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第10話 とても重要な問題(2)

 シャロンが発した『風呂を作る』という言葉に、リオにも思うところがあった。

 構造を考える上で、必要な材料を考えてみると、実に単純な物だと思えるからだ。

 そう、簡単に答えるならば、人が一人入れる大きさの桶を作れば良いのだ。

 そして、ここで問題になるのが水である。

 普段、工房で使用する水は、職人通りにある井戸から桶に入れて持ってくる。

 しかし、人が入れるほどの桶に水を溜める為には、一体、何往復すれば良いのだろうか。

 

 普段、リオが汲み置き用に汲んでくる水は、およそ20リッターであり、生活用水としてはギリギリである。

 というのも、不足したら汲みに行けばよいと、考えているからである。

 もちろん錬金術で大量に水が必要になる場合は、それを見越して何往復かするのだが……

 それが毎日、必要と言うことになると、その労力はおよそ15往復ほど必要になるだろう。

 

 では、その労力を無くす為にはどうすれば良いのか、それが一番の課題となってくるのである。

 そして、次の問題がお湯である。

 たとえ井戸から水を持ってきたとしても、それを水からお湯にする為には、結構な量の燃料が必要になるのである。

 桶では無く、大きな鍋のイメージに変えた場合、それらの初期投資額は、財布と相談できるような物ではなくなってしまう。

 

 リオは、腕を組みながらそこまで考えると、この疑問を解消するには自分の知識だけでは答えが出せないと考えて、シャロンへと問いかける。

 

「先生、風呂を作るのは良いのですが、毎日の水の用意と、その水をお湯にする燃料はどうするのですか?」

「どうするって……それは、コレからリオが考えるんじゃないか」

 

 シャロンは腰に両手を当てて、その大きな胸を張ると、さも当然!とばかりに答えた。

 リオは少し予想していたが、予想を裏切らない返答に頭が痛くなるのだった。

 

 しばらくリオが、手持ち用の小さな黒板に、石灰で図案を書きながら『あーでもない、こーでもない』と考え込んでいると、出掛ける準備万端のシャロンが二階から降りて来た。

 リオが(いぶか)しげに、視線を投げると、シャロンから驚愕の一言が帰って来た。

 

「んじゃ! 私は遊んでくるから! リオちゃん宜しく~☆。 イクミはリオちゃんが今日中・・・にお風呂を完成させるよう見張っててね♪」

 

 あまりに、あんまりなシャロンの言葉にリオは咄嗟のツッコミも、拒否も忘れ、茫然としてしまっていた。

 隣ではリオの肩に『ポンッ』と手を乗せて、苦笑いしながら首を振るイクミがいるのだった。

 

 シャロンが出掛けた後、リオとイクミも支度を整えると町に出掛けていた。

 決して嫌になって遊びに出掛けている訳ではない。

 真面目なリオには、どんなに理不尽な理由であろうと依頼を完遂する責任感があったからである。

 今は、人が一人浸かれそうな大きさの桶と、必要な材料を探しに町へと出て来たのだ。

 色々見て回ったが、必要な材料はともかく調度良さそうな大きさの桶は見つからなかった。

 

「なかなか見つかりませんねぇ」

「まさか、人が浸かれるほどの桶を用意するという時点で、大きな課題だったとは……迂闊でした」

 

 項垂れるリオの隣を歩くイクミが、何かを発見してリオに告げる。

 

「リオ君、あれなんかどうですか?」

 

 イクミが指さす先にあったのは……酒屋にある大きな(たる)であった。

 そのサイズたるや、高さ百七十センチメートル、直径百三十センチメートルという、まさに人が一人丸々入れるサイズであった。

 そして、この酒屋はティルの実家が開いている酒屋であった。

 

「コレは盲点でしたね。 たしかに保存用の酒樽なら人が一人入っても十分な大きさがあります。 それに、この店はティルの実家です」

「最初の内は、少しお酒の匂いがするお風呂になりそうですね……シャロンさんは喜びそうですけど……」

 

 リオはイクミの言葉に笑いを堪えつつ、店の入り口から顔を覗かせた。

 酒屋の中は、殴り書きで銘柄が書かれた大小様々な樽と瓶が並び、甘い香りが充満していた。

 店内で作業をしていた、ふくよかな体型で少し癖のある髪の毛を肩口まで伸ばした一人の女性が、リオに気付いて笑顔を向ける。

 

「リオ君じゃないか、こんにちはッ! うちの馬鹿息子に用かい? お~いッ! ティルーッ! リオ君が来たよッ!」

 

 リオとの挨拶もそこそこに、ティルを怒鳴りつけるように呼び出す。 ティルの母親の話す時の癖で、結婚する前に住んでいたところの(なま)りが抜けていなのだ。

 店の奥にある階段から走る様に降りてくるティル、服装がいつもの町着ではなく、青を基調にした学園の冬制服を着ていた。

 

「リオ! どうしたんだ!? 今日遊ぶ約束とかしてたっけ!?」

「ティルッ! なんで、まだ制服着てるんだいッ!? 汚さない内にサッサと着替えて来なさいッ!」

「母ちゃん! こんな近くにいるんだから、怒鳴らなくても聞こえるよ!」

 

 いつも変わらぬ風景に、思わず笑みが零れるリオ。

 イクミも自然と笑顔になっていた。

 母親とのやり取りを終えたティルが、リオとイクミに向き直すと、今のやり取りが恥ずかしくなったのか、顔を染めて目を背けて口を開く。

 

「んで? リオとイクミは何しに来たんだ? 遊びに来たのか?」

 

 リオは、ある目的の為に、余っている大きな樽を譲って貰ないか、ティルとティルの母親に相談した。

 ティルの母親が、少し考え込んだ後に手をポンと叩くと、相も変わらず大きな声で話しだした。

 

「そういえば、この大きさの樽で一つ、穴が空いちまって使えなくなったのがあったよッ! 穴が空いてても良かったら、持って行きなッ!」

「母ちゃん、穴が空いてたら樽として使えないじゃないか」

「ティル、僕達は樽として使わないから良いよ。 使いたいのは上半分か、下半分だけだからさ」

 

 頭に【?】を浮かべながら、ティルとティルの母親は首を傾げる。

 

「一体何に使うんだいッ?」

「えぇ……僕の先生の我儘(・・)で『お風呂』を作ることになったんです……とりあえずは、人が入れる位の大きさの桶の様な物があれば、一つ目の課題は達成できます」

「風呂ねぇ……また随分、お洒落な物をつくることにしたねッ!」

 

 ティルの母親は少し考え込むと、またも手をポンと叩いた。

 

「あのまま持って行くんじゃ大変だからねッ! ちょっとアンタ達ついてきなッ!」

 

 ティルの母親が店の奥に引っ込む、リオとイクミが後に続き、ティルも一緒についてくる。

 店の裏には、庭があった。 そこでは一人の(たくま)しい男性がノコギリでいくつかの樽を解体しては、バラバラになった木材を小さな焼却炉で燃やしていた。

 その男性にティルの母親が近づくと、何やら話をして、男性を連れて戻って来た。

 

「これ、ウチの旦那ッ! リオ君も会うのは初めてだったよねッ!」

「君がリオ君か!いつも息子が色々とお世話になってるね」

 

 母親とは違い、訛りの無い話し方をするティルの父親、見た目の豪快な印象とは違い、とても礼儀正しく帽子を取って挨拶をする。

 その様子に『ハッ』となった、リオは慌てて礼を返した。

 隣ではイクミも、淑女(しゅくじょ)のようにスカートを抓んで礼を返す。

 ティルの父親は『カッカッカ』と笑うと、『どれでも好きな樽を選んでくれ』と促した。

 

「良いのですか?」

「なぁに、どうせココにあるのは解体して燃やしてしまうんだ。 誰かに他のことに使ってもらえるなら無駄が無くて良い」

「ありがとうございます」

 

 ティルの父親は、ノコギリを『くるっ』と回して持ち直すと、笑顔を浮かべる。

 

「選んだら欲しい大きさに、コイツで切ってあげよう。 元々解体する予定だったんだ。 手間も同じさ」

「重ね重ね、ありがとうござます」

 

 いくつもある樽の中から、外から見かけた大きさの樽と同様の物を見つけると、それをティルの父親にノコギリで、半分に切って貰う。

 まだ、半分に切ってあるとは言え、その重さはリオとイクミだけで持つには、まだまだ重かった為、ティルにも手伝って貰うことにした。

 持っていた樽の大きさの所為もあるが、周囲からは少し注目を集めていた。

 何とか工房まで、運び込むと、一時的に壁に立てかけておく。

 

「直接、置かないのか?」

「うん。 このままだと、一度水を入れてしまったら、毎回汲み出さなくちゃ水を入れ替え出来ないんだよ」

 

 ティルは首を傾げると、さも当然と言った様子で言葉を続ける。

 

「そりゃそうだろ。 一度一杯にしたら汲み出して、もう一度新しい水を入れるんだろ?」

「ん~……そうなんだけど、それだと毎日入るお風呂の用意に時間が掛かりすぎちゃうでしょ? だから…こうして!」

 

 リオは、いつの間に持っていたのか、手に持ったナイフを樽の底に突き立てた。

 

「うぁ! 危ないな! っていうか、穴開けちゃったら水溜められないだろ!? どうすんだよ!」

「まぁ~まぁ~見ててよっ!」

 

 再度リオはナイフを樽の底に突きたてる。 今度は先ほど突き立てたところのすぐ隣である。

 何度かリオは同じ作業を繰り返し、器用にナイフで穴を整形すると、樽の底には直径三センチ程のキレイな穴が出来ていた。

 

「あ~ぁ、これじゃ、もう一回父ちゃんに言って貰ってくるしかないな……」

「ふふっ、ティル君、これで良いんですよ」

「そう、これで良いのです」

 

 リオとイクミで納得している様子にティルは【?】を浮かべながら首を傾げることしか出来ない。

 そうしていると、今度はイクミが前もって買っていたいくつかのレンガを使って四角く囲い始める。

 そこに、リオは掃除用の排水溝に、先を差したトンネルバンブーという植物の茎を、イクミが作ったレンガの囲いの中を通した。

 枝の部分で直角に曲がったところを上に向けて固定し、余った茎の先端は切り落として粘土で蓋をする。

 

「よし! そしたらまた樽をこの上に置いて、あ~っと……さっき僕が開けた穴はバンブーの枝先に合わせてね!」

 

 未だに【?】を頭に浮かべたままのティルに手伝って貰いながら、樽をレンガの上に配置する。

 トンネルバンブーの枝先が、ピッタリと樽の穴の真下に来る形で収まった。

 

「よし! とりあえず、風呂桶の用意は出来ましたね!」

「はい。 後は、水の充填方法と、加熱の方法ですね」

「加熱の方法は、僕に良い考えがあります。 それはですね……」

「ちょっと! 待った! この穴が空いていて良い理由は何なんだ!?」

 

 話を先に進めようとしていたリオとイクミをティルが慌てて止める。

 先ほどの疑問が未だに判明していないようだ。

 説明しようと口を開きかけたイクミをリオは手で制した。

 

「百聞は一見にしかず! ですよ」

 

 リオはそう言うと、風呂桶の穴の部分にコルクで出来た丸い球を少し押し込むように置くと、汲み置きの水を少し注いで見せる。

 風呂桶の水は流れ出ずに、風呂桶の中に留まっていた。

 続いて、先ほどのコルクを取ると風呂桶の水は、穴を通って下に落ち、トンネルバンブーを伝って排水溝に流れて行った。

 

「なんだコレ! 凄いな!」

「水は、下に向かって流れますからね。 それを応用(・・)したのです。 これなら、汲み出す手間を省くことが出来ますからね」

 

 心底感心した様子のティルをそのままにして、リオは先の話の続きを始める。

 

「加熱の方法は、先ほどティルの父親が焼却炉で木材を燃やしている時に思いついたのですが……石を直接火で(あぶ)って熱く加熱させ、それを直接お風呂に溜めた水に投入するんです。 そうすれば、水は一気に温まります」

「それは良いかもしれませんね。 空炊きの心配も無いですし」

「空炊き? あぁ~水を溜めずに鍋を火にかけてしまうことですね。 そういう心配も確かに無いですね」

 

 イクミが言ったこととは少し意味合いが違うのだが、概ね間違っていない為、特に訂正しないことにした。

 

「とりあえず、桶と排水、加熱の方法は決まりましたけど、水の充填方法がまだ決まりませんね……」

「そうですね……」

 

 リオとイクミが『う~ん……』と唸っていると、ティルが横から何を悩んでいるんだ?という様子で一言告げる。

 

「ん? 水なんて魔法で溜めちゃえば良いじゃん」

 

 今度は、リオとイクミが首を傾げるのであった。


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