た残りの二人も臨戦態勢を整える。

 アクセルはバックラーの後ろに収納してあるショートソードを抜き放ち、バックラーを左腕に固定する。

 ティルは手に持った杖を使って地面に魔方陣を描き出していた。

 すでにユリアーヌスは駆けだしている。

 リオは、そんな彼らを見ながらカバンの中から”ある物”を取り出していた。

 

 ユリアーヌスが駆けて行く先に見えたのは、一.二メートルはある大型の”ポイズンビフロッグ”の成体一匹と、八○センチ程の幼体が九匹だった。

 沼地という地形上、ユリアーヌスの真骨頂であるスピードが殺されているのが、素人のリオの目にも明らかだった。しかも、幼体がいるということは周囲には有毒な湯気を放つ温泉があるということだ。それらにも注意を向けて走り寄らなければならないユリアーヌスは、勇敢にも見えるが蛮勇にも見える。

 アクセルも急いでユリアーヌスを追うが、そもそもスピードに大きな差があるのだ。追いつくのに一○秒程は掛かるだろう。ティルは魔方陣をあと少しで書き終えようとしている。リオは、現在の状況から考えられる最善の方法をいくつか案を出しては検証していく。

 アクセルが前線に辿り着くよりも早く、ティルの魔方陣を書き終える方が早かった。ティルが詠唱をすると、魔方陣の上に二○センチ程の火球が出来上がる。ユリアーヌスに声で合図を送り、”ポイズンビフロッグ”の成体に向けて飛んでいく。

 ユリアーヌスが飛び退る。

 着弾。

 着弾個所から大きな火柱が立った。

 その炎をドヤ顔で見つめるティル。

 幼体を相手にするユリアーヌスを援護しに走るアクセル。

 幼体を相手に踊る様に戦闘を繰り広げるユリアーヌス。

 

「ティル! 燃やしちゃったら、肝臓取れないじゃないですか!」

 

 リオの言葉にティルのドヤ顔が凍りつく。

 

「あ……やっちゃったぜ。でもさ、ホラ! 中までは火が通ってないかもしれないだろ?」

 

 ティルが焦りながら燃えた成体に近づくと――

 

「危ない!」

 

 誰かの声が聞こえたかと思うと、ティルに飛びかかる彼方此方コゲた”ポイズンビフロッグ”の姿がリオの目に写っていた。

 

「ティル!」

 

 リオが声を上げた瞬間、リオの視界を黒い風が通り抜けるとティルが弾き飛ばされた。

 ユリアーヌスである。

 吹き飛ばされたティルが泥だらけになりながら体を起こす。

 ユリアーヌスが”ポイズンビフロッグ”の攻撃をいなす様に体を回転させながら回避する。

 ”ポイズンビフロッグ”の後ろ脚がユリアーヌスの顔を覆う布を絡め取る。

 零れ出る金色の長い髪。

 透けるように白い肌。

 柔らかそうな唇。

 切れ長で少し釣り気味の大きな目。

 翡翠の様な瞳。

 リオの目に飛び込んできたのは、完全に男だと認識していたユリアーヌスが女性だったという事実。

 リオは一瞬忘我したが、すぐに気を取り直すとカバンから道具を二つ取り出しながらユリアーヌスに確認を取る。

 

「ユリアーヌスさん! 毒は!?」

 

 リオの言葉に無言で頷いて応えると、ユリアーヌスは幼体と戦い戦線を一人維持しているアクセルを支援する為に駆けだしていた。

 それを見送ったリオは、カバンから取り出した道具の一つを”ポイズンビフロッグ”に向ける。

 

「ティル! ”ポイズンビフロッグ”は高熱の温泉で孵化するような強靭な耐熱性を持ってるんだ! むしろ弱点は……冷たい水だよ!」

 

 そういうと、手に持った『湧泉の水筒』にエーテル溶液を一○滴も入れて発動する。

 思い出して欲しい『魔道具:風呂』が完成した”その夜”、イクミがエーテル溶液を三滴垂らして発生させた水の量は半分になったとは言え、人が一人入れるだけの容積を持った樽を溢れさせたのだ。

 一○滴も入れて発動したら、どうなるのか。

 『湧泉の水筒』からとてつもない勢いで水が噴き出した。思わず、その反動で一瞬()()りそうになるが、なんとか堪える。

 一秒間に三○リットルという水量が二分間放出されたのである。

 普段、湿地帯でしかも高温の環境で暮らしている”ポイズンビフロッグ”は先のティルの魔法によって重度の火傷を負い、さらに次は一気に冷やされている。皮膚は急激な温度差によって、その機能を大きく失い、ただの大きなカエルに成り下がっている。

 そして、リオは弱りつつも、まだ襲いかかろうとしているポイズンビフロッグに近寄ると、口の上あご目掛けて”フライファングの実”を投げる。

 破裂する実。

 飛び出す”狼の牙”。

 ポイズンビフロッグは声を上げる間も無く、頭部を破裂させて絶命していた。

 リオが視線を成体からティルに向けると、新たに書きなおした魔方陣から多くの氷の塊を発生させていた。

 

「こうすれば良いんだろ!? リオ!」

 

 言葉と共に射出された氷の塊は、幼体目掛けて飛んでいき。

 まだ残っていた幼体全てを貫いていた。


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