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第22話 二組のダンス

 ステージ上の吹奏楽隊が奏でる如何にも”威厳があります”という音楽が、徐々にその音楽を小さくさせていく。リオが周りに目をやると、他の参加者たちもステージ上を見つめていた。おそらく音楽が鳴り止んだ時より、誰かしらの開始の合図と挨拶があって、それから本格的なダンスパーティーの開始となる。そう皆が考えていたからだろう。程無くして舞台袖から、おそらく三○代後半から四○代前半くらいの、威厳を感じさせる(ひげ)を貯えた細身の男性が現れた。

 男性は『ゴホン』と一つ咳払いをすると、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「本日は、当学園ダンスパーティーにご来場頂き誠にありがとうございます。私、当学園の長を務めさせて頂いております”エレク=デダナン”と申します――」

 

 低いが良く通る声で、大きいが不快に思わない、キレイで絶妙な声量。オペラのテナーにも似た、聞く者に安心感を与える心に響く声の持ち主だ。

 

「――それでは、堅苦しい挨拶はこの辺りまでとしましょうか。今日は、若者が、若者による、若者の為のパーティーです。盛大に盛り上がって頂きたい。以上です」

 

 長くも感じないが、短くも感じない。この手の挨拶という物は、得てして無駄に長かったり、話が脱線したり、時勢の話を入れてみたりと、長く挨拶をすることが仕事のような人もいる。しかし、この学園長はそうではなかった。必要な要点のみを話し、無駄を割いた内容。それでいて、話をゆっくりすることで、彼の威厳が会場全体に満ちている。リオは、エレク=デダナンという人が若くして、学園長に収まっていることをそういった点から、なんとなく理解した。

 学園長の挨拶が終わると、会場全体から拍手が起こった。場の雰囲気を壊さないが、決して小さすぎない音量である。

 

「ふむ、なんとも素晴らしい御仁だな。魅了の魔術でも使ったかのように、会場全体を虜にしてしまったぞ。だが、これは魔術じゃなく彼の魅力だ。若くして学園長に収まるだけのことはある」

 

 自分がシャロンと同じ考えに到っていたことに、少し喜びを覚えつつも、リオは顔に出さずシャロンに頷いて応えた。

 学園長が拍手に一礼を返してステージから降りると、吹奏楽隊の演奏が再開された。今度は先ほどの曲とは違い、軽やかで弾むような曲である。それらを聞いた周囲の面々は、思い思いの行動に移り始めた。一部の者は、会場の端に並べられたテーブルを彩る皿にを手を付け始める。そして、早速ダンスを踊り始める者もいた。

 

 (最初の勢いに乗らなくちゃ、この後、誘うなんて俺には無理だぜ!)

 

 意を決したティルは、シャロンの前に立つと右手を差し出した。

 

「よ、宜しければ一曲お願いできますか!?」

 

 ティルの言葉に一瞬キョトンとした顔するシャロン。

 その様子をワクワクした顔で見るイクミ。

 リオも親友の勇気に称賛を与えたい気持ちだった。

 シャロンは、ニヤリと顔をヤラシイ笑顔に変える。

 

「ふふ、先ほどはティルに助けられたしな。それでは騎士(ナイト)殿に一曲付き合って頂くとしようかな」

 

 シャロンは左手をティルの右手に”そっ”と乗せると、ティルと共に会場の中心まで歩いていった。

 その二人には、会場から色々な視線が集中していた。ティルに対する嫉妬と羨望。シャロンに対する情欲と憧れ。そして二人の組み合わせに対する疑問である。

 最初こそ、ティルもシャロンもお互いの技量を探るようなダンスをしていた。しかし、それも数十秒もすれば、全然違った物に変わっていった。

 曲に合わせて動く二人は、周囲を見渡しても明らかにレベルが違っていた。ティルは普段のイメージからは想像出来ないが、類まれなダンスセンスを持っているのだ。ティルは基本を忠実に行うことには、非凡な才能を発揮する。『音楽に合わせる』という基本と『ダンスにおける基本の動き』については、この会場内でティルに勝る者はいないだろう。そして、シャロンは全くの正反対であり、応用しか存在しない。だが、それはティルの規則正しく、基本に忠実な動きだからこそ最大限に発揮される。ティルの動きの先に合わせた、完璧なステップである。基本が二人では酷くつまらないダンスになっていただろう。しかし、シャロンが基本の動きに加える過激すぎるスパイスは、見る者に強烈な印象を叩きつけるのである。

 リオもイクミも、二人のダンスに釘付けになっていた。それこそ時間も忘れてしまう程に、息をすることも忘れてしまう程に。

 吹奏楽隊の演奏が終了すると、会場から割れんばかりの拍手が起きていた。

 

「ティルも、先生も凄いです」

「本当に……私、感動して泣いてしまいそうです」

 

 ティルとシャロンが手を合わせながら、二人に合流する。その顔は、二人とも最高に満足そうである。

 

「どうだ!? 踊りきったぜ!? なかなか俺も踊れていただろ!?」

「ティルが相手だと踊りやすかったぞ。何せ基本に忠実だ。ヘタな癖などなく。それでいてミスも無い。私のパートナーとしては最高だな」

「二人とも素晴らしかったです!」

「ティル、男気を見させて貰ったよ……今度は僕の番ですね」

 

 吹奏楽隊が、今度も雰囲気を変えた曲を奏で始める。流れるような、清らかな音楽。

 リオは、イクミに身体を向けると右手を出す。

 

「姫様。宜しければ一曲お付き合い頂けませんか?」

 

 やはり、気恥ずかしさが残っているのか、先ほども使った冗談を再度使用して自分に切欠を与える。

 イクミはニコリと笑顔を浮かべると、ドレスを抓んで挨拶を返す。

 

「こちらこそ、リオ様。宜しくお願い致します」

 

 イクミの白くて柔らかい手が、リオの右手に添えられる。

 リオは自分の神経が、右手に全て集中してしまったかのような錯覚を体感した。

 すぐに我に返ると、イクミの手を引いて会場の中心から少し外れたところを目指す。

 そして、やはりこの二人も周囲から視線を集めていた。リオの容姿に溜息を洩らす女性達。イクミの容姿に反応する男性達。そしてどちらにも向けられる嫉妬と羨望である。

 二人のダンスは、ティルとシャロンのような派手さは無い。だが、二人の人間が持つオーラとでも言うのだろうか、まるで二人の周りだけ花が咲き誇るような、そんなイメージが見えるのである。

 お互いに相手を気遣うような、優しさに溢れたダンスに、いままで嫉妬と羨望の眼差しを向けていた者たちまでもが、溜息を洩らすのであった。



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