続 公爵家の双子には手を出すな ~花屋の娘の話~
スージーは町の花屋の一人娘。十六才。人よりちょっとばかりかわいい。
「天使が生まれたかと思った」
父のジョージがそう言う。
「大きくなったら女神さまのように美しくなるよ」
母のアンナもそう言う。この近辺では一番の美人さんだ。
街の人たちも
「きっとお貴族様の落とし子なんだよ。だって品がいいもの。ただの平民じゃないよ」
なんて言う。もちろん冗談だ。アンナが大きなおなかを抱えて働いていたのをみんな見ている。それにお貴族様なんて、こんな下町に来るわけがない。
鵜呑みにするわけじゃないが、自分でも結構かわいいと思っている。
自称ちょっと茶色よりのブロンド(ただの明るい茶色)の髪は、くせのないストレートで、ハーフアップにして背中に流している。もちろんツヤツヤになるようにお手入れは欠かさない。バラの香りのオイルと柘植の櫛は必須アイテム。
自称くすみブルーの瞳(ただのグレー。角度によってはブルーっぽく見えなくもない)は、くりっと大きく、殿方に限って「うるうる」できるという特技を持つ。
毎朝濡らしたタオルで目元を冷やして、一層パッチリとさせる。クマなんてもっての外。寝不足にはご用心だ。
努力の甲斐あって、お得意様が増えた。とくに男性客。
スージーがにっこりしながら
「奥様へのお土産にいかがですか?」
とか
「彼女に贈ったら喜ばれますよ」
なんて誘い文句を言えば、みんな喜んで買っていく。ジョージもアンナも大喜び。
「スージーのおかげで商売繫盛だよ」
そんな状態だから、女子からのやっかみは多い。ちょっとうるっと男性を見上げれば「色目を使った」と言われ、お花を渡すときに腕に触れれば「過剰なスキンシップだ」と言われる。
カレシを略奪した、とお店に怒鳴り込まれることも何度かあった。
略奪なんてしていない。ちょっとうるっと見上げたら、向こうが勝手にのぼせ上っただけだ。スージーのせいじゃない。
「逃げられたくないのなら、もっときれいにお化粧でもしたら?」
と言ったら若い女子の不買運動が起きてしまった。僻み根性がひどいと思う。
「おまえは少し引っ込んでいなさい」
とジョージに言われてしばらくの間、荷車を押して仕入れや配達をしていた。汗を拭き拭き仕事をしていたら、「かわいそうに」と同情を買った。客足が復活した。ちょっと訳が分からなかったが、人の関心を引くのに「汗をかく」というコマンドが増えた。
そういう些細な(?)トラブルはちょくちょく起きるものの、おおむね幸せな生活だった。
それが変わったのは、一人の青年がお店に顔を出したときだった。
麗しい青年だった。輝くような金の髪。鮮やかなブルーの瞳。背が高く細身で繊細な感じがした。着ている物だって質素なスーツではあるが上質な生地である。肩幅も袖丈も一ミリの狂いもない。きっとオーダーメイドだ。
下町のがさつでいかつい男とはまったく違う。はじめて見る貴人にスージーはぽーっとのぼせてしまった。ぽーっとさせるのは得意だけれど、自分がぽーっとなったのははじめてだったのだ。
しかも王子様みたいな人だ。
「どんなお花をお探しですか?」
うるっと見上げた。麗しい貴公子は、しばらくじっとスージーを見つめていたけれど
「うん、この店の花を全部貰おう」
と言った。
は?
スージーも、ジョージとアンナも目を点にして立ち尽くした。
「ダメですよ。庶民はそんな買い方はしません。それに殿下が全部買ってしまったら、ほかの客が買えなくなりますよ」
後ろに立っていたお付きの人がそうささやいた。
「そうなのか?」
「はい、そうです」
「いえっ、だいじょうぶです! どうぞ全部お持ちください!」
スージーは思わずそう言っていた。誰が買おうが、商品がハケればこちらはいいのだ。
「では、花は城へ届けてくれ」
お付きの人はそう言った。
城? そう言えばさっき「殿下」と言っていたが。
まさか⁉ スージーは目を見開いた。貴公子は人差し指を唇に当てて、ぱちんとウィンクをした。
「内緒だよ」
ひえっ! 本物の王子様!
「お忍びで視察中なのです。どうかお静かに」
お付きの人が言った。後ろではジョージとアンナがあわてて頭を下げた。スージーもそれに倣って頭を下げた。
「きみの名前は?」
王子様が聞いた。え? スージーの名前を聞いたのか?
スージーは顔をあげて、お付きの人の顔を見た。彼が「うん」とうなずいたので
「は、はい。わ、わたくしはス、スージーと申しますですわ」
と、貴族っぽく言ってみた。それから貴族っぽくスカートも持ってたどたどしく膝を折った。貴婦人の礼って、たしかこんな感じだったはず。
「ふっ」
かすかに漏れた笑いに、スージーは王子様の顔を見た。
王子様が笑っている。さっきまでのすました顔とはまるっきりの別人のように、屈託のない若者らしい笑顔だった。ほんのりと頬に赤みがさしていて。
王子様、かわいいんだ。
それが、王太子と花屋の娘の出会い。
それ以来、王子様は足繫く花屋に通ってくるようになった。
お忍びの視察ってそんなにひんぱんにあるものなの? 疑問はあったけれど、王子様に会えるのはとてもうれしい。
いつ、なんて約束をするわけじゃない。でも三日空くことはなかった。今日はいらっしゃるかな? 朝目が覚めると、一番にそう思う。
お昼になったら、午後からいらっしゃるのかな? と思う。
「やあ、スージー」
その一声で、スージーの日常は色鮮やかになった。
そのうち、王子様はさまざまなプレゼントをくれるようになった。庶民には手の届かない高級パティスリーのお菓子。絹のハンカチ。羽飾りのついた帽子。やがて、上等な仕立てのワンピースやジュエリーになってくる。
「こんな高級なもの、いただけません」
スージーもさすがにビビった。
「なぜ? きみに着てほしいんだよ」
王子様は困ったように眉尻を下げた。
「で、でも着ていくところもありませんし……」
だってスージーは花屋で働いている。出かけると言ってもこの近辺の食堂とか雑貨屋とか。着飾っていくところじゃない。
「では、それを着て出かけよう」
王子様はとんでもないことを言い出した。
「いっ、いえっ。そんな、殿下と出かけるなんて……」
「どこがいいかな。植物園なんてどうだろう」
植物園。巨大なガラスの温室である。世界中のさまざまな植物がそろっていると聞いた。南国の花や高地に咲く花、めずらしいフルーツとか。
それだけじゃなく、小規模ながら遊園地があり、レストランがあり、カフェもある。一日楽しめる娯楽施設なのだ。スージーも噂には聞いている。でも一庶民が行けるような場所ではなかった。
行けるのはお貴族様か、庶民でも裕福な商家や医者や弁護士など。
「どうだい? 世界中の花が見られるよ?」
スージーは花よりも、王子様とお出かけするほうが一大事だ。
……いいのだろうか。わたしなんかが王子様とお出かけして。
見るとお付きの人は無表情で立っている。目を合わせない。
なにも言わないからいいのかな。迷ったが。
「では、あした迎えに来るよ」
返事を待たずに、王子様は決めてしまった。
「おとうさん、おかあさん、どうしよう。いいのかな」
「う、うん。王子様が決めたのだからいいんじゃないか?」
「そ、そうだね。王子様がおっしゃったんだから、いいんだよ」
そうか、そうだよね。王子様が決めたんだから、いいに決まっている。
植物園がどうとか、そんなことはどうでもよかった。ただ王子様と一緒にいられることがうれしかった。ハイビスカスの花も色鮮やかなインコもステキだったけれど、王子様よりステキなものは他になかった。
そして帰りの馬車の中、王子様はそっとキスをして「愛してるよ」とささやいた。
慣れとは恐ろしいもので。
数々の贈り物も、いっしょのお出かけもあたりまえになってしまった。
スージーはもう花屋で働かない。
仕入れれば仕入れるほど、王子様が買い上げてくれる。
お客に愛想を振りまかなくても、王子様がお金を払ってくれる。
スージーの笑顔には、傲慢さが垣間見えるようになった。
やがて新聞に記事が載った。
――身分を超えた世紀の恋。王太子殿下と町の花売り娘のロマンス。
街中が熱狂的にスージーを応援してくれた。花屋には、話題の二人を見ようと見物人が押し寄せる。
その中を着飾って、王子様と出かけるのはとーっても気分がよかった。
二人の熱愛を元にした恋愛小説が出る。お芝居が催される。
わたしって、ほんとうにどこかのお貴族様の落とし子なんじゃない?
この騒ぎを聞きつけて、ほんとうの親が名乗り出てくるんじゃない?
そうしてわたしは貴族家に引き取られ、令嬢として王子様と結婚するんじゃない?
きっとそうだ。
だって王子様がわたしを選んだんだもの。
たくさんいる令嬢じゃなくて、わたしを選んだんだもの。
スージーはまるで女優のように観衆に手を振ってみせた。
ジョージとアンナも、それは同じ。
話題の花屋に、大量に買ってくれる新しい客がついた。昔からの馴染みの客なんか、もう用はない。一本二本だけ買うような儲けの薄い客は、もういらない。
接客が雑になる。
押し寄せる見物人を遠巻きに、近所の人たちの視線は冷えていった。だがスージー親子はそれに気が付かなかった。
――王太子殿下の婚約者候補、四人そろって婚約辞退。お妃選び、暗礁に乗り上げる。殿下の素行不良により王位継承も保留に。
そんな新聞記事が出たのは、王子様が花屋に通うようになって一年ほどしたころだった。
近所のおじさんが、その新聞を持ってやって来た。
「ほらよ。てめえんところの王子様は、王太子じゃなくなったみたいだぜ」
ぽーんと新聞を放り投げて、言い捨てて行った。
婚約者?
スージーはこの時まで「婚約者」なんて考えもしなかった。だって彼はそんなこと一言も言わなかったもの。
え? 素行不良?
……わたしのこと?
その日以来、波が引くように人気がなくなった。
王子様も来なくなった。
お城の役人という人が来て、「殿下はもうここには来ません」と言って、金貨の入った袋を一つ置いていった。王子様とはそれっきり会えなくなってしまった。
「うそよ。だって王子様はわたしを愛してるって言ったもの。きっと誰かがじゃまをしているんだわ」
スージーはこの事態を受け入れなかった。
「落ち着いたらまた来てくださるさ」
「そうだね。きっとスージーばかり寵愛を受けるから、ご令嬢たちが嫉妬して嫌がらせをしているんだよ」
ジョージもアンナも現実を見ようとしなかった。
花は売れなくなった。近所の人たちは話もしてくれなくなった。スージー親子は完全に孤立した。大量に売れ残った花が店の中で萎れていく。
「わたし、お城に行ってくる。わたしが行けば王子様も会ってくれるわ」
ジョージもアンナも、さすがにそうはいかないと思った。
「もうやめなさい。王子様の気まぐれだったんだよ」
「そんなことないっ!」
「現に王子様は来てくださらないだろう?」
「きっと止められているのよ! もしかしたら監禁されているのかも。だったらわたしが助けに行かないと!」
「ちがうよ! そうじゃないよ! 全部夢だったんだ。あきらめなさい!」
「いやよ! いやーっ!」
花屋からは、昼夜を問わずスージーの喚き声が聞こえるようになった。近所の人たちは眉を顰める。
「それ、見たことか」
大方の人たちはそんな気持ちだった。散々見下された娘たちは「いい気味だわ」とあざ笑った。
「おれたちは調子に乗ったんだな」
扉を閉めた薄暗い店の中で、ジョージが言った。
「そうだね。大事なお客をおろそかにしてしまった。バチが当たったんだ」
アンナもがっくりと肩を落としていた。
「いいえ、きっとお迎えが来るはず。わたしの本当の貴族の親が迎えに来るわ」
そうしたら、また王子様に会える。そしてまた着飾ってお出かけするのだ。婚約者にはわたしがなればいい。それですべて解決するじゃないか。
スージーは、ぎりぎりと唇を噛んだ。
「ここを出よう」
ジョージが言った。
「お金だけは稼がせてもらった。金貨も貰った。これを元手にして、ほかの土地で花屋を始めよう」
「いやよ! そんなことしたら王子様が来れなくなるじゃないの!」
「もう、王子様は来ないんだよ!」
「だったらあんたたちだけ行けばいいじゃない。わたしはここで待つわ!」
もう説得の余地なんかなかった。ジョージとアンナは、無理にでも連れ出すことにした。
明け方のまだ誰も起き出さないうちにひっそりと出発するつもりが、スージーが抵抗して喚くものだから、みんな目を覚ましてしまった。窓の隙間からのぞく視線に、肩身の狭い思いをしながら、スージー親子は王都を後にしたのだった。
***
「あの親子は今、南部の花卉農園で働いているようです」
グレースとジョイスは、そう報告を受けた。
「妥当なところね。いきなり知らない土地で商売を始めようたって、うまくいくわけないもの。ねえジョイス」
「そうねグレース。無駄金使うよりよかったんじゃないかしら」
「そうそう。まじめにコツコツがいちばんだいじよね」
「そうよね。調子に乗っちゃいけないわね」
バカ王子に踊らされた庶民の親子を、双子はちょっとだけ不憫に思った。
終わり




