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Rewrite the Zero ―偽りの英雄と忘却の守護者―  作者: 最後に残った形
第1章:【存在の欠落編】

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第1章 第1話:因果の塵、あるいは学園の清掃員


 国立第一異能学園。

 そこは、選ばれた若者たちが自らの内に眠る「ギフト」――異能を磨き、人類の希望である「ヒーロー」を目指すための聖域だ。

 春の陽光が、白亜の校舎を優しく、それでいて厳かに照らし出している。入学式という一つの儀式を終えたばかりの生徒たちの笑い声は、風に乗って遠くまで運ばれていく。その空気は、輝かしい未来への根拠なき自信と、選ばれた者だけが共有することを許される特有の選民意識に満ち満ちていた。


 石畳の並木道を行き交う生徒たちは、誰もが誇らしげに校章のついたブレザーを纏っている。彼らにとって、この門を潜った事実は人生における最大の勝利宣言に他ならない。しかし、その輝きが強ければ強いほど、影もまた深く、濃くなるのがこの世界の道理だ。


「おい、見たかよ。さっきのシオンの威圧感。あいつ、まだ一年生なのにオーラが完成されてるだろ」

「ああ、あの『光輝の剣』。抜刀した瞬間に、演習場の空気が物理的に震えたぜ。あれが本物のヒーローの資質、選ばれたSランクの重みってやつか」


 喧騒の中心にいるのは、稀代の天才と名高い少年、シオン・ヴァルガスだ。彼が歩けば自然と人波が割れ、道が開ける。彼が少し視線を向けるだけで、周囲からは感嘆の溜息が漏れる。学園のヒエラルキーにおいて、彼は文字通り「太陽」として君臨していた。彼に付き従う者、彼に憧れる者、彼を目標にする者。その全てが、彼という光に当てられ、自分たちもまた光の側にいるのだと錯覚していた。


 しかし、その眩い光が一切届かない場所――校舎の影、北側の裏庭にある、常に湿った土の匂いが漂う薄暗い一角に、一人静かに箒を動かす少年がいた。


 カイ。

 能力評価、Eランク。

 学園名簿にはその名が記されており、確かに籍も存在している。だが、生徒たちの意識の中において、彼は背景の一部としてしか処理されない。いや、処理すらされない。まるで最初からそこには誰もいないかのように、人々の視線は彼を透過し、意識は彼を無視する。彼はこの学園における「ノイズ」であり、認識の死角に住まう住人だった。


 カイは、清掃員と同じデザインの制服に身を包み、アスファルトに散った桜の花びらを掃き集めていた。それは一見すれば、ただの単調な作業にしか見えない。だが、彼の瞳は、普通の人間が視認することのない「別の真実」を捉えていた。


「……因果の塵が、少し混じっているな」


 カイは、誰もいない空間の歪みに向かって、低く、掠れた声で呟いた。

 彼の視界には、空間のあちこちに、黒い砂のような不気味な「綻び」が浮遊しているのが見えていた。それは、現実という強固な檻を喰らい、事象を無理やり書き換えた後に生じる副産物――『Zero』が活動した証拠である。この塵が放置されれば、そこから現実の解けが始まり、やがては日常という名の安寧が崩壊する。


 彼はそれを掃き集める。物理的な箒では決して触れることのできない「概念の残滓」を、カイは特有の呼吸法と精密な意識の制御によって、一箇所に追いやっていく。彼にとっての清掃とは、物理的な汚れを落とすことではなく、世界というプログラムに残された「バグ」の断片を処理することに他ならなかった。


 学園の喧騒は、カイにとっては遠い世界の出来事だ。ヒーローを志す者たちの熱狂も、格付けに一喜一憂する虚栄心も、彼の手元にある箒が掃き出す砂粒ほどの価値も持たない。彼が見つめているのは、もっと根源的な「世界の理」だ。


「よお、カイ。また一人でゴミと対話してんのか? 相変わらず根暗な趣味だな、おい」


 背後からかけられた声は、軽薄で、それでいてどこか聞き覚えのある、親しみやすい響きを持っていた。

 振り返ると、そこにはおちゃらけた笑みを浮かべた少年、リクが立っていた。彼は学園内でも有名な「情報通」であり、女子の可愛さを独自のアルゴリズムで数値化してランク表を作ることに情熱を注ぐ、ある種の変人として知られている。リクもまた、学園の主流からは少し外れた位置にいる存在だが、カイとは対極的に、騒がしく立ち回ることで自らの存在を誇示していた。


「……リクか。ゴミを掃いているだけだ。学園を清潔に保つのは、そこに住まう者の義務だろう」

「へいへい、模範的なこった。だがよ、今日はお前の大好きな『掃除』のチャンスを逃したんじゃねえか? 入学式早々、デカいニュースがあったんだぜ」


 リクは手元のスマートフォンを器用に操作し、学園内の掲示板をカイの目の前に突きつけた。そこには、リンという名の女子生徒が、演習中に原因不明の異能暴走に巻き込まれたという速報が出ていた。


「ヒーロー学科の期待の星、リン。あいつが演習中に自分の『閃光』を制御できなくなって、周囲の観客まで焼き払おうとした。そこへシオン様が颯爽と現れて、その光を真っ向から切り裂いて解決したって話だ。今頃、シオンは英雄扱い。リンは恩義を感じてメロメロ。完璧なヒーロー像の完成だな」


 リクはニヤニヤと笑いながら語る。その目は、何かを探るようにカイの反応を伺っていた。

 カイは表情を変えず、ただ箒を動かし続けた。

 誰も知らない。その事件の現場、リンが絶望に瞳を潤ませ、自分の力が愛する人々を傷つけると確信したその瞬間に、真っ先に駆けつけたのはシオンではないことを。

 誰の目にも止まらぬ速度で現世の理を解き、暴走する高エネルギーの「結果」を『Rewrite』によって書き換え、「平穏」という新たな因果を定義したのは、今ここでゴミを掃いている少年、カイであることを。


 そして、その直後に能力の代償が発動したことも。

 助けられたリンの脳裏から、カイという少年の存在、その温もり、その声の全てが、まるで初めから存在しなかったかのように完璧に削ぎ落とされた。その空白を埋めるように、遅れて到着したシオンの姿が、彼女の記憶の中の「救世主」として上書きされたのだ。


「シオンが助けたのなら、それでいい。結果として、被害は最小限に抑えられた。それが全てだ」


 カイの声は、どこまでも冷めていた。自分の存在が消されることへの憤りも、手柄を奪われることへの悲しみもない。そこにあるのは、ただ「役割を完遂した」という無機質な自己完結だけだ。


「……お前、本当にそれでいいのかよ。たまには自分がやったんだって叫びたくならねえのか?」


 リクの一瞬の真剣な問いかけ。だが、カイはそれに答えることはなかった。

 リクには、どこまで見えているのだろうか。カイの背負う孤独の深さを、あるいは、この世界を維持するために支払われている代償の重みを。


「ま、いいさ。お前は一生、そのゴミを掃いてな。世界を救うのは、あの輝かしい太陽様たちの仕事なんだ。俺たちみたいなノイズは、隅っこで汚れを落としてりゃいいのさ」


 リクはそれだけ言い残すと、陽気な足取りで立ち去っていった。

 再び訪れる静寂。

 カイは集めたゴミ袋を手に取り、学園の最深部、禁忌区域とされる旧校舎の裏へと向かう。そこは、学園の結界が最も脆弱な場所であり、同時にこの世界の「裏側」が最も滲み出しやすい場所でもある。


 案の定、空間は歪んでいた。

 油が水面に浮いたような、不自然な虹色の光彩が宙に漂い、そこから『Zero』の尖兵が、現実を咀嚼する不快な音を立てながら這い出そうとしていた。


 カイはゴミ袋を置き、静かに手をかざした。

 彼の脳内で、常人であれば数百年かけても終わらない量の計算が、刹那のうちに行われる。因果の糸を解き、事象の根源へと潜り込む。


(座標、確定。因果のベクトルを逆転。事象A:敵の出現、を『否定』。事象B:平穏な日常、を『再定義』。書き換え(Rewrite)を開始する)


 カイの異能『Rewrite』。それは、物理的な現象を操るような低次な力ではない。それは、世界という物語の文脈を直接書き換える、神の特権に近い能力だ。

 一瞬、世界が静止した。

 そして、ガラス細工が粉々に砕け散るような音を伴い、現実が崩壊し、再構成される。

 音もなく、爆発もなく、そこにあったはずの「絶望の種」は、最初から一粒の砂さえ存在しなかったこととして歴史が修正された。


「…………っ」


 不意に、カイの鼻から鮮血が流れた。

 存在の消去。因果の簒奪。

 その反動は、世界そのものからの拒絶となってカイの肉体を蝕む。

 お前は何者だ。なぜここにいる。なぜ、あってはならない「真実」を知っている。

 世界というシステムが発する「警告」を、彼は歯を食いしばって耐える。


 彼は血を無造作に拭い、再び箒を手にした。


「……掃除、完了だ」


 明日になれば、今日の自分の戦いも、名前も、助けた誰かの感謝も、何一つ残ってはいないだろう。

 リンが自分を見ても、ただの「清掃員」としか思わないように。

 シオンが英雄として称えられる影で、カイの存在はますます希薄になっていく。

 それでも、世界に忘れられた英雄は、再び塵を掃き始める。

 彼女たちが、明日も同じように輝く光の中で笑えるように。

 ただそれだけのために、彼は今日も、世界の「ノイズ」として生き続ける。


 夕暮れ時、学園はまた異なる顔を見せる。オレンジ色の斜光が廊下を長く引き延ばし、生徒たちの影を巨大な化け物のように映し出す。

 カイは、掃除用具入れの中に箒を戻し、自らの手を見つめた。

 この手でどれだけの「なかったこと」を作ってきただろうか。

 最初は、小さな失敗を消すためだった。転んで汚したズボン、言い間違えた一言。だが、力は使うほどに増長し、いつしか彼は「存在」そのものを弄ぶ神の代理人のようになっていた。


 かつて、彼は一人の少女と約束をしたことがあった。

 「ずっと、一緒にいようね」

 その幼い約束も、今ではカイの記憶の中にしか存在しない。彼女を絶望から救うため、彼は彼女との因果を切り離し、自分という人間を彼女の人生から完全に抹消したからだ。

 代償。それは等価交換ですらない。救えば救うほど、彼はこの世界という物語から疎外され、マージン(余白)へと追いやられる。


 学園の食堂では、シオンを囲む取り巻きたちが、今日の「武勇伝」を肴に盛り上がっている。

「シオン様、あの時の剣筋、見えませんでしたよ!」

「いや、あれはリンが隙を作ったからに過ぎない。俺はただ、光の奔流を整えただけだ」

 謙虚さを装うシオンの言葉が、より一層彼の株を上げる。

 シオン自身も、自分が本当の救世主であると信じ込んでいる。Rewriteによって書き換えられた事象は、当事者の脳内でも「真実」として固定されるからだ。


 カイは自販機で安物の缶コーヒーを買い、冷たいスチール缶の感触を噛み締めた。

 この冷たさだけが、自分が今ここに生きている唯一の証明であるかのように感じられた。

 誰も自分を見ない。誰も自分に声をかけない。

 リクだけが、なぜか時折境界を越えて話しかけてくるが、それもいつまで続くかわからない。


 ふと、視線を感じて顔を上げた。

 そこには、ヒーロー学科の制服を着た少女が立っていた。

 名前は知らない。いや、知る必要がない。

 彼女はカイをじっと見つめていたが、数秒後には不思議そうな顔をして視線を逸らした。

 「……誰かいたのかしら?」

 彼女は独り言を漏らし、そのまま通り過ぎていく。

 認識の剥離。

 カイという存在は、世界というシステムにとっての「不純物」として、リアルタイムで除去され続けているのだ。


 「…………はは」

 自嘲気味な笑いが、湿った夜の空気に溶ける。

 それでもいい。

 世界が彼を忘れても、彼が世界を覚えている限り。

 彼が守り抜いた「今日」という時間が、明日へと繋がっていく限り。

 名もなき守護者は、明日もまた、ゴミと共に世界の綻びを掃き続けるだろう。


 夕暮れ時、学園はまた異なる顔を見せる。オレンジ色の斜光が廊下を長く引き延ばし、生徒たちの影を巨大な化け物のように映し出す。

 カイは、掃除用具入れの中に箒を戻し、自らの手を見つめた。

 この手でどれだけの「なかったこと」を作ってきただろうか。

 最初は、小さな失敗を消すためだった。転んで汚したズボン、言い間違えた一言。だが、力は使うほどに増長し、いつしか彼は「存在」そのものを弄ぶ神の代理人のようになっていた。


 かつて、彼は一人の少女と約束をしたことがあった。

 「ずっと、一緒にいようね」

 その幼い約束も、今ではカイの記憶の中にしか存在しない。彼女を絶望から救うため、彼は彼女との因果を切り離し、自分という人間を彼女の人生から完全に抹消したからだ。

 代償。それは等価交換ですらない。救えば救うほど、彼はこの世界という物語から疎外され、マージン(余白)へと追いやられる。


 学園の食堂では、シオンを囲む取り巻きたちが、今日の「武勇伝」を肴に盛り上がっている。

「シオン様、あの時の剣筋、見えませんでしたよ!」

「いや、あれはリンが隙を作ったからに過ぎない。俺はただ、光の奔流を整えただけだ」

 謙虚さを装うシオンの言葉が、より一層彼の株を上げる。

 シオン自身も、自分が本当の救世主であると信じ込んでいる。Rewriteによって書き換えられた事象は、当事者の脳内でも「真実」として固定されるからだ。


 カイは自販機で安物の缶コーヒーを買い、冷たいスチール缶の感触を噛み締めた。

 この冷たさだけが、自分が今ここに生きている唯一の証明であるかのように感じられた。

 誰も自分を見ない。誰も自分に声をかけない。

 リクだけが、なぜか時折境界を越えて話しかけてくるが、それもいつまで続くかわからない。


 ふと、視線を感じて顔を上げた。

 そこには、ヒーロー学科の制服を着た少女が立っていた。

 名前は知らない。いや、知る必要がない。

 彼女はカイをじっと見つめていたが、数秒後には不思議そうな顔をして視線を逸らした。

 「……誰かいたのかしら?」

 彼女は独り言を漏らし、そのまま通り過ぎていく。

 認識の剥離。

 カイという存在は、世界というシステムにとっての「不純物」として、リアルタイムで除去され続けているのだ。


 「…………はは」

 自嘲気味な笑いが、湿った夜の空気に溶ける。

 それでもいい。

 世界が彼を忘れても、彼が世界を覚えている限り。

 彼が守り抜いた「今日」という時間が、明日へと繋がっていく限り。

 名もなき守護者は、明日もまた、ゴミと共に世界の綻びを掃き続けるだろう。


 夕暮れ時、学園はまた異なる顔を見せる。オレンジ色の斜光が廊下を長く引き延ばし、生徒たちの影を巨大な化け物のように映し出す。

 カイは、掃除用具入れの中に箒を戻し、自らの手を見つめた。

 この手でどれだけの「なかったこと」を作ってきただろうか。

 最初は、小さな失敗を消すためだった。転んで汚したズボン、言い間違えた一言。だが、力は使うほどに増長し、いつしか彼は「存在」そのものを弄ぶ神の代理人のようになっていた。


 かつて、彼は一人の少女と約束をしたことがあった。

 「ずっと、一緒にいようね」

 その幼い約束も、今ではカイの記憶の中にしか存在しない。彼女を絶望から救うため、彼は彼女との因果を切り離し、自分という人間を彼女の人生から完全に抹消したからだ。

 代償。それは等価交換ですらない。救えば救うほど、彼はこの世界という物語から疎外され、マージン(余白)へと追いやられる。


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「シオン様、あの時の剣筋、見えませんでしたよ!」

「いや、あれはリンが隙を作ったからに過ぎない。俺はただ、光の奔流を整えただけだ」

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 この冷たさだけが、自分が今ここに生きている唯一の証明であるかのように感じられた。

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 ふと、視線を感じて顔を上げた。

 そこには、ヒーロー学科の制服を着た少女が立っていた。

 名前は知らない。いや、知る必要がない。

 彼女はカイをじっと見つめていたが、数秒後には不思議そうな顔をして視線を逸らした。

 「……誰かいたのかしら?」

 彼女は独り言を漏らし、そのまま通り過ぎていく。

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 カイという存在は、世界というシステムにとっての「不純物」として、リアルタイムで除去され続けているのだ。


 「…………はは」

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 彼が守り抜いた「今日」という時間が、明日へと繋がっていく限り。

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「いや、あれはリンが隙を作ったからに過ぎない。俺はただ、光の奔流を整えただけだ」

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 シオン自身も、自分が本当の救世主であると信じ込んでいる。Rewriteによって書き換えられた事象は、当事者の脳内でも「真実」として固定されるからだ。


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 名前は知らない。いや、知る必要がない。

 彼女はカイをじっと見つめていたが、数秒後には不思議そうな顔をして視線を逸らした。

 「……誰かいたのかしら?」

 彼女は独り言を漏らし、そのまま通り過ぎていく。

 認識の剥離。

 カイという存在は、世界というシステムにとっての「不純物」として、リアルタイムで除去され続けているのだ。


 「…………はは」

 自嘲気味な笑いが、湿った夜の空気に溶ける。

 それでもいい。

 世界が彼を忘れても、彼が世界を覚えている限り。

 彼が守り抜いた「今日」という時間が、明日へと繋がっていく限り。

 名もなき守護者は、明日もまた、ゴミと共に世界の綻びを掃き続けるだろう。


 夕暮れ時、学園はまた異なる顔を見せる。オレンジ色の斜光が廊下を長く引き延ばし、生徒たちの影を巨大な化け物のように映し出す。

 カイは、掃除用具入れの中に箒を戻し、自らの手を見つめた。

 この手でどれだけの「なかったこと」を作ってきただろうか。

 最初は、小さな失敗を消すためだった。転んで汚したズボン、言い間違えた一言。だが、力は使うほどに増長し、いつしか彼は「存在」そのものを弄ぶ神の代理人のようになっていた。


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 その幼い約束も、今ではカイの記憶の中にしか存在しない。彼女を絶望から救うため、彼は彼女との因果を切り離し、自分という人間を彼女の人生から完全に抹消したからだ。

 代償。それは等価交換ですらない。救えば救うほど、彼はこの世界という物語から疎外され、マージン(余白)へと追いやられる。


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 この冷たさだけが、自分が今ここに生きている唯一の証明であるかのように感じられた。

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 そこには、ヒーロー学科の制服を着た少女が立っていた。

 名前は知らない。いや、知る必要がない。

 彼女はカイをじっと見つめていたが、数秒後には不思議そうな顔をして視線を逸らした。

 「……誰かいたのかしら?」

 彼女は独り言を漏らし、そのまま通り過ぎていく。

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 カイという存在は、世界というシステムにとっての「不純物」として、リアルタイムで除去され続けているのだ。


 「…………はは」

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 それでもいい。

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 彼が守り抜いた「今日」という時間が、明日へと繋がっていく限り。

 名もなき守護者は、明日もまた、ゴミと共に世界の綻びを掃き続けるだろう。


 夕暮れ時、学園はまた異なる顔を見せる。オレンジ色の斜光が廊下を長く引き延ばし、生徒たちの影を巨大な化け物のように映し出す。

 カイは、掃除用具入れの中に箒を戻し、自らの手を見つめた。

 この手でどれだけの「なかったこと」を作ってきただろうか。

 最初は、小さな失敗を消すためだった。転んで汚したズボン、言い間違えた一言。だが、力は使うほどに増長し、いつしか彼は「存在」そのものを弄ぶ神の代理人のようになっていた。


 かつて、彼は一人の少女と約束をしたことがあった。

 「ずっと、一緒にいようね」

 その幼い約束も、今ではカイの記憶の中にしか存在しない。彼女を絶望から救うため、彼は彼女との因果を切り離し、自分という人間を彼女の人生から完全に抹消したからだ。

 代償。それは等価交換ですらない。救えば救うほど、彼はこの世界という物語から疎外され、マージン(余白)へと追いやられる。


 学園の食堂では、シオンを囲む取り巻きたちが、今日の「武勇伝」を肴に盛り上がっている。

「シオン様、あの時の剣筋、見えませんでしたよ!」

「いや、あれはリンが隙を作ったからに過ぎない。俺はただ、光の奔流を整えただけだ」

 謙虚さを装うシオンの言葉が、より一層彼の株を上げる。

 シオン自身も、自分が本当の救世主であると信じ込んでいる。Rewriteによって書き換えられた事象は、当事者の脳内でも「真実」として固定されるからだ。


 カイは自販機で安物の缶コーヒーを買い、冷たいスチール缶の感触を噛み締めた。

 この冷たさだけが、自分が今ここに生きている唯一の証明であるかのように感じられた。

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 そこには、ヒーロー学科の制服を着た少女が立っていた。

 名前は知らない。いや、知る必要がない。

 彼女はカイをじっと見つめていたが、数秒後には不思議そうな顔をして視線を逸らした。

 「……誰かいたのかしら?」

 彼女は独り言を漏らし、そのまま通り過ぎていく。

 認識の剥離。

 カイという存在は、世界というシステムにとっての「不純物」として、リアルタイムで除去され続けているのだ。


 「…………はは」

 自嘲気味な笑いが、湿った夜の空気に溶ける。

 それでもいい。

 世界が彼を忘れても、彼が世界を覚えている限り。

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