第31話 冒険者ギルド
時は一刻を争う、ビグルスの侍女がポイズンビフロッグの神経毒を受けてから、すでに一日と少しが経過している。誤差を入れても五日以内に目的の『ビフロッグの肝臓』を手に入れて、錬金術『合成』を使用して『ビフロッグ毒の解毒薬』を精製する必要がある。
ティルの家にイクミを連れて行き、しばらく泊めて貰うことと、ティルが出掛けることの承認を得ると、町の宿場へ移動した。
二人は目的の物を見つけると真っすぐ向かって行った。周囲の建物と比べても高さは二倍、広さは五倍以上の赤レンガで造られた建物へ入っていく。その看板には大きく『冒険者ギルド・レナス本部』と書かれていた。
中は一階の一部に軽食屋があり、そこで購入した物を食べられるようにテーブルや椅子がいくつも並べられていて、まだ昼間だが深夜の依頼を終えて帰って来た冒険者達が酒を酌み交わしながら騒いでいる。そして、一際存在感を示しているのが、一つの壁をほぼ占領している大きな掲示板である。そこにはギルドの職員が入れ換わり立ち替わり、完結した依頼の用紙を剥がしたり、新たに発生した依頼の用紙を貼ったりしている。
その様子を眺めながら、二人は二階へと続く階段を上っていく。少し広めに作られた階段の踊り場では、ギルド職員の女性と冒険者の女性が世間話をしている。それを尻目に二階へと登ると、カウンターがズラリと並んだ受付に出た。二階には、ギルドへの受発注やその他各種手続き用窓口、貸出用の会議室、貸出用の応接室がある。それらの中から通行手形が発行できる受付を案内用の職員に聞いて、その窓口へと向かった。
何度か学園の授業の一環で手続きをしたことがあるティルは、リオに比べて随分手慣れていた。ティルが手際良く手続きを進めて、二か月効力がある通行手形を発行して貰うと受付を後にした。
ティルは一階の軽食屋へと向かうと、到着するなり、リオに断る事も無く声を張り上げた。
「これから、東の森に隣接する沼地までポイズンビフロッグの狩猟に行くんだけど~! 往復五日間で一緒に行ける人いますかぁ~!?」
「ちょ、ちょっと、ティル!?」
「俺達だけで東の森の途中に出る魔物相手にしてたら、時間が掛かって仕方ないだろ?」
「そりゃそうだけど! 報酬とかどうするんですか!?」
「それはビグルスさんが出してくれる報酬から払うぜ? 結構たんまり貰えるし、往復五日間なら大して値段もかからないじゃん?」
「ティル……随分慣れてるね」
「学園で単位落としそうになったら、冒険者ギルド使って穴埋めしてるからさ、結構慣れたぜ」
「ティルが考え付くような方法じゃないけど?」
「あはは~、バレた? コレは学園の先輩が教えてくれたんだぜ。あの覚えてるかな? 美女コンテストの時、司会の人と掛け合い漫才してた係員のジョンって人、あの人が『とっておきの裏技』って言って教えてくれたんだ」
「あの人も単位危ないひとなのかな? そんな裏技知ってるなんて……」
そんな話を二人がしていると、先ほどのティルの話に同調した五人の冒険者が寄って来た。
まずは、筋骨隆々のスキンヘッドが眩しい見た目の怖い三人組みが口を開いた。
「東の森の沼地だったよな? 往復五日間で報酬はどれくらいだ?」
「そうだよな。それを聞かなきゃ話は始まらないぜ?」
「それに何人雇ってくれるんだ?こっちは三人でチーム組んでるから、三人一緒で尚且つ報酬と折り合いがつけば手伝ってやんよ」
先に男性三人でチームを組んでいる人達と交渉をしたが、三人一緒ということと、相手が希望する報酬ほどは払えないことで折り合いが付かなかった。
「今回は縁が無かったな。また別の機会にでも誘ってくれよ」
「そうだよな。なんかあったら誘うんだぜ?」
「俺達は三人でチーム組んで長いんよな、三人一緒に雇ってくれたら五人分の働きはすっからよ、またな」
見た目とは違い、かなり友好的な三人チームは手を振りながら元の席に戻って行った。
続いて交渉を名乗り出たのは一人で活動しているという陽気な男性だった。少し装備は心もとないが、使い古されたショートソードには手入れがされていて、武器を大事に長く使っていることが見て取れた。
「東の森の沼地だよな!? ってことはポイズンビフロッグか!? マジあいつ相手にするの燃えるんだよな! オレは食費だけで良いからさ! 連れてってくれよ!」
赤くて短く切り揃えた髪の毛、健康的に焼けた肌、背も一七三センチ程で、体格も冒険者としては一般的だ。
見た目は、かなり若く見えた。
「失礼ですけど、おいくつですか?」
「オレ? 一七歳だけど? 年齢制限あり!? 二十歳以下はお呼びじゃないとか!? マジ、ショックなんだけど! オレの気分は既にポイズンビフロッグと雌雄を決する勢いにまで燃え上っているというのに!? なんてことだ! オレは何故、あと三年早く生まれなかったんだぁああああぁぁぁぁぁぁ……」
一人で暴走して、妄想して、撃沈した赤い髪の人から若干距離を取りつつも、リオが声を掛ける。
「えっと……声かけて大丈夫ですかね? えっと……年齢制限とか無いんで大丈夫ですよ? お名前を聞いても良いですか?」
床に頬を付けて、滝の様な涙を流していた赤い髪の男性は、跳ねるように飛び起きると胸を張って声を上げた。
「オレは、アクセル=シュルツ! 宜しくな!」
一緒に連れて行くことに決まったアクセルが、まさかの食費だけで良いという破格の値段で決まったので、あと一人は連れていける計算である。
残りの一人と交渉に入った。
最後の一人は、全身を黒で統一させた軽装備で固めて顔も黒い布で覆い隠し、その隙間から覗く目はかなりの鋭さを持っていた。身長は一六五センチ程度で小柄だが、全身を覆うオーラが只者ではない雰囲気を醸し出している。
「……」
無言のまま一枚の紙に希望の金額を記入し提示してきた。それは、多くも無く少なくも無く、彼を雇っても全く問題が無いほどの破格の金額だった。
その金額の安さに驚きの表情を浮かべるリオとティルは思わず聞いていた。
「こんなに安くて良いのですか!? アクセルさんもですけど、いくらなんでも魔物討伐の同行には安すぎませんか?」
「そうだぜ、目的はポイズンビフロッグでも途中でも、結構な数の魔物と戦うことになると思うぜ?」
二人の問いかけに、全身黒尽くめの彼が今度は何かの証明書のような物を提示してきた。
「これは?」
「あぁ~そういうことか……納得行ったぜ」
リオは首を捻っていたが、ティルは納得した声を上げていた。
「どういうことですか?」
「この黒尽くめのあんちゃんが見せてくれたのは、ランクアップ試験受領書だ。依頼の内容は『ポイズンビフロッグの皮膚』又は『ポイズンビスパイダの脚』の提出ってなってるから、このビフロッグの皮膚の一部をギルドの審査員に提出すれば、黒尽くめのあんちゃんは晴れてランクアップってことだぜ。大方、向こうのアクセル兄ちゃんも同じとこだろうぜ」
「なはは~、バレたか。そ、オレも同じの受けてんだ。実際はビフロッグなんかより強いのとも戦ってるから、ランクアップ試験なんて形式だけの物なんだけどさ」
黒尽くめの彼が、軽く首を捻っている、リオは『雇って貰えるのだろうか?』と言っているのだろうと理解した。
黒尽くめの彼に向ってリオが頭を下げた。
「よろしくお願いします」
黒尽くめの彼は、小さく頷くと、また小さな紙切れに何やら書きこんで提示した。そこには『ユリアーヌス=ラインベルガー 一六歳』と書かれていた。
リオは一六歳という点で大きく驚いた。纏っている雰囲気が歴戦の勇者のようなオーラを纏っていたからだ。
気を取り直して、リオとティルはアクセルとユリアーヌスに向かって頭を下げた。
「これから、五日間よろしくお願いします!」
リオとティルは『ポイズンビフロッグの肝臓』を獲る為の仲間を格安で得ることが出来たのだった。