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第11話 とても重要な問題(3)

 『ティルの魔法で水を溜める』という発言について、リオは深く考察してみる。

 たしかに、水女神(ウンディーネ)から魔力を対価にすることで力を貸して貰い、水を溜めることが出来れば手間を掛けずに済む。

 だが、錬金術師のリオとシャロンは知識としてはあっても魔法、魔術ともに使用したことが無く、イクミに到っては魔法の無い異世界から来たばかりである。

 この工房の住人には、ティルの提案を実現する為の要員がいない。 リオは、そう判断していた。

 

「ここの工房に住んでいる住人には、魔法や魔術の知識が無いからね。 ティルの言うように魔法で水が溜められたら良いんだけど……」

「そっかぁ……今からイクミに勉強して貰っても、すぐには無理だろうしね」

 

 リオとティルが諦めの言葉を口にし俯くと、ずっと【?】を浮かべて首を傾げていたイクミが【?】を【!】に変えて『ハッ』とした顔をする。

 

「そうですよ……このお風呂も魔力カンテラみたいにすれば良いんじゃないですか?」

「?」

「どういうことですか?」

 

 ティルは【?】を浮かべ、リオは疑問を口にする。

 イクミは専門家の二人に自分の素人考えを話すのが、少し(はばか)れるのか、自信無さ気に小さな声で話し始める。

 

「えっ……と、ですね……魔力カンテラは”一般の人が持っている魔力”で動く魔道具なんですよね? それと同じような考え方で、お風呂の水も溜められた便利でしょうね……と思ったのですが、素人考えで申し訳ありません!」

 

 途中から恥ずかしくなったイクミは、捲し立てるように言い切ると、最終的には頭まで下げていた。

 しかし、イクミの提案を聞いたリオは、その発想には到っていかなかった為、目を丸くして驚いていた。

 即座にリオは目を瞑ると脳内演算能力をフル稼働させ”風呂の魔道具化”について、色々な要因、実績を元に検証していく。

 今、リオの頭の中では魔力カンテラの映像や、魔術を行うティルの映像、イクミの話す姿が順繰りに走り回り、一つの形に混ざり合っていく。

 リオが計算を終えて、ゆっくり目を開くと(おもむろ)に話しだす。

 

「イクミ……”風呂の魔道具化”可能です!」

「え! 本当ですか!?」

「マジか!?」

 

 リオは、二人の反応に無言で頷き返すと考えを話しだす。

 

「魔力カンテラは、密封したカンテラに”低純度のエーテル溶液”を封入し、火属性を付与することで実現しました。 なぜ”低純度のエーテル溶液”を使用したのかと言うと、エーテルには魔力と反応して、その反応を大きくする性質があります。 もし、そこで”標準”や”高純度”のエーテル溶液を使ってしまうと、発現する火が強すぎてカンテラを損傷させてしまう危険があったからです。 それを逆に利用して、一般の人でも”火の光”だけ起こせる仕組みにしたのですが、この”風呂の魔道具化”では”標準純度のエーテル溶液”を使用します。 コレによって、空気中に含まれる、湿度と魔力、エーテル溶液を対価に風呂へ付与した水属性で水を発生させます!」

 

 一気に説明を言い切ったリオは、少し興奮しているのか、それとも軽く酸欠を起こしているのか、顔が真っ赤になっていた。

 今の説明で疑問に思ったティルが、少し焦ったように口を開く。

 

「ってことは、また自習室使うのか!? 俺、予約入れてないぞ!?」

「今回は、自習室では無く、ここでやりましょう。 この風呂桶を持って学園に行くのは大変ですし、それに……今日中(・・・)に完成させなければならないんで……」

「ふふっ、そうでしたね」

 

 思い出したくないことを思い出したリオはゲンナリとし、その様子を見たイクミは笑みを溢す。

 リオは、気を取り直すと、工房内にある棚から一つの小瓶を抓むようにして取り出す。

 その小瓶は、ほんの三センチほどしかない小瓶で、中には無職透明の液体が入っていた。

 それをティルに手渡す。

 

「ティル、これが”標準純度のエーテル溶液”だ。 水属性と”エーテル溶液”の相性は凄く良いから、おそら三滴ほどで足りると思う。 注意して欲しいのは、”低純度”以上に揮発性が強いこと、風呂に属性付与をする直前に必要量だけ垂らして貰いたい」

「おう! 分かったぜ! 俺、水女神(ウンディーネ)との相性は、あんまり良くないんだけどな。 出来る限りやってみるぜ! この石灰くれ」

 

 ティルはリオから小瓶を受け取ると、小さな手持ち黒板の上に置いてあった石灰を手に取った。

 風呂の底面に、石灰で幾何学模様を描いていく。

 描く様子を隣で覗きこむようにして見ていたイクミが感想と疑問を洩らす。

 

「ティルさんの書く魔方陣はキレイですね。 ……前回の魔方陣とは形が違うのですね」

 

 魔方陣には、それその物にも独特の意味合いがあり、前回の炎神(イフリート)の魔方陣は、円の中に三角を中心とした幾何学模様と見知らぬ文字のような物だった。 今回のそれは、円の中に(うず)がいくつも書かれ、先と似てはいるが全く違う文字のような物が書かれていた。

 

「コレは水女神(ウンディーネ)の為の魔方陣だ。 それぞれの精霊や神様によって文字や形が変わるんだぜ! 教科書には基本的な物だけだけど、いくつか書いてあって、凄いキレイなんだぜ! 今度見せてやるよ!」

 

 ティルが『ニシシ』と笑いながら、得意げに説明する。

 イクミは感心しながら、ティルの話を聞くのであった。

 なんとなく面白くないリオは、椅子に腰かけてテーブルに頬杖を付き、不機嫌そうな顔をしているのだった。

 準備が終わったティルが、イクミとリオに離れているように告げると小瓶から三滴魔方陣内にエーテルを垂らす。 その間にイクミがリオの隣まで下がる。

 ティルが詠唱を始めた。 風が入ってこない工房内で、ティルの髪が下から弱い風に吹き上げられユラユラと揺れ始めていた。

 

水女神(ウンディーネ)よ……我、ここに汝に願う。 我が魔力を対価として、汝の力の発現を。 水属性付与ウォータ・アトリビュート・エンチャント!」

 

 ティルが詠唱を終えると魔方陣が中心から蒼く輝きだし、魔方陣から蒼い逆巻く滝のような光柱が天井まで伸びる。

 しばらくすると光が天井から徐々に弱まっていき、最終的には風呂の底に魔方陣が焼きつくように残っていたが、次第に魔方陣の形が変わって水滴のような形に変わった。

 

「魔方陣が変わって、代わりにこの紋章が残るんだ。 そこにエーテル溶液を垂らして、魔力を注げば、水が出てくるはずだぜ! イクミ試してみろよ」

 

 ティルが風呂桶から下がって、イクミに小瓶を渡す。

 イクミは差しだされるままに小瓶を受け取るが、”魔力を注ぐ”方法を知らない為に戸惑っていた。

 慌ててリオが、イクミに声を掛ける。

 

「イクミ、手を貸して!」

 

 イクミは、言われるままに、小瓶を持っていない左手をリオに差しだすと、リオがその手を取った。

 

「今から、僕の魔力を少しだけイクミに流すから、何か感じたら教えて?」

「はい」

 

 リオは、少しずつ自分の魔力をイクミの左手へと流し込んでいく。

 なんとなくだが、イクミは自分の左手が暖かくなる感覚がした。

 

「手が暖かくなってきました」

「何か流れのような物を感じませんか?」

 

 イクミは、リオに言われたことを感じ取る為に、意識を集中する。

 微かにだが、自分の中の流れに乗る何かの他の感覚を感じ取った。 だが、嫌な感じは受けない。 暖かく、人の優しさに直接触れているような、そんな感覚。

 

「何かが、私の中に入ってきます。 嫌な感じはしません。 むしろ、心地良いです」

 

 それを聞いたリオは、わずかに頬を染めると、説明をする。

 

「それが私の魔力です。 これは魔力を流し込む基本中の基本で、この世界に住む魔力を持つ人なら、誰でも出来ます。 これを高めて行くと、治癒魔法になるんですが、”手当”の語源とも言われています」

「そうですか……とても暖かくて、気持ちが良いです。 私の世界でも、こうして手を当てると痛みが引くような気がしていました。 小さい頃に母親に撫でてもらうだけで痛みが引いたものです。 もしかしたら、アレも魔法だったのかもしれません」

「そうかもしれませんね。 それでは今度は逆に、私に魔力を流し込んでください。 体温を分けるような感覚です」

「はい」

 

 イクミは、リオから貰った物を返すようにイメージする。 そして今度は、自分から与えるような感覚へと変えていく。

 リオは、イクミから暖かい流れの様な物を感じた。

 そこには”優しさ”や”穏やかさ”の中に少し”寂しさ”のような物が混じっていた。

 リオは少し首を傾げるが、大したことでも無いので、魔力の流れが制御出来ている事をイクミに伝えた。

 

「ということは、イクミも私達と同じように魔力が備わっているということですね」

「良かったです。 それではお風呂の紋章で、もう一度試してみますね」

 

 リオは少し、残念に思いつつイクミの手を離すと、イクミは風呂桶に歩み寄って、紋章に小瓶からエーテルを三滴垂らす。

 紋章に左手を付けると、先ほどのリオとのやりとりを思い出しながら、紋章へ魔力を流し込んでいった。

 すると、紋章が蒼く輝くと、紋章から水が湧き出してきた。

 慌ててイクミが風呂桶から離れると、みるみる内に風呂桶に水が溜まり、一杯になったと思ったら、その勢いが止まらず溢れだした。

 リオが慌てて風呂桶に手を突っ込むと、風呂桶の栓を外して水を抜く。

 紋章からの水の発生が弱まったのを確認して、再び栓を戻した。

 

「私のやり方が悪かったのでしょうか……」

「エーテル三滴が多かったのかもしれません」

「とりあえず、風呂の魔道具化が成功したんだから良いんだろ」

「「たしかに」」

 

 たまたま声が重なったリオとイクミは、顔を見合わせるて笑い合うのだった。


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