第24話 アピールタイム
ダンスパーティーの会場となっている食堂は、学園の中でも一番の広さを誇る施設だ。特徴的なのは、二○○○人という人間を一堂に集めても、まだ自由に動き回れるだけのスペースが、十分に確保されているということのみならず、ステージ上で発せられた音が、建物の反響を利用して、最後方まで聞こえるようになっているということだ。
毎年恒例で且つ、一番の目玉とも言えるであろう美男美女コンテスト。これに強制参加させられることになってしまった、リオとティルは他の参加者と共にステージ上で一列に並べられていた。
司会の青年が、芝居がかった口調で進行を進め始める。
「ここに選ばれた五人の美男達に上がって頂きましたぁ! どうですか、皆さん! 誰もが納得する美男ばかりでしょう!? かくいう私も、美しい人間には男も女も関係なく、目が無いのでありますが、こうして目の前で見ていると……漲ってきたぁ!!! ……失礼、取り乱しました!」
会場全体が彼の発した言葉に対して一歩引いたところで、参加者五名による自己アピールタイムとなった。
司会の青年が、前回優勝者のリーガス=アレドロに近づくと彼にアピールするように促した。これは、今回が初参加となった人に、『こういう形で自己アピールをして下さい』という見本として、彼を指名したのだ。
リーガスは一歩前に進むと、後ろ手に手を組んで、胸を張ると自己アピールを始めた。
「自分は、国防軍所属のリーガス=アレドロ二等兵であります! 前回は、学園の生徒として参加させて頂きましたが、今回は卒業生として、まだまだ後輩に一位の座を譲る訳にはいかないと、休みを貰って参加しました! 得意の魔法は、火属性の攻撃魔術です! 苦手な魔法は、火属性の攻撃魔術以外全てです! 趣味は乗馬! 休日は、愛馬の手入れをして過ごしております!」
リーガスは、背も一八三センチと長身で、褐色の肌をしている。髪型は金色で短髪。体格もガッシリとしていて、しかし自己主張が激しい筋肉というわけでもなく、洗礼された筋肉である。顔については、美男というよりは、さわやかな好青年と言った感じだ。褐色の肌が、彼の笑顔から覗く真っ白な歯を際立たせている。
会場からは、黄色い声援が降り注がれ、彼の爽やかさから年配の人からも好印象を得ていた。
「相変わらず、爽やかさマックスだな! 得意の攻撃魔法を発動だけしてみせてくれ! おっと、誰かに向けるなんてのは無しだけどな!」
青年の言葉に、リーガスが頷くと、胸ポケットから白い手袋を取りだして右手に装備し、呪文の詠唱を行う。
すると、彼の右手に付けられた手袋に魔方陣が浮き出して、赤く輝きを放つ。次の瞬間、彼の右手の魔方陣の上には、直径五○センチ程の火球が出来ていた。
「サンキュー、リーガス! 去年よりも火球がデカくなったな! こんなの喰らったら家の一つくらい吹き飛んじまいそうだ! お前がレナスの国防軍で良かったよ! じゃあ~次は、ティル=ガーラント! よろしくぅ!!」
ティルが緊張した様子で、一歩前に出ると、会場からヤジが飛んだ。
「よ! レナス一の色男! 学園の代表として頑張れよ~」
「お前がその列と一緒に並んでるのは、なかなか良いネタになってるぞ~」
「ちょっと止めなさいよ男子! ティルく~ん、気にしないで進めて~」
同じ学生からの熱いエール(?)を受けて、先ほどよりは緊張が解れたのか苦笑いを返してから、ティルは自己アピールを始めた。
「え~っと、この王立魔術学園に通わせて貰ってます。ティル=ガーラントです。何の因果か、嫌がらせか分かりませんが、別に美男という訳でもないのに、ここに立たされています。得意な魔法は、属性に関わらず基礎は全てです。苦手な事は、魔法も含めて応用する全てのことです。趣味は……特にありません。休日は、隣のリオと遊ぶか、学園の友人と遊ぶことですかね」
会場からは『お前! 特徴無さ過ぎ!』『コレは最早罰ゲームだな!』『男子止めなさいよ!ティル君も十分カッコイイわよ~、さっきのダンス素敵だった~』とヤジとエールが同時に送られて、なんとなく居場所のないティルは、早く列に戻りたい気持ちになっていた。
「ネガティブだな! でも女の子から素敵って言わせるだけの魅力が君にはあるってことだ! 自信を持て! ということで、君の得意なことを一つ見せてくれ!」
ティルは項垂れたように頷くと、司会の青年に書く物を要求した。
司会の青年は係の者に指示すると、すぐにペンとインク、紙が用意された。例年、魔術学園の生徒は特技として、魔術を使用することが多々ある為、事前に用意してあったのだ。
ティルは、紙とペンを受け取ると、慣れた手つきでキレイな魔方陣を描きあげる。それを隣で見ていた司会の青年が『ほぉ』っと感心したような声を上げていた。
魔方陣を描きあげたティルが、ペンとインクを司会の青年に返すと、呪文の詠唱を開始する。
すると、魔方陣の書かれた紙が輝きを放ち、徐々にその光を強くしていく。そして、魔方陣の書かれた紙は、自らその形を折紙のように変えて、一羽の鳥のような形になると、今度はその翼を羽ばたかせて空中に舞った。一頻りティルの周りを飛び回ると、彼が差し出した手の上に着地した。
会場からは驚きの声と、少しの黄色い声が混じった歓声があがっていた。
今、ティルが使用した魔法は、遠くの人へ手紙を届ける際に、魔術師が使う魔術である。これは確かに基礎中の基礎の魔術なのだが、この魔術の習得には王立魔術学園でも、高等部に行かなければ習得出来ないくらいに難易度の高い基礎であった。それを使ったティルに、驚愕する教師達と卒業生、管制を上げる同級生達と言った状態だ。
ティルは、軽く礼を返すと、恥ずかしそうに頭を掻きながら列に戻っていった。
「素晴らしい魔術じゃないか! ティル=ガーラント! 会場には魔術を使用しない人もいるから簡単に説明するけど、今使った魔術は高等部に行ってから習得する基礎の魔術なんだ! これで単位を落とす奴がいるくらいの高度な基礎魔術! それを中等部の生徒がすることは素晴らしいことなんだ! 今後の彼の活躍に期待だ! 次は、リオ=アストラーデ! よろしくぅ!」
リオが、溜息を一つ履き出して、一歩前に出る。
すると、中等部の女性から大きな黄色い声援が発せられる。そして、なぜか男からも声援が飛んだ。
目立つことが得意では無いリオは、先ほどより大きな溜息を一つ吐き出すと、自己アピールを始めた。
「え~……リオ=アストラーデです。以前はコチラの王立魔術学園に通わせて頂いていましたが、故有って、現在は町にある錬金術の工房でシャロン=マクレガー先生の下、錬金術の修行をしています。特技は物作りです。苦手は魔術です。休日は基本的には無いのですが、手が空いた時は読書か料理、先ほどティルが言ったように一緒に遊ぶこともあります」
「元後輩! 同世代の中等部からは大きな黄色い声援が送られているぞ! それじゃ~リオにも得意なこと見せて貰おうかな!?」
リオは軽く頷くと、周囲を見渡して使えそうな物を探す。目に映る色々な情報から、即席で作成出来る物を瞬時に考えては、判定し、再検討していく。
最終的に思い付いたのは、先ほどティルが使用した紙、暖炉で使用する炭と果実ジュース、ナイフと、リオが髪を止めていたピンを使用することにした。あと、司会の青年にコンパスをお願いした。
紙を果実ジュースで濡らすと、その濡れた紙を炭の半分だけに巻きつける。続いて、ピンで濡れた紙を挟むようにして止める。今度は、ナイフを少し力を加えて少し角度を付けて折り曲げると、紙を巻いていない方の炭に突き刺した。
そこで、係の人がコンパスをどこからか借用したのか持ってきた。
リオは、それを受け取ると、コンパスが北を向いていることを確認して、作った装置を北とは直角になるように配置する。
そして、ピンとナイフの先を接触させてコンパスを近づけると、北を向いていたコンパスの指針が、ピンとナイフに向かって引っ張られた。
それを見ていた司会の青年は、『え?』と疑問の声を上げると、リオからコンパスを受け取って、コンパスが故障していないか確認をする。
コンパスを回してみたり振ったりしてみても、しっかりと北の一点を指示している。そのコンパスをリオが作った装置に近づけると、指針が装置に引っ張られるのだ。
司会の青年は、この驚きを会場全体に教えてあげたいのだが、彼の豊富なユーモアセンスを持っても見たままを伝えることしか出来なかった。
彼の驚いた様子と、ステージ上でしか確認の出来ない、地味な演出に、会場と彼の温度差はピークを迎えようとしていたが、興味を持った前回優勝者のリーガスが覗きこむと同時に、司会の彼と同様に驚愕したので、多少の温度差は改善された。
「リオ=アストラーデの作った装置にコンパスを近づけると、コンパスが北を指示さなくなりました! 何が凄いか分かりませんが、これはとても凄いです! まるで魔術のようです! ですが、彼は魔術を使用していません! 演出としては、かなり地味ですが、これはとても凄いです! この装置は、学園で少し預からせて頂きます! ちなみに、あの装置は、どうしてコンパスの指針を奪うのですか!?」
司会の青年とリーガスだけが、最高潮にまで達した好奇心でリオに問いただすが、リオとしても何故コンパスの指針が奪われるのかは、現象として知っているだけで、原理は分からないのだった。
「え~っと、よく分かりません。工房で実験している時に、偶然発生したことなので……今作れる物というと、道具も無かったので、その装置を作ってみたんですが、あまり会場のウケは良く無さそうですね」
「いや! これは凄い大発見かもしれません! 会場との温度差に、私も肝を冷やしておりますが、この装置が素晴らしいということだけは確かです! 皆さま! 彼に盛大な拍手をお願いします!」
会場からは、最初とは打って変わって余り大きな声援も拍手も返ってこなかった。
ある意味、目立ちたく無いリオとしては大成功だったが、逆に悪目立ちしていることに彼は気付いていなかった。