第26話 シャロンのアピール
会場の端で待機していた係員が、司会の青年の合図に合わせて、投票用紙の回収に動く。会場内にいるであろう参加者の人数は、例年よりも少し数を増やして一七○○人から一八○○人と言ったところ。それだけの人数を相手に、全ての人間に話しかけて投票用紙を回収するのは、かなり困難である。そこで、係員は予め決めていた位置に散開し、参加者自ら投票用紙を係員に提出もらう形を取っていた。
投票用紙を体感時間で十分程で回収を終えると、人海戦術による開票作業の開始だ。係員の三分の一が、開票の為に集めた投票用紙を持って会場から出ていく。
それを見送った司会の青年は、ステージ上の五人へ向き直すと五人にだけ聞こえる声で『開票作業中に、美女コンテストを進めます。ステージを下りてすぐの所に席が用意してありますので、そちらでお待ち下さい』と告げると、今度は会場の参加者へ向き直った。
「皆さま! ただいま美男コンテストの開票作業を進めていますが、かなりの参加者の数になっています! 少しばかり時間が掛かりますので~! このまま美女コンテストへ進ませて頂きたいと思いまっす! ステージ上の美男五人には、一度ステージから降りて頂き、特別席が用意してあります! そちらで美女コンテストを参加者の方達同様に楽しんで頂きまっす! それでは、一度ステージ上から暫しの別れ! あちらの席でお楽しみ下さいっ!」
五人が係員の先導に従って、ステージから降りると、とても趣がある席が用意されていた。ステージ上を絶好の角度で見ることが出来る位置に、それらは配置されている。動物の革で作られた、無駄に煌びやかな装飾が施された椅子に、椅子の正面に配置された長いテーブルには、これも豪奢な作りで『美男様専用席』と書かれた垂れ幕が下げられていた。
それらを見たリオとティルは、自分の頬が引き攣るのを感じた。しかし、他の三人はというと、『前年以上に凝った席だな。これこそ仕事を休んで参加した甲斐があるという物だ』と言って、さっさと席について踏ん反り返っていたり、『私が座るには少し装飾が足りないが……まぁ、学園が用意したのなら、これでも随分マシか……』と普段はもっと凄いのに座っている。とでも言いそうな発言をして、足組みをして席に着く。遠くで『キャー』と四人ぐらい女性から歓声が聞こえた気がした。そして、その二人の座った姿を見て、生唾を飲み込み、少し息が荒くなっている者が一名いた。
色々な意味で、この席に着くことに躊躇するリオとティルであった。しかし、席に着かない訳にもいかず、仕方なく席に座ると大きな溜息をつくのだった。
ステージ上では、美女コンテスト用の準備が整った様で、司会の青年が装いも新たに司会を始めようとしていた。
「長らくお待たせしました! これより~! 美男コンテストと双璧を成す、メインイベント! 美女コンテストを開始しちゃうぜぇえええ~!! もちろん! 美男コンテスト同様に、ステージに上がる五人はこちらから指名させて頂きます!!」
リオとティルは、お互いに顔を見合わせると大きな溜息をついて口を開いた。
「「さっきと同じということは――」」
「ステージに上がって貰うのは! 前回優勝者のエリーゼ=フィルツェンド! 最初のダンスで美男に選ばれたティルのパートナー、シャロン=マクレガー! こちらも二番目のダンスでリオと共に場内を沸かせた黒髪の美少女、イクミ=タチバナ! この学園の中等部生徒、面倒見の良さから時期、生徒会員候補筆頭、ビアンカ=ハイネマン! 商店街にある飲食店『黒猫亭』で働く看板娘、ターニャ=レルシュタープ! 早速、ステージに上がって頂きましょぅうう! お願いしまっす!!」
「「――ってことだよねぇ……」」
「ってかさ、ステージに上がる他の三人には悪いんだけど、シャロンさんとイクミに勝てるような女性がいるとは思えないぜ」
「そうですね……普段のだらしない生活態度からは想像も出来ないですが、こういう外向きの時に見せる先生の化けの皮には誰もが騙されてしまいますし、イクミはあんな感じ(他の子が可哀想になるくらい可愛い)ですからね」
ステージ上に男性の係員にエスコートされて登場した美女五人に、会場の男性参加者からは『おおおぉぉ』と感嘆の声が上がっていた。
「こりゃ~予想以上の美女ップリに、私もか・な・り・漲ってきております! それじゃ~美男の時同様に一人ひとりから自己アピールタイムとさせて頂きましょう! 前回優勝のエリーゼ様! よろしくお願いします!」
「僕たちの時は、名前呼び捨てでしたよね」
「まぁ~その辺りは男の性なんだろうさ、初めてあう女性を呼び捨てには出来ないんだろうぜ」
名前を呼ばれて、エリーゼが列から一歩前に歩み出ると、スカートを持ち上げるような動作をして軽く挨拶をすると、自己アピールを開始した。
「皆さま、ごきごんよう。私は、エリーゼ=フィルツェンドと申します。家は、姓の通り貴族のフィルツェンド家でございます。この度は、前回に引き続き、このような催し物にお誘い頂きまして、大変光栄に思っております。得意なことは、オペラを歌うことです。苦手なことは、身体を動かすことが苦手です。趣味はお茶です」
ブロンドに縦カールをさせたロングヘア、ピンクのプリンセスラインドレス。貴族というより王族のような気品を持ち合わせた女性である。
「エリーゼ譲、相も変わらず気品溢れる自己紹介、ありがとうございましたぁ! お手数ですが、得意のオペラをお聞かせ願いますでしょうか」
司会の男性も、貴族が相手ということで、少しかしこまったようすでの進行だ。
「えぇ。よろしくてよ」
エリーゼは、にこやかな笑顔を浮かべると、大きく息を吸い込んで、一般の人でも知っているオペラの一節を歌い上げた。伸びやかなで、キレイな、それでいて力強い歌声に、初めて聞く者は『たしかにキレイだけど、どうせ権力で前回優勝したんだろ』と思っていた心を打ち砕かれていた。
「素晴らしい歌声をありがとうございました! さすが前回優勝者! これは、この後にアピールをする四人には大きなプレッシャーになったのではないでしょうか! それでは、続いてシャロン様! よろしくお願いしまっす!」
エリーゼが一歩下がって、代わりにシャロンが前に出る。その表情は、にこやかな笑顔を貼り付けてはいるが、リオには『あぁ……面倒くさい。さっさと済まして私は帰りたい』という心の内のが見てとれていた。
「職人通りで、錬金術の工房を開いております。シャロン=マクレガーです。皆さまには、日頃からご贔屓にして頂きまことにありがとうございます。この度は、このような(面倒くさい)機会を与えて頂きありがとうございます。得意なことは、錬金術。苦手なことは、運動。趣味は、読書(本当はリオを冷やかす事)です」
少し癖のあるブロンドの髪が、お辞儀に合わせて揺れる。下を向いた際に、際立つイケナイ谷間に、会場の男性参加者からは『うおおおぉぉぅ』と歓声(?)が上がっていた。
前屈み気味になっている司会の青年が、必死に司会を続けている。その姿に、リオは少し呆れ、ティルは逆に少し感動していた。
「シャロン様の大胆ボディがさく裂! 良い物見せてもらいました! ありがとうございます! それでは特技の披露をお願いしまっす!」
シャロンは少し考え込むと、司会の青年に『キレイな水』、『重曹』、『朝露に濡れる草』を用意するように頼んだ。『朝露に濡れる草』とは、王国内であれば到るところで見ることが出来る雑草である。一度生えると、深く根を張る為、駆除が大変なのだ。しかし草が持つ能力として、その葉に強力な脱湿効果がある。夏場に外で摘んできた山盛りの葉を部屋に置いておくと、部屋の湿度を気持ち程度だが下げる事が出来る。その能力故に『朝露に濡れる草』なのだ。
司会の青年が係員に指示を出すと、五分も立たずに材料が揃えられた。シャロンも揃えられた材料を一つ一つ確認すると、司会の青年に頷くことで応えた。
シャロンもこれだけの人前で、錬金術を見せるのは初めてなのか、少し緊張した様な雰囲気をリオは感じていた。
そして、リオも久しぶりに見る。シャロンの錬金術『合成』に胸が高鳴るのを感じていた。