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第14話 文化の違い

(なんだか……とても懐かしくて悲しい夢を見ていた気がする……)

 

 まだ日も昇らない朝、自然と目を覚ましたリオは、早朝ランニングの準備を始める。

 何か、心の奥に引っかかるような、思い出したいのに思い出したくない、そんな気持ちを胸に抱いたまま部屋の扉を開ける。扉の前には、まさにノックをしようと右手を上げているイクミの姿があった。

 イクミは恥ずかしそうに右手を下げ後ろ手に組むと、笑顔であいさつをした。

 

「あはは、おはようございます! リオ君早起きですね!」

 

 イクミの恥ずかしそうだけど、嬉しそうな笑顔を見て、心にあったモヤモヤが少し楽になったような気がしていた。

 それが顔に出ていたのか、リオの顔には自然と笑顔が浮かんでいた。

 

「おはよう、イクミ。今日も走りますよね? 準備は万端ですよ」

 

 二人は階段を音を立てないように、ゆっくりと降りて行く。

 軽く関節をほぐし、筋を伸ばして準備運動をすると、先日と同じコースを走るのだった。

 

 ◆

 

 イクミは昨日と同じように、真っ白な灰になったリオをそのままにして、朝食を作り始める。

 今日は、川魚の塩焼きと根菜の浅漬け、近隣で農作されているサマーライスという少し黄色かかった米を炊いた物である。

 イクミとしては、日本の家庭の味である”味噌汁”を是非とも作りたかったところだが、買い出しの時に”味噌または代替え品”を探したが見つからなかったのだ。

 仕方がないので、何か”日本の味を”と買い出しの時に、探して見つけた緑茶を飲み物として用意した。

 まるで世界の江戸時代みたいな食事内容で、質素で少し塩分が多めだが、バランスの取れた食事を心がけた形だ。

 匂いに引き寄せられるように、二階からヨタヨタとシャロンが眠そうに微妙にずれた眼鏡をしながら降りて来た。

 

「おはよ~、イクミ~。 今朝も早くから元気だねぇ~」

「おはようございます。 シャロンさん」

 

 シャロンの挨拶に、笑顔で返すと準備しておいた朝食を、片付けておいたテーブルに並べていく。

 並べられたラインナップに、少し訝しげな表情を見せたシャロンが、根菜の浅漬けを指差して質問する。

 

「イクミ? これは一体なんだ? サラダじゃないよな?」

「それは私の世界では”浅漬け”と言って、野菜をよく洗い、塩などの調味液に短時間浸けた物です。 とてもシンプルですが、サラダとは違った味わいですよ」

「”朝漬け”か……イクミが美味いというなら美味いのだろう」

 

 微妙に”浅漬け”のニュアンスが違う気がしたが、当たらずも遠からずと言ったところなので、イクミは敢えて指摘しないことにした。

 シャロンがフォークを使って、大根によく似たホワイトラジィという根菜を一つ突き刺すと、一度顔の高さまで持ち上げ、意を決したように口に頬張った。

 しばらく噛む勇気が出ないのか、目を瞑ったまま口の中で右に左に遊んでいたようだが、一度カリッと根菜の小気味良い破砕音がすると、シャロンが目を見開いた。何度か噛んで飲み込むと、驚いたような顔をしてから、思わず声が洩れたように感想を呟く。

 

「おいしい……私はこのホワイトラジィが苦手だったのだがな……これならば食べられるぞ! というか好物にすらなる!」

「それは良かったです。 このホワイトラジィは辛みが強いですからね。 塩で揉むと、食べやすくなるんですよ」

 

 シャロンは説明もろくに聞かず、浅漬けを頬張っては笑顔を浮かべている。

 朝食を用意している間、真っ白になっていたリオにも徐々に色身が戻っているので、一人フライングしてはいるが朝食を開始することにした。

 リオも疲れの所為か少し震える手でフォークを握りしめると、少しづつ朝食を取り始めた。

 少し周りを見る余裕が出来たのか、リオの手元を見て首を捻る。

 

「イクミ、それは何を使って食べてるんですか?」

「コレは”箸”です」

 

 イクミは箸の腹を両手の人差し指と親指で目の高さまで持ち上げて、説明した。

 リオが、イクミの言葉を繰り返す。

 

「”箸”?」

「はい。 フォークやナイフは、自分で定められた仕事しかすることが出来ませんが、こちらの”箸”は、色々な使い方が出来るのですよ。 例えば――」

 

 イクミは川魚の塩焼きを、箸で切ったり、抓んだりと、箸の使用方法や”刺し箸”や寄せ箸”などのマナー違反についても簡単に説明した。

 それらの話を興味深く聞いていたリオは、とても”箸”について興味深い印象を受けたようで、眼鏡を掛け直すと感想を話しだす。

 

「とても簡素で、汎用性の高い道具ですね。 敢えて何かの機能に特化性を与えるのでは無く、色々な要素を殺さずに両立させることで、効率性を上げているわけですか……フォークは”刺す”事に特化している為、刺すことには力を発揮しますが、小さい物や丸い物などには力を発揮しにくく、ナイフも”切る”ことには特化していますが、フォーク同様に小さい物や丸い物には力を発揮出来ない……それに対して”箸”はフォークのように刺すことは出来ないが、大きい物、小さい物、丸い物に限らず”抓む”ことができる。ナイフのように切りやすくは無いが、物によっては切ることも出来る。切る必要がある物については調理時に”切る”必要が無いように調理をしておけば良いということか……素晴らしい……」

 

 イクミが『そこまで考えたことありませんでした』と感想を漏らし、リオが感動に打ち震えている間に、リオの川魚はシャロンの侵略を受けているのだった。

 

 

 ◆

 

 

 もはや、朝食の片付けが終わった後は会議が定例となりつつあった。

 今日もテーブルを囲んで、シャロン議事長の元、朝礼会議が始まっていた。

 

「さて、今日も一日目標を持って行動する為に、テーマを決めたいと思う!」

「テーマは良いですけど、先生も何か作った方が良いと思いますよ? 最近、町人からの依頼も僕がこなしちゃってるんですから」

「グッ……いやぁ~リオちゃんは出来が良いから、私助かってますよ! 本当! 仕事も丁寧だしねぇ~」

「おだててもダメです。先生のファンは、先生が作った物が欲しくて、依頼してる方もいるんですから、ちゃんと対応してあげて下さい」

「あうぅぅぅ……リオちゃんのいけず~……」

 

 今日ばかりはリオに軍配が上がった。

 ここまで、リオがシャロンを遣り込めるのも珍しいのだが、リオにも考えがあるようだ。

 

「僕は、今日やりたいことがあるんです。 午前中は昨日、風呂作りを優先した為、出来なかった家事全般を片付けるとして、午後はイクミに僕らの世界の文化レベルについて説明したいと思います」

「文化レベルか?」

「はい。イクミの世界は、僕達の世界より色々な技術が発展しているようです。おそらく魔法が無い世界の為だと思いますが、いわゆる発明品においては、僕達の世界とは段違いの文化レベルです。文化レベルのすり合わせをすることで、イクミの世界にある物をこちらで作ることが出来れば、生活を豊かにすることが出来ると思います」

「家事をしながら、リオ君とは文化の違いについて話すことがあるのですが、色々な単位などの名称が同一の物を使用していたりと、文化にも類似点が多くあります。おそらく実現出来る物がかなりの数あると思うんです。少なくとも魔術を応用することで、似たような機能を持たせることが出来ると思います」

 

 シャロンはメガネを掛け直しながらブツブツと何か呟き出す。何かの考えに到ったのか『ちっ』と舌打ちした。

 

「若い二人は、楽しそうなことしてるのに私は一人でお仕事ですか~あぁ~良いなぁ~良いなぁ~」

「先生。自業自得です」

 

 リオがにこやかな笑顔で答える。

 

「…………はい」

 

 シャロンにはリオから凄まじいプレッシャーが放たれているように感じていた。


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