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第27話 ファーストステージ

 錬金術は練成方法によってカテゴリが異なっている。普段、リオが行っている練成は錬金術でも初歩の初歩『成造(せいぞう)』と言われる物だ。『成造』とは、複数の材料を組み合わせることで、物理的に機能を増幅することである。難しく言っているが、簡単に言うと工作と同義である。木を削って、釘を刺して椅子を作ることも錬金術的に言えば『成造』というカテゴリになるのだ。

 そして、これからステージ上でシャロンが練成しようとしているのは、リオの見立てでは『成造』では無い。そうなると、シャロンが得意としている薬作成を行うのだと推測される。そして、薬作成には錬金術『合成』の力が有効なのだ。

 『合成』とは、『成造』とは違い論理的に機能を融合させる能力だ。例えば、『鋼糸』と『柔鉄(にゅうてつ)』を組み合わせて『合成』すると、伸びる鋼糸が出来る。

 

 シャロンが『キレイな水』に入った桶に手を触れて、まるで『水』そのものに語りかけるように言葉を紡ぐ、その様子は魔術を行使することにとても良く似ている。しかし、魔術と違うのは魔方陣が描かれている訳でもないのに、桶と水が青白く光り出していることだ。

 桶と水が放つ光の色が、はっきりとした青に変わったところで、シャロンが今度は桶の中に『重曹』を加える。すると、青い水の色に赤い色が浸食していく。それらが完全に混ざったところで、シャロンが『朝露に濡れる草』を桶の中に入れた。水の色が鮮やかな緑に色を変えたかと思うと、シャロンの語りかけが止む。最後に一際大きな輝きを放つと、桶は何も無かったかのように静まりかえっていた。

 桶の中には、拳一個分の大きさの薄い緑の色をした物が出来ていた。

 シャロンはそれを取り出すと、司会の青年に手渡した。

 

「えっ……と? シャロン様、コレは何ですか?」

「それは、私が今作った『油汚れを落とす薬』だ……です……」

 

 錬金術を行って、少し間が空いた所為か、シャロンは一瞬、素に戻ってしまった。しかし、司会の青年は、ただの言い間違いくらいにしか認識していなかったし、普段のシャロンを知っている一部の人間を除いて、会場の人も概ね同じような認識だった。

 司会の青年は、係員を呼ぶと桶に水と、会場から食材が食べ終わった皿を一皿持って来させた。その皿は、油を『コレでもか!』と使ったホーンブルのステーキが乗っていた皿である。簡単に表現するならば、油でギトギトだ。司会の青年は、シャロンが作った薬で軽く撫で付けてみる。

 

「え?」

 

 司会の青年は、自らの目を疑った。薬を撫でつけたところのみならず、さすがに皿全体とまではいかないが、その周囲の油汚れまで落としてしまったのである。

 それを脇で見ていたシャロンも、感嘆の声が混じった納得の声を上げた。

 

「ふむ、なるほど……『重曹』の力で油を浮かせ、『朝露に濡れる草』で汚れの吸着と考えていたが、思ったよりも大きな効果が出てしまったな」

 

 シャロンが一人呟くように考察を続けている間、司会の青年はというと、係員に指示を出して、汚れた食器を更に持って来させては、それらをキレイにしていた。

 

「これは素晴らしい! 私、この学園の寮で暮らしているのですが、料理は好きでも片づけが嫌いという典型的な男です。しかし、見て下さい! この『油汚れを落とす薬』を使えば、こんなに楽しく片づけが出来てしまいます!」

 

 会場からは、感嘆の声と司会の青年の本気で楽しそうな雰囲気に笑いも起きていた。

 

「ジョン! 見てくれよコレ! あんなに油で汚れていた皿が一瞬でピカピカだ!」

「おいおい凄いな! これなら、片づけ嫌いな僕でも、喜んで台所に立っちゃうね!」

「これで、あなたの台所もピッカピカ! 『油汚れを落とす薬』! 今なら、この桶も付けちゃうぜ!」

 

 司会の青年の何かのスイッチが入ってしまったのか、近くにいたジョンという係員と共に、どこかで聞いたことがあるような、でも絶対聞いたこと無い漫才のような物を繰り広げていた。

 シャロンの隣で、その様子を見ていたイクミが懐かしそうに見つめていた。

 

 (そうそう、最後によく分からないオマケが付くんですよね。夜中にふと目が覚めてしまって、テレビを付けるとこんな番組やってましたっけ……)

 

 司会の青年に”通訳者”が何か手心を加えたのか、イクミがテレビで見たことがある一種のテンプレを漫才のように人々に披露していた。

 

「んん"……えっと、私のアピールは以上ですけど、よろしいですか?」

 

 シャロンが楽しそうに『HA!HA!HA!』と笑う司会の青年に、咳払いをした後、外向け用の言葉遣いで話しかける。

 何かに取りつかれたように笑い続けていた司会の青年とジョンは、『ハッ』と表情を普段の物に戻すと、周囲をキョロキョロと見回して、ジョンは普段の立ち位置へ恥ずかしそうに戻っていった。

 

「えっと……取り乱してしました! が、シャロン様! とても素晴らしいアピールでした! ありがとうございます! こちらの『油汚れが落ちる薬』は、私が個人的に頂いておきます!」

 

 司会の青年が、大事そうに桶の中に『油汚れが落ちる薬』を入れると、ステージの脇に置いて戻って来くると、気を取り直して司会を進めた。

 

「続いて、イクミ=タチバナ様! 宜しくお願いします!」

 

 シャロンは既に列に戻って、イクミにウィンクで『やってやったわよ! あなたも頑張って!』とエールを送り、それに対して『私なりに精一杯やってみます』と笑顔だけで返すと、一歩前に出て深々とお辞儀をした。

 

「職人通りで、シャロンさんの錬金術の工房に住まわせて頂いています。イクミ=タチバナです。私は遠い異国の地より、こちらに参りました。得意なことは、楽器の演奏と歌と運動。苦手なことは、ヘビです。趣味は、早朝ランニングです」

 

 イクミが一通り話し終えると、再度軽く会釈した。

 司会の青年が『異国特融の礼儀のようなものか?』と考えたが、深く聞くこともせずに先を促した。

 

「シャロン様とイクミ様は一緒に住んでらっしゃるんですね! 私も魔術学園を辞めて、錬金術を学びに行きたくなってきました! それでは、アピールお願いします!」

 

 美男専用席で『僕は、そんな下心で錬金術を学んでません!』という強い視線が、司会の青年に向けられていたが、司会の青年は全く気付くことはなかった。

 

 イクミは、このステージに上がる時、吹奏楽隊の楽器が置いてある一角、そこで一つ目に止まった物があった。

 司会の青年に『あちらの楽器をお借りしたいのですが、よろしいですか?』と問うと、司会の青年が係員(ジョン)を呼び出して、吹奏楽隊に確認を取ってくるように指示する。程無くして、楽器の使用許可が下りたイクミは、フォークギターに良く似た楽器を手にして、一つ一つ音を確認し、自分用に調整していった。

 

「えっと……恥ずかしながら、私の国で親しまれている曲を歌わせて頂きたいと思います。よろしくお願いします」

 

 イクミは、深くお辞儀をすると、楽器と共に用意して貰った椅子に腰かけてフォークギターのような物を構える。

 会場全体を見渡して、大きく深呼吸をすると、笑顔を浮かべて。フォークギターのような物をゆっくりと奏で始めた。

 

 イクミ=タチバナ、レナス・ファーストステージ、スタート!


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