第25話 哀れなアピール
リオのアピールタイムが、実に地味に終わった。会場の特に中等部の女の子達は、リオに黄色い声援を送る予定が、思わぬ地味な展開に声を大きな声での声援というのは憚られたのだ。
リオが即席で作った装置が、司会の青年指揮の元、係員によって丁寧に運ばれて行く。それを見ていたイクミは、先ほどのリオの装置作成工程を思い出していた。
「あれって、電池かもしれません」
イクミが呟くように、リオが作成した装置の推測を口にした。
「デンチ? イクミ、デンチとは何だ?」
イクミの言葉に対して、シャロンの認識の中に、こちらの言葉で適当な物が無いのであろう。”通訳者”による通訳が正常に行われなかったようだ。
「電池というのは、電気エネルギーという力を一定の力、一定期間に限定して貯えておける物のことです」
シャロンが眼鏡を抑えながら、更に質問を続ける。
「その電気エネルギーというのが良く分からないんだが……」
「電気エネルギーというのは……そうですね、こちらでも”雷”ってありますか? 黒い雲がピカピカッて光る現象なんですけど」
「あぁ、それなら分かるぞ。雲の上で二匹のドラゴンが戦っている時に発生する物だろ? たまに木に落ちて、凄い時は真っ二つになることもあるらしいな。でも、見た目無傷で済むこともあるらしい、ドラゴンの力というのは凄い物だ」
「えっと……こちらの世界は、そうなのかもしれませんね。私のいた世界では、雲が空気との摩擦で起こした静電気っていう物を沢山貯えて、それが地上と引きあって落ちる。と言う物だったかと思いますけど、それが電気エネルギーです。私の世界では、その電気エネルギーの力を使って、夜でも明るく過ごせるようになっています。かなり応用が効くエネルギーなので、電気エネルギーがあればこそ、私のいた世界の文明が発展したと言えるような代物です」
シャロンが首を傾げる。
「今一、話が見えないんだが、雷とリオが作った装置と、どう関係があるんだ?」
「私も詳しくは分からないのですが、イオンという物があってですね。それは、自分が居心地の良いところに移動しようとする性質があるらしいんです。そしてイオンが動くと、エネルギーを出します。リオ君の装置は、その条件を満たしていて、イオン交換が起きたことで電気エネルギーが発生したのだと思います。その電気エネルギーを沢山作ることが出来れば、雷のような力を出すことも出来ます。私も学校で習ったことのうろ覚えなので、間違っているかもしれませんけど」
シャロンが『ふむ』と考え込むと、頭を振ってお手上げと言った格好を取る。
「イクミの話は、きっと真実に近しい解答なのだろうが、実験器具も何もない今の状況では、なんの検証も出来ないからな。今ここで議論をしても詮無い事だ」
「ふふ、そうですね。折角のパーティーですし、仕事の話は置いておきましょう」
イクミとシャロンが視線をステージ上に戻すと、既に三人目のビグルス=カンピオレが特技のお披露目を行っていた。
ビグルスが胸ポケットに飾っていたハンカチーフを、何も持っていない左手に被せて、カウントダウンを行う『スリー、ツー、ワン!』という掛け声と共に、ハンカチーフを大げさに取り上げると、その先ほどは何も持っていなかった左手には、一輪のキレイな花が現れていた。
ビグルスは、その花束を近くにいた係員の女性に『あなたに差し上げます。この出逢いの記念に受け取って下さい』という言葉と、頬へのキスを添えて花を手渡すと、係員の女性は目を回して座り込んでしまった。『おやおや、お譲さんには刺激が強かったですか……失礼しました。それでは、以上が私の特技の手品でした』と、彼のアピールタイムは、一人の係員を一日再起不能に追い込んで終了した。
「なんだか、イケすかない男だな」
「そうですね。なんというか、チャラいです」
「イクミ、チャラいとは何だ?」
「私達のところで『女性に対して軽薄な男』という意味です」
女性係員達によって、ビグルスにやっつけられて係員を舞台袖に運び出されていく様子を眺めながらシャロンは感想を口にした。
「なるほど『チャラい』か、まさに奴のことを言っているような言葉だ」
この会場で一二を争うであろう美女二人によって『チャラい』称号を与えられたビグルスは、そんなことを知る由も無く、会場全体の女性達に手を振って列に戻っていくのだった。
ここまでの様子を何も語らず、ただ、ただ見守っていた司会の青年は、ビグルスが列に戻ると先ほどの勢いを取り戻していた。
「オッケーオッケー! 係員の一人が、ビグルスに使い物にならなくされてしまうハプニングがありましたけど、彼の魅力に彼女もメロメロだ! ただ残念だが、係員からは投票を受けることが出来ない決まりなんだ! 会場の女性達に彼の魅力が届くことを祈るとしよう! それでは、最後の一人! スーヌト=スピータジオだ! よろしくぅ!!」
あからさまに元気になった司会の青年を見て、シャロンが呟く。
「あの司会者は、ビグルスのような男は苦手なのか?」
「たぶん、自分のことを全力でカッコイイと思っている人が苦手なんじゃないですか?」
「たしかにな、それは、あの司会者だけじゃなく世間一般的にそうだと思うがな」
「やっぱり、どの世界も、行きすぎたナルシストは嫌われてるんですね」
「自分に全く自信が無いのも考えものだがな、あまり自信満々というのは、正直引くな」
「そういう人が好きな女性もいますから、需要はあるんですよ。何にでも」
既にアピールタイムを終えているビグルスに対して辛辣な評価を下し、どんどん周囲の女性からビグルスの評価を、知らず知らずの内に下げまくるシャロンとイクミ。
当のビグルスはというと、これでもかという自分判定で一番カッコよく見える角度なのであろう。斜めに立って足を交差させ、軽く上目遣い。左手で顔を半分抑えると言うポージングを維持している。一見つらそうなポーズだ。心なしか、イクミとシャロンの方に流し眼を寄越しているように見える。イクミとシャロンの周りでは、ビグルスのポーズを見て、失笑が起きていた。
ステージ上では、スーヌトの自己紹介が進んでいた。
「私は、町で演劇の役者をしています。スーヌト=スピータジオです。最近では、公演『一人ぼっちの青春ララバイ』で主役を務めさせて頂きました。特技は、泣きの演技。苦手なのは、女性です。休日は、部屋で何もせずに過ごすか、男友達の家に泊まりにいきます」
会場全体が彼が出す、異様な雰囲気に色々な嫌悪感を抱いていた。
司会の青年も、何から突っ込んで良いのか、むしろ突っ込んじゃいけないのか判断に困っているようだった。
「なぁ、イクミ。一人ぼっちの青春ララバイって、どんな公演なんだろうな」
「タイトルからすると、登場人物は一人なんじゃないですか?」
「やはり、そう思うか……なぁ、イクミ。苦手が女性で、休日に男友達の家に泊まりに行くというのは――」
「私に聞かないで下さい」
「――申し訳ない」
司会の青年も意を決したように、決意の表情をすると、大げさなリアクションで、大きな声を出した。
「サンキュー! スーヌト! 時間も押してるから、悪いけど、特技の披露は無しだ! 悪いな! それじゃあ、全員のアピールタイムも終わったことだし、投票に移るぞ!」
「無視することにしたか、懸命な判断だ」
「えぇ、掘り下げて、もっと聞きたく無い答えが出るリスクを回避したのですね。出来る司会者です」
イクミとシャロンの元に、係員の男性が、投票用紙とペンとインクを持って現れた。
「イクミは、どうする?」
「私は、リオ君に投票します。今日の私のパートナーですし」
「そうだな、いつもなら私もリオに入れるところだが、今日はパートナーのティルに入れるとしようか」
リオとティルは思いがけず、本日一番と言っても良い一票を手にするのだった。
(他の四人の参加者、特にリオという子供には、悪いが……あの黒髪の少女と、錬金工房の美女の票は僕の物だ。先ほどから、彼女たちと目まで何度も合っている。このコンテストが終わったら、あくまでもさり気無く声を掛けさせてもらうとしよう。そうすれば、彼女達も僕のコレクション入りさ……クックックックック……)
全然、空気も、何も読めていない一人の哀れな男性が、可哀想な妄想の海で溺死寸前になっていることに、会場の誰も、本人も含めて気付いてあげることが出来なかったのだった。